狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:祭祀一切夜叉羅刹食血肉者

*より唯我変生魔羅之理


第碌話

 

 それは発生した瞬間に爆発的に広がった。

 クァルトゥムが振り下ろした長剣から放たれたの黒紫の波動だった。刃が地面に突き刺さりそこを中心にして、一瞬にして学園島全体を襲う。対象は、この学園にいる全員の人間にたいしてだ。

 それは束縛だった。

 青白い光の輪が老若男女関係無く全員を縛り、

 

「重、い……?」

 

 誰かが呟く。加重を受けるように絞めつけ。いや、性格に言えば下に落ちるものではなく空間に繋ぎとめられるような重さだ。その場から動くことさえ嫌がっているのかのようのに。

 

「なにこれ……いや…」

 

『そう、嫌気(アーケディア)だぜ』

 

「!」

 

 突然声が響く。それは各所のスピーカーから生じる女の声だ。

 

『おめーら一人一人が持つ“自分にとって悪である”ってとこに“嫌気”の力がかかるんだとよ。ははは、どうよ高校生(ガキ)ども、コンプレックス持ってるかぁー?』

 

 耳障りな、嫌味たっぷりの声に思わず誰もが青筋を立てる。だが、その怒りが当然の束縛に対し余裕を持てたのか周囲を見回せば、誰もが嫌気の束縛を受けていた。女性が多いから、やはりというべきか胸や腰、尻に多い。  

 

「ちょっと、アンタそんなに胸大きいのにどこにコンプレックスあるのよ」

 

「大きいのにもいろいろあるんだよ……」

 

「ちょ、上げ底と胸パットとコルセットがばれるっ」

 

『案外余裕だなおい』

 

 呆れるような声が聞こえ、

 

『んじゃあ本題に入らせてもらうぜ』

 

 空気が変わる。各所から放たれるスピーカーを通してというだけでなく、その声の主から直接放たれているのではないかと思わせる。

 そして、

 

亡国企業(ファントム・タスク)、“暴食(ガストリマルジア)”オータムだ』

 

 名乗り、

 

『ちょっくら蹂躙させてもらうぜ』

 

「……ひっ」

 

 ひきつった呼吸音が各所で響いた。それだけでなく、驚愕と恐怖により足から力が抜けて転倒する者までいた。“嫌気”により空間に留められていなければ、もっと転んだものが多かっただろう。

 

 IS学園上空に突如として現れたのは竜だった。

 

 黒と白の機械の竜。しかもそれは一体で無く、無数にだ。大きいので三十メートル前後、小さいのでも十メートル近くある。大型の数は十程度であり、小型のは数えきれないほおどもある。全身を機械の装甲に包まれた白黒の竜たち。形も四肢がわかりやすく発達しているもあれば、全体的に流線系で脚部が小さいのいる。

 空を埋め尽く竜たちに大地に縛り付けられている人間はどうすることもできない。見上げる竜の目には感情は無く、ただの視覚素子でしかないが、恐怖は確かに伝わってくる。

 

『はははは、中型機竜十三機、小型機竜五十八機だ。どうよ、ISなんか目じゃないぜ? ちとオーバーキルぽけどよ。まぁ気にすんなよ、ははは』

 

 笑う。あざけるように。

 

『ほら頑張って抗えよ餓鬼どもよ、頑張って私の目に止まったら直接私が喰らってやるさ』

 

 笑う。そして、

 

『おら、どうだよ“世界最強(ブリュンヒルデ)”“狂い兎(マーチヘア)”。自分の生徒たちが断崖目前だぜ? なにかしないのかよ』

 

「ふむ」

 

「んー」

 

 答えたのは、当然ながら名指しされた織斑千冬と篠ノ之束だ。場所は学校の屋上だ。変わらず女教師スタイルの二人は聞こえてくる声に軽く首を傾げる。

 その姿に束縛はない。

 その程度の嫌気は二人には届かないということを暗に表しているのだ。

 束縛がなく、自由の身でありながら動く気配は二人には無い。

 

