狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「…………………う?」
一夏は身体を包む倦怠感の中で目を覚ました。身体を起こして、周囲を見回せば黄昏時の保健室。はっきりとしない頭を動かして、なぜ自分がここにいるかを思い出してみる。
「確か………あの黒いのスクラップにした後に、千冬姉に担架に叩きつけられて………」
怪我のひどかった一夏と鈴は自分たちで手当てをしようとして、千冬に無理やり担架に叩きつけられたのだ。そのせいで、手術着らしき服を着ていた。怪我がヒドくなった気がしたが気にしない。
「気がついたか」
仕切りのシーツが開かれ、現れてのはその千冬だった。ここまて近づかれて気付かなかったということは、それなりに自分の身体も疲弊していたらしい。
「どうだ? 調子は」
「まあ、大丈夫だよ」
「そうか。ああ、そこに束が送ってきた治療用ナノマシンがある。無針高圧注射器だからお前でも打てるな?」
「おう」
「よし、………………まぁ、無事でなによりだ。お前に死なれたら────アレの開発者を殺しに行かねばならん」
さらっと、物騒なことを言ってくれた。
「……………おっかねぇな」
「ふん、言っておくが鈴が相手でも一緒だ。アレを殺されなくなかったら、お前が殺されるなよ?」
「………わかったよ」
「よし」
それだけ言って彼女は踵を返し、ドアに手をかけ、
「あか、だが箒にだけは殺されるなよ? 箒を殺しに行ったら束とも殺りあわなければならんからな。そんなのごめん被る」
そう、付け加えるように彼女は言った。それは本当に付け加えるように自然な言葉で、だがら一夏も、自然にそれまで不思議と考えたこともない疑問が生まれた。
「もし、そうなったらどうなるんだ?」
「はぁ?」
「だから、もし本気で千冬姉と束さんが殺し合ったらどうなるんだ?」
織斑千冬と篠ノ之束。この二人がもし命を取り合ったら。
心鋭き
ヴァルハラの導き手と不思議の国のアリス。
一夏の知る限りの武力と知力の
そんな二人が命を賭けて殺し合ったら。それはつまり最強の矛と最硬の盾、どちらが強いかという意味のない問い。今の一夏にはその強さの
世界最強の剣士と世界最賢の科学者。
どちらがより高位の強度を誇るかという、その問いに千冬は、
「─────」
考えたことも無かったと、目をパチクリさせた。殺りあうことは考えても、どうなるかを考えたことはなかったらしい。
「…………………ふむ、そうだな」
千冬はドアから手を離し、顎に添える。少し、考える素振りを見せ、
「わからんな」
あっけカランと、そんなことを言った。
「はぁ?」
「だから、わからんと言っているだろう。アレと殺し合うなど考えたくもない。アレ自身は限りなく脆弱だがな。まぁ、そうだな───」
今度こそ手をかけたドアを開けて、彼女はまるで明日の天気を予測するかのように気軽に、
「──世界の一つや二つ壊れるんじゃないか?」
・・・・・・・・・・・
「イーチーカー」
「…………鈴か」
「ちょっとなによー。テンション低いわねー」
「そういうお前はタレすぎだろ」
「まーねー」
千冬と入れ替わりに保健室に入ってきたのは鈴だった。自分と同じように手術着のような服に上着を羽織っていた。彼女は一夏のベッドのそばの椅子に座り込んで、タレだした。
「ああぁ…………」
鈴は身を震わして、
「─────気持ちよかったぁ……………!」
吐き出すように言った。何がなんて、聞くまでもない。
織斑一夏と鳳鈴音の
殺気と殺意をぶつけ合い、剣気と拳気を刻み合い、鮮血にまみれる二人きりの神楽。
実に一年も開けて。
中学時代を思い出せば考えられない。
「………んー、そういえば」
「どうした?」
鈴はベッドに身体を預け、顔をうずめて、
「あんた、なんで大人しくなってたのよ。昔だったらすぐに刀抜いてたのにさ。それに気配も昔と比べて薄い………っていうか、やたら抑えていたし。なんかあったの?」
「……………」
思わず一夏は頬を掻いた。相変わらずズケズケと突っ込んでくる。まぁ、それが彼女の長所でもあるのだか。
「そうだなぁ…………」
確かに、鈴と一緒にいた頃とは自分は変わった。今は意図的に抑えているが、昔は抑えようともせずに垂れ流しだった。剣気も殺気も殺意も含めて。本来は箒のソレが近かったのだ。
