狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
自重はないということだ。
推奨BGM:神州愛國烈士之神楽
第壱話
欧米のとある国のとある研究施設。 そこで、一人の少女が歩いていた。
銀。
ドイツ軍の軍服に身を包む彼女から流れる髪は銀色だ。背は低いが顔立ちは整っている──もっともその鋭利な雰囲気からは可愛さよりも恐ろしさが漂っているが。なにより目を引くのが、物々しい左目の眼帯。
彼女は人の気配がない施設の廊下を足を進めていく。
右手には黒塗りのサバイバルナイフ。左手はベルギー製拳銃『Five-seveN』。両腕から力を抜いて泳がせる。
「……ふむ」
ふと、銃声が聞こえた。
一回ではない。二回三回と連続してだ。
少女はその音に呆れたように首を数度振り、耳の無線に手を当て、
「クラリッサ、いつまでかかってる。位置を転送しろ」
『………』
無線を介しての返答はなかった。
代わりに少女の携帯端末に位置情報が送られてきた。高い戦闘能力を誇る自分の副官がそこまで追い詰められているのか。位置を確認すればそれなりに近い。確認した場所を頭に叩き込む。
「行くか」
走り出した。あくまで軽くだ。数回廊下を曲がればすぐに目的地の近くだ。廊下の先に広い空間があり、そこに二機のISが戦闘をしていた。
黒と赤。
黒いのがクラリッサ・ハルフォーフで赤いのが今回の最後の標的だろう。
互角の闘いを見せるIS二機に少女はやはり自然体で近づいていく。
「っ! 隊長!」
先に気付いたのはやはりというべきかクラリッサだ。
少女と同じで左目は眼帯で隠されていてわからないが、右目は見開かれていた。
対して、相手のIS操縦者の女は口元を歪めるだけだ。
当然だ。
足元の蟻に気を付ける象はいない。ISを展開してないただの少女など塵芥にも等しい。
そう思っているのは少女もわかっていた。
「──くだらん」
それがわかっていたから前に出た。距離は十メートルもない。クラリッサが出ようとするが右手で制する。少女の意識がクラリッサに向かった瞬間に女は手に持っていたIS専用機関銃の銃口を少女に向ける。
小馬鹿にするように、ゆっくりと照準を定めてだ。
引き金に、手を添えて、
「……は」
少女が何かを投げたが、構わずに引き金を引いた。
「い、いいいいぃーーーー!」
無様な叫びを上げたのは引き金を引いた女だった。機関銃が暴発したのだ。絶対防御などに意味はない。
「な、なんで、──うぐぅ!?」
叫んだ瞬間に視界に銀が舞った。
何かが口の中に突っ込まれる。何か、ではない。『Five-seveN』、拳銃だ。
「ひ、ひぐぅ──」
「
問答無用で引き金を引いた。
・・・・・・・・・・
少女──ラウラ・ボーデヴィッヒは転がっている
先程の暴発はなんて事はない。銃口に軍用ペンを投げ入れたのだ。ペン、といっても軍用な物だ。超強化プラスチックで造られたそれは戦車に踏まれても壊れない。暴発を狙うには十分だ。後は近づいて、口に拳銃を突っ込み発砲。
無駄な動作など一つもない。
自らの仕事に満足して、クラリッサへ顔を向ける。
「隊長……」
彼女は頭を抱え、顔をしかめている。
「どうした、負傷したのか?」
「違います! いつも言っているでしょう! 作戦時くらいISを使ってください!」
「何故だ?」
「絶対防御を知らないんですか!?」
「知っている、だがあれとて万能ではない。確実に殺るにはISなど必要ない」
「………………………もう、いいです」
「そうか、なら撤退するぞ。目的は果たした、そのISのコアはお前が持って行け」
「……了解です」
「よし。五分以内に脱出しないと施設内に仕掛けた爆弾が爆発するから気をつけろ」
「……は、はいぃ?」
「だから、五分以内に仕掛けた……」
「なんで、なんでそんなことするんですか! いつもいつも! ISで対地砲火すればいいじゃないですか!」
「面倒だ、それに──」
「なんですか! 私たちはIS部隊ですよ!?」
「─────ISなんか乗ったら弱くなるじゃないか」
「そんな変態は隊長だけです!」
●
「──♪──♪」
