狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
*より黄泉戸喫
モンド・グロッソ。
第一回及び第二回IS世界大会が行われたドイツの一都市の名だ。
十数年前に世界を変えたIS。それの世界大会開催地であるから、世界的にも有名な都市の一つだったのだ。街の中央にはIS専用の巨大なアリーナが建設され、観光客は大会時関係なく多く訪れていた。
それが何もかもが無に還ったのが二年前だ。
モンド・グロッソ事変。
まず発端は――織斑一夏の誘拐である。それも個人トーナメントで姉である織斑千冬の試合の直前にだ。それがこの日の悪夢の始まりだった。最も彼の誘拐そのものは大したこととしては扱われなかった。当時から既に一夏自身、千冬の妹として、また彼自身の戦闘力も相まってそれほど心配されなかったのだ。むしろ誘拐犯のほうが心配されたほどだ。
しかし実際には、この時織斑一夏が己の歪みに溺れ、壊れかけていた。
誘拐犯の尽くを斬り殺し、ISすらも断ち切り破壊させていた。それだけでなく唯我の剣鬼として、求道の境地として。唯人を斬るだけの刃に堕ちかけた。
そしてその時にはすでに事はただの誘拐事件に構ってられなくなっていた。
織斑一夏が誘拐された直後、決勝戦開始のその瞬間に――全てが始まり、終わった。
決勝戦開始の合図と共に、その日街にあったIS、専用機訓練機合わせ百以上が――暴走した。
搭乗者の有無、意識関係なくありとあらゆる制御から離れて無差別破壊行為をし尽くした。
たった数時間で街が半壊した。暴走を免れたのは織斑千冬を始めとした三十程度のみ。彼女たちが抑えにかかるが、とても抑えきれるものでは無かった。街は火に包まれ、死傷者多数。
避難場所のシェルターはすぐに溢れかえり、逃げ場をなくした人が多く出た。ISに対しにて無力に等しい各国軍が誘導しなければ死者は計り知れなかっただろう。
ISはまるで悪魔のようなであり、まさしく悪夢の如く。たった半日間の宴は死と炎と暴虐に包まれていた。
そして――――その宴は唐突に終わった。
深夜を回る少し前に、暴走したISが突然に停止したのだ。原因は不明。公式発表では篠ノ之束が全機に同時ハッキングして機能を停止させた。そういうことになっているだろうし、彼女ならば可能だろう。
そういう事になっているし、それで問題無かった。その場にいた人々はその時何が起きたのか、詳細に明確に解っているものは
ただ一部のゴシップ雑誌等では当時その場にいた観光客からの声を集めて、こういう風まとめ上げられていた。
――まるで世界に穴が空いたようだったと。
●
瓦礫の街だ。
荒廃した都市に人の気配はなく、曇天の天気や低い気温も相まってかなり不気味だった。それなりに大きな街だが人の気配はほぼない。この街は二年前の悪夢の象徴だ。各国も復旧の案が出たが、どの国が主導で、どの国が金を出すかで揉めて、結局二年経ったままでも当時と変わらない。破壊されたコンクリには弾痕や斬撃痕が未だに残っているほどだ。恐らく少し漁ればISの部品の破片もすぐに見つかるだろう。誰も足を踏み入れず、街の周囲は封鎖すらされていた。
そんな廃都の中に一人と少年と八人の少女たちがいた。
「ほ、と、と」
足場すらままらないが、それらの上で両手を広げながら鈴は跳ねながら進んでいる。
「おい、危ないぞ」
「だーれに言ってんのよ」
すぐ近くの一夏が声を掛けるもお構いなしだ。
「それにしても、なんもないわねぇ」
「当然だろう。本来ならば廃棄都市だ。教官や篠ノ之博士の紹介状がなければ足を踏み入れる事もままならんのだしな」
「ですわね。私としても、まさかここに再び足を踏み入れるとは思いもしませんでした」
