狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

40 / 70
推奨BGM:.一霊四魂万々無窮

*間:陰陽歪曲


第参話

 

 

 

 

 

「はいどうぞ、珈琲ですよ」

 

「ああ、ありがとうございます山田先生」

 

 特徴的な緑髪の後輩から貰った珈琲を織斑千冬は口に含む。各国政府や企業からの援助金を受けているIS学園は珈琲もそこそこ高価なものだ。豆だけなら店でも出せるレベル。残念ながらプロ級の腕前を持つ教師は中々いないが。

 コップを傾けながら腕の時計を見れば始業までは三十分程。クラスのホームルームはあり、重大な連絡事項もあるが、授業の一時間目はない。大分余裕があった。

 だから、自分の仕事とは関係のない書類を取り出す。

 

「ふむ……」

 

 それはここ二週間の退学者リストだ。この二週間で三十人以上の退学者が出ていた。

 無理もないと千冬は思う。

 学園があんな戦場になって命の危機に陥り、機竜などという化け物、さらに嫌気による束縛を受けたのだ。恐怖を覚えないわけがないし、再びの危険を危惧し学校を去るのはむしろ真っ当な選択だ。

 愚弟たちではあるまい。馬鹿げた選択をすることもないだろう。

 そう、思うも、

 

「やれやれ……馬鹿ばかり……といえば失礼か」

 

 退学者は全て二、三年生から出ていた。一年生からは一人も出ていない。

 原因は、一夏たちと接点があるかどうかだろう。あの面子の過剰なまでの戦闘力は周知の事実であり、一部からは畏怖の的だ。実際に会話するなり触れ合うなりふれば、一部除きただの社会不適合者の集まりだということがわかるのだが。そういうことを知らない二、三年性から退学者が出たのだ。

 教師としての千冬からすれば距離を取っておけばいいのにとか思わなくもない、

 

 姉としての自分は有難いの一言だけれど。

 

 箒なんかは担任の自分からすれば、保護のされっぷりが怖い。なんだあれはペットかなにかか。ごうみても愛玩動物のように愛されている。あの姉妹はどうにもファンクラブとかすぐできる。いや、千冬にもあるけど。

 それはともかくとして、退学者のリストを見直す。 

 すでに退学したのが三十人程度だが、実際はまだまだ出るだろう。実家や祖国との話し合いが落ち付いていない生徒も多いはずだ。この調子だと、今月で五十人超えるかどうか。年末までには百は行かないだろうと思う。

 

 少なくとも年末までには事は起こらないはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう。導きの、兎。お初にお目にかかりますってな。それとも久しぶりでいいのか?」

 

 二週間前、プリームムとスコール、一夏と鈴らが宣戦布告をし合う中、オータムたちもまた動いていた。

 校舎の上で動かなかった千冬と束へと。既に戦意はないようだった。

 

「始めましてでかまわんだろう。私たちとお前自身とは初対面なのだからな」

 

「そういうわけではじめましてオータムちゃん、クィントゥムちゃん、クァルトゥムちゃん」

 

「ちゃん付け止めろよ……ってそうじゃなくてだな。おしゃべりするために来たんじゃねぇんだよ」

 

「ええ、そういうことですから。勿論、聞かないなんてありませんよね?」

 

「無論。ガキの言い分を聞くのも教師の役目だ」

 

「っ……」

 

 千冬の物言いにクィントゥムは歯ぎしりをするが、

 

「動くなよ、教官に手を上げるなど赦さん」

 

 周囲を三つ首の顎鎖が囲む。冥府の番犬には既に腐滅の炎が宿されている。いかにクィントゥムといえど、太極を開いていなければダメージは免れない。

 それだけではなく、

 

「ここまで好き勝手やって、ただで済むとお思いですか?」

 

「まーそーだよねー」

 

