狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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夏休み編第弐話

篠ノ之箒は他人から注目されるのは嫌いだ。

 

「……」

 

 だがそれでも、得てして注目を集めることがあるだろう。

 今この瞬間のように、ついうっかり食堂でセラミック製のコップを音を立てて割ってしまった時とか。

 手の中に細かい破片が散らばる。一つ一つは小さく鋭い。普通ならば手を傷つけてしまうだろうがそれでも彼女の手に傷はない。

 同時に周囲を見回せば、やはり他の生徒は自分を見ている。夏休みということもあってか普段よりも生徒が少ないから余計に音が響いた。皆が心配そうに見てくれるがそれでも、注目されるのは好きではない。

 

「…………はぁ」

 

 溜息をつく。幸せが云々などは勿論気にしていない。

 手にしたセラミック製のコップの残骸。頭が痛いのはコレが最初ではないということだ。今は夏休みのお盆の終わりかけ。この時点ですでにコップは十数個。箸は二十組以上。自分の文房具は数えきれないし、自室のドアも数回壊している。

 

「あんた、また? 相変わらずの馬鹿力ね」

 

 目の前にてあっけからんと鈴が言って来る。相も変わらず、歯に衣を着せぬ物言いだ。ラーメンをすすりながら、やれやれと首を振っているが不思議と嫌な感じはしないのだけれど。というか、鈴だって同じことができるだろう。

 

「ああ……すまんな」

 

「大丈夫ですの? 怪我は……」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「気をつけろよ、お前昔から不器用なんだから」

 

「うるさい、お前に言われたくないぞ」

 

 心配してくれるセシリアや悪意を欠片もないがそれでも嫌味のようなことを一夏と言葉を交わしながら、食べ終わった朝食のお盆と共に流し場へと運ぶ。歩いて行く間にも何人かの女生徒心配そうに声を掛けてくれてそれに応えながら考えるのは自分の身体のことだ。

 

 夏休み前、臨海学校においての暴風竜との死闘。そのおり、箒は一時的とはいえ暴風竜と相対した。巨竜の攻撃を一夏と鈴に繋ぐまで凌ぎ続けたのだ。

 そして、その代償が今のこの過剰な身体能力だ。

 コップやらなんやらが割れるのは当たり前ながら力が強すぎるから。そして問題なのはその強すぎる力を箒は未だもてあましているのだ。

 

 

 箒の能力は上書き能力といえるもの。

 

 

 大太刀『朱斗』から掬いあげた命の燃料とでもいえる朱の波動。それを全身に浸透させ肉体を強化させる。それが基本的な箒の異能だ。使い方によっては他種の異能は無効化できる……らしいのだが、箒自身は出来た事は無く、千冬が使ったことを見たことがあるだけだなのだが。

  

 重要なのは、元の箒のステータスに上書きしているということだ。つまり一度朱の波動を掬いあげて肉体を強化すると、強化したまま戻せないのだ。一方通行、一度きりの強化。

 

あるいは書き換え能力と言ってもいいだろうか。存在そのものを人間から別の者に書き換えているのだから。

 

 砕けたコップや食べ終わった食器を預けて、一夏たちに軽く手を振って自室へ。

 ルームメイトの鷹月静寐は帰郷しているので今は部屋に一人で、箒としてはそれは嬉しい----わけではないが、素直に有難い。正直、今他人とルームシェアしている余裕はないのだから。

 ベッドにうつ伏せに倒れ込みながら息を大きく吐き、それまで張り詰めていた気を緩める。なにかが変わったというよりも戻ったような感覚を覚えた。体を転がし、仰向けになりながら右手を掲げる。

 そして見えたのは、

 

「…………」

 

 赤褐色に染まる腕だった。肌色とか小麦色とかの普通ではありえない腕だ。爪は黒いし、鋭く尖っている。赤褐色の色は肩まで広がっており、今は目に見えぬが、顔半分も同じような色だろう。右目に至っては瞳は紅くなり、白眼の部分は黒くなっている。

  

