狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:唯我変生魔羅之理

*より祭祀一切夜叉羅刹食血肉者


△より黄泉戸喫


第拾捌話

 ソレは超高速で海上を飛翔していた。黒と白のカラーリングに同色の翼型スラスター。各手足は爪のように尖っており手ぶらだ。

 竜を模した人型。

 音速を容易く越え水蒸気すら纏っている。昨夜米軍基地を全壊させたソレーー暴風竜は大した目的意識も無く飛んでいた。ISコアに機械生命概念を植え付けられているとはいえ、ソレは生まれたばかりの赤子に過ぎない。故にただなんとなくで飛んでいた。なんとなくで日本へと向かっていたのだ。その地になにか求めるモノがあるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーー」

 

 それは始めただの違和感でしかなかった。小さな島々の上空において視覚素子も聴覚素子もなんの異常を示さなかった。故にそれは単なる勘のようなものだった。

  

 そして直後に暴風竜は異常に襲われた。

 海上十数メートルと低空にいた暴風竜の周囲を暗器が覆った。突如として放ったのは忍び装束に身を包んだシャルロット・デュノアだった。完全になんの前触れもなく暴風竜より十数メートル離れた中空に現れ暗器を投擲してきたのだ。

 

 ISのハイパーセンサーの数倍の性能を誇る暴風竜の感覚素子。それをもってしても見破ることができなかっがために全ての暗器をモロに食らい、

 

「……あちゃ、だめか」

 

 全て装甲に弾かれ宙を舞う。

 決してシャルロットの暗器の威力が低かったわけではない。相手が並みのISならば確実に全ての暗器が突き刺さり剣山でも出来上がってだろう。ゆえに驚くべきは暴風竜の装甲の強度だ。

 

 それを目の当たりにしてもシャルロットは顔色を変えなかった。どころか口元を歪めた。暴風竜の周囲に散らばった暗器を眺めながらも、

 

「行って、皆!」

 

 叫んだシャルロットの背後の孤島から四つの影が飛び出した。

 白の着流しの織斑一夏。

 チャイナドレスの凰鈴音。 

 十二単の篠ノ之箒。

 そして、茜色のジャージ姿の五反田蘭だ。

 孤島から飛び出した後に海面を疾走し、それから散らばった暗器を足場にして飛び上がったのだ。一夏と箒は着地し、それが自重で落下する前に飛び上がるという力技だ。鈴は得意の軽身功で体重を消し、蘭は抜群のバランス感覚による体重移動によって跳ねる。

 

「行くぞぉぉっっ!!」

 

 四者四様己の得物を構え暴風竜へと跳躍する。

 

「ーーーー」

 

 無論それを暴風竜が黙って見ているわけではない。重ねて言うが暴風竜は生まれたばかりの赤子だ。生まれたばかりの赤子が突然襲われたどうなるか。

 答えは簡単だ。

 

「Luーーーー!」

 

 恐怖と驚愕による迎撃。

 泣け叫ぶかのように全身を回し、両腕と翼型スラスターの備え付けられたら各砲門から百余りの白と黒の光弾が放たれる。前日に米軍基地を破壊したのとは違い単純なエネルギー弾だが数が数だ。一瞬で四人の視界が埋め尽くされる。

 

 それでも四人は跳躍の勢いを緩めなかった。

 寧ろ勢いを増し、

 

「頼む!」

 

 叫んだ直後だった。

 一夏の目前、光弾の四分の一がねじ曲がった。鈴の前の光弾が飛来した弾丸に撃ち落とされる。さらには箒の正面に直径ニメートル程度の魔法陣が箒を守り、蘭の背後からから現れたビットからレーザーが放たれ蘭を守る。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコット、布仏本音、更識簪によるフォローだった。セシリア以外の三人は砂浜に陣取り、セシリアは孤島の小さな林の中で伏射姿勢でライフルを構えていた。

 

 四人の後押しを受けつつ、四人はさらに加速していく。

 一夏は刀の鯉口を切り、箒は刀身に指を滑らし、鈴は拳に陽炎を宿し、蘭は両足に風を纏う。

 

「はあああぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴走した無人ISが日本に向かっているという情報が臨海学校にいた織斑千冬たちIS学園の教員陣に届いたのは明朝のことだった。それにより臨海学校全ての日程は中止。ただ日本に向かっているならばともかく暴走機の進路と臨海学校でIS学園が使用している場所が重なったからにはそうはいかなかった。

 

 政府からIS学園へと直接依頼があった。専用機持ちの六人に暴走機を対処せよと。

 

 そしてそれはすぐに受け入れられた。織斑千冬や篠ノ之束は反対したものの本人たちが受け入れた。

 

 そして暴走機に対する作戦はかなり単純なものだった。

 

 高速で移動と飛翔をする暴走機に対しては一度の接敵で落とす必要があった。それ故にISを使っては攻撃力が著しく落ちる。最も本より全員がISを使うつもりはなかったが。

 しかし、ISを使えば機動力が落ちるのだ。相手は飛行可能であり、一夏たちも生身では飛べない。

 

 だから作戦は先ほどの三段階。

 即ち、シャルロットによる足場形成。 

 アタッカー四人よる強襲。 

 バックス四人によるアタッカーのフォローだ。

 

 作戦なんて言えない作戦だった。最近に接敵する際に暴走機がシャルロットの攻撃圏内にいなかった話にならないし、バックス四人が暴走機の攻撃を防ぎきれるかも確信はない。相手は未知の相手であるが故だ。

 

 しかし、シャルロットは確実に足場を作り、バックス四人はアタッカー四人に繋げた。

 そして、

 

「無空抜刀・零刹那ーーーー七式ッ!」

 

覇龍双拳(パーロンサンチュン)!」

 

「鳴け、朱斗……!」

 

「Cyclone Joker Strikeーー!」

 

 全く同時に同じ箇所に放たれた四十九閃。手首を合わして放たれた龍の顎。朱色に輝く大斬撃。竜巻を纏った蹴撃。一つ一つが容易くISを破壊できるであろう超威力の一撃。それらが同時に暴走機へと打ち込まれーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁーーーーーー!?」

 

「はあ!?」

 

「な、に……」

 

「そん、な……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬撃は装甲に切れ込みすら入れられず、双掌底は凹みすら作れず、蹴撃は傷一つつけられなかった。

 そのことに全員が激しく動揺する。当然だ。今放たれたのは各人の最大威力だったのだ。それが容易く防がれた。その現実に一瞬だが、確実に動きが止まった。

 そして暴走機がそれを見逃すはずがなかった。

 

「Laーーーーー!」

 

 右手に白と黒の大剣を顕現させ全身を大きく回し、一夏たちを弾き飛ばす。

 

「があっ!」

 

「うああっ!」

 

「くっ!」

 

「きゃあ!」

 

 四人が四人とも水面をなんどもバウンドしながらぶっ飛んだ。それから最もはやく体制を立て直したのは蘭だ。水上に直立し、暴走機を探そうとして、

 

「なっ……!」

 

 目の前に暴走機はいた。

 大斬撃。

 とっさに蘭は自分と暴走機の間に空気の壁を作るがそれすらも一瞬で破壊され、海が割れた。またもや蘭の身体ぶっとび、しかし今度こそ海に消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずいよ! 蘭ちゃんが浮かんでこない!」

 

 叫んだのは鋼糸で一夏たちを回収したシャルロットだった。砂浜の八人の姿勢の先では先の攻撃で全く傷を負わなかった暴走機。そして、今蘭を沈めたのだ。

 

 そのことに誰よりも激しく反応したのは一夏と鈴。

 

「ふざ、けるなぁてめぇーーー!」

 

「人の妹分になにしてんのよーー!」

 

 再び砂浜から海上へと特攻。箒すらも無言で突っ込む。勿論他の面子がなにもしていなかったわけではない。すでに簪が思念操作型の小型ビットを蘭の救出のために出していたし、シャルロットも鋼糸を水中へと伸ばしていた。本音も蘭が回収された後のために回復魔術の詠唱を始めていた。

 