 蒼の銃口と白の光弾がオータムとクァルトゥムに向けられていた。

 ラウラ、セシリア、本音。屋上と空中から動きを許さぬように、覇気を纏う。蘭とシャルロットは墜落した一夏と鈴への増援に向かっている。簪は楯無の所に戻っている。

 今のこの三人、反天使(ダストエンジェル)として覚醒した今、例え強度そのものには神格にまで至らなくても、太極を開いてない今のオータムたちならばダメージを与えることが可能だ。

 それでも、

 

「退け、お前ら。心配はいらんよ、少し離すくらいだ、な?」

 

「まー、そーだな。伝言あるだけだしよ」

 

「ほら、そういうわけだ」

 

「……ヤヴォール」

 

 言われ、鎖を引き炎を消す。 ラウラが引いたのを見てセシリアと本音も銃口を下ろし、光弾を消した。それらを確認し、

 

「では聞こうか」

 

「んじゃあ言うぜ」

 

 千冬と束に向けて、言う。

 それは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生? 織斑先生? せんせーい?」

 

「ん? すまない、どうしたんですか? 山田先生」

 

「いや、そろそろホームルームの時間ですよ? 今日は例の連絡事項もありますし、早めの方が……」

 

「あ、ああ……わかりました行きましょうか」

 

「はい」

 

 教室に向かうために廊下に出て、時計を見れば始業までもう数分だ。教師として自分が遅刻するわけにはいかない。ただでさえ問題児が多いのだ。教師がしっかりとしなければならない。頭痛薬は離せないけど。頭痛薬の消費の割合が増えるけど。溜息を吐きつつ窓の外を見る。まだ夏だからか日差しは強い。校舎内はエアコンが効いているのでわかりにくいが、気温も高いだろう。

 

「暑そうですねぇ。今年は残暑で秋がないらしいですよ」

 

「ふむ……」

 

 夏は長く、秋が無い。それはつまり、

 

「すぐに冬か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 ホームルームにて千冬の連絡を聞いた生徒たちは皆一様に目が点になった。セシリアやラウラは納得したように目を細めたが。

 千冬が言ったこととは、

 

「キャノンボールファスト後の緊急休暇、それも二週間も……?」

 

「ああ、そうだ」

 

 ポツリと誰かが呟いた言葉に頷き、

 

「先日に一件は記憶に新しいだろう。奇跡的に怪我人は少なく、死者が出なかったが、それでも既に各国でテロ行為として報道されていて、未だ詳細は不明だ。お前たちの親御さん方も心配しているだろう。だから、キャノンボールファスト後に二週間の長期休暇を取る事を決定した。基本的に全員帰省だ、よっぽどの特例が無い限りは居残りは無し。帰省用の航空券は緊急故に学園側から出す。……何か質問は?」

 

 千冬がクラス全体を見回すが、上がる手はない。いきなりすぎる、というも確かだろう。千冬だってなにも知らずに突然の休暇を言われれば、喜ぶよりも驚くだろう。それでも、連絡することはまだ終わりではない。

 

「……私としてもあまり言いたくない事だがな。もう既に二、三年生からはそれなりの数の退学者が出ている……そういうことも含めて、よく話し合って来い」

 

「……!」

 

 反応は二種類。驚きと納得。どういう面子が驚き、どういう面子が納得したのかは言うまでもない。

 

「せ、先生! それってつまり自主的に学校を出ていけっていうことですか!」

 

「違う。早まるな、そういうことじゃない」

 

 千冬自身でも意外なほどすぐに言葉が出た。そのことに苦笑しつつも、

 

「お前たちがどういう想いでこの学園に残る選択だろうと、それはお前たちの自由だ」

 

 でも、

 

「お前たちはまだ子供だ」

 

「……っ」

 

 息をのむ声が聞こえた。それでも教師として言うべき事は言わなければならない。

 

「親が、家族がいるだろう。お前たちの帰る場所がな。だからそれを一度知ってこい。愛されていることを、な。この学園にいるということはどうしたって命の危険はある。ああいう戦闘行為だけではない、この学園はそういう危機に常に晒されているんだよ。護っている者がいるだけだ」