フランス、デュノア社のある研究施設。IS開発を主とした大きな研究所。そこの整備された廊下を少女は歩いていた。腰まである金髪をなびかせながら、機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。身を包むのは真っ白な長袖のワンピースと手袋は彼女の清純さを表しているかのよう。 スレンダーな体付きだが、胸部は大きく膨らんでいた。
「日本♪ 日本♪ 日本に行けるのかー♪」
彼女は先日発見された世界初の男性IS操縦者と接点を作るために数ヶ月以内に
「んー、それにしても私……おっと。
当然だ。
それまで女性にしか使えなかったISに初めて男性が使えたのだ。IS産業で成り立っているデュノア社が食いつかない筈がない。
「ハッキリ言って、男か女なんて見る人が見ればすぐわかりそうなものだけど……そこらへんは僕の腕の見せ所かな」
大変だ、と少女は思う。
それでも、日本に行けるのならいいのだけれどとも少女は思う。
「ふふ、日本に行ったらまずは伊賀かな? それとも甲賀かな? いや、やっぱり真庭?」
最後のは違う。
だが少女はそんなことに気づかずに歩みを進めていく。
両開きの大きなドアの前で立ち止まり、ポケットから取り出した身分証をパネルにタッチ。
中に入っていく。その先はISの開発部だ。社の最も大事な所なので、ここではさらに荷物検査等がある。最も彼女は手ぶらだから検査は無しなのだが。チェックの警備員に軽く会釈をして通り抜けようとして、
ビー、ビー!
音が鳴った。床に仕掛けられたら金属探知機が反応したのだ。
「えーと、鍵とかコインとかあったら全部預けてくださいねー」
間延びした男性の声が聞こえた。 結構若いから新入りだろうか。
「全部ですか?」
「全部です」
「ここで?」
「ここです」
んー、と少女は顎に人差し指を当てて少し考え込んで、
「わかりました、ちゃんと保管してくださいね?」
ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ!
「へ? ……ええぇぇぇぇ!?」
少女のスカートとから大量の暗器がなだれおちてきた。
サバイバルナイフ、手裏剣、苦無、短刀、短剣、小太刀、鎖鎌、千本、太刀、棍、トンファー、撥、鉄鞭、狼牙棒、鉄扇、戦輪、薙刀、石弓、巻き微志、拳銃、機関銃、突撃銃、狙撃銃、ガトリング、対戦車狙撃銃、バズーカ、手榴弾その他諸々。
明らかに少女の体積以上の暗器だ。
「じゃあ、お願いします」
「は、はいぃ……?」
目の前の大量の暗記を理解しきれないのか、生返事しか帰ってこない。
それを笑顔で無視し少女──シャルロット・デュノアは横を通り抜け──ようとして、一度止まった。
「おっと、糸も一応鉄かな?」
手袋も取る。
その上で露わになった指先を見つめ、
「ま、これはいいかな」
今度こそ探知機の床を通り抜けた。
「それにしても相変わらず面倒だね。こんなに厳重じゃなくていいのに」
「…………?」
警備員が怪訝そうに見るから、シャルロットも答える。
「──IS乗ったてそんなに強くならないのに」
「……そんな変態はあなただけですよ……」
●
とある中国の山奥の滝。
そこで少女は舞っていた。
茶髪のツインテールを振り回しながら、山吹色のチャイナドレスに身を包んでいる。
拳を突き出し、脚を振り上げ、手のひらを打ち出し、肘を刺し出し、膝をを打ち上げ、手刀を振り下ろし、全身を連動させて、舞う。双尾の髪は彼女の動きを追い、それはまるで翼のように広がる。美しい、とも言える光景だが、二つだけおかしかった。
一つは場所。
水上。
そう、彼女は
軽功。
軽身功とも言われる内功の一種で、体を軽くする気功だ。それを少女は達人級の腕前で用いて水の上に立っている。
二つ目は音。
そう、音だ。
滝から大量の水が流れることによって轟音が響くがその中でさらに大きな音があった。
パァン! パァン! パァン!
紙袋を破裂させたような小気味のいい音が響く。
音の発信原はやはり少女だ。少女が動くたびに音が響く。少女の動きが空気を打撃する音なのだ。
ぴぴー!ぴぴー!ぴぴー!