 それが書き換え能力の分り易すぎる代償だった。

 

 暴風竜戦後に真っ先に束が処置してくれたから、意識の切り替えで隠せるからまだましなのだが。

 

 やはりどうにも過剰な身体能力が困る。最近少しましになったとはいえ完全制御に至るにはもう少し時間が掛るだろう。

 

「夏休み中には慣れなければな…………ん?」

 

 ふとカレンダーを見てなにかが引っかかった。なんとなく忘れているような事があった気がしたのだ。

 

「んー」

 

 カレンダーを凝視。良く見れば、今日の日付の所に何書かれていて。

 

「あ」

 

 すぐさま飛び起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身を巫女服に包み、頭には金の飾り、唇には紅を塗り、両手に篠ノ之神社の御神刀と扇を手にしてる自分を鏡で見て、大きくため息を付く。思い切り忘れていたが、今日は箒の生家である篠ノ之神社の祭りの日だったのだ。祭りというだけなら別に箒は動く気はなかったのだが、生家の祭りで在る以上は箒にも役目がある。

 

 それが舞いの奉納だった。

 

 舞いは鈴の領分だろうと思うが、まあしょうがないと割り切る。それでも大勢の目にさらされると言うのは憂鬱だ。

 

 自分の役目に気付いてからすぐに飛び出したからIS学園の連中はまず来ないだろうからまだましなのだが。とりあえず、出店にはで掛けずに神社にこもっていた。禊をしてからはぼっーとしていたが、気付けばもう時間が迫っている。

 

「憂鬱だ……」

 

 やっぱり帰ろうかなと思う。

 だが、

 

「箒ちゃーん、出番よー」

 

「…………」

 

 間延びした箒の叔母の声が聞こえた。さすがに逃げられなさそうだった。

 箒の叔母である雪子に案内されて、舞いの舞台へ向かう。神社の本殿の正面に設置された舞いの舞台は本殿側からは向こうは見えないがかなりの人数の観客がいるのがわかり、また憂鬱になる。

 

「…………すぅ」

 

 小さく息を吸い、いい加減覚悟を決めに行く。そうでないと逃亡しそうだ。舞いそのものは正確に記憶している。あとはそれをなぞればいいだけだ。

 

 

 そして、目を伏せながら舞台に上がりきり、

 

 

 

 

「………………………え」

 

 

 

 

 その瞬間、箒の思考は完全に止まった。

 なぜならば、

 

 

 

「おーい箒頑張れよー!」

 

「ほらっ、股力入れて舞いなさい! それがコツよ!」

 

「ちょ、鈴さんそんなことを大きな声でいうのははしたないですわよ」

 

 まず目に入ったのは、舞台の正面に陣取る一夏、鈴、セシリアだ。それぞれ、白、オレンジ、青の浴衣姿で一夏と鈴は片手に屋台で買ったらしきイカ焼きやら焼きそば、ワタアメなんかをもっている。てか、開いてる腕を組むのやめてほしい。セシリアは横の二人に仕方なさそうにしながらも声援を送ってくる。さすがは淑女、停止した思考に優しさがしみわたる。

 

 すこし離れた所では、

 

「ぬ、ぬぐぐぐ………!」

 

「がんばれ、頑張るのだシャルロット! お前の頑張りが箒に繋がる……!」

 

 分身して何人かで体文字で『がんばれ』を作っている緑の浴衣のシャルロット、それに喝を入れているラウラ。というかシャルロットは忍者のわりには目立ちすぎだろう。なんか関節はずして見事な体文字だし。銀の浴衣姿のラウラも無駄に喝に気合いが入っていて、周りの人をびびらせていたり。

  

 それの隣には、

 

「うあーヤバイ死ぬ。ダメだよ。日光は私の天敵なんだよ。黄昏時でもそれはつまり神々の黄昏《ラグナロク》なわけで」

 

「はいはいー今はモッピーのダンス見ようねー」

 

