狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:黄泉戸喫

*1から*2まで祭祀一切夜叉羅刹食血肉者

*3より吐菩加身依美多女

*4より我魂為新世界




第弐拾壱話

 

 

 

 

 

 

 

 

天下一の剣士になりたい。一度抜かれれば全て切り裂く一振りの刀。なるほどとてもわかりやすい夢で渇望です。きっと男の子ならば一度は夢に見る願いでしょう。剣の道に限らずともそれ以外の道だとしても一度は頂点に辿り着くことを夢想するはずです。せずにはいられないでしょう。

 

 

 一夏の耳にどこからか声が聞こえてきた。いや、耳に聞こえるというよりは頭の中に直接響いてくるというほうが正確か。本来ならばそうそう有り得ない現象。しかし一夏はそれに動揺することはなく、寧ろ何故だが落ち着いた。これまでも聞いたことがあると感じたから。

 だがら、響いた声に一夏は答えてきた。

 

「ああ、そうだな。俺なんか物心ついたときからそんなんだったし」

 

 

そう、物心がつくような時期。世間を知らないような幼い時分に願うことです。そう、なにも知らない白痴の願いと言えるでしょう。井戸の外を知らない蛙。井の中の蛙と笑われてもおかしくないでしょう。いえ、あなたくらいの年でそんなことを大声で叫ぼうものなら馬鹿にされるでしょうね。あなたはーーどうでしょうね。

 

 

「…………」

 

 少し、黙る。

 いや、大した意味はないけど。ただ、自分でも考えてみる。今一夏は十五。高校一年生。世間でも大人扱いされる頃だ。しかも自分は世界で唯一人でISを使える男だ。普通の高校一年生よりは立場が重い。IS開発者から直接専用機貰ってさえいる。

 なのに、自分は禄にISを使わずに刀ばっか振っている。

 

「あれ、それってダメじゃね?」

 

 そういえば千冬はいつも頭痛そうにしてたし、束は涙目だったような。それを大して気にせずにバカ笑いして刀振っているというのは、なんだろう。

 

 

ふふふ。そう、多くの人は今のあなたのように自らの行いを省みるのです。自分のしていることは他人に迷惑をかけてまで通す願いなのかどうかを。己の祈りを通すということは他を蔑ろにするということです。そんなことはできないでしょう? 愛する人を犠牲にしてまで通すような祈りに価値はない。愛する人のためにこそ祈りがあるのですから。人は唯我ではいけないのです。

 

 

「ゆい、が……」

 

 それはつまり己のみであればいいということだ。確かにそんなのはダメだ。

 ダメだけど。

 

「それ、は……!」

 

 それは、自分のことじゃないのか。

 

 

違いますよ。あなたは唯我ではありません。ただ自分に正直に生きているというだけです。確かにあなたの祈りも渇望も内向きですが、己のみを愛しているわけではないでしょう? 姉を信じ、友を信じ、仲間を信じているのでしょう。他人が自らの付属品だなんて思ってはいないはずです。

 

 

「それは……そうだろ」

 

 千冬姉や束さんは規格外過ぎて自分なんかじゃ計れないし、箒は堅物に見えてただのコミュ障だし、セシリアはいつも頼れる淑女だし、シャルロットは忍者のくせにちょこちょこ目立つし、ラウラは軍人というか男前過ぎるし、本音はどうにもみていて癒されるし、簪は……なんだろうよくわからないし、蘭は大人しく見えて何気によく無茶するし。 

 そして、鈴はーー

 

 

どうですか? あなたの周りの人達はそんな安い人じゃないでしょう? 皆、ありのままに生きている。ただ、それだけなのです。この世界を占める唯一の法。あなたが自分の行いを省みているはここ(・・)にいるからです。ここ(・・)は私に近すぎるから、逆に色が薄くなってしまってるんですよ。ここ(・・)から出れば気にならなくなりますよ。

だから、最後に一つだけ聞いておきたいんですよ。

 

 

「………?」

 

 

あなたが望むのはなんなのか。正直、今の状況は見ていられません。あの人たちには少しばかり怒られるかも知れませんけど……まあ、いいでしょう。一度だけ力を貸します。一度だけ背中を押しましょう。だから教えてください。

 

 

何を求め、何を願い、何に飢えるのかを。あなたの言葉で聞きたいのです。あなただけの渇望(いのり)を。

 

 

「それはーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水が弾ける爆音と共に鋼が大気を切り裂く。

 

「おおおおおおぉぉぉ!」

 

 叫びの主は箒だ。海面を疾走しながら振り下ろされる白亜に竜尾を回避し、反撃の一刀を叩き込む。

 朱の光はそれまでの上回り、それに伴い斬撃の威力も跳ね上がっている。それは巨竜の攻撃を凌ぐことができるということからもわかるだろう。

 たが、それだけだ。

 

「ぐうっ……!」

 

 凌ぐことはできる。だが凌ぐだけで、箒の体は傷ついていく。骨が砕け、血が吹き出る。なんとか反撃しても巨竜の巨体により暴風竜本体には届かない。

 