「ふん、くだらんな。なんだこの茶番は」

 

 鼻を鳴らす。

 

「私の生徒を脅すためにパシられてきたのか貴様は。話にならんよ。この程度で私が動くとでも思うのか?」

 

『おいおい、いいのかよセンセ。今時教育委員会に訴えられちまうぜ? 助けなきゃダメだろ』

 

この程度で(・・・・・)?」

 

 言いきる。

 オータムが楯無を完全に見下していたように、千冬もまたオータムを格下に見ている。無言の束も同じだ。二人からすれば上空を竜に占められているということさえ脅威ではないのだ。

 そして溜息を軽く吐き、髪をかき上げる。

 

「いい加減にしろ」

 

『あ?』

 

 呆れるように、叱るように。鋭く短く、言う。その言葉はただの空気の振動ではない。千冬という世界から放たれる理性だ。大罪を身に宿すオータムとその背後の■■■へと向けられた言葉。それを吐くと言うことは今ここにいる千冬の存在を欠落させる要因になるとしても、言わずにはいられない。そして、千冬が言うからこそ、対極である束は沈黙を貫く。

 

 

 

「――貴様ら、何時まで己の持っているものに満足できない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――黙れ』

 

 その言葉に果たしてどんな意味があったのか。聞こえた声はオータムだけではなく三人分。オータムとクァルトゥム、そして残りの一人の声だろう。千冬が告げた言葉に過剰と言えるまでの感情を乗せた反応が返され、

 

『やれクァルトゥム』

 

『Jud.』

 

それまでの余裕はどこにもなく感情の任せた声が聞こえ、“嫌気”の束縛は強まる。同時に、

 

「――――!」

 

 機竜が動き出す。全身の人工骨格や人工筋肉を軋ませながら落ちる。錐もみしたり、そのまま真下に落ちたりと落下による進撃が為される。

 白黒の装甲が急激な加速と落下による大気摩擦で加熱される。それぞれが十単位の巨体だ。僅かな落下で音速を超えて水蒸気爆発を生む。

 向かう先は学園校舎。半分以上は千冬たちへと向かっている。

 機竜たちの大質量が落ちれば間違いなく木端微塵だ。千冬や束はともかく校舎内に残され、“嫌気”により束縛された生徒たちは助からないだろう。

 だが、それでも千冬は揺らがなかった。やれやれと首を傾げ、

 

「この馬鹿共、何時までへタれているのだ」

 

 呟く声はオータムたちに向けられたものではなく、

 

「この程度で嫌気を覚える程度なのか? 貴様たちが求める道は。それでは何も為せないんだよ。この程度、下らないと断じて見せろよ」

 

 言いきるのと同時。

 

 校舎からいくつかの影が飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 真っ先に飛び出してきたのは日本刀を腰に携える執事服の少年と赤のチャイナドレスの無手の少女だ。執事服のソレは蝶ネクタイは取られ鎖骨当たりまで開けられ、チャイナドレスは通常彼女が着ているものよりも露出が多く、普段ツインテールの髪にもシニョンが付けられていた。

 二人は跳び上がり、目上の竜を眺め、

 

「……スゥ……ハァーー」

 

 息を吸い、体から力を抜く。跳び上がった二人には殺意はなく戦意すらない。自然体ともいえる姿勢。この状況で、それは誰もが自殺行為だと思うだろう。機竜もオータムたちも、束縛されていた者たちもそう思った。

 

 そして、

 

 

『千条千鏃――――無空抜刀』

 

『七条大槍――――無空拳』

 

 

 ノータイム、溜め無しで放たれた斬撃と拳撃が機竜を刻み穿つ。

 

「!」

 

 放たれたのは千の鏃の如き極細の斬撃と七の槍の如き極大の拳撃。

 そこに殺意はなく戦意はなく意識もない。無拍子。拳と手と刀の意思のみにて放たれる純粋な技術。歪みではなく二人の魂から放たれる技だ。単なる斬撃と拳圧でしかないが、それ故に破格の威力を誇る。

 