 木陰でだらけている簪とそれに団扇で風を送る本音だ。というかもうすでに夕方なんだが、それでもダメなのだろうか。

 あと本音はモッピーとかやめてほしい。まだ言っていたのか。それに水色の浴衣の簪はともかく本音はゆかたもいつものきぐるみ風に改造するのかはどうかと思う。

 

 

「…………!」

 

 

 一瞬でそこまでは把握した。やっぱりいつもの連中はキャラが濃いからすぐわかる。

 それでもはやり驚いた。今朝方にすぐ出たので他の皆には何も言ってないのだから、多分一夏が皆に教えたのだろう。だから、それはまぁ、わからなくもない。

 だから本当に驚いたのはそれからだ。

 濃すぎる気配の一夏たちに混じっていたのは、

 

「きゃー箒さーん!」

「きれいーー!」

「ふつくしぃー! 抱いてー!」

「この為に北九州から帰って来たよーー!」

「今年の薄い本には間に合わなかったけど描くわ! 巫女もの描くわ……!」

 

 クラスメイトの女子たちだ。中には帰省中だった子もいる。なんで、と思い、頭上にわずかな気配を感じた。

 頭上ということはつまり神社の屋根の上で、そんな罰あたりなことをするのは、

 

「ねえ、さん……」

 

「…………ふふ」

 

「ふっ……」

 

 優しくほほ笑む束と苦笑する千冬だ。束は人さし指を唇にあてていた。妹だからわかるが、あれはなにも言わなくていいと言っているのだ。

 

 つまりはそういうことだ。

 

 どういうわけか、どうやったかもわからないがクラスの皆に今日のことを教えた、ということのようだ。まぁ、お盆最終日なのだから今日帰ってきてもおかしくはないが、学園に帰ってきてすぐ祭りなんて疲れるだろう。なのに、来てくれた。

 

 ……………?

 

 なにか自分ではよくわからない感情が胸の中で湧き上がってきた。

 それでも、それがなにか自覚する前に太鼓と笛の音。

 

 舞いの始まりだ。

 

 半ば自動的に腕が動いて抜刀し、扇を広げる。

 体を、腕、肩を、腰を振り、刀と扇を躍らせる。

 扇を揺らし、刀を振う。

 刃を扇に乗せ、ゆっくりと空を斬る。

 

 動きそのものは体が勝手にしてくれるが、しかし内心はそう勝手に整理はされなかった。

 

 だってこうして多くの人に見られてるのに。

 だってめんどうな神楽舞をしているのに。

 だって恥ずかしい姿をみんなに晒してるのに。

 

 なのに、なのに、なのに。

 

 

「………はは」

 

 

 笑いが零れた。

 

 誰かが綺麗って言ってくれるのがこそばゆい。

 誰かが感嘆の息を漏らすのが嬉しい。

 誰かに名前を呼ばれるのが気持ちいい。

 

 なぜか、そう思えた。

 

 太鼓と笛、祭りを囃す音が、箒の身体を動かしていき、笑みは絶えなかった。

 そして、舞いが終わり、

 

「………ふぅ」

 

 大きく、長く、息を吐き出す。体力的にはともかく精神的には疲れるものだ。それにより汗が一筋ながれる。  

 

 神社は静寂の一言だった。音はない。

 そのせいで、少しだけ不安に駆られ、その一瞬の内に、

 

 

 

 

「--------!」

 

 

 

 

 境内の中で歓声が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒の記憶に残る祭りの中で最も盛り上がった神楽舞の後。正直疲れて、箒は寝るつもりだった。なのに、神社の控え室にクラスの皆が押しかけて来て、それどころじゃなかった。

 だから、嫌々、そう正直乗り気ではなかったけれど、反抗するのには億劫だったからそれだけ。

 他に他意はない。

 

 だから、しかたなく皆でお祭りを回った。人生で初めて、家族以外の人と、友達屋台巡りをしたのだ。

 

 それは、まぁ。

 楽しかった、のかも、しれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日篠ノ之箒は人に注目されるのが少し、嫌いではなくなった。

 

 

 

 

 

 

 


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