「ーーーーgiーー」

 

 暴風竜にはほとんど動きはない。ただ、己を取り巻く巨竜に全て任せ黙してる。それで十分だからだ。

 

「はぁっ、ぐぅ……!」

 

 変わりに箒はかなり様変わりしていた。着ていた十二単がボロボロだとかそんなレベルではなく箒自身が。先ほどまで腕を染めていた朱色は領域を広げ、肩から顔の半分にまで及んでいる。右目も先ほどよりも濃い朱色に。

 その朱色が広がれば広がるほどに箒の力は強まっていた。確実に自分たちから頭二つ三つは飛び出ているだろう。悔しくもそれは歴然とした、そして明確な差だ。

 

 なぜならーーーー箒以外はもう誰も動けないから。

 

 彼女以外は悉く倒れた。

 

「はあああああああ!」

 

 唐竹割りの大斬撃。

 間違いなく過去最高の一刀だと自負できるがそれでも巨竜に全て塞がれる。直後にはまた竜尾が真上から降ってきた。海上だからまともに受け止めるわけにはいかない。斬り上げ、斬撃をぶつけることでなんとか逸らす。

 

「まだだ……」

 

 逸らしただけで刀を持っていた右腕の骨が粉砕された。だが、

 

「もっと、持って行け『朱斗』……!」

 

 甲高い音と共に大太刀から朱の光が噴き上がり、右腕を癒す。先ほどからダメージを受けた側から『朱斗』が負傷を治していた。

 

「がっ、ゴホッ」

 

 無論代償は存在する。大きな血の塊を吐き出した。無理な駆動と治癒出体が悲鳴を上げているのだ。いや、それは治癒ではない。箒を染める朱光が箒の体を作り変えているのだ。より強い肉体に。人を外れた人外への領域へと。

 それでも。

 

「それが……どうしたっ!」

 

 構わない。再び巨竜へと大太刀を構える。

 

「人であろうが、そうでなかろうが私は私だ。篠ノ之箒だ」

 

 半身を朱色に染めながら、つまりは半分人を外れた箒は叫ぶ。

 

「私のやることは、私の渇望(いのり)は変わらない!」

 

 篠ノ之束を、姉を守る。それだけだ。

 だから、箒は暴風竜を許さない。

 元々暴風竜はISだったはずだ。無限の空への翼だったはずだ。なのに今は悲嘆の竜なんかに成り下がっている。

 

「目障りなんだ……私の姉の翼を、姉さんの色を! 汚すのもいい加減にしろぉぉぉぉっっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒が雄叫びを上げながら暴風竜へと突撃する。それを鈴は掠れた視界で見ていた。すでに両腕両脚は砕かれ、行動不能だ。それは鈴だけでなく他の仲間たちも同じだ。視界には見えないけど皆同じだろう。

 肌から伝わる感覚はこの前の敗北と同じで濡れた砂の感触。

 額から流れる血が涙と混じって零れおちる。

 

「また、負けた」

 

 茫然と鈴は呟く。もう、それしかできない。こんな身体じゃもうどうしようもない。

 

「………くっそ……!」

 

 

本当に?

 

 

「ーーーーえ?」

 

 声が聞こえてきた。そう思った瞬間に世界は一変した。周囲にはなにもない真っ白な砂浜。体には傷も痛みもなく、ただそこに鈴は立っていた。

 そして、また声が聞こえた。頭の中に直接。

 

 

本当になにもできませんか? 腕が動かない。足が動かない。その程度であなたは諦めるのですか? 力で蹂躙された程度で、あんな泣いて、喚いてるだけの存在に手折られる程度なんですか?

 

 

 

「それ、は……」

 

 頭の中に響いてくる声の内容は厳しい。けれども驚くほどの優しさと暖かさを感じた。まるでいつも触れているかのような暖かさ。だから、鈴は素直に答える。

 

「そんな、わけない……でも」

 

 

でも? なんでしょうか。あなたはまだ生きている。死んではいません。腕があり、脚があり、こうして言葉を交わすこともできる。負けたくないと思う意志があります。

 だったら諦める必要なんてありませんよね。

 

 

「それはそうだけど……」

 

 でも。今の自分では勝てない。

 自分たちより数段上の箒でさえ、凌ぐのがやっとなのだ。

 どうにかして、勝ちたいと思う。でもどうすればいいのだ。

 生憎、何の根拠もなく勝てるだなんて思わない。

 

 

その思考は間違っていませんよ。いいえ、それでいいんです。よくわからない相手に勝たされるなんて気持ち悪いですから。ですから、私がすることはあなたの背中を押すだけです。あなたの祈りを後押しするだけです。

 

 

「後押し……?」

 

 

ええ、後押しです。ですからあなたの祈りを教えてほしいんです。あなたがどうしたいのかを。どうありたいのかを。教えてほしいんです。

高嶺。

あなたはいつもそう謳います。だれにも触れられない孤高の華。それがあなたのあり方ですよね。それを聞く度に、見る度に私は思うことがあるんですよ。

誰にも触れられない。

あなたはーーーー本当にそれでいいのですか?

