狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「まったく。珍しく物思いにふけってるから気を遣ってやったのにアンタは……」
「だから悪かって。でもさ、いつもぶん殴られる俺からしたら調子が悪いのか心配で」
「そんな心配いらないっての」
雑木林で一夏が要らない心配と発言を繰り返しぶっ飛ばされること十数回。若干ボロボロになった一夏と呆れている鈴の二人は自室へと向かっていた。本当は先に学食の予定だったが一夏が葉っぱやら土で汚れた為に、先に部屋に帰って制服に着替えることにしたのだ。
「大体ね、あんた最近弛んでるわよ? 剣のこと以外に関しては。部屋で制服畳めっていつも言ってるのにやってないし、洗濯物も出さないし。結局やる私の身にもなりなさい」
「うう……面目ない」
まるで新婚夫婦かなにかのようだが、それもあながち間違いではなく。ここ最近、というよりは付き合い始めてから、二人はほとんど同棲状態だった。
一夏は世界唯一の男性IS操縦者
まぁ、なんだかんだで。意外にも彼氏彼女をやっている二人だった。
「はぁ、まあいいわよ。それより急ぎましょ。あんまんびりしてると時間なくなるしね」
「おう」
そして二人並んで寮の玄関に辿りつき、
「あれ、一夏、鈴。おはよう」
シャルロットと遭遇した。
「おはよ……てか」
「おはようさん……んで、なにしてんだ?」
「んー、まぁちょっとね」
すでに制服姿のシャルロットだったが右手には大量のポスターがあり、逆の手には画鋲やセロテープだ。
「これ、今月の目標とか標語とか。あと緊急時用の避難経路が載ってて、それ貼ってるんだ。学園全体に張ってるんだけどとりあえず今日は寮に貼るんだよ」
「へー」
「ほうほう」
なるほど。あんな事件の後だ。迅速な避難のための経路図は必要だろう。アイツらが再び来ないという確証はなく、むしろ間違いなく来るだろう。そう遠くないうちに。
だから対策としては間違っていないが、
「なんでシャルロットがやってんだよ」
「そういの、掲示委員とか生徒会の仕事じゃないの?」
「まあね」
苦笑する。両手が塞がっているから、肩をすくめて、
「それでも、僕がやったほうが早いからねぇ」
あっけカランと言う。確かに分身のできるシャルロットならばこういう単純作業には時間を掛けずに終わらせられるだろう。いくら拾い学園島とはいえ、百人単位で行えばあっという間だ。
だとしても、
「そんな理由でやってんのか?」
「うん」
変な奴だなぁ、と一夏は思う。いや、変なのは人のことを全く言えないけども。
一夏の中ではシャルロット・デュノアはよくわからない奴というのが正直な所だ。掴みどころが無いというべきか。最初会った時はやたらブラックな理由で男装して転校してきた。すぐにばれたけれど。気配操作系の歪み持ちだからか、始めは影が薄くしていたせいで浮いていたがある程度馴染めば普通にクラスメイトと仲良くしていた。
多分、いつもの面子では学園内ではセシリアの次に人気者なのがシャルロットではないかと思う。
我らが淑女セッシーさんは語るに及ばないが、シャルロットも結構皆に好かれている。
解りやすすぎるほどに互いに完結している一夏に鈴、一部コアな人気を集める箒やラウラ、そもそも引きこもりの簪のその介護という本音、という比べる面子も面子だが、それでもシャルロットは人気者だろうと思う。
普段の日常生活を思い出せば、
「そういや、何時もそういうことしてるよな」
所謂雑用とか面倒ごととか。そういう誰がやってもいいことを進んでやる。よく寮内の天井逆さまで散歩したりして、困ったことがあると手助けしてるらしいし。
戦闘系技能にしてもそうだ。暗器使い、忍者。それはつまり交戦は前提ではなく暗殺や奇襲などといった方面で本領を発揮するタイプなのだ。複数で強力するよりも、個人で隠密に専念するほうがいいだろう。
だがそれでも、彼女は自分たちの援護に専念してくれる。
最初に暴風竜と相対した時は開戦のために足止めだったし、一夏が言ない時は火力の高い鈴と箒の運搬だった。先日の一件は言うまでもない。普段の模擬戦でも、チーム戦になれば援護してくれるのが基本だ。
損をしているというか、日陰者というか。割に合わないだろう。
そういう風に一夏は思うが、
「ま、性分なんだよ」
シャルロットは笑って言う。
正直言えば一夏や鈴には理解できない。二人は求道者として極まっていて、自分のことは自分でやるのが基本だ。他人を補佐する、援護するという概念は正直理解しがたい。
「誰がやってもいいなら僕がやるし、誰かにとって面倒なことは大概僕からすればそれほど手のかからない。それだけ。別に深い理由なんてないよ?」
「ふうん」
「アンタ……」
「なに?」
「人間できてるわねぇ……」
「そりゃあ一夏と鈴に比べれば」
「……」
「……」
そういえば天然でもあるのだった。悪意は無い、はず。
●
地味に反論できないことを言われて微妙に傷つきながらも一度部屋に帰って食堂へ行く。
始業まで既に一時間もないからか混んでいる程ではないが、それなりに人はいる。
一夏と鈴でそれぞれ朝食を食堂のおばちゃんから貰い、席を探せば、
「おーいおりむー、りんりんー」
「おー今行くー」
本音がいつもの改造制服で手を振っていた。本音だけでは無くいつもの面子がいるようだ。
