狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
まだギャグですよっと
IS学園早朝六時ほど。その寮のキッチンである。
「ふんふんふーん」
鼻歌交じりに一人の少女が部屋着にエプロン装備で生徒用のキッチンで料理をしていた。ツインテールを揺らしながら食材を切ったり、炒めたり、上げたりしている。
動きは速い。
かなり手慣れているのか、無駄なく効率的な動きだ。同じように数人の女生徒が少女と同じように弁当を作っているが、一人だけ動きが別格だ。元々最新器具が揃っているIS学園のキッチンだが、それらは全く使わずに中華包丁と木製のまな板、それにいくつかの中華鍋だけだ。だがしかし、周囲には大量の食材。
「えっと……凰さん?」
「ん、なに?」
素早く動き回る鈴に、見かねた女子の一人が声を掛ける。
「なに、つくってるかな?」
「んー、聞きたい?」
「うん、まぁ……」
「そうねーどうしよっかなー教えちゃおっかなーどうだろうなー」
うぜぇ。
その場にいた全員が思った。だが、構わずに鈴は満面の笑みで、
「しょうがないなーどうしてもって言うなら教えちゃおっかな―」
うぜぇ。
たびたび思った。
動きを止めた鈴は、振り返り、
「満漢全席よ!」
「……」
空気が止まった。その場の誰もが鈴のドヤ顔をウザがりながらも言葉の意味を咀嚼し、
「……うん?」
満漢全席。
古来中国の民族である満族と漢族の部族のあらゆる御馳走を集め、皇帝が三日三晩かけて食すという中華最高のフルコースだ。所謂珍味などという極稀な食材も使われていた日本ではそうお目にかかれないし、本場中国でも中々食べれない。
そう、いくらなんでもIS学園だとしてもそう簡単に作れるものではない。
「……マジ?」
「おおマジよ。本国からいろんなところでお話して取り寄せたのよ」
「お話」
「そうお話」
「その時拳は?」
「まったく他意はないけど気纏わして握りしめていたわ」
「それ恐喝だよ!」
その場の全員が突っ込んだ。だが、それに構わずに動きを再開し、
「いいのよ。だって
全員が半目になって、手で扇ぎだした。
彼氏彼女である。つまりそういうことだ。
夏休み前の林間学校から凰鈴音と織斑一夏が付き合い始めたのは周知のことだ。もとより入学当初からそういう雰囲気だったから納得こそしても驚く者は少なかった。
少なかった、が。問題は付き合いだした後だ。
別に鈴に対する嫉妬とかあったわけではない。常時刀装備の人斬り侍が相手だうらやましく思うわけもない。アレに釣り合うのはそれこそ鈴くらいですかないのだからそれでいいのだ。真顔で斬りたいとか言う愛情表現とか嫌すぎる。
話を戻すが。
ともかく問題は付き合い始めた後。それまで無自覚にいちゃついていた二人が互いの気持ちを確認しあい、正式な交際になるとどうなるのか。
一言で言うならば、そしてIS学園全員の総意を一言で表すならばこれだ。
リア充爆発しろ。
ぶっちゃけて言うなら非常にウザい。精神的気温が非常に上昇した。基本的にほぼ女子高、それもエリート高であるIS学園の生徒は一般からしたらかなりの高嶺の華だ。だから、大体の生徒は彼氏等はいない。例外的な何人かが地元でフラグ立てたり立てていなかったり。また何組かは女子同士の恋愛に発展することもあるが、一夏と鈴はIS学園唯一の男女カップルなのだ。その唯一だからというわけではないにしろ、ものすごくウザかった。七割の生徒が目が半分しか開かなくなり、二割の生徒が鼻血で倒れ、その他は苦笑した興味なかったり同人誌のネタにしたり。
ちなみに独身の女教師勢は大体が泣いた。
ちなみに言えばこの二人の交際、IS学園内ではこんな感じだったが、世界的にもいろいろあった。
IS学園内ではかなり忘れられているが織斑一夏は世界唯一の男性IS操縦者だ。世界的に貴重であり、現在は国籍すら曖昧で宙ぶらりん、各国が自国に引き入れようと――また国によっては押しつけようと――しているわけだが。
ここにきて中国代表候補性である凰鈴音との交際である。
当然中国的には焦った。それはもう焦った。なにせ一人で中国総軍と喧嘩できると言われている『高嶺華』凰鈴音、それと同等の戦闘力を保有するであろう『剣鬼』織斑一夏、その姉は『
どう扱うべきか、世界的に混乱し――なにを血迷ったか二人に介入しようとする国もいた――救いの手を指しのばしたのが、
篠ノ之束だった。
彼女が各国にメッセージを送ったのだ。
ようやくすれば、
『二人のお付き合いは清く正しいお付き合いなので、束さんとちーちゃん公認でもあるので介入しなように。なにか手を出した場合は私が“お話”に行きます』
という感じである。
一気に混乱は収まった。束の“お話”はそこまで効力があるのだ。