 

 

「ーーーー」

 

 

誰にも触れられない。それはつまり誰にも触れることができないということ。他人が伸ばした手は決して届かない。触れられたくないということは触れたくないということではないのですか?

そんな存在に誰が手を伸ばすのですか?綺麗だから、美しいから。そういう理由であなたに触れようとする人はいるでしょうし、いましたでしょうね。でも触れ続けようとする人がいましたか?

わかりますよね。たとえどれだけ綺麗でもーーーー

 

 

「ーー誰も見てくれない華に意味はない」

 

 

ええそうです。誰も見ていないなんて、なにも無いというのと変わりません。無限の蜃気楼。どこにもないというならソレと変わらないでしょう。それを悪いとはいいません。ただ、どちらもただそれだけでは大切なものが欠けているということです。

だから、最後に一つだけ聞いておきたいんですよ。

 

 

「………?」

 

 

あなたが望むのはなんなのか。正直、今の状況は見ていられません。あの人たちには少しばかり怒られるかも知れませんけど……まあ、いいでしょう。一度だけ力を貸します。一度だけ背中を押しましょう。だから教えてください。

 

 

「なにを……」

 

 

何を求め、何を願い、何に飢えるのかを。あなたの言葉で聞きたいのです。あなただけの渇望(いのり)を。

 

 

「それはーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「渇望か、そうだな。天下一の剣士、全て斬れる刀になりたいっていのは本当だせ。ーーでも、違うな」

 

 頭に響く声は無かったから一夏は続ける。

 

「今の俺は何もかも斬りたいなんて思ってないよ。約束、したからな」

 

 

 

                           「渇望ね、そうね。誰にも触れられない高嶺の華でありたいのは嘘じゃないわよーーーーでも違うのよ」 

 

                   頭に響く声は無かったから鈴は続けた。

 

                                「誰にも触れられたくないというよりも、一人だけに触れてほしいのよ。そう約束したのよ」

 

          

             ーー約束ですか?ーー

 

 

「ああ。俺がなによりもまずアイツを斬る。なんでもかんでもただ斬るだけの頭悪い刀じゃなくて、アイツを斬るっていう約束だ」

 

 

                                                           「ええ、私はアイツにだけ触れてほしいのよ。他の有象無象じゃなくて、私が惚れた馬鹿に触れてほしい。そしてなによりアイツが摘みたいと思うような華でありたいのよ。そういう約束をしたの」

 

 

 

 

 

               ーーーー

 

 

 

 

「ああ、そうだ。俺はまだ何一つ約束と言えるものを果たしていない。俺が斬るのはアイツだ。俺が斬りたいのはアイツだけだ。俺は天下一の剣士なんてどうでもいい。全て斬れなくてもいい。俺はただ、なによりも綺麗なアイツを斬りたいんだ」

 

 

 

                                                            「ええ、そうよ。私はアイツが約束を果たしてくれるまで待ち続ける。それまでアイツ以外には触れられない孤高の華であり続ける。あの馬鹿に誰も届かないはずの私にたどり着いて欲しいから」

 

 

 

  

   ーーーーそうですか。では答えを。あなたたちはどうありたいんですか? いいえ、もうそれはいいですかね。では、こう聞きましょう。あなたたちはお互いを思っているんですか?ーーーー

 

 

 

 

 

「俺はーー」

 

                                                                    「私はーー」

 

「凰鈴音をーーーー」

 

                                                               「織斑一夏をーーーー」

 

 

 

              ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、目の前には鈴がいた。

 音もなく驚き、それは鈴も同じだったようだ。

 なんでここにいるかとか。怪我はどうしたとか。いろいろお互いに聞きたいことがあるのだろう。二人とも視線が泳ぐ。一夏なんかは意識不明で倒れていたのに。

 それでも。

 お互いからこぼれたのは力の抜けた笑みだった。

 はは。

 ふふ。

 一夏は鈴へと手を伸ばした。

 伸ばした手を鈴が掴む。

 行こうぜ。

 うん。

 そして、言葉と共に世界は砕けた。それと共にその場所から二人が弾き出される。

 その間際、誰か、見たことのな少女が二人に優しく微笑んだ気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 一体どれだけ戦い続けたのか。体感時間ではもう何時間も続けたような疲労を感じ、それでも己の体に活を入れようとした瞬間だった。

 背後から二人が駆け抜けた。

 白と山吹の背中。

 

「は、はは」

  

 見えたその二人がどうしようとなく頼もしくて、活を入れたはずの体から力が抜けた。

 まったく最高のタイミングで来てくれる。狙っていたのではないだろうか。ま、いいや。他の連中ならともかくあの二人なら任せられる

 身体から自ら力を抜いた。そして、砂浜に倒れる寸前、

 

 

「勝てよ、このバカップル」

 

