狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

20 / 70
推奨BGM:神心清明

*より離一切苦一切病痛能解一切生死之縛

*2より神州愛國烈士之神楽

*3より神威曼荼羅


第弐拾話

「俺は刃だ」

 

 小学五年生の頃、初めて会って凰鈴音が織斑一夏と出会った時、彼はそんなことを言った。

 

「一度抜けば布津(フツ)と斬る刀だ。他は知らない、どうでもいい。天下一の剣士になるまでーー俺はこの世の全てを斬り続ける」

 

 そんなことを真顔で一夏は言っていたのだ。

 唯我の剣鬼。

 求道の極地。

 伊達や酔狂でもなく彼が本当にそう思っていたことは見ればわかった。なぜならばーーーー凰鈴音も同じだからだ。

 だからそれは同族嫌悪だったのかもしれない。

 

「はっ」

 

 彼の渇望を鈴は笑い飛ばしてやったのだ。

 

「くっだらないわね。斬って斬って天下一? ああ、そう。男の子らしく馬鹿丸出しじゃない。笑えるわね。大体、天下一の剣士とやらになってどうすんのよ」

 

「……さあ?」

 

 鈴の問いにきょとんとした顔で一夏は首を傾げた。

 

「だから、それすらもどうでもいいんだよ。なった後のことなんてなってから考えればいいだろ」

 

「あっそ」

 

「つーか、お前にはないのか? そういう夢とか願いとか」

 

「んーそうねぇ」

 

 少しだけ鈴も首を傾げて考える。思いついたことに少し口元を歪め、

 

「とりあえず、あんたみたいな馬鹿には触れられたくないわね。私はそんな安い女じゃない、もっと高嶺に咲いてる華なのよ」

 

「女? 笑わせるなよ、そんなしょっぱ身体してよ」

 

「だまりなさい」

 

 一夏が刀を腰溜めに構え、鈴も両の拳を構えた。

 

「はっ、ならよ。その馬鹿である俺がお前を斬ってやる。最終目的は千冬姉だけど、まずはお前からだ」

 

「やってみなさいよ、私には届かないから。あんたがもっとマシな男になったら話は別だけど」

 

「そうかよ、なら約束だ」

 

「?」

 

「俺は■■■■■■■になる」

   

 その言葉を鈴はどういう風に感じたのか。自分でもよく覚えていない。ただ、胸の奥から湧き上がる感情を隠すように笑い、

 

「なら私は、その時まで■■■■■■■■■■■■■になるわ」

      

 そう、なにか約束の言葉を交わし、

 

 

「ーーーーぶった斬ってやるッ!」

 

「ーーーー届かないわよッ!」

 

 

 初めての殺し合い/殺し愛を始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぁ…………」

 

 淀んだ微睡みから鈴の意識は浮上していく。まず感じたのは網膜を刺激するやさしい黄昏の光。そして肌にふれる畳の感触。畳敷きの部屋で寝ていたらしい。頬に熱があるからきっと畳の跡がついているだろう。

 もっとも頬の熱はそれだけではないだろうが。

 

「つぅ……」

 

 いつの間にか寝ていた。寝る直前のことを明確に意識することは中々できないだろう。故に基本的には睡眠はいつの間にか、落ちるものである。だから寝る前『いつの間にか』の記憶の直前を思いお越しーー

 

「ーーーー!」

 

 跳ね起きた。腹筋と背筋のみでだ。両腕はないから。

 

「いち、か!」

 

 彼は隣にいた。意識を落とす前と変わらず意識はないままで床に伏している。外傷はすでにない。全て束が治癒を施してくれたからだ。

 

「いちか…………」

 

 こぼれたのは涙混じりの声だった。

 

「う、くっ……」

 

 両目に透明な雫が溜まっていく。それは溜まるだけでなく、鈴の身体が震える度に涙が零れる。もっともそれは今初めて流れるものではなかった。寝ている間も鈴が気づかないうちからソレは流れていた。

 

「ひ、ぃ、あ……ぁ……」

 

