狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
■より 一切衆生悉有仏性
ソレは始め箒の背後から表れた。 黒い影のソレは一夏が飛び出したと同時に、
「………ッ!?」
箒の首筋を打撃し、彼女の身体を麻痺させ、
「借りるぞ」
淡く光る大太刀を持ち去って行った。そして、既に互いの距離を半分ほど詰めた一夏と鈴の前に飛び出した。二人は突如割り込んできた影に驚愕し、それがなにか確認する前に、
「ぜあっ!」
「シッ!」
殺意の斬撃と陽炎の拳撃がぶち込んだ。
殺意を乗せてもなお光速を宿す一刀。
可能性を広げられた陽炎を灯す一撃。
どちらも回避は不可能だ。
光より早く動けるわけがないし、例えどれだけの回避スキルがあってもどこかに当たるという可能性はあるはずなのだから。
だが、
「落ち着け」
光速は同じ光速で動くことで回避し、陽炎の可能性は悉くを身体機動のみで対応した。さらにはハイキック。それが一夏に叩き込まれ吹っ飛び、
「ガッ!?」
「キャッ!?」
鈴ごとぶっ飛んだ。それを見届けずに影は奪った大太刀を地面に突き刺した。なにかが変わったわけではない。
だがしかし、
「漸け、朱星」
突き立てられた大太刀に刃を滑らし、
──────────!!!
女性の悲鳴のような音と共に朱色の光の柱が起立した。それに誰よりも驚いたのは、
「なっ……!」
ラウラだ。驚きは二つ。自分が行った爆撃が無効化されたこと。
もう一つは、己の隻眼に映った影を認識して、
「きょうか───!?」
「このたわけ」
言葉と共にラウラがぶっ飛ばされた。
「!?」
何をされたか理解できない。なにかをされたはずなのに。影が動いたようにも見えなかったのに。
ラウラを空振りした拳の拳圧のみでぶっ飛ばした影は両腕を広げて、宙を掴んだ。それはアリーナ内に張り巡らされた極細の糸。まともに触れれば人の肉など豆腐のように斬れるそれを、しかし影は掴んだ。さらに周囲の糸も腕に巻き付かせ、
「邪魔くさいな」
軽い動きで引いた。
「わ!」
それより驚いたのは糸の大本──シャルルだ。その両の手袋から伸びる糸をかなり(シャルルとしては)の力で引かれ、両腕を突き出すようにすっころんだ。
頭から地面に激突し、
「あいたーーーー!」
叫んだ。そして影に飛来したのは輪郭が歪んだ弾丸。鈴のようにズレているのではなく、輪郭が掴めない。認識ができないそれは世界の法則から外れた証。それを放ったのはもちろんセシリアだ。
それを放ったのは、偏に彼女が知らなかったから。その人影の強度を実感したことはなかったから。 故に、突然飛び込んできた未知数の影に引き金を引いたのは間違いではない。間違っていたのは、その影である。
「ちょこざいな」
その一言で理外の弾丸を掴んだ。掴んで、手のひらの中で転がして、
「返そう」
親指で弾いた。
「キャッ!?」
それはセシリアにすら反応できない速度で飛び彼女の額に直撃する。しかし、彼女にケガはない。そういう風に弾いたのだ。
そして、
「ハァ………」
後に立っていたのは黒い人影…………スーツ姿の織斑千冬だ。それまでの全ては本当に一瞬だった。一秒すら掛かっていない。 さらに言えば千冬は無傷で、一夏たちにも目立った傷はない。それほどまでの───差。
しかし、それに千冬は誇るわけでもなく、
(ああ、頭痛薬頭痛薬)
スーツの内ポケから携帯頭痛薬を取り出した。
・・・・・・・・・
(やれやれ………)
ひとまず落ちついた頭痛にホッとして周りを見渡す。ようやく一夏たちが全員起き上がっていた。 キチンと立つのを確認し、
「まったく、貴様らはどこまで私に手間をかけさせてくれる」
実は八割私怨が籠もっている。
「いいかよく聞け、お前らがじゃれあったりするのは構わん。好きにしろ」
後始末とかは面倒だが、束が協力してくれるだろう。
(ついでに一杯やりたいなぁ……)
なんて、思いつつも、
「だが、さすがに貴様ら六人が同時にやりあうのは目に余る。少しは考えんか」
主に私の頭痛のこととか。
「たがら、場所を整えてやる。異議も異論も反論も認めん。いいか?」
私の平穏のために。
「月末のトーナメントで決着をつけろ」
それならなんとかなるだろう…………多分。
「………わかった」
「……はい」
「……Jawohl.」
「……知道了」
「……OK」
「……Oui」
その六通りの答えに満足し、
「──ではこれよりお前たち六人の私闘を一切禁止する!」
■
「いやぁ、参った参った。まさか糸が掴まれるなんて」
一連の騒動の後。シャルルは一人で寮の廊下を歩いていた。向かう先は自分の部屋だ。
「えーと、一夏と同じ部屋なんだよね」
自分と同じ境遇……ということになっている彼を思う。
「……うん、いい人だね」
初対面の自分にも優しくしてくれたし、気さくに話しかけてくれた。仲良くなれるだろう。だからこそ、謝っておくべきか。
「いや、でも目の前で殺意ぶつけ合いだしたら止めるよね」
死んでてもおかしくない。自分はそれを防ごうとしたのだ。死ぬくらいなら腕の一本くらい安いものだろう。
(あれ? ボク悪くなくない?)