ラウラが言い、セシリアが続く。
後ろにはシャルロットや本音たちも当然いた。
キャノンボールファスト終了より五日がたった。既に学園では長期休暇が始まっていた。学園のほぼ全ての生徒は帰省し、今頃学園は用務員や教員を除けばもぬけの殻だろう。
それと同時に一夏達はこのドイツ、モンド・グロッソまで来ていた。
飛行機では一夏と箒とシャルロットが持ち物検査で揉めたり、蘭が一人だけ飛行機を使わずに走ってきてたりしたが、なんとかドイツまで着いた。
だが、
「千冬姉も束さんも音沙汰ないもんなぁ」
ドイツまで来たのはよかったのだが、そこからが困った。とりあえずモンド・グロッソに向かう前にラウラの案内でベルリンを観光して有名所を回ったり、B級グルメを回ったりなんだりしたが、結局連絡はないままだった。し硬いから、モンド・グロッソまで来たが、
「なんいもないなぁ瓦礫以外。どうしろってんだ、何考えてんだが千冬姉」
「貴様教官の考えを侮辱するつもりか――殺すぞ」
「怖いよお前なんで実弟の俺より信奉してんだ怖いよ」
「いまさらだろう」
「いまだらだなぁ」
暇すぎる。何もないから歩きながら雑談するくらいしかすることがない。もう既に数十分も歩き続けているからいい加減それも飽きてきた。
簪なんかは飽きてきた所が顔が青くなってきて、
「ほんねぇー、もう歩き疲れたんだけどぉ」
「はいはいがんばろうねかんちゃんー」
言うも本音は取り合わない。取り合ってもどうしようもない。
「……だが、埒が明かないのは確かだろう。こうやって全員でガン首揃えて徘徊してもなにもなさそうだが」
「箒いいこと言うね! というわけで私はここで休むよ」
「何人かで別れて散策するってこと?」
あれ、無視? とか呟く簪は当り前のように無視されて、
「悪くないな」
「そうね、範囲広げれば何かあるだろうし」
「分担はどうする?」
「まぁ、適当に、いつも通りでいいんでありませんの?」
「だな」
「あっれー私無視? あれれ? なんか最近多くない?」
「気のせいだよー」
結局、一夏と鈴、箒とセシリア、ラウラとシャルロット、蘭と簪、本音という組に分かれることになった。
●
「と、まぁ分散しても……」
「廃墟なのは変わらないわねぇ」
先ほどの地点から東西南北に別れたが、どうしたって街が崩壊しているというのは変わりない。商店街らしき場所を抜けるが、色あせた塗装の看板や朽ち果てた建造物、それに破壊痕しかない。
「……」
そんな風景を見て一夏は少しだけ嫌な気分になる。
思い出したくない過去がここにはある。
二年前、自分は誘拐され、己の歪みに気付かされた。そのことは別にいいのだ。織斑一夏は一振りの刀剣であることに何の疑問もない。
だからまぁ、思う事は、
「無様晒したってことだよな」
二年前の自分は恥ずかしいってことだ。いやもうホント嫌になる。誘拐されたって。ガキかよ。いや子供だったけど。
「一夏ぁ」
「あん?」
「誘拐されるてどんな感じだったー?」
「お前クリティカルな事聞くなよ」
嫌な顔するがお構いなしで、
「いーじゃん教えてよ。私誘拐されたことないもん」
「なくていいだろ……てか、正直よく覚えてないからな」
覚えている事といえば。人を斬った、斬り殺した感覚だけだ。気付けば千冬に抱きしめられていた。それから自分という刃を鈍らせるのに結構大変だった。鈴にはあっさり腑抜けていると怒られたが。
「ふぅん」
それだけ言って鈴は再び前を向いた。猫のように気まぐれだ。すでに慣れているからいいけれど。
「やれやれ……」
揺れるツインテール見ながら一夏も足を動かす。
気付けば商店街を抜けていた。駅前の通りに出る。勿論既に電車は動いていない。確か、街の郊外にもう一つあったはずだ。