 涙が頬を伝い、ポタポタと畳へと落ちていく。

 泣くな、と自分でも思うが止められない。

 凰鈴音はこんなところでみっとなく泣く女じゃないはずだ。だってほら、女の涙っていうのは最強の武器だし。普段は卑怯過ぎて使わないが、一夏だってイチコロだし。だから、もっとロマンチックな場面に使わなきゃ、と思う。

 思うが、涙は止まらなかった。

 

「うあ、ぁ……っ」

 

 両腕があればきっと拳からは血が滲んでいたであろう。それでも今の身体ではソレすらもできない。

 

「ゴメン……すぐ、止めるから……」

 

 言いつつも涙は強まるばかりだ。例えどれだけ強くても凰鈴音は十五歳の少女なのだ。年頃の女の子が好きな男の子が自分のせいで傷ついたなんて現実は堪えるものがある。

 

 そう、自分のせいだ。鈴が弱かったから。本来なら倒れているのは自分のはずなのに、そんな自分を庇って一夏は負傷した。

 

 それが悔しい。自分が憎らしい。怒りが沸いてくる。情けない。

 

「こんなんじゃ……アンタとの、約束果たせないよね……覚え、てる?」

 

 正直明確に思い出したのは今の夢でだ。あの時殺し合ってその後に千冬という規格外の存在に圧倒されて、その後はなあなあで付き合っていた。今みたいに攻めだしたのはいつ頃だっただろうか。婚約迫ったのが最初だったような。

 

「覚えて、なかったら……ぶっ殺してやる」

 

 ああ、こんなこと言ってもこれだけみっともなく泣いてたら負け惜しみにしか聞こえない。

 

 そうーーーーあれ負けだった。

 

 負けだった。敗北。凰鈴音は負けたのだ。

 

 負けて、殺されかけて、大事な人を傷つけられてーーーー。

 

「ーーーー次は負けない」

 

 確かに負けたけど、凰鈴音は負け犬ではないのだ。

 

 頭をふって涙を振り払う。泣くのは終わりだ。これだけみっともなく泣いた以上はもう負けられないのだ。負けるわけにはいかない。

 

「あんたは寝てなさいよ、あんたの代わりに私が勝ってくるから」

 

 両腕がないからバランスが不安定だが、それでも何とか立ち上がる。未だに目を覚まさない一夏には背を向ける。もう、振り返らない。扉は脚を使って器用に開けた。

 

 一度立ち止まり、

 

「ーーーー先に、行くから」

   

 振り返らずに部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー空気重いねー」

 

 臨海学校に使われている旅館から少し離れた河原に訪れた本音は思わず呟いた。 

 日が落ちていく河原のそばで水面を見つめるセシリアやラウラはまだいいだろう。辛気臭いのは膝を抱えて座り込む蘭や木の枝に足を引っ掛けてぶら下がるシャルロット。

 

 ほとんど全員が身体のどこかに包帯を巻いていたり、ガーゼが張られている。ラウラは左目が塞がれているし、セシリアは頭部に包帯が巻かれている。蘭は両足、シャルロットは両腕を覆うように巻かれている。かく言う本音も着ぐるみ服の下には包帯巻かれているし、ここにはいない簪も頬に馬鹿でかい絆創膏を貼っていた。

 

 もうすでに夜。昼ごろに暴走機と戦い、6.7時間は経っているか。掻き毟りを受け、意識を失った本音たちが目を覚ましたのは旅館の一室だった。その直後に束と千冬が戻り自分たちは束の治療を受けた。それでも未だに一夏は目覚めない。

 

 

「本音か、どうした?」

 

 赤い隻眼はどことなく力がないし声にも力がない、気がする。

 

「んー、皆どうしてるのかなーって思ってふらついてたらいつの間にかここに」

 

「……そうか、なら私たちと同じだな」

 

「?」

 

「私たちも、なんとなくふらついてたら皆ここに来てましたのよ」

 

「なるほどー。で、皆どう?」

 

「どう、とは?」

 

「体の調子とかーそういうのー」

 

「よくないな」

 

「よくないですわ」

 

 声を揃えたのはラウラとセシリアだ。

 