「悪い、待たせたな」
「誰も待っていない」
「……」
「ほら、さっさと座りなさいよ」
朝から地味に精神ダメージが多い。ラウラからの精神攻撃に耐えつつも座り、隣に鈴だ。半円状の机で順番に、鈴、一夏、ラウラ、セシリア、本音、簪、箒、シャルロットだ。流石に八人も同時に座るとあまり余裕はない。気にするほどでもないけど。
「珍しいな、簪いるなんて」
「本音に引きずられたんだよ……自分からこんな人気のある場所来るわけ無いじゃん」
「やだなーかんちゃん、まだそんなこと言ってー――カビ生えるよ? 女の子的にヤバいとか思わない?」
「科学者として女なんてものはとっくの……あ、ごめんさい」
「弱いなー」
箒ですら呆れる弱さだ。相も変わらず本音には頭が上がらないらしい。
「ふむ。だがまぁ、カビが身体から生えるというのは無くもない。昔、亜熱帯を行軍訓練中に服からカビやら苔やら生えたことがあった」
「ありましたわねぇそんなこと」
「いや、普通ないよそんなこと」
相も変わらずラウラとセシリアはいきなり嫌な話を出してくる。さすがに顔が引きつった。たまに零すセシリアとラウラの軍事演習の過去は民間人からすると引く。普通に引く。嫌な話しか出てこない。流石というかセシリア空気に気付いて、
「そういえば、もうすぐキャノンボールファストですがどうしますか?」
さりげなく話題を変えた。さすがセッシー。
キャノンボールファスト。ISを使用した高速機動レースだ。市主催であり、学生出場のイベントだ。学園祭のことがあって、開催が危ぶまれたが予定通り行うらしい。逆に盛大にやってイメージアップを図るようだ。
まぁそれはいいのだけど。
「どうするって、私たちやることないじゃない」
そう、やることがない。
今ここいる面子が一年生の専用機持ちが全員いるわけだが、それも過去形だ。
一夏、鈴、セシリア、ラウラはすでにISがISとしての機能を保有していない。既により高い次元へと進んでいる。羽織や手甲としての防具、銃や鎖としての武器。それぞれがそれぞれの主に最も適した形状と性質を備え変質していた。当然ながらそれまでのパワードスーツの機能は無い。正直、改変したせいで学園を追い出されるかと心配だったが、
束が言うにはある意味で正しい進化らしい。
ともあれ、四人はISが無いので出れない。
また、
「私と簪は未刊だからな。結局出れないのは同じだ」
「今更作る気もないしねー」
箒の紅椿も簪の打鉄弐式も未だに未完成品だ。紅椿は結局、インストール機能くらいしか備わっていないし、簪もほとんどなにもできていない状態だ。元より箒には必要無いし、簪は自前の発明品がある。
「まぁ私は元々代表候補性じゃないしー」
専用機を持たぬ本音は当然として、
「僕だけだよねー出るの」
出場枠があるのはシャルロットだけだ。
「なんか三年生の専用機チームに混ざるらしいよ? 流石に訓練機組には、ね」
キャノンボールファストは専用機組と訓練機組で別れるわけだが、一年生はもう専用機持ちはシャルロットだけだ。だから三年生の専用機というのは妥当だろう。ISで実力がデチューンされるし。
「なるほど」
「どうかしたのかよセシリア。なんか予定でもあんのか?」
「ええ、まぁ。それがどういうわけか当日の解説役を頼まれてしまいまして。一応皆さんのことも聞いておこうかと」
「へー」
解説とは。さすがという他ない。
解説淑女。
流行りそうで怖い。セシリアの人気は留まる事を知らないし上級生、教師問わずに絶大な信頼を得ているのが彼女だ。
「……」
いつも通り、なのだろう。こういう光景は。なんだかんだ言って、あんなことがあってもそう変わらない。それほどまともではない。学園を去った人こそが正しい選択で普通なのだ。それでも、一夏のクラスで退学した生徒はいないし、他のクラスも同じようだったらしい。中々周囲にマトモな人間はいない――というよりも、クラスの皆が人間できているだけだろう。
まぁ、それでも変わったこともある。
例えば、ラウラに左頬の刺青だ。
機竜との戦闘で新しい力に目覚めたラウラとセシリアだが、外見上、ラウラには明確な変化があった。左目から頬にまで下りる黒い刺青。
解りやすい外見の変化はそれだけといえばそれだけだし、顔とか気にする気質ではないだろうけど、ラウラ自身思う所が在るのではないのかと、一夏は思う。
いや別に、思ったから何かをするわけでもないけど。
「ふむ……」
結局変わった事もあれば、そうでないことある。
それは、結構普通だろう。嵐の前の静けさ、この先に何かが在るのはわかりきってるけれど、平和を味わう心意気が全くないわけではないのだ。
――少なくとも今この瞬間を味わうこと以外に一夏にできることはないのだから。
「……そういや俺キャノンボールファストの日誕生日なんだよなぁ」
ポツリと呟いたら、
「いや知ってるけど」
「まぁ、おめでとうございます」
「おめでとー」
「おめでとおりむー」
「誕生日かぁ、何時も研究室こもってるから関係ないね」
「ああ、そういえばそんなこともあったな」
「だからどうした」
「……ああうん、ありがとう?」
最後の方が酷い。悲しくならないわけではないのだ。
当分こんな感じで日常ですねー。
いろいろ伏線とか張っていくので。
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