まあ、それも合わせて距離感とか考えなければ。近づきすぎて───女とバレでも困る。
「んー、でも織斑先生にバレてるだろうなぁ」
骨格まで変えているんだけど。多分気づいている。
隠してる意味あるかなぁ。
そうこう考えているうちに部屋の前に。鍵を開けて中に入ってみれば、大量のダンボール。日本観光で集めたお土産類だ。
それの片付けは後に回すとして、
「よい……しょっと」
腰に手を当てて捻る。ゴキッ、という音がして、さらに腕や肩、脚、全身を鳴らして、
「ふう、……やっぱりこっちのほうが楽だよね」
それまでより高い女性の声で呟いた。声だけではない。身体も女性特有の丸みを帯びて、胸も大きく膨らむ。 そのままの姿で脱衣場に向かい、
「よーし、一夏が帰ってくる前にシャワーでも浴びますか」
・・・・・・・・・・
「やっぱり、千冬姉は規格外だなぁ」
首を鳴らしながら一夏は自分の部屋へと向かっていた。あの後、大した怪我もなかったから即解放されたのだが。
「鈴め……」
鈴が燃え足りないとか言って、襲ってきたから逃げてきたのだ。さすがにあの直後でバトるのはどうかと思う。もし本気で怒らせたら、
「消し飛ぶ……?」
いやいや。嫌な考えを振り払い、自室へと。部屋の中には見慣れない荷物──シャルルの荷物が所狭しとダンボール箱に詰まっている。なんか、手裏剣とか苦無の模造品とかへんな置物とかが覗いているけど、まあ、気にしない。
「っと、あれ? シャルルは………シャワーか」
シャワー室から水音が聞こえてくる。
「それにしてもどういう風に接すればいいんだ……?」
少し話した時は仲良くなれると思ったが、先ほどの騒ぎでは少し、というか結構物騒な感じになってしまった。どうにかして仲直りをしたいのだけれど、どうすればいいか。
ちょっと考えてみて。
「……………そういえば、ボディソープ切れてたな」
引っ越してきたばかりだからシャルルは気づいていなかっただろう。困ってるかもしれない。
「うむ、ここは裸の付き合いからやり直せば……」
そうと決まれば話しは早い。 クローゼットから替えのボディソープを取り出す。出来る限りに気配を消して、忍び足で脱衣場へ。持てる限りの隠密スキルを発動。手早く服を脱いで、大事な所だけ手ぬぐいで隠して、
「よお! シャルル!」
「へ?」
「一緒に風呂で、も……は、いろうぜ…………?」
「い、いち、か?」
(………あれ?)