動きが、止まった。
「……………」
動きは止まったが水に沈むことはない。ポケットから携帯を取り出し、耳に当てる。
『もしもし!? リンちゃん!?』
「なによ』
『今どこにいるの!? すぐ帰ってきてよ! こっちは大変なんだから!』
「今、あたし休暇中なんだからまた今度にしなさい」
『そんな場合じゃないの! ホラ、この前世界初の男性IS操縦者が見つかったって聞いたじゃない?』
「合ったわねぇ、そんなの」
『で! で! その世界初のIS操縦者の名前がわかったのよ! 誰だと思う!?』
「さあ? どっかの運のいいヤツ「織斑一夏」──は?」
右足が沈みかけた。
『だから! その子っていつも鈴ちゃんが話してる未来旦那じゃないの? ……って、鈴ちゃん? 聞こえてる? おーい?』
「ふ、ふふ、ふふふふ」
『……あれ? 壊れた?』
「あーはっはっはっはっ!」
手を額に当てて、背をのけぞらせて少女──鳳鈴音は笑った。
織斑一夏。
その名前は鈴にとっては、どうしようもなく大事な名前だ。
「ははは! ……ふぅ。まぁ、別にアイツなら何しても不思議じゃないわね」
一年程前に離れ離れになったが、忘れたことはない。
なにせ、初めて会ったその日に殺し合ったのだから。その時は半日以上やり続け、周囲を破壊し尽くし最終的には彼の姉に二人まとめてボコされた。あの時の恐怖は推して測る。
「てことは、アイツはIS学園に行くっことかしら?」
『あ、うん。そうみたいだよ、警護の意味を込めて』
「アイツにそんなの要らないわよ。……そうね、よし。あたしもIS学園に行くわ!」
『ええ!? いきなりそんなこと言われても困るよ!』
「許可出さなかったらこの国のIS全部破壊するわよ」
『ひいぃ!』
冗談ではない。今のご時世でISを持たない国の力は無いに等しい。なにより冗談ではないのは鳳鈴音ならばそれが出来るということだ。
「さてと……」
鈴は水面で軽くストレッチをして、
「アイツ、あの約束覚えてるかなぁ」
それだけが気がかりだ。忘れてたらどうしてくれようか。
……とりあえず殴るか。
『あのー? リンちゃん? 盛り上がってるとこ悪いんだけど、IS学園行ったらちゃんとIS使って、織斑くんのISデータとってきてね!』
「はぁ? なんでよ」
『貴重な世界初の男性IS操縦者なんだから当たり前じゃん!』
「やあねぇ。何言ってるのよ」
『そっくりそのまま言葉を返したいよ』
「ISなんか乗ったらアイツもあたしも本気出せないじゃん」
『そんな変態はリンちゃんと織斑くんだけだよ!』
●
イギリス、とある軍事施設。 広大な大地を丸々使った兵器の実験場。
そこに少女はいた。
「…………」
金髪は無造作に一つにまとめられ、煤や埃が付着しているが、それでも少女の持つ気品は損なわれない。
目には無骨なゴーグルに藍色のツナギで地面にうつ伏せに寝転び、構えていたのは対戦車ライフル。
イギリス製のアキュラシーインターナショ ナル AW50。
それのボルトを静かに引き、スコープを覗きゆっくりと引き金を絞る。
轟音。
銃身先端の
「……まあまあですわ」
立ち上がった。ゴーグルを外しながら軽く伸びをする。髪をほどきながら、後ろを振り返る。後ろには更に大量の狙撃銃。対物、対人等関係なく無造作に積まれている。全て、ISの軍用化にまだ実用可能にも関わらず廃棄されたのを少女が引き取った物だ。
それは3つの山に分けられており、
「こっちは使えなくて、こっちは家に持って帰ってコレクションにしましょう」
「……なら、こっちはどうしますか?」
質問を発したのは少女の幼なじみにして専属メイドのチェルシーだ。実に優秀な彼女だかその顔はこう言っている。聞きたくない。
「決まってるでしょう? ブルー・ティアーズに
「お嬢様、いつも言っていますがISを格納庫代わりにするのはやめてください」
驚くことにこの少女は世界最強の兵器であるISを銃の格納庫にしているのだ。
「いいじゃありませんの、持ち運ぶの大変ですのよ?」
「まず、重火器を持ち歩かないでください」
チェルシーは実に当たり前の事を言っているのだが主である少女は聞く耳を持たない。
「いいですか? 今度お嬢様が入学するIS学園は治外法権は確かですが、だからと言って無闇やたらにライフル持ち運んでいいわけじゃないですから」