「魔眼がまったく反応しない。ウンともスンとも曲げられん。篠ノ之博士曰くあと48時間は使い物にならんらしい」

 

「私もですわ。理外の弾丸が使えません。……使えないというより使おうとすると頭痛が耐えられなくて。篠ノ之博士が言うには無理して使うと脳が吹き飛ぶとか」

 

「あーそうだろうねー。二人とも入力器官の歪みだからね。空間歪曲と理からズレる。セッシーの方はガチで脳味噌吹き飛ぶから気をつけたほうがいいよー? こう、ポップコーンみたいに」

 

「いやなこと言わないでくださいよ……」

 

 げんなりと顔を歪めセシリアが嘆息する。つられるようにラウラもため息。

 

「間に合わん」

 

「ですわ」

 

 そう、間に合わない。

 自分たちから遅れて帰ったきた千冬が言うには、暴風竜にある程度のダメージを与えたが動きを止めているのは大体24時間。それだけあれば暴風竜は全ての損傷を回復させるらしい。つまりは明日の昼まで。その昼までになんとかしなければならないが、二人とも間に合わない。

 

「んじゃーシャルルんとらんらんはー?」

 

「とりあえずランランはやめてください」

 

 鬱な雰囲気が吹き飛んで怒っていた。その渾名になにかトラウマでもあるのだろうか。いや確かに安直な渾名だろうけど。

 

「で、どうなのー? らんるーは」

 

 らんるー、という渾名にたじろきつつも、

 

「……私は体は大丈夫です。脚も、もう少し休めれてれば問題ない程度まで動けますけど……」

 

 言いつつも取り出したのは彼女の主武装であるローラースケートだ。一見して大破しているのがわかる。

 

「ご覧の通り私のも使い物になりません。恥ずかしながら、これが使えないとなると、私の戦力半減です」

 

 蘭の戦闘能力は簪から譲り受けた『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』によるところが大きい。それがないとなると確かに蘭の弱体化は否めない。

 

 もっとも、それくらいならなんとでもなるのだけど。

 

「シャルルんはー?」

 

「…………できれば僕もその渾名はやめてほしいんだけどなぁ」

 

 木の枝にぶら下がっていてたシャルロットが閉じていた目を開けて苦笑する。

 

「僕も、別に大した負傷はしてないしね。問題ないよ。正直、今戦えって言われても戦えるだろうね……ま、僕じゃ大した戦力にならないけど」

 

 自嘲気味にシャルロットは呟く。確かにシャルロットの戦闘能力はこの面子の中でも下位だ。身内同士で真っ向から戦った場合勝つのは難しいだろう。

 だがシャルロットは忍者ーー忍ぶ者だ。

 真正面から戦う存在ではない。奇襲、闇討ち、暗殺がメインなのだ。

 シャルロット自身だってそれをわかっていて、なりよりそれを誇りに思っているだろう。

 けれど、やりきれない思いがあるのだろう。

 ああいう奇襲も闇討ちも暗殺も通じない規格外を相手にした場合は。

 

「……なるほどなるほどー」

 

 小さく、小さく本音は笑った。

 思っていたよりも状況は悪くない。なぜなら一人も戦うことは諦めてないからだ。セシリアとラウラ己の歪みが使えないことに嘆いているだけだし、蘭とシャルロットは自分の不甲斐なさを悔いているだけだ。

 誰も次に勝つことを諦めていない。

 

 これならなんとかなる。

 

 旅館では簪が束からいろいろ貰って部屋に籠もっているから戦力不足はある程度補強できるだろう。

 

 本音自身ーー未だ切っていない切り札もある。

 

 もっともそれだけでどうにかなる相手ではないというのも確かだ。

 だからーー

 

「えっとね、皆ー」

 

 少し声を大きめに張り上げた。全員の視線が本音に向く。それに内心おおっと思いながらもいつも通りに口元に笑みをたたえる、

 

「織斑先生と篠ノ之博士からの伝言だよー。まだ戦う気があるなら、ラウラっちとセッシーとシャルルんは織斑先生の所に、らんるーは私と一緒に篠ノ之博士の所に来いっていわれたんだけど………………どうする?」