 

 

 そしてーーーーー戦友の激励を受け、今ここに颶風と高嶺の神威が吹き荒れ、咲き誇った。

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜明けの風でなびく髪を抑えながら束は目を細めた。

 

「…………」

 

 林間学校が行われる砂浜にて束は水平線を眺める。水平線の向こうで行われていることを。

 その瞳に浮かんでいる感情はなんなのだろう。ああ、そうかという納得と少しばかりの憤り、頑張れという激励の意。そしてそれらを包み込むような慈愛の感情。

 

「………?」

 

 ある感情が束の思考に割り込むようによぎった。

 

「ーーーー」

 

 それを理解し、頭の中で咀嚼し、

 

「ふふっ」

 

 口元に手を当てて笑みを零した。

 

「いいんだよ、あなたたちが望むならそれで。自分の主の力になりたいという願いは決して間違ってないよ。だから、謝る必要なんてないんだよ。それに」

 

 束は水平線の向こうに笑みを、優しい笑みを浮かべ、

 

「自分の子供の成長を喜ばない母親なんていないんだよ? 白式、甲龍?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*4

 

 

 

 

 

 

       『壱 弐 参 肆 伍 陸 漆 捌 玖 拾

         布留部ーーーー由良由良止 布留部』

 

 それは単なる力量の上昇ではない。

 新たなる生命の誕生だ。一夏と鈴、二人が歌い上げる祝詞は二人の魂から奏上されるものであり、誕生の産声だ。自己の存在、己の在り方。それらを神域までに昇華しているのだ。

 

『曰く この一児をもって我が麗しき妹に替えつるかな すなわち 頭辺に腹這い 脚辺に腹這いて泣きいさち悲しびたまう』                                            『通りませ 通りませ ここはいずこか細通なれば 天神もとへと至る細道 御用ご無用 通れはしない』 

 

 二人が魂より渇望する願い、それらは内向きであるが故に二人の存在の質の面において急激なまでに高めていく。人間という矮小な個体に莫大なまでの神気が集い、人間という位階から外れていく。

 ■からのブーストとインフィニット・ストラトスという無限へと挑む翼。それらが今現在では足りない神気を補っていた。もはやインフィニット・ストラトスその在り方を大きく変えたいた。

 ガントレットだった白式もイヤリングだった甲龍も形状から根本的に変革する。白式は肩甲つきの純白の羽織、甲龍は腕を覆う黒の手甲。それはもはやISとしての機能はない。ただの己の主にとって不必要の機能を廃除した結果だ。

 白式も甲龍もどちらも一夏と鈴の専用機としてありながらどちらもそれぞれの主の力になっているとは言えなかった。だから、こそ。今、この瞬間に二機は歓喜する。今間違いなく、己が主の力になっているから。

 

『その涙落ちて神となる これすなわち畝丘の樹下にます神なり  ついに佩かせる十握劍を抜き放ち  軻遇突智を斬りて三段に成すや これ各々神と成る』

                  『この子十五のお祝いに 御札を納めに参り申す 行きはこわき 帰りもこわき 我が中こわき 通りたまへ 通りたまへ』

 

 口から零れる息にさえ神気は宿る。前を向く視線すら、指先の動きにすら。

 内向きの渇望を己の内に永久展開するその存在は世界から独立した単細胞生物的構造。人間大の宇宙。後押しを受け、生まれたばかりとはいえその存在の質に限っては既存の三柱に匹敵する。

 

『黄泉比良坂より連れし穢 これ日向橘小門阿波岐原にて禊ぎ これ我が祖なり 荒べ 、荒べ、嵐神の神楽 他に願うものなど何もない』

                               『ナウマク・サマンダボダナン・インダラヤ・ソワカ オン・ハラジャ・ハタエイ・ソワカ』

 

 二人ーーーー否、今ここに新たに新生した二柱は歓喜の哄笑を上げる。互いに共に神域まで昇り詰めたことが嬉しくてたまらない。何故ならばどちらもそういう渇望でここまで来たから。

 

『八雲たつ 出雲八重垣妻籠に 八重垣つくる 其の八重垣を 都牟刈・佐士神・蛇之麁正――神代三剣 もって統べる熱田の颶風 諸余怨敵皆悉摧滅 』

                             『如来常住ーー 一切衆生悉有仏性・常楽我浄・一闡提成仏 ここに帰依したてまつる 成就あれ』

 

           何よりも綺麗な高嶺の華を斬りたい。

 

         惚れた馬鹿が摘みたいと思うような華でありたい。

 

         『ーー太・極ーー』

 

      『神咒神威ーーーー素戔嗚尊・天叢雲剣』

  

      『神咒神威ーーーー帝釈天・嶺上開花』

 

 高嶺の華を斬りたいと願う颶風はそのために己の刃を研ぎ澄まし、高嶺の華は惚れた馬鹿にいつまでも手を伸ばして欲しいからより美しく咲き誇ろうとする。

 