街の中心部の駅前ということもあって建物は多い。IS関係の荷物が多く運ばれていたはずだから、小さな倉庫や研究所が多い。確か試合前の調整を行われるために作られたとか。各国の機密兵器を扱うのにそれなりに重宝されたらしい。
まぁ、それもあの日の事件で半壊し、見る影もないが。
「ちょっと漁ってみないか?」
「好きよね、男の子って」
「まぁな」
文句を言うも鈴も着いてきてくれた。
駅の前の広間を横切って、道を外れて壁が壊れている建物の中に入る。きっと二年前までは外見は街の美観を損ねないよう程度に装飾され、中も最先端の技術が駆使されていたのであろうが今では見る影もない。壁はぶっ壊れて入りたい放題だが、全体的に見れば結構原型を留めている。中はかなり暗いが一夏や鈴なら問題ない。
「なんかねぇかな、っと」
「あっても、どうしようもないでしょうが」
「まぁ、そうだけどさ」
暇なんだからしょうがない。どうせ向こうが現れようとしない限り、会えないんだからしょうがない。通路に落ちているガラスの破片や瓦礫を蹴飛ばしながら進んだ先は、
「ラボ、かしらね」
「だな」
比較的原型を残した広めの正方形の部屋だ。屋根もある。埃や砂まみれのパソコンやチューブがあった。恐らくはISの整備等が行われていたのだろうか。
「事件当時のままってところかしらねぇ、マグカップやらケーキ皿も落ちてて見るからに、途中で逃げ出しましたって感じね」
ふと一夏の足が音を立てて何かを蹴った。
雑誌だった。
それもエロい本だった。
風化しててボロボロだが巨乳物ぽかった。
全身から血の気が消えて、鈴を見る。
「浮気は死よ」
「いやさすがにこんなボロボロのはノーカンだろ!」
言うも、拳を握りしめた鈴から逃げるように後ずさり、再び何かを蹴って、
「――――」
世界から切り離される。
*
それは今まで感じたことのない感覚だった。意識ははっきりとしているが、感覚は曖昧だ。五感の内動いているのは視覚と聴覚だけ。
そして、その視界の中、一夏が見たことのない光景だった。
夜だ。
どこかの街の夜の風景、少なくとも一夏がこれまで見たことのある街ではない。IS学園や地元とは違っていた。何か、巨大な建造物の頂上だろうか。
三人の男女がいた。
一人の男と寄り添い合う少年と少女。
男の周囲には鉄片が螺旋を描いていた。。いやそれだけではない、少年と少女の頭上、逆落としに振ってくる竜がいた。
炎の、さらには八本も首を持った竜だった。
既知感。炎竜そのものに対してではなく、竜の保有する神気に。かつて相対した暴風竜やかつてに至った自分や鈴と同じ領域の存在。それもかつての自分たちを遥かに超えた神威を放っている。
しかしそんな炎竜を上にしても、少年と少女は顔色を変えることなく、声を発していた。
腕を広げた男が、言う。
「私には――忘れたくても思い出せぬ名前があります」
優しげな、響き渡るような声だった。
「問うぞ! ――**の二つ名、**と**、そのどちらが本当の咒だ!?」
途中の言葉を遮るノイズに思わず一夏が眉をひそめるが、
「応えてくれ! 第二天の真理! 我々がどういう民であるべきなのか!」
炎竜が咆える。それには計り知れない怒りと憤りと、そして悲しみが込められていた。
少年は動き、その場の縁、断崖ギリギリとなっている場所まで駆けて、その問いに、少年は応える。
「答えよう! それはかの天の全てに通じる咒――」
炎竜がさらに咆える。それは一夏には問いかけのように見え、
「**……」
再びのノイズしかし、少年は続け、
「――そして**!」
叫ぶ。
「この二つの咒を同時に有するのがお前だ……!」
少年の答えに、男は笑みを濃くし、
「いいのか? その答えで? 間違えば――」