 

 

 返ってきた答えがなんなのか言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーー」

 

 本音たちがいた河原から少し離れた小さな滝壺。そこで箒は滝を浴びていた。岩の上に腰を下ろし胡座をかいている。夏とはいえ川の水は冷たい。冷水が箒の頭上から降ってくるが、箒は身じろぎ一つしない。IS学園の制服でも真紅の十二単でもない、薄い赤襦袢姿だ。肌に張り付いた繊維の下には傷一つない。

 

 そは治療云々ではなく単純に箒の体が頑丈なのだ。箒のそれは他の面子と比べてもずば抜けている。事実箒は既に全快しているのだ。

 

 最も箒はそれを誇ったりはしない。むしろ忌々しくも思う。異様なまでの頑丈性はつまりそれだけ人間を離れているから。

 

 箒の耐久力は性能ではなく特性なのだ。一夏の剣気や鈴の陽炎やセシリアの魔弾やラウラの歪曲やシャルロットの隠行、それによく知らない簪や本音に蘭も持っているであろう歪みと同じだ。

 

 そして箒はそれを使いこなせていない。自らに宿る歪みを己のものにしているとは言い難いのだ。

 

「ーーーーーー」

 

 故に行うことは精神潜行。それも個我を失うほどの超深度。さらに言えば潜る対象は、己ではない。

 

「ーーーーーーー『朱斗』」

 

 朱色の大太刀。胡座をかいた膝におかれた一刀。箒の歪みの源だ。

 

 箒の歪曲ーーさらに言うならば一夏もーーは他の面子のソレとは別物だ。

 

 鈴、ラウラ、セシリア、蘭は千冬から。

 簪と本音は束から。

 

 それぞれが二人から流れ出た二人の色、即ちこの世界の歪みなのだ。

 

 例外は一夏と箒だ。 

 一夏は『雪那』を、箒は『朱斗』を源ととしている。

 もっとも一夏は既に渇望(イロ)が決まっていて、さらに言えば無意識下で鈴を経由して千冬と繋がっている。

 かく言う箒も束から加護を受けているのだが。

 そして箒の渇望(イロ)もそれに繋がる。

 

 篠ノ之束を、たった一人の姉を、大好きな家族を守りたい。

 

 昔から変わらない篠ノ之箒のたった一つの祈り。でもそれはどうしようもなく破綻しているのだ。

 束を守ることなんて箒にはできない。束のほうがどうしようもなく高みにいるから。自分が彼女を守ろうなんておこがましい。だから束本人にその願いを言ったことはない。

 

 それでも。

 例え秘めていても、守りたいと思うのた。

 人の位階を超えている束を。

 

 そのためには、人を超えている束を守るためにはどうすればいいのか。 

 ピラミッドの頂点に並び立つにはもう一つ同じ大きさのピラミッドを創るか。

 それかーーーーピラミッドそのものから外れるか。

 それはつまり

 

「ーーーーー人を外れるということ、か」

 

 目を開ける。曖昧になった自己を再構成する。

 視線を落とせば『朱斗』の刀身がわずかに発光していて鞘から朱い光が漏れている。

 まったく、なんてじゃじゃ馬な刀だ。まさしく妖刀だろう。

 

 滝から出る。冷え切った体に夜風が染みた。さすがに寒くては体を縮こませる。瞑想はこのくらいしようと思う。

 

 恐らく、今頃鈴が束が簪に義手をつけてもらっているだろう。それが定着するまではおそらく数時間。暴風竜相手に再出撃するのは明朝だろうか。

 なんにせよ、あと数時間休ませてもらうとしよう。 

 握りしめた大太刀が僅かに震え、それはまるで箒になにかを問うようで、

 

「ああ、構わない。コレが私の選ぶ道だ」

 

 小さな声は夜に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が昇る。とある孤島にて輝く曙光に照らされる少女たちがいた。

 

「えーとヤツは……うん、ここに少しづつ近づいてくるね。もうすぐ来るよ」

 