 二つの渇望は二つの宇宙を接続し、二つで一つとなり互いを思い合うことでお互いの神気を高めあう。恐らく遠からず■のバックアップも必要なくなるだろう。そのためにはこれまで以上の神楽を舞う必要がある。

 

 だから、

 

「邪魔なんだよ、お前」

 

「全くよ、人の恋路を邪魔すると龍に喰われて死ぬって、知らないの?」

 

 一夏と鈴はどちらも刀と拳を暴風竜と巨竜へ向ける。白銀の神刀より斬気が溢れ出す。鞘は一夏が太極に至ると同時に風に溶けて消えていた。もはや、必要ないから。代わりがあるから。

 

「ああ、そうだ。今ならわかるよ同じ目線にたった今ならな」

 

「アンタはただ泣いているだけなのね。悲しくて、哀しくて、苦しくて、ただ嘆いているだけ」

 

 二人の声は驚くほど穏やかだった。

 

「ーーーーーiーー」

 

 暴風竜はそんな二人を理解できないという風に眺めていた。

 

「別にそれが悪いとは言わねぇよ。他人の渇望をどうこう言うつもりはないし、俺だって誉められたらものじゃない。渇望なんて我を通してこそだろうしな」

 

「鬱陶しいのよ。悲劇のヒロインだか主人公でも気取ってるわけ? 泣いて祈れば、何かが変わるとでも思ってるの? そんなんで得た奇跡に意味があるって信じてわけ?」

 

 一夏は暴風竜を肯定し、鈴は否定する。なるほどどちらの言い分も間違ってはいない。他人の渇望を否定するなんてよっぽど下衆の渇望でなければできないし、泣いて祈れば叶うような奇跡に意味はない。

 

「けど、な。俺はお前を赦さない」

 

「だから、ね。私はアンタを赦さない」

 

 何故ならば。

 箒を、セシリアを、シャルロットを、ラウラを、本音を、簪、蘭を傷つけたから。

 そして、なにより。

 

「ーーーー人の女に手出してんじゃねぇよ」

 

「ーーーー人の男に手出してんじゃないわよ」

 

 異口同音に同じことを告げていた。

 

「giーー」

 

 鋭さを増した二人の視線に暴風竜は僅かに後ずさる。そう、暴風竜は恐怖を感じていた。

 

「なあ、だからよ。泣いてろよ。嘆いていろよ。お前の悲嘆のなにもかもぶっ斬ってやるから」

 

「来なさいよ。いい女っていうのはそういう悲嘆を乗り越えてこそなれるものだって教えてあげるわ」

 

「ーーーーgiiiーー!」

 

 黙れ、黙れ、黙れ。お前たちに何がわかる。誰かに触れ合っているお前たちが、誰かに愛してもらえるお前たちが。私の何かわかるーー!

 

「Giiyaaーーーーー!」

 

 瞬間、暴風竜から溢れ出す神威が跳ね上がった。例え、暴風竜が偽神とはいえ、神格には変わらない。神格を害するのは神格でなければ不可能だ。

 

 神格は神格でなければ殺せない。

 

「うるせぇ」

 

「黙れ」  

 

 そして、今この時は一夏も鈴も神格だ。ならばこれまでのような一方的な戦闘にはならないし、させない。

 

 ギチリと空気が軋む。殺意が空間に罅を入れ、そして、

 

 

「行くぞぉぉぉっっっ!!」

 

「Giiyaaーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「Ilaaaーーーー!」

 

 悲嘆の叫びと共に暴風竜が飛び上がりながら回転する。それに伴い翼から放たれたのは掻き毟りの光弾。一発一発が先日放たれたの悲嘆の掻き毟りと等しい。その時は一夏、鈴、箒、セシリアの四人で拮抗がやっとだったそれが、千を超えて一夏と鈴へ降り注ぐ。

 

「首飛ばしの颶風ーーーー蠅声」

 

 一閃。

 少なくとも一閃したように暴風竜の視覚素子は捉えた。

 にも関わらず、

 

「Gi……………!?」

 

 千にも及ぶ掻き毟りの光弾が全て切り裂かれた。全てがほぼ同時にだ。ただの一閃にて斬られたわけではない。すべての光弾はどれもが斬れられたら角度が異なる。

 

「ーーーースゥーーハァーー」

 

 息を軽く吸って吐いて、

 

「ほら、まだまだ行くぜ」

 

 刀を振る。

 振った瞬間にーーーーー刀身が消えた。刀身が消え鍔のみとなる。だが、それは刃が消え去ったわけではない。刀身は消えても刃はそこにある。

 

 刀という武器が強いのは何故か。

 それは刀という武器が長くて重いから。ある程度長いから間合いがあっても斬れるし、重ければ自重によってさらによく斬れる。もっともだからといって長くて、重いだけの刀が最強なわけがない。刀が長くて、重いということはそれだけ振りにくいということ。強さは時に転じて弱さになる。

 