それが変わった切欠は────二年前。
あの事件の日に遡らなければならない。
「なぁ、鈴。知ってるか?」
「何がー?」
「──────人って簡単死ぬんだぜ?」
「………はい?」
「だからさ、人間てすぐ死ぬんだよ」
心臓貫いたり。
首切り落としたり。
手首をはね飛ばしたり。
小さな傷も増やせば失血死させることもできる。
鞘で頭を砕くことができるだろう。
頭だけでなく、首、脊椎でもいい。
どんな方法にしろ、人は容易く死ぬ。
それを知ったのが、
「二年前のモンド・グロッソ事件あっただろ? その時だ」
その日、姉の織斑千冬の大会の応援に来ていた一夏は─────誘拐されたのだ。
最も誘拐そのものは一夏とって脅威ではなかった。当時未熟だった故の隙をつかれて、不覚にも浚われたが特に何もされなかった。というよりも、なにかされる前に全部斬った。
斬って斬って斬って斬って斬りまくった。
数人の誘拐犯も一緒いたISも。
人も機械もISも武器も関係なく斬って───────────殺した。驚いた。知らなかった。あんなに簡単に殺せるなんて。しかし、それでも、なにより驚いたのは、
「殺したことになにも抵抗がなかった…………いや、むしろつまらないとさえ感じたんだ」
こんなもんか、と。
つまらない、と。
なまじ、昔から織斑千冬や篠ノ之箒や鳳鈴音という殺しに行っても殺せない連中と一緒にいたから。
それまでは気付かなかったけど、気付いしまった。
織斑一夏という存在はただの刃でしかないことを。
その事を自覚して、してしまって。それからのことはよく覚えていない。気付けば千冬に抱かれていて、一連の事件は終わっていたから。
それからは怖くなった。
誰か殺しても、ただそれを己の刃の糧としか感じられない自分に。
「……………まあ、それが、殺意とか殺気とか引っ込めてた理由だな」
「………………ふうん」
鈴は一夏の語りを聞いて、
「まぁ、いいけどさ。人の勝手だし。でも─────私相手にそんなの必要ないでしょうが」
怒っていた。
「…………………ぐぬぅ」
全くもってその通りだ。普通の人間に殺意や殺気を隠す理由は分かったが、それは鈴相手にソレら出さないのは理由になっていない。
「斬り足りない? 殺してもつまらない? どうせこんなもん? ……………ふざけんじゃないわよ」
一夏がそんな目にあっていたとは知らなかった。
あの日は
「それとも、あんた。いつか私を殺してもそう言うつもり? ああ、こいつは結局とるに足らない刀の錆になったなぁ……って」
「っ、そんなわけないだろ!」
「なら、いいじゃない」
あっけカランと鈴は言う。
当たり前のことを言うように。
「まぁ、そうね。不安なら約束してあげる。あんたが誰か殺しかけたら私が
誰か殺しそうになったら私が
そう、彼女は笑う。
日溜まりのように咲き誇るような笑顔で。
「あんたの殺意も殺気も私が受け止めて、あんたの刃は私の拳をぶつけ合う。そんでもって私のもあんたが受け止める。それでいいでしょう?」
鈴が一夏の殺意と殺気を受け止める。
一夏の刃を鈴の拳にぶつける。
逆もまた然り。
それつまり、
「……………いつもと一緒じゃねぇか」
苦笑がこぼれた。
困った。
実に困った。
「そうね、一緒ね。それでいいじゃないの」
いつも一緒。
それはつまり、互いに刻み合い、高みへ競い合う神楽。
それは確かに───、
「────いいな、それは」
困った。
それでいいと一夏は思ってしまう。
言っている中身はおかしいのに。
つまりは、互いが誰かを殺してしまう前に互いを殺そうという約束。
歪んでいる、としか言いようがない。
「は、はは」
「なによ、ニヤニヤしてさ」
「鈴だってしてるぞ」
歪んでいる、としか言いようがないのに─────そんな約束が心安く感じる。
「は、はは、ははは」
「ふ、ふふ、ふふふ」
その心安らかさが口から笑いを零す。
本当におかしい。
今自分たちは殺し合いの約束をしたのに。
こんなにも笑っていて、心を満たしているなんて。
「………じゃあ、頼むぜ。鈴」
「任せなさいよ、一夏」
拳と拳をぶつけ合う。
一夏は笑って、鈴も笑っていて、
「あ、どう? 惚れ直した?」
その笑顔があんまりにも可愛くて、綺麗だったから、
「……………さあ、どうだろうな?」
はぐらかすことしかできなかったのだ。