 動かなかったのはセシリアとラウラ。セシリアは狙撃手であるがゆえに最適の一瞬を待つため。ラウラは軍人として、暴走機と自分たちの戦力の差をはかるためだ。こと戦闘行為においてラウラは驚くほどシビアだった。心の中では驚愕と怒りが爆発しかけているが、頭は氷のように冷静に思考している。

 その上で戦力差を推測しーーできなかった。

 

「ーーーー」

 

 暴走機の戦力がわからなかった。

 自分たちならよくわかる。このメンツなら1日で一国を落とすことすらたやすい。にもかかわらず目の前の暴走機の力量を計りきれなかった。事前に貰っていた情報がまったく当てにならない。

 事実、目の前の暴走機が大剣の柄を向けてくるという謎の行為をしてきた。

 

「っ!」

 

 背筋が凍った。

 

「一夏、鈴、箒、戻れっ!」

 

 叫ぶがーーーーーしかし、間に合わない。

 叫んだ直前。

 柄から青い線が延び、数秒の後に、

 

 

「ーーーーーーー!」

 

 

 悉くを掻き毟ろうとする悲嘆が吐き出された。大剣ではないーーーーあれは剣砲だったのだ。

 

「曲が、れぇぇぇ!」

 

 それに対して叫びを上げたのはラウラだ。視界の中、一夏と鈴の前の空間を可能な限り歪ませて即席の空間障壁を作る。とっさに無理な歪曲を使ったために左目の毛細血管が破裂し血の涙が流れる。

 それでも、

 

「っ!」

 

 一瞬で障壁は砕かれた。

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

「はあああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

「……………………!」

 

 雄叫びを上げたのは一夏と鈴と箒。それぞれ可能な限りの乱斬撃をぶち込む。神速の斬撃と拳撃が掻き毟りとぶつかり合う。一刀、或いは一撃叩き込むと同時に体の肉が削られるが構っていられない。その甲斐あって数秒拮抗し、直後に援護射撃がきた。セシリアに理外の魔砲の超高速連射。点ではなく面による絨毯射撃が掻き毟りを押し込む。当然ながらそれがなんの代償もなくやっているわけではない。通常ならばたとえ同時でも十発以上使うことはない理外の魔砲。それを今は一秒間に百発以上。脳が悲鳴をあげ尋常ではない頭痛が彼女を襲う。耳、鼻、目から血を流しているのを見ればどれだけの負担かは計り知れるだろう。

 

 それでもそれぞれ奮闘あって掻き毟りと拮抗することができた。

 だが、

 

「Gーーー」

 

 黄色に埋め尽くされる視界の中誰もが見た。暴走機の頭部が震えるのを。

 

「ーiーーー」

 

 その仕草は余りにも人間らしくかった。無人というには明らかにおかしい動き。無論それで動きが鈍るような人間はここにはいない。事実一夏たちは徐々に悲嘆の掻き毟りを押し込みだしている。

 

「Gーiーーー」

 

 どこからか漏れる声。いや、呻き。それは確かに感情が滲み出ている。

 

 悲しい哀しい辛い苦しいよ。ダメか。ダメだな。私に救いはない。どうしようもないんだ。だからーー ーー嘆きのままに掻き毟ってやる。

 

 それは間違いなく悲嘆とそれから生じる感情任せの渇望だった。そして、それは呻き共に深度を増していく。

 

「iーーーGーiーーー」

 

 この暴走機が生命として誕生したのはつい昨日のこと。本来、生まれた赤子が生み出された後、生まれて始めてなにをするか、なんて問いはだれにでもわかるだろう。まして、暴走機は生まれてすぐにその感情を注ぎ込まれたのだから。

 

 

 

 

「Giiiiiーーーーーー!」

 

 

 

 泣き喚く。鳴け叫ぶ。哭き散らす。それらにより悲嘆は各段に強さを増し一夏たちを襲う。まず最初に直接拳でぶん殴っていた鈴。彼女に最も早く影響が現れた。

 

「あ」

 

 拳を叩き込んだ瞬間に両腕が二の腕半ばから消し飛んだ。

 

「ああああああああああああああああ!!」

 

 次には一夏。掻き毟りの一つ一つに対応していた彼は鈴の両腕が消し飛んだ瞬間に、

 

「ーーーー!」

 