 だからこそ、一夏は刀身という鞘から更なる刃を抜く。それは颶風の刃。形を持たず、しかしだからこそ既存の刀法則に捕らわれない。それが織斑一夏の魂の刃。

 

 鋼という錘から解き放たれたが故に斬撃の速度は跳ね上がっている。一度風の刀身を振り抜き、振り終わったら再び鋼の刀身へと納刀する。

 また、一々鞘に納刀する必要がなくなったから、斬撃を振り抜いた箇所から再び新たな斬撃を放つことができる。

 

 つまり、鞘から刀を抜いて鞘に納めるのではなく、刀身から風刀を抜いて刀身へと納めるのだ。

 風の刀ならば形がなく、さらには今の一夏は距離すらも斬ることができる。

 

 故に光速を超え神速となった斬撃は掻き毟りの悉くを切り裂くことを可能にした。その斬撃は剣速においてならば既存の全ての神格を凌駕するほど。

 だが、それでも一夏は満足しない。

 

 全てを斬る刀になりたいのではない。求めるのは唯一人を斬ること。なにもかも斬れなくてよくて彼女だけを斬りたいと願うけど、彼女を斬るためには大抵のものを斬れなきゃ届かない。

 その渇望がさらに一夏の神威を高めていく。

 

「ゼァッ!」

 

 またもや暴風竜の視覚素子では一閃としか認識できなかった。にも関わらず、装甲を千を超える颶風の斬撃が切り裂いた。

 

「ーーgiiiーーーー!」

 

 暴風竜を颶風の刃が切り裂かれるその直前。掻き毟りの光弾が断ち切られると同時に巨竜も動いていた。その巨大な尾を一夏へと振り下ろす。小さな島程度なら粉砕する一撃。それを、

 

「はあああっっ!」

 

 真下から鈴が拳を叩き込む。どう見ても、竜尾と鈴の拳それらがぶつかり合えば竜尾が押し勝つだろう。だが、

 

「…………!」

 

 竜尾が跳ね上がった。それだけではなく、鈴が打撃した部分の肉が弾け飛んでいる。その打撃痕が異常だった。鈴が叩き込んだのは確かに拳だった。にも関わらず打撃痕は拳だけではなく、蹴りや手刀、肘、膝、貫手。肉体で可能な全ての攻撃が放たれたの痕があった。

 

「ほら、行くわよ……!」

 

 跳ね上がった竜尾に鈴が飛び乗り、竜の巨大を駆ける。蜷局を巻いた身体を打撃しながら跳躍する。

 

「こんな感じ、かしら……ッ!?」

 

 呟き、打撃する直前に鈴の身体がブレる。拳を突き出す鈴、蹴りを叩き込む鈴、手刀を放つ鈴、肘を打ち出す鈴、膝をぶち込む鈴、貫手を射出する鈴。

 それらの鈴の影が一瞬のみ数十、数百は乱立しーーーーそれらが着弾の瞬間には一つに戻る。

 そしてその攻撃の打撃痕にはそれら全ての痕があった。

 

 それが鈴の能力だ。

 一度無限に己の可能性を広げーーーーその後、それら全てを統合し収斂するのだ。

 可能な限り、平行世界からも攻撃する可能性を一度全て乱立させてからそれらを全て収束する。

 それによりその一撃は攻撃可能な全ての可能性を伴った一撃。

 

 何故ならば彼女は無限の蜃気楼ではなく、高嶺にて唯一咲き誇る至高の華だ。

 

 常に最善の自分でありたいのではない。求めるのは最高の自分。たった一人見てくれればそれでいい。だからこそ、彼に恥じない自分でありたいと願う。彼と向き合うならばなによりも綺麗でありたいから。

 

 その渇望がさらに鈴の神威を高めていく。

  

「崩れ、落ちろぉ!」

 

 巨体を駆け上がって頭部へと至り、拳を叩き込む。鼻面から巨竜の顔面が弾ける。

 無論、巨竜も黙っているわけではなかった。時にその巨体を鈴にぶつけ、さらには爪翼による掻き毟り。それらが鈴を蹂躙せんと迫るが、

 

「届かないわよ」

 

 そう、届かない。

 鈴は高嶺に咲く華だから。高嶺とは高き頂。つまり頂に至れないような生易しい攻撃は届かない。今の鈴に触れるには鈴自身が望むか、鈴の渇望を上回るどちらかでなければならない。そして、巨竜はどちらもできない。

 

「……………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏が展開した斬撃による結界。それはもはや結界と呼べるものではない。一夏の視線に入る存在はことごとくが颶風抜刀に斬り裂かれるのみだ。

 

「く、っはははは」

 

 零れた笑いに宿るのは殺意と剣気だ。常人が聞けばその場で卒倒するような笑い声。そして、この短い笑いの間にも数百、数千の斬撃が放たれる。それは避けられる術を持つ者はここにはいない。もとより神速の神格。およそ攻撃速度に関してなら彼に届く者は存在しない。暴風竜の装甲を斬り裂き、巨竜の身体を蹂躙し、

 