一夏は自分の目が信じられなかった。 目の前にはシャワーを浴びているシャルルがいた。
それはいい。
よくないのは、シャルルの体だ。
というか、胸の辺りがおかしい。箒ほどではないが、かなり立派な膨らみがある。シャワーの水が滴り落ちていてかなりエロい。
「え? あれ? どう、いうこと、だ?」
「え、えーと……………一夏! 後ろの洗面台から万能の霊薬WAKAMEが!」
「な、なにぃ!?」
なぜワカメ。
というかいつからワカメはそんな大層なものになったんだ。思わず振り返った直後。ゴキッゴキッ、という音がして振り返れば。なぜか胸が平らになったシャルルが半笑いで、
「あ、あははー。どうしたの? 一夏。なにか気になることでもあったの?」
「いや、それはないだろ」
・・・・・・・・・
「……………なんというか」
「あ、あはは」
とりあえず、互いに服を着てベッドで向かい合う。一夏は部屋着用の着流しで、シャルルはジャージだ。そこでシャルルから詳しい話しを聞いていた。
つまりは世界初の男性IS操縦者の情報を探るためにわざわざ男装して学園に潜入したらしい。
「なんという、安直な……そんなのすぐバレてもおかしくないだろ」
「だから、ボクが来たんだよ」
「ああ、うん。そうか」
そりゃあ、骨格レベルで変装──そこまで行くと変体だ──をできるシャルルならそうそうバレることないだろう。
「いや、でも現にバレてるだろ。バレたらどうするつもりだったんだ?」
「そこは、ホラ。この学園って治外法権だからさ。とりあえず三年間は通ってその間にどうにかするつもりだったんだよ。ていうか、バレるつもりなかったし」
自信あり気に言うシャルルだが、うなだれて、
「でもなんでか、織斑先生バレてるぽかったから気抜いてたら一夏にもバレちゃったし」
「まあ、千冬姉に関しては諦めたほうがいいと思うぞ。いろいろ規格外だから」
「それは身に染みて味わったよ……」
自分も含めて一夏たち六人が一秒もかからずに蹴散らされたのだ。
なんといか、色々おかしい。
「……そういや、親父さんに言われてきたんだっけ? なに考えてるんだ」
「なににも考えてなかったと思うよ」
「は?」
シャルルはにっこりと笑って、
「僕って愛人の子なんだよ」
「────────」
今、この子スッゴくダークな事をさらりと言わなかった?
「それでさー、昔なんかお父様と碌に喋ったこともなかったし、一回本妻の人からぶん殴られたよ。『この泥棒猫の娘が!』って。いやーあの時は参ったよ。あははー」
断じて。
絶対に。
笑えることじゃない。
「それでさ、なんかそのあとウチの会社が経営難になってね」
「あ、ああ、あのデュノア社か」
今現在世界のIS産業の世界第三位の大手企業だ……った気がする。
確か。
「で、それを利用したんだよ」
「………どういうことだ?」
「だからさ、さっきみたいに骨格変えて母さんとお父様と本妻の人に変装してね。個別にあって地道にお互いの好感度あげてたんだよ。吊り橋効果ってヤツ? そんな感じで一年くらいしたら、皆仲良しになったんだよ。」
何回かバレそうになって焦ったけどねーあははは。なんて笑う所じゃあないはずだ。ていうか、なんでこんな話しになったのか。
「それで今は皆で暮らしてね、一夏の事を知ってある日お父様がポツリと言ったんだよ」
「……………なんて?」
「シャルロットが男に変装して彼からデータとか取ってきてくれたら会社的には大助かりだなーって」
それは間違いなく。
語尾に『かっこわらい』が付くだろう。
「……………」
空いた口が塞がらない。
「たまたま聞いちゃったからには、これは一肌脱がないとって思っちゃったんだよ」
「……思っちゃったのか」
「うん」
一夏は思った。
(こ、コイツ───天然!)
・・・・・・・・・
一夏がシャルルの天然さに愕然とした直後。
「一夏ー。ご飯食べに行くわよー」
と、ノックも無しに鈴が入ってきた。
「今日はもうバトらなくていい、から、さ………」
そして、鈴の目に入ったのは、
「げぇ……!」
呻きを上げる一夏と。
「……あーあ凰さんにもバレちゃったなぁー」
ため息をつくシャルルで。二人はベッドで上で向かい合っており。シャルルはその胸の膨らみからどう見ても女だ。しかもその膨らみは鈴なんか足元にも及ばない。
「ま、待て、鈴。ご、誤解だ。お前の考えてるようなことじゃないから。落ち着け、な?」
「…………ええぇ。大丈夫よぉ……? わかってるぅ。わかってるわよぉ?」
「り、鈴……?」
「ええぇ、私は大丈夫だからさぁ……。アンタこそわかってるぅ?────────浮気は、死って言ったでしょうがァァァァァアアアアアァァァッッ!」
「だから違えぇぇえええぇぇぇッッ!」
「うわー、壮絶な夫婦喧嘩になっちゃったなー」
「いや、アナタのせいでしょうに」
「……ていうか、お前女だったのか」
「まねー、あははー」
「結局胸かー! おっぱいかぁーー!」
・・・・・・・・・・・
「…………」
ラウラ・ボーデヴィッヒは食堂の行列に並んでいた。隻眼の視線は揺らぐ事はなく、姿勢も凛と伸びていた。さすがは軍人というべき直立不動。
それが揺らいだのは、
「だから、悪かったってー。でもねぇ、アンタも悪いのよ? あんなのに鼻伸ばしてるから」
「だから、伸ばしてないって……」
「ていうか、あんなのって酷くない?」
「そうですわよ、こっちでコッソリ箒さんもショックを受けてますわよ」
「……別に、そういうわけでは」
先に命の取り合いまで発展しかけた五人が騒ぎながら食堂に入ってきたからだ。なぜか顔を腫らした織斑一夏と目が合い、
「む……」
「おま……」
どちらも何かを言おうとして、
「聞いてんの!? コラ!」
「ぐはっ!?」
凰鈴音に背中を蹴られた一夏はバランスを崩し、顔面から床を滑って、
「……………よう」
午前中の授業のようにラウラの足下まで来たから、
「…………………」
とりあえず、蔑んだ目で見ておいた。
・・・・・・・・・・
六人掛けのテーブル。
織斑一夏、凰鈴音、シャルル・デュノア。
反対側にラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコット、篠ノ之箒。
その面子が一同に同じテーブルに着席したのを見た他の生徒たちは、
(……いつでも織斑先生を呼べるようにしなきゃ……)
・・・・・・・・・
「…………………」
気まずい。ただ、気まずい。それが、気まずさを誤魔化すようにひたすら箸を進める一夏の感想だった。自分に理由もわからず殺意を向けてくる相手が対面に座っているだ。落ち着ける訳がない。
どうする? どうする?