 織斑一夏と凰鈴音は数ヶ月前、太極という存在の最高峰にまで至った。それはISと■のブーストにより押し上げられた結果であり暴風竜を打倒した直後に人間の戻ったとしても至ったという事実は残っている。

 

「はは、気付いたんだよなぁ」

 

「ええ、そういうことよね」

 

 至ったその極限域のおいて、二人は己の渇望と魂と向き合った。そして知った自らの渇望。

 

「俺が斬りたいのはこの女だけなんだよ」

 

 織斑一夏は斬りたいのは凰鈴音だけだ。

 

「私が触れてほしいのはこの馬鹿だけなのよ」

 

 凰鈴音が触れてほしいのは織斑一夏だけだ。

 

「だから」

 

 そう、だから。

 

「てめらみたいな有象無象に」

 

「向ける殺意(アイ)は欠片もないのよ」

 

 二人のアイの向かう先はお互いだけ。

 例外として、殺意を抱いて相対しなければ戦闘にならない場合があるが、基本的には殺意は必要ないし、もったいない。

 例えそれが狂気でしかないとしても、

 

「コレが俺だ」

 

「コレが私よ」

 

 己の魂と渇望を抱き、己の求道を貫く。IS学園においても求道者として突出している二人。互いへの愛で互いを高め合うからこそ、

 

「シッ」

 

「ハァッ」

 

 その身に降りかかる嫌気を己の求道にて振り払いながら刃と拳を振う。

 機竜が両断され穿たれ、一気に数を減らしていく。だが、

 

『……まだだ』

 

 減らされたはずの機竜が新たに追加され落下してくる。新たに追加された機竜の内小型一機が一夏と鈴の斬撃と拳撃を加速任せに突破してくる。多くの損傷を受けながら落ちてくるそれは千冬たちがいる場所からは少し逸れる。各学年の通常の教室が集まっている箇所。おそらく今最も人が多い場所だろう。

 そこに落ちる直前に、

 

「…………」

 

 再びいくつかの影が飛び出す。一年一組の教室からだ。

 

「歪め」

 

 その内の一人、銀髪にゴスロリ少女が機竜を、いや、その直下の空間を睨みつけ呟き、

 

「――――!」

 

 機竜が鼻先からひしゃげる。まるで壁にぶつかったようにだ。そうそれは確かに壁だった。空間を歪め、空間そのものに隙間を作り、障壁とする。視覚素子まで砕けたが、それだからこそ最早方向の意味すらなくただ無理矢理に全身の加速器を用いて障壁を砕きにかかり、

 

「邪魔だ」

 

 一閃。

 朱色の大斬撃。

 十メートル近い体が見事に盾に真っ二つになる。

 それを為したのには朱いバニーガール。起伏に富んだ体型を惜しげもなくさらし、ながら大太刀を振り上げ、さらにはその大太刀を地面に突き刺す。それは数分前にクァルトゥムが行ったのと同じ動きで、

 

「喰らえよ、『朱斗』」

 

 同じように朱色の光が弾ける。

 それは地面に亀裂が入るように広がり、黒紫を喰らっていくのだ。掛けられた嫌気の束縛が和らいでいく。大太刀の朱色が嫌気を喰らっているのだ。

 

「く……っ」

 

 その代償とでいうのかのように篠ノ之箒の肉体が擬体が解け、変質していく。右半身が朱色に染まり、顔半分も染まり、右目も白眼は反転して黒くなり、瞳孔も開いて朱くになる。

 これこそが、この人から外れた姿こそが今の箒の真実だ。これまで抑えていた体をあっさりと晒してしまった事にわずかに悔みつつ、刀を振りあげる。

 束縛は解いたから避難誘導はセシリアやシャルロットに任せる。特にシャルロットならばかなり効率良くできるだろう。

 故に箒がやることは、

 

「――斬る」

 

 人を外れたバケモノの力を、しかし人の理性を保ったままで振うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園学園祭は、完全に一つの戦場あるいは異界となっていた。

 そして、未だにこれらは前哨戦である。

 

 

 

 




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