「あはっ、はははっ! まだよ、まだ届かせないわよ、一夏!」

 

 鈴のみは笑い声を上げる。高嶺におき、その上で一夏の斬撃を足りないと断ずる。それ故に斬撃は鈴に触れた瞬間に威力は減衰されその身に大したダメージを与えることは無い。それに対し、一夏は笑みを強くする。

 

「ああ……斬りてぇなぁ。やっぱお前だよなぁ……お前以外、いないんだよぁ!」

 

 暴風竜でも巨竜でなく鈴ただ一人を見据えて一夏は叫ぶ。同時に斬撃の質を変えた。それまでの数をメインにしたものではなく、質を高めた颶風。

 

 十の斬撃を千放つのではなく、千の斬撃を十放つのだ。

 

 そうだ、高嶺の華を斬るのに有象無象の刃なんて必要ない。何よりも鋭く研ぎ澄まされた刃でなければならない。

 ああ、だから己を研いで、自らを全てを斬れる刃とするのだ。

 

 放たれたのは十閃だが文字通り、千倍の神威が込められた颶風だ。それらは全てが鈴へと向けられている。

 

「ぐっ、ああ……!」

 

 届いたのは十の内二。右のわき腹と左の肩から血が噴出する。それの一滴ずつが一つの天体に匹敵する規模を持つ。そんな己からこぼれる血を見て、

 

「はっ、あははははっ! まだっまだぁ!」

 

 大気を踏みしめる。大気を足場とした超震脚。それも空間に亀裂が入るほどの規模。まさしく高嶺の領域から振り下ろされた一撃。 

 

「-------iigiiーーー!」

 

「がぁ……!」

 

 暴風竜にも一夏にも等しく亀裂を入れる。こと防御力に限ってはどちらもそれほどの強度をもたない。二柱とも攻撃力に特化しているのだ。暴風竜は装甲の回復が追いつかないほどに破砕され、一夏も身体中の骨が砕かれ、体中から血飛沫があがる。

 

 それでも、

 

「は、ははははは」

 

 一夏の笑みは止まらなかった。

 だって斬れないから。先に放った斬撃は間違いなくそれまで最高の自負があった。なのに届かない、あの華を斬りつくせない。今こうして神格の領域にまで達したのにも関わらずあの高嶺は高嶺で在り続けているから。

 

「はははは……ああ、ほんとに。お前と会えてよかった」

 

 その想いが、愛が、一夏をさらなる高みへと押し上げる。そして再び、さらなる斬撃。

 数は十、しかし込められた神威は先の十閃をはるかに上回る。大気どころか空間を斬り裂く神速の刃。巨竜の尾を輪切りにし、暴風竜の右肩から腹まで開かせながら鈴をと向かう。

 

「ふ、ふふふふふ」

 

 鈴の笑みも止まらない。

 だって一夏が自分のことを斬ろうとしてくれるから。自分の届かせるために刃を研ぎあげているから。馬鹿みたいに、愚直に自分という華をしている。飾り気のない無骨な刃でいてくれるから。

 

「ふふふふ……ええ、そうね。私も、あんたと会えてよかった」

 

 その想いが、愛が、鈴をさらなる高みへと押し上げる。そして斬撃に対して拳を叩き込むのだ。

 拳を振りかぶった瞬間に可能性が無限大に分岐し、斬撃を迎撃する全ての鈴が生まれて、一つに集束する。

 

 

「ぜあああああああっっ!!」

 

「だあああああああっっ!!」 

 

 颶風と高嶺の神威が激突し、余波で世界が軋む。形を持たぬはずの刃が粉砕され、鈴の腕が肩まで裂かれる。それでも。

 

「はははははははははははは!!」

「はははははははははははは!!」

 

 愛してる。

 

「ああ、そうだ」

「ええ、そうよ」

 

 愛してる。

 

「ぶった斬ってやる」

「届かせないわ」

 

 愛してるーーーー

 

「殺したいほど、愛してるっ!」

「殺したいほど、愛してるっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「iーーgiーーiiーー」

 

 目の前、自らを置き去りにして行われる神楽に暴風竜は声を漏らす。いや、それははたして本当に暴風竜だったのか。込められていたのは悲嘆だけでは無かった。それまでもようにただ悲嘆を垂れ流しているのではない。

 

「----」

 

 そこに込められていたのは確かなーーーー羨望だ。

 羨ましいと、妬ましいと。互いに刻みあう二人への嫉妬。互いに自分の感情を余すことなくぶつけあってる二人が、意思と渇望と魂を貫いている二人が羨ましい。

 暴風竜の本体とも言える神格『■■■■■■』からさらなる渇望が流れ込む。

 その嫉妬が、焦がれの感情が。

 

 

 

「ーーーーーーGiiyaaaaaaaaaaaーーーーー!!!!!」

 

 

 

 暴風竜と巨竜の傷の全てを癒しきり、さらなる神威を宿して再臨する。

 

「へぇ」

 

「やるじゃない」

 