「ISの装備といえば問題ないですわ」
「ブルー・ティアーズはBT兵器の実験機ですよ? そんなたくさんライフルがあったらあからさまに可笑しいです」
「ホント、面倒なこと」
「我慢してください。それに今年は世界初の男性IS操縦者も入学されるんですよ?」
「興味ないですわ」
チェルシーは頭痛がしてきた。メイドとして、姉として、彼女を育ててきたがどこでまちがえたのだろう。昔から銃の類いが好きだったが、10歳のときにいきなり失踪して1ヶ月後にアフリカでライフル振り回してるのを発見したときは気絶した。さらに2、3日は寝込んでしまった。やっぱり手遅れだろうか。
いつからこんなトリガーハッピーになってしまったのだろう。今度は懐から拳銃を取り出した少女を見て、思う。
ダメかも、と。
少女──セシリア・オルコットは世界中で最も有名であろうデザートイーグルを二丁両手で構える。
「ホント、面倒ですわ」
地平線へ発砲。
限界有効射程距離など無視して突っ切り、3000メートル離れた先程のターゲットに命中させる。
「─────ISなんて邪魔なだけですのに」
「そんな変態はお嬢様だけです」
●
日本のとある街のとある神社の境内。人気のないそこで、少女はひたすらに大太刀を振り回していた。演舞、といえる動きではない。自ら敵を想像しそれに対して大太刀を振るう動きだ。もっとも2メートルもある大太刀を誰に振るうのかは知らないが。
そこには一切の美はなかった。ただ振るわれるのは無骨なまでの武。だが、それ故に──美しい。着流しに身を包んだ少女は黒髪のポニーテールを振り乱しながら動く。
それは誰かに見せる動きではない。だが、それは誰もが魅せられるだろう動きだ。振り上げ、振り下ろし、袈裟切り、逆袈裟、横切り、突き、薙ぎ、払い。汗が流れるのも気にせずにひたすらに大太刀を振るう。 そして、大太刀を頭上に持っていき竹割りを──
『ほーきちゃん、ほーきちゃん、おねーちゃんだよ! おねーちゃんだよ!』
ピタリ、と止まった。少し離れた所に大太刀の鞘が置かれ、水筒と一緒にその横にある携帯だ。
「……ふう」
刀を下ろし、朱塗の鞘を取りに行って納刀。鞘にかけていたタオルで汗を拭き、水筒の水を一気飲み。
「……ぷはぁ」
体内に水分が染み込むのが分かる。それだけ後回しにしても鳴り続ける携帯を見て、またため息。そして、ようやく携帯を取り通話ボタンを押す、
「もしもし」
『ハロハロー! おねーちゃんですよーー!』
「静かにしてくれなければ斬りますよ」
字が、おかしい。
『…………………』
一瞬で黙った。
「それで? なんのようですか?」
『……………………………しゃべっていいの?』
「静かにするのなら」
『えーと、ね? ほら、今度ほうきちゃん、IS学園に入学するじゃない?』
「ええ、どっかの誰かさんのせいで」
皮肉!? と電話の相手──篠ノ之束は悲鳴を上げる。うるさいと、少女は言い捨てて先を促したが。ちなみにそんなことができるのは世界で彼女を含めて三人しかいないのだが、少女はそれに気づいていない。少女にとって篠ノ之束はちょっと頭のおかしい姉でしかないのだから。
『それでね、ほうきちゃん。せっかくIS学園に入学するわけだからさ、ほうきちゃんの為の専用機が欲しいんじゃないかって思ったんだよ!』
「いりません」
『そうだよねそうだよね! なんたって世界最強の兵器であるISのほうきちゃんの専用機なんだもんね! ほんとうだったら各国の代表や代表候補生とか軍のエリートさんしか持てないオーダーメイドのインフィニット・ストラトスならいくらほうきちゃんだって欲しいよね──っていらない!?』
「ええ、いりません」
『ええ!? なんで!?』
「必要ありませんから」
『そ、そんな……。って、あれだよ! ほうきちゃんの専用機はね、なんとなんと第4世代なんだよ! この意味分かるよね!?』
「分かりません」
『そうだよねそうだよね! さすがにわかるよね! 兵器としての完成を目指した第1世代、戦闘に関する多様性を主眼においた第2世代、そして今各国で研究中のイメージ・インターフェイスを使った特殊兵器の搭載を目指した第3世代。それをさらに越えた第4世代といえばいくらほうきちゃんでもわか──って、わからないの!?』
「ええ、興味ないですから」