 無言の慟哭をあげ、それまでの斬撃の倍を叩き込み直後にその十数倍の掻き毟りが一夏を飲み込んだ。

 

 そしてその後。懐からお札のようなものを取り出し障壁を張った箒、右目がつかえなくなったラウラ、顔の至る所から血が吹き出ていたセシリア、障壁を張り出した本音、とっさビットを動かし蘭とシャルロットをこの場から遠ざけようとした簪。

 

 彼女たち五人、一人の例外もなく悲嘆の掻き毟りに飲み込まれた。

 範囲外のシャルロットや蘭も余波が襲う。

 

 

「Gーiiiiーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず鈴が感じたのは顔に張り付く砂混じりの濡れた髪の感触。似たような感触が全身にあるものの、おかしなことに両腕にはなかった。そして、目を開け見えたのはーーーーどうしようもない惨状だった。

 

「あ……っ、ぐぅあ……!」

 

 自分の両腕がない。二の腕から消し飛んでいた。感覚も無いはずだ。血を吐きながら首を動かすことで周りを見れば倒れ伏す仲間たち。

 そして、

 

「ーーーー」

 

 剣砲を自身に突き刺そうてする暴走機。いや、これをただの暴走機なんて呼ぶのは生易しすぎる。

 竜、悲嘆のままに全てを掻き毟ろうとする暴風の竜だった。

 

「くっそ……」

 

 目の前の明確な死に対して漏れたのはそんな負け惜しみだった。いや、凰鈴音はこれでいい。死ぬことになっても涙なんか流さないし、命乞いだってしてやらない。そんな無様なことしてやらない。戦って、負けたのは自分なのだから。

 

 黒の白の刃が突き出される中、鈴はそんな覚悟ーーあるいは諦観めいたことを思った

 

「ーーーー」

 

 ザシュッ、という刃が肉を貫く音。鈴の顔に生暖かい血がかかる。

 

「う、あ、え…………?」

 

 こぼれたのは痛みに対する呻きではなく理解不能の故の疑問だった。

 勝手に目が見開かれる。

 なぜならば、

 

「ごふっ………!」

 

 暴風竜の剣砲に身を貫かれたのは鈴ではなくーーーーーー織斑一夏だったから。

 白い着流しがもはや真っ赤に染まっていた。

 

「いち、か……?」

 

 剣砲が一夏の腹から引き抜かれ、彼が倒れる。明らかに致命傷だった。その彼に足と胴体で虫のように這って近づく。

 

「いちか? いちか、いち、かぁ………」

 

 呼びかけた声には驚くほど嘆きが混じっていた。瞳の中にも大粒の涙が溜まっている。

 

「あ、あんた……なにをして……」

 

 違う、そんなことはどうでもいい。早く手当てをしないと。応急処置でもいいからしないと彼が死んでしまう。なのに、なのに、鈴にはなにもできない。両腕がないのだから。

 

「………だって、よ」

 

 口の端から血をこぼしながら一夏が言葉を零す。その声には力はなく、今すぐにでも消えてしまいそうだった。

 

「俺、男だから、さ……大切な女の子、くらい……守んない、とダメ……だろ……?」

 

「いち、か……」

 

 やめてほしい。なにこんな時だけ女の子扱いしてるんだ。そん台詞はもっとロマンチックな場面で言ってくれないと。

 

 そんな場違いの思いが生まれ、しかし実際に口から漏れたのは、

 

 

 

「ああああああああああああああああぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 悲嘆の絶叫だった。

 しかしどれだけ泣いても奇跡は起こらない。

 再び暴風竜は二人目掛けて剣砲を振り上げる。

 現状を打破することはだれにもできない。

 泣きわめいて現実は変わらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣くな馬鹿者」

 

「大丈夫、大丈夫だから泣かないで、鈴ちゃん」

 

 ゆえにこの場にこの二人が駆けつけたのは奇跡でもなんでもない。

 ただ、弟と妹と妹分の危機に姉が駆けつけた、それだけのことだ。

 

 

 

 ここに『導きの剣乙女』織斑千冬と『愛の狂兎』篠ノ之束が降り立った。

 

 

 

 

 

 


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