 砂浜に腰掛けた簪がタブレット型PCを操作しながら言ういつも通りIS学園の制服の上から白衣を着ていた。タブレット型PCに表示されているのは今いる島近辺の海域の地図だ。

 

「ーー♪ ーー♪」

 

 簪の隣で鼻歌を歌いながら、脚で砂を蹴り上げるのは本音ただ。クリーム色の質素なワンピースに身を包んでいる。見た目上では普段と変わらない。

 

「………よいしょっと」

 

 その隣。茜色のジャージでストレッチをするのは蘭だ。脚には機械的なシューズを履いている。普段は赤髪をバンダナな纏めていたが今はポニーテールにしていた。

 

「ちなみに後どれくらい?」

 

 五本の苦無を指で遊ばせながら簪に聞いたのはシャルロット。肩から脇腹が露出する緑の忍装束に口元を隠す長めのスカーフ。

 そしてその問いに答えたのは、

 

「ホントにすぐですわよ。五分もありませんわ」

 

 三人分離れて、昇る朝日と水平線上へと目を向けるのは青いサマードレスのセシリアだ。朝日に金髪とその上に乗られたティアナが煌めく。彼女の視線を追うようにシャルロットたちも水平線上へ目を向けるが、

 

「なにも見えんぞ……」

 

 形のいい眉をひそめたのはラウラだ。ドイツ軍の軍服をカッチリと着込み、左目には包帯ではなくいつもの眼帯が巻かれていた。彼女も視力はかなりいいが、それでもなにも見えない。

 

「いや、見えるほうがおかしいよっ!? まだ百キロ近く放れてるんだけどっ」

 

「そう言われましても……ま、点程度にしか見えませんけどね」

 

「それでもおかしいでしょ……」

 

「ま、なんでもいいじゃない」

 

 会話に割り込んだのは、両の拳を打ち鳴らした鈴だ。山吹色のチャイナドレスから露出する肩の先にはーー両腕があった。一見すればただの腕だが、勿論義手だ。昨日の夕方に束に取り付けてもらった特別性。なんでも人肌を再現しつつ、ダイヤモンド並みの硬度だとか。取り付ける際に、筆舌し難い激痛があったが、その甲斐あり反応は悪くない。誤差も修正範囲内だ。こんな義手を数時間で用意してくれた束にはまったく頭が上がらない。

 

「箒を見習ったら? 凄い集中してるわよ」

 

「……………」

 

 鈴の隣、箒は目を伏して刀を抱えたまま座り込んでいた。先ほどからの会話にはまったく反応せず、その落ち着きぶりに皆が感心したところで、

 

「ん………ん? どうしたお前たち、………ふわぁ」

 

 まばたきを繰り返しながら顔を上げた箒が目をこすりながら欠伸をした。

 

「寝てたんかいっ!」

 

 全員からツッコミが入った。

 

「いや、冗談だよ。さすがに寝てない。冗談だ」

 

「あんたの冗談分かりにくいのよ……」

 

 げんなりする鈴に他の皆は苦笑する。一頻り笑って、

 

「ーーーーーー」

 

 一様に暴風竜を補足した。簪、箒が立ち上がる。

 

「じゃ、手順通りで。カウントダウンは五秒前からでいい?」

 

 タブレット型PCを操作する簪が問うのはーーーーラウラだ。

 

「構わん。ーーーー開戦の号砲は私に任せてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「5」

 

 ゆるりとラウラは眼帯は外した。露わになった左目に宿る光は薄い。やはり依然として歪曲の魔眼は使えない。その上でラウラは考える。なぜ、魔眼が使えなくなったのかを。

 それはつまり暴風竜に敗北したからということではなく。もっと根源的な理由がある。束も本音も無理に使えば脳が耐えきれないと言っていた。それはつまり、

 

「ーー私が至らないからだ」

 

 ラウラが弱いから、自身が魔眼についていけないからなのだ。それはーーーーラウラにとって屈辱だ。なぜならラウラは、

 

「4」

 

 昨夜、ラウラたちを呼び出した千冬は暴風竜の話を何一つしなかった。ただの雑談。ジュース片手に学校生活はどうだとか、美味い学食のメニューはなんだとか。そんな話だけで、アドバイスのようなものは一言もなかった。