世間一般では476のISコアの開発者として世界を変えた『大天災』として有名ではあるが、実はそれだけではない。むしろIS関係における軍事産業よりもナノマシン等の医療や災害救助用のロボット関係では一部では有名である。
ISで世界を変えたわけだが、医療技術においても革新をもたらし数十年分は技術レベルを上げたとすら言われている。それまで不治の病と言われている病気も束の活躍により治療が可能になったのだ。
災害救助用に至っては束謹製の物を災害発生時に無償で提供しているのだ。設計図込みで。
そりゃあ、ファンクラブだってできる。
医療警察消防関係や難病保有者からすればカルト的な人気だ。合い言葉は『束さんマジ女神』。中国首脳部もそれに入ったとか入らなかったとか。
まあ、そんなこんなで二人の交際は世界公認であり、誰も止められないし、公認でなくても止められるものでもない。
「うふふ」
満面の笑み。親譲りの料理に束からの教えもあって鈴の腕前もプロ級だ。外見上では頼りないくらいの細腕で中華鍋を易々と振う。
基本的に作るのにかなりの時間が掛るはずだが、かなり出来上がり、それぞれタッパに詰め込まれていく。当然ながらかなりの量だ。
「てか、それ何人で食べるの……?」
満漢全席はフルコースであるから言うまでもなく量は半端ではない。確かに一夏はかなり大食漢だが、それでもこれはキツイだろう。
「ん? 勿論一夏と私二人で。まぁ大体は一夏に食べさせるけど」
「食べきれるの?」
「食べさせるのよ」
「怖っ!」
●
「いや、まぁ作ってくれたのなら食うけどさ」
お昼休み。屋上にて胡坐をかきながら一夏は鈴特性の満漢全席に舌鼓を打っていた。箸を動かしながら、会話の話題は来るべき文化祭のこと。
「鈴のクラスはなにやるんだ?」
「中華喫茶よ。飲茶……つまり軽食と点心とかのお菓子ね。まぁ、前日の仕込みと当日の接客販売を除けばそう大変じゃないわよ」
「まあウチなんか気付けばバンドダンスアートにコスプレ喫茶だからなぁ。文化祭当日まで苦行だよ」
「大丈夫なの?」
「ああ、今セシリア主導で担当分けされてるよ。バンドはラウラやシャル、セシリアメインだし、コスプレはのほほんさんに任せてるし、ダンスは意外に箒が乗り気でやってくれてる。アートは担当の子が思い思いに色々作ってる。俺もまぁ刀使ってなんか作ろうと思うし」
「アンタがやったら大体なんでも一瞬でできるからねぇ」
なにせ光速だ。図さえあれば一瞬でその通りに切り刻めるだろう。
「ま、セシリアいるならなんとかなるでしょ」
「だろうなぁ」
ここにはいないセシリアを思いながらシミジミと呟く。今この屋上には一夏と鈴だけだ。基本昼休みは気を遣ってか、あるいは関わりたくないからか二人きりにしてくれる。他の生徒もいない。いや、いないというか二人が来て退散した生徒も何人かいたのだが。
「……」
「……」
しばし無言で箸を進める。あまり喋っていたら昼休みが終わってしまう。量そのものは問題なくても食べきる時間が問題なのだ。
食べきれなかったら、色々拙い。無理矢理口に詰め込まされたりするし。
だから、味を噛みしめつつも箸を動かし、
「……平和だなぁ」
●
一夏は思う。
そして思いかえすのは夏休み前の林間学校。その際の暴風竜との戦闘。“ナニカ”に後押しされ至った極地。
あれからかなりの時間が経ったがしかし記憶は鮮明だ。そう簡単に忘れられるものではない。
そして、記憶を辿り思うのは、
……なんだったんだろうなぁ、あれ。
疑問の一言だ。理解できることが全くない。わかったのはあの戦闘時のみに己の武威が加速度的に高まっていたことだけ。いや、これがセシリアとか簪とかならもっとわかることがあるのかもしれないが生憎一夏は刀振うしか能がない。難しいこと考えるようにはできていないのだ。
餓鬼の頃から刀ばっか振ってたのは伊達ではない。
だが、しかしだからこそ理解できる。
本来ならば今の自分では届かないはずの境地だった。それくらいは理解できる。
あの砂浜にいた“ナニカ”に後押しされなければ辿りつけなかっただろう。
それにISのこともある。
本来ならばパワードスーツであるはずのインフィニット・ストラトスだが、一夏と鈴のそれに限っては在りようを大きく変えていた。
少なくともISとしての展開は不可能になった。一夏は白の羽織、鈴は黒の手甲で形状が固定されているのだ。
機能に関しては現在検証中であるが、束曰く、
「在るべき姿、ね」
在るべき姿に生まれ変わったと、彼女はそう言っていた。
やっぱりよくわからない。
結局はこの感想になるわけで。
できることは修行と、
「……平和だなぁ」
「そうねぇ……」
今この瞬間の陽だまりを噛みしめることだけなのだ。
感想、評価等おねがいします