助けを求めて視線をズラす。
隣の鈴。ダメ。怒りは収まったようだが、ラウラに対する不信感はまだ感じられる。
その隣、シャルル。端でニコニコしながらパスタを咀嚼しているが、彼──彼女もどうかと思う。この男装天然に任せたらまたとんでもない発言が飛び出しそうだ。
その向かい、箒……………は論外として。
やっぱりこういう時は、
(頼むぜ!
そのアイコンタクトが通じたかはどうかはわからないがセシリアは溜め息をつきながら、しかし笑顔で頬に手を当てながら口を開いた。
「そういえば、来月のトーナメントはタッグマッチ……皆さんはどうしますか?」
「タッグマッチ? そんなこと言ってたっけ?」
「ええ、先ほど織斑先生から連絡がありました。正式な告知はもう少し先のようですが……その……」
セシリアは言い淀むみ、
「『お前らと他の生徒と組ませると悪影響しかないから先にお前ら同士で組んでおけ』……と言われまして」
「………そうか」
まあ、確かに自分たちの戦闘スキルで一般生徒と組めば危険だろう。ぶっちゃけ熱くなりすぎて殺しかねない。 自分たちに組めるとしたら、蘭にとんでもブーツを渡したらしい水色の髪の少女に、なんだかよくわからないのほほんさんくらいだろう。セシリアに真っ先に連絡したのは彼女の対人スキルあってのものだろう。
「なら、私は一夏と組むわよ? 文句無いわよね」
「あーうん、いいぜ」
「あ、断ってもいいわよ? その代わりサイン」
「よろしくな!」
いい笑顔でいう一夏に、ちぇーと舌打ちする鈴だった。
次いで、
「ならば、セシリア。私と組んでくれ」
意外にもラウラはあっさりと口を開いた。
「お前以外にこの中で背中を預けられるのはお前しかいない。お互い、やり方もわかっているだろう。お前しかおらん」
ラブコール。そう言ってもいいストレートな要求。お前になら命を預けられるというラウラの率直な求めに。
「……相変わらずですわね。ええ、構いませんわ。よろしくお願いします」
僅かに照れながらも頷いた。
そして、
「じゃあさ、篠ノ之さん。僕と組もうよー。、余りだけどさー」
「え、いや、私は……」
トーナメント自体できる気がないと、そう言おうとして、
「……………」
「…………う」
ニコニコとしたシャルルの笑みにたじろぐ箒だった。
「わ、私は……」
「ん、どうしたの?」
「うう……」
笑顔が。
(笑顔が眩しすぎる……!)
その純粋すぎる笑顔はコミュ障の箒にはキツい。
「お願い、篠ノ之さん。一応代表候補生だからこういうの出といたほうがいいんだよね」
「そ、そう、か……」
「うん」
ニコニコ。
ううぅ。
ニコニコ。
ううぅ。
ニコニコ……。
「…………わかった」
「ホント!? ありがとう、箒さん! 僕のことはシャルルでいいからね!」
「ッ! そ、そうか! よろしくな、シャルル!」
ちょろい、と誰もが思ったが口にしなかった。
篠ノ之箒友達追加である。
そんな感じで。
織斑一夏&凰鈴音による殺し愛夫婦タッグ。
ラウラ・ボーデヴィッヒ&セシリア・オルコットによる軍人タッグ。
篠ノ之箒&シャルル・デュノアによる侍忍者タッグ。
それぞれ結成である。