 

 ただ、ラウラの頭を撫でながら、

 

『私はお前を信じてるよ。お前は私が導いた英雄(エインフェリア)なのだからな』

 

 そんなことを言っていた。嬉しかった。誇らしかった。照れくさかった。そしてーーーー悔しかった。千冬に導かれた自分が千冬によって受け取った力についていけないなんて。

 なんてーーーー屈辱。

 

「3」

 

「ーーーーーーPanzer」

 

 ラウラの周囲に三十二丁のパンツァーファウストが浮かぶ。無論それは今近づいてくる暴風竜にはなんのダメージも与えられないだろう。それでも、それは諦める理由にはならない。届かないならば届かせればいい。至らないならば至ればいい。それができるとラウラは信じる。

 なぜなら、

 

「私はあの人に導かれた英雄(エインフェリア)なのだから」

 

「ーーーー2」

 

 それはなにものにも譲れないラウラ・ボーデヴィッヒの矜持。

 

「1」

 

「ーーーー」

 

 カウントダウンは残り一。そして暴風竜がこの上を通るのはほぼ一瞬。ラウラの役目はその一瞬を見計らってなにがなんでも暴風竜の進行を止めること。今のラウラのコンディションでそれは至難の業だ。だからこそ、彼女にやる意味がある。カウント1と共にパンツァーファウストを射出した。狙いはほぼ直上だった。

 

「ーー0」

 

「giーー?」

 

 射出したパンツァーファウストが上空で暴風竜とぶつかった。爆炎と爆煙が膨れるが、それだけでは暴風竜は止まらない。だから、

 

「ーーーーー抉れ」

 

 金混じりの両目を見開き暴風竜の周囲に広がっていた爆炎と爆煙が空間と共に消え去った。

 

「giーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラが行ったのはそれまでの空間歪曲ではない。空間そのものを掘削し抉り取るというともの。爆炎や爆煙はマーキングによるものだ。

 それはそれまでのよりも空間歪曲よりも上位の歪み。彼女はただ己の矜持のみで己の力量を上げたのだ。

 

「さすが、ですわね」

 

 英雄の矜持を見せつけたラウラ。それに応えるのは当然ながら同じ英雄の気質を持つセシリア。

 暴風竜の動きは戦友が止めた。ならば次を繋げるためにセシリアは動く。腰に溜めて構えたのは二丁のアンチマテリアルライフル。通常のそれとは違い弾倉が簪に改造され連続して各百発放てるようになっている。それらを天へと向け、

 

「レスト・イン・ピース!」

 

 叫び、引き金を引く。アンチマテリアルライフルでの超高速連射。一発撃つごとに身体が軋むが構わない。計二百発の弾丸を数秒で撃ちきる。放たれた弾丸はセシリアの超絶技巧によって弾道が操られている。織斑千冬をして絶賛するほどの魔技。それによって全ての弾丸は軌道上にて互いを弾きあうことによって一つ残らず上から暴風竜を打撃する。

 

 

 そして、それで終わりではない。

 魔弾に続いて夜明けの空に朗々と響く詠があった。

 

「幸いなれ、癒しの天使

  Slave Raphael,

  その御霊は山より立ち昇る微風にして、黄金色の衣は輝ける太陽の如し

  spiritus est aura montibus orta vestis aurata sicut solis lumina

  黄衣を纏いし者よ、YOD HE VAU HE―――来たれエデンの守護天使。

 アクセス、モードラファエル 」

 

 本音だ。ワンピースを裾をはためかせながら足元に魔法陣を浮かべ詠っていた。詠唱が終わると同時に高度を下げていく暴風竜の周囲に四本の竜巻が生まれた。勿論それらはただの竜巻ではない。触れた空間を切り刻み、空間断裂を起こさせる死の風。

 そしてそれらはーーーーー暴風竜には当たらず、

 

「行き、ますっ……!」

 

 蘭へと向かった。高度を下げる暴風竜の上に彼女はいた。その彼女へと死の風が激突した。普通に考えれば最悪のミス。フレンドリーファイア。だが、

 