 

 例えば学園長や生徒会長や教師たち。そういう人たちが生徒たちの陽だまりを守っているのだ。

 

「だから、一度戻って再確認して来い。 自分が愛されていることをな、……その上でこの学園に戻ってくるというなら私に言う事はないさ。……わかったな?」

 

 未だに納得しているわけはないだろうが、真剣な千冬の物言いに言葉が無い。それだけの重みがある。千冬としてもできるなら戻ってきてほしい、だがそれはあくまで個人的な意見だ。大人として我が儘は言えない。

 どうするべきかは、彼女たち自身にゆだねるべきなのだ。

 時計を見ればもうホームルームの時間も終わりだ。

 

「では、これでホームルーム終える。各自一時間目の準備をするように」

 

 これでとりあえずの教師としての役割は終えた。だから、これは個人のことで、

 

「織斑、篠ノ之、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、布仏の五人は昼放課に私の所に来い。凰と更識も一緒にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「結論から言えば、お前たちは帰省はできん」

 

 昼休み。いつもの面子を屋上に集め、千冬は開口一番にそう言った。

 

「……はぁ」

 

「了解です教官」

 

 皆、怪訝そうな顔をして頷くが、ラウラだけは即答だった。こういう所は変わらない。

 特に驚いていない様子に千冬はふむ、と一度首を傾げ、

 

「反応が薄いな」

 

「まぁ……なんとなく解ってたし」

 

「どっちにしろ帰省せずに修行するつもりですわ」

 

「私は引きこもりだから関係ないですし」

 

「はいかんちゃんはだまってようねー真面目な話ぽいしー」

 

 え、私真面目、という簪は置いておいて、話を進める。

 とりあえず、帰省できないのがわかっているのなら話は早い。まぁ、一夏たち自身とて自らの武威を上げるためにも、休暇があってもひたすら修行に身を費やすだろう。それは悪くないし、むしろ必要な事だ。

 それでも、

 

「ほら」

 

 スーツの懐から取り出した封筒を指で挟み、人数分投げる。全員が危なげなく受け取り、中にあったのは、

 

「航空券……?」

 

「ああ、そうだ。キャノンボールファストが終わったら、お前たちは私と共にある場所に行って貰う。無論五反田も共にな。修行三昧はそれからにしろ」

 

 言っている間にも一夏たちは中の航空券を確認する。そして、行き先に目を落とし、

 

「これって……」

 

「ああ、そうだ――――向かうはドイツ」

 

 ドイツ、ラウラの祖国であり、千冬自身も一年間教官を務め、ラウラ・ボーデヴィッヒを英雄(エインフェリア)として導いた。だが、今回はそれとは別で、

 

「お前たちも二年前に行ったはずだ」

 

「……千冬姉、それって!」

 

「ああ、そうだ」

 

 それと、先生だと訂正しつつ。

 記憶は二年前の彼の地。一つの街が火に包まれ半壊した。IS関連事情において始まりの白騎士事件すら上回る大事件。当時存在したISもほとんどが破壊された。表向き、報道されている限りでも悲惨極まりない。実際あの事件で色々な国が被害を被った。

 

 そして真実もまた。

 

「――己の真実を知った上で、自らの在り方を決めなければならない」

 

 その言葉に思う事があったのか、全員が身構える。それに少しだけ満足。

 

 ただ、あの日彼女(・・)が目覚めた。それだけがあの日の真実。

 それは一夏達にも知ってもらわなければならない。

 故に、

 

「第二回IS世界大会開催地――モンド・グロッソ」

 

 連れて行ってやろう。至るべき所の切っ掛けくらいにはなるだろう。

 そして知ってもらおう。

 

 ――この世界を創造し、流れ出してきた者たちの意志を。理性と感情を担って来た先人の物語を。

 

 




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