 それでも、一夏と鈴の二人は揺るがなかった。

 

「俺は刃だ」

 

 そうだ、織斑一夏は颶風の刃。颶風と斬撃の二重概念。なによりも早くフツと斬る神速の一刀なのだ。

 

「斬ることだけを求め続けたから、それだけは絶対に負けられない!」

 

 放たれる神速の颶風。それらを暴風竜が全て防ぐことはできない。斬撃を身に受けながら暴風竜は距離を取る。先ほどまでに無残に切り刻まれることはなく、その身は健在だ。今の一夏に距離という概念は意味がない。だが、暴風竜には意味がある。

 

「ーーiyaaーー」

 

 剣砲の柄を一夏へと構える。柄から光の仮想砲身が生まれた。それは昨日一夏たちを落とした悲嘆の掻き毟り。剣砲から伝わる神威はそれまでとは比べものにならないほどだ。

 

 それに対して一夏は静かに刀を構える。恐れも焦りもない。なぜなら悲嘆はすでになんども斬っているから。一度斬った以上、いくら規模が変わろうと斬れない道理はないのだ。

 

『神の御息は我が息、我が息は神の御息なり。 御息をもって吹けば穢れは在らじ、残らじ、 阿那清々し――』

 

 祝詞を上げたと同時に剣砲から赤の掻き毟りが放たれた。それでも一夏に動揺はない。

 一夏、鈴、そして巨竜の動きすら用い、視線と身体の動きにより数百、或いは千に及ぶまでの死角を生み出す。

 生命である以上、必ず存在する死角。それらを一夏は生み出していた。

 

 

『早馳風――御言の伊吹』

 

 

 生み出した死角悉くから斬撃が発生し、暴風竜を切り刻む。それは極限域の視線誘導と体捌きによる乱撃技。千にも及ぶ斬撃の全てから死角から放たれるが故に回避は不可能。遍く剣士が夢見る天地史上最高の剣。

 放たれたら最後、対象は己の世界が獣に食い荒らされたような斬撃を受けるのだ。

 それは掻き毟りにさえも及び、掻き毟りの砲撃は内側から切り刻まれ、暴風竜ももはや修復不可能なまでに切り刻まれた。

 

 そして、

 

「じゃあな、特に言うことはない」

 

 止めとなる断刀の一閃が暴風竜の首を切り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再生した山一つ分の大きさもある巨竜。鈴は縦横無尽に巨竜の身体を駆け巡る。

 

「いい加減、うっとおしいのよ!」

 

 収斂された可能性を叩き込みながら鈴は叫ぶ。

 

「泣いてたってなにも変わらないわよ! 泣いてから、どうするかっていうのが大事なことでしょうが! 悲劇のヒロイン気取ってムカつくのよ!」

 

「………………!!!」

 

 鈴の言葉に憤るように巨竜が体を揺らす。だが、鈴の動きは止まらない。

 

「泣いてる暇が会ったらできることしなさい! 今時のヒロインっていうのはね……男引っ張って当たり前なのよッ!」

 

 一際高く鈴が跳躍した。巨竜の頭上。そして、空中を蹴る。

 

 

『太ー宝ー楼ー閣!』

 

 

 右の拳に莫大な神気が宿る。ありとあらゆる可能性が一瞬のうちに乱立し、その全てがその一撃へと収束する。

 それは遥か高みから振り下ろされる拳。

 

 

『善住陀羅尼ーーー!』

 

 

 それは所謂浸透勁の極限域。本来ならば任意の箇所に莫大な衝撃を叩き込むという技だが、可能性を収斂により衝撃を打ち込めるありとあらゆる箇所に同時に打ち込むという技に昇華されている。

 つまりどこにでも打ち込める衝撃ならば対象の全てへと打ち込めるということだ。

 ぶち込んだ。

 

「……………!!!!」

 

 莫大な衝撃により巨竜の巨体が弾けた。

 そして、残ったのは呻きを上げることしかできない頭部。唯一消えず、しかし顔面にはそれまでの面影がなくなったそれに、

 

「もうちょっと見栄張って生きなさいよ。いい女ならさ」

 

 再び莫大な神気を宿した拳が叩き込まれ、今度こそ消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴風竜と巨竜が光の粒子となって消え去った直後、二人の意識からそれらは完全に消えた。

 事実、未だ残る光の残滓には目もくれなかった。二人が見ていたのはお互いだ。

 

「ーーーー」

 

「ーーーー」

 

 その刹那に放たれた間違いなく過去最高の一閃と一撃だった。真実、渇望にのみによって構成された神威の一閃と一撃。

 それが、お互いしか見えていない二人の愛の形だ。

 

 そして、その一閃が鈴の首を。

 そして、その一撃が一夏の心臓を。

 

 それぞれ断ち切り、穿ち抜くーーーーーその直前。

 

「…………な?」

 

「…………え?」

 

 二人に宿っていた神威。その全てが霧散した。二柱は二人へと戻り、神格から人間に還ったのだ。

 

 

 

 

 


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