「う、あああ……」

 

 死の風の中において蘭は驚くことに軽傷だった。僅かに肌を裂かれた程度。四本の竜巻の中に舞うように翻弄されていた。いや、舞っているのた。死の風の中を事実蘭を飲み込んで数秒足らずで四本の竜巻はより大きい竜巻となる。そしてそれの始点は蘭の双脚だ。

 それが蘭の歪み。

 風も炎も雷も茨も牙もありとあらゆる全てを残らず纏い、自分の力を高める心の翼。全部纏めて吹き荒れる嵐の魂。それが蘭の本質だ。

 

「はあああああああああっっ!!」

 

 竜巻を纏った双脚を暴風へとぶち込んだ。死の嵐が暴風竜を飲み込み、ついに水面へと落ちた。

 落とされ、しかし暴風竜は海中へと落ちることはなかった。だが、

 

「頼んだよ、箒、鈴!」

 

 目の前に現れたシャルロットが箒と鈴を運んでくるのは止められなかった。

 完全に暴風竜の感覚素子外。それもシャルロットだけではなく、箒や鈴もだ。先の敗北を経て己の隠密を他人にも行使できるようになっていたのだ。シャルロットの役目はつまりそれだ。箒と鈴の最大火力二人を確実に暴風竜の前に届けること。

 

 簪が立てた作戦は最初とそうかわらない。

 それぞれの最大威力攻撃で足止めしつつ攻撃し、箒と鈴の本命の一撃を叩き込む。

 単純すぎるがそれが一番勝率が高い。互いの力量の差が大きいのは分かり切っている。だから、長期戦は避け、短期決戦に望む。つまりそれでしか暴風竜に勝つ手段はない。ラウラ、セシリア、蘭、本音が落とし、簪、シャルロットがサポート。そして、

 

「………!」

 

 ラストアタックの箒と鈴。

 箒が大太刀の刀身を四分の一ほど滑らす。瞬間、大太刀から朱色の光が溢れ、箒の右腕に染み込むようにまとわりついた。いや、実際に箒の右腕に染み込み、朱色の腕が染まる。肩まで染まり、さらには右目も朱くなる。

 

 鈴が腕に気を込める。それにより両腕が黒く輝く。義手が人の感触を消し、ダイヤモンドを超える硬度を発揮しているのだ。腕が元々堅いということは腕の硬化に使っていた気を破壊力に回せるということだ。黒と山吹に輝く拳にもはや説明はいらないだろう。拳を射出するための前運動としての震脚のみで周囲に地震が起きたかと思うほどの衝撃がはしり、

 

「叫べーー『朱斗』!!」

 

「陀羅尼孔雀王ォォーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハア……ハア……どう、よ」

 

 間違いなく過去最高の一撃だった。いや、それは自分だけではなく他の仲間たちもだろう。これで通じなかったらもう笑うしかない。

 

 箒と鈴の一撃で巻き上がった水煙は中々晴れない。

 否ーーーー一瞬で晴れた。

 水煙の中から現れたソレによって。

 

「は、は、……はは」

 

 自然と口から笑いが漏れた。勿論それは歓喜ではない、絶望によるものだ。空中にて装甲に傷一つ無い暴風竜。

 

 そしてその暴風竜の周囲で蜷局を巻く白の巨竜。

 

「これはないわー」

 

 暴風竜と巨竜が纏うのはおぞましいまでの悲嘆。それに当てられてて全員が等しく同じことを覚悟した。

 

 即ちーーーー死、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーー」

 

 気づけば一夏はよくわからない場所にいた。どこかの真っ白な砂浜だった。何色にも染まらない、ただありのままの砂浜。そこを一夏は意味もなく歩いていた。どうにも記憶が曖昧だ。

 

 なんだろう、確かなにかをしていたはずだった。なにか大事なことがあったはずなのに、どうしても思い出せない。

 

「………うーん、なんだっけ」

 

 そう一夏が呟いた次の瞬間。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

「ん?」

 

 誰かが一夏への話しかけてきた。

 

 

 

 


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