『興味無いって……一応おねーちゃんが青春捧げて、心血注いだ世界最強の兵器なん、だけ、ど、な……?』
「ははははは」
『なにその笑い!?』
うーあーとか言って電話の向こうでいじけてしまった。口元を歪めながら、地面に座り込む。この姉はいつもこうだ。 些細なことに一喜一憂し、感情のままに生きている。それは誰かにとってはワガママでしかないが、少女にとっては好ましいし、うらやましい。
少女は感情表現が苦手だから。その少女の代わりというように姉はよく感情を露わにする。だからこそ、少女──篠ノ之箒は姉である篠ノ之束が大好きなのだ。
「ああ、そういえば。一つ聞きだいことがあったんですが」
『……!? ほうきちゃんが聞きたいこと!? いいよいいよなんでもおねーちゃんに聞いちゃって!』
「なぜ──一夏はISに乗れたんですか?」
『……………それかぁ』
束は痛いところを付かれたように、呟いた。
織斑一夏。
それは大天災篠ノ之束の世界唯三の研究対象の一人で篠ノ之箒の幼なじみ。
『正直言うと、おねーちゃんにも分からないんだよねぇ。どうして男性には使えないのかも分かってないくらいだから』
「本当、ですか?」
『ホントだよ、──信用できない?』
「いいえ、信頼してますので」
『……そっか。えへへ』
きっと。
きっと電話の向こうで束は笑っているのだろう。箒が大好きな天真爛漫な笑顔を。
『……それでほうきちゃん、ホントにISいいの? スゴいできるよ?』
「まぁ、今はいいです。それに知っているでしょう?」
『あ、ダメだよ。ほうきちゃん、それ言うと泣いちゃうよ?』
「──私にとってISは枷でしかないので」
「そんな変態はほうきちゃんといっくんとちーちゃんだけだよ! うわーん!」
●
チン。
日本のとある剣道場。そこに少年はいた。
真っ白な剣胴着に黒髪黒眼でかなり顔立ちの整った少年だった。
チン。
少年はよく解らないことをしていた。いや、何をしていたかは少年の左腰に携えられた刀とチンという音から推測出来るだろう。つまりは少年が刀を抜刀し、振り、納刀する音──なのだろう。
チン。
おかしかったのは──少年の右手が時折見えなくなることだ。別に右手そのものが透明になっているわけではない。ただ──肘から先が霞んで消えるのだ。
チン。
それと同時に音がなる。鍔なりの音が。見えない右手と音だけの鍔鳴り。
チン。
右手で柄を掴んで。刀を抜いて。振りすぎない程度で止めて、納刀。
チン。
それはつまり他人に認識させない超超高速の抜刀術。
光速の──抜刀術。速すぎる抜刀術。抜刀と納刀という相反する現象を同時に顕現させる抜刀術。
チンチン。
音が、変わった。一つの音が二つに。
──否。
チンチンチンチン。
二つが四つに。
チンチンチンチンチンチンチンチン。
四つが八つに。
チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン。
八つが十六に。本来あるはずの刃の煌めきはなく、音だけが増えていく。
チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン──ヒュッ。
異音が混じった。出所は少年の背後の剣道場の入口。そこから投げられビールの空き缶一つにジュース缶一つだ。 少年の後頭部目掛けて放物線を描いて跳ぶ。鍔鳴りが一瞬止まった。一瞬止まり──少年の背後一メートルを過ぎた辺りで、
チンチンチンチン!
空き缶が細切れになった。縦に横に斜めにバラバラに切り裂かれる。空き缶……だったモノは床に落ち、ジュース缶はいつの間にか後ろを向いていた少年がキャッチした。
二つの缶を投げつけたのは入口にいた長身の女性。
黒髪に鋭い瞳、鋭利な雰囲気でどことなく少年に似た女性だった。それもそのはずで女性──織斑千冬は少年の姉である。
そして、なにより──『
少年は文句を言うが、聞きながされる。聞きながされながら千冬は少年に近づき、ある書類の束を差し出した。
どことなく頭の痛そうな顔をして。
少年も困ったようにそれを受け取る。片手でジュース缶を開けて一気に煽りながら、それを見る。
そこにはこうあった。
『IS学園入学説明書 織斑一夏殿』
それは世界初となる男性IS操縦者の少年──織斑一夏に対する説明書という名の強制呼び出し書だった。
いろいろ言いたいことがあるでしょうけど感想へどうぞ。