「舐めるな軍神よ! **の姓を持つ者が何かを告げとき、――それは絶対だ!」
いいか、と前置きをして少年が叫ぶ。
「**とは地の人々と舞う地の風なり! 対して**とは天に人が見上げて敬う天の風なり! 両者は風、どこまでも踊り行く、形無きゆえに万物の覇道。ソレは炎の穂である**が嫌う、水の穂を生む空の竜の咒! 両の名を併せ持つお前の正体は風の雨竜だ**!」
少年の叫びは終わらない。
「第二天の大竜よ! 間違いはあるまい。かつてその天はお前が作る天上と大地の風に統べられていたのだろう? ならば**よ。また再び異なる咒を持ち、人の地にあるなら**を名乗り、天より見守るなら**を名乗るがよい!」
男の声は途中でノイズがあった。いや、それはノイズと言うわけでは無く、一夏には理解しきれないというだけのことなのだろう。
恐らくは名前。恐らくは咒だ。
そして少年の叫びに、男は浮かべ、
「――合格だ!」
叫んだ。
●
「御免ね……」
「……私たち――弱かったんですね」
気付いた瞬間には鈴はその光景を見ていた。視覚と聴覚以外は機能しておらず、なにもかも理解できぬままだったが、見るしかなかった。
そこはどこかの病室だった。広めの個室でベッドには一人の男が目を閉じて眠っていた。
そして――その床には折り重なるように満身創痍二人の少女がううつ伏せに倒れていた。
茶の短髪の少女と黒の長髪の少女、恐らく今の鈴と同じか少し上くらいだろう。鈴から見て、黒髪の少女は茶の少女と重なっていて、顔はよく見えなかった。茶の背中と黒の足元には淡い光が翼のような形を取りかけているが、周囲の粉塵がそれを遮るのか上手くいっていない。
「馬鹿、ね」
「馬鹿ですね」
自嘲するように二人の少女は言う。
「御免ね……」
「……すまん」
二人が伸ばした指に何かが音を立てて当たった。
それは壁際に立てかけられた長槍と長剣だ。どちらも半壊していおり、その隣には同じく半壊した大剣があった。
茶は長槍に、黒は長剣に触れて、笑みが浮かび、血を吐く。
「今更、解ったわ……」
「……弱かった」
「そうね――私たちは弱かった」
「だから」
「だから」
二人の少女は口を揃えて、言う。
「だから力が欲しかったの……」
「だから力が欲しかったんだ……」
二人の手が砕けた槍と剣を掴み、無理矢理仰向けに身体を転がした。窓の外から見える月明かりに茶の少女の顔は見えたが、以前もう一人の顔は見えなかった。
「御免」
「すまん」
何度も、二人は何かに謝っていた。
そして、一度目を閉じかけ、
「あぁ……」
何かに気付いたように目を細めた。茶の少女は視線を動かし、ベットに眠る男に向けて、
「つい、やっちゃたのよね」
今度は嬉しげに、誇らしげに笑みを浮かべ、
「有難う――御免ね」
「はいごちそうさまです」
「なによあんただって、戦場で百合ってるくせに」
「違いますよっ……まったく」
苦笑する二人の手や視線は揺れていた。何かに迷うように、惑うように。
しかし、それは除々に定まり、力を得ていく。
「私たちは弱いから、ただ力を欲しただけだから……」
「足りないから……何もかもが足りなかったから」
御免、と涙を流しながら二人の少女は言う。そして、二人は遂に身体の動きを止めて、
「御免ね*―**。……でも、もし再び貴方の主になれるなら、私、二度と怯えないから。だからまた貴方の主になれるなら――」
「すまん、*―**。……だが、私はもう止まらない、足りない私だが、それでも何時か自分を誇れるようになるから――」
二人は、掠れ、音にすらなっていない声で、
「弱い私の……離れる力になってくれる?」
「足りない私の……潰えぬ力になってくれるか?」
そして、二人の少女から力が抜け。
鈴の視界が閃光に包まれた。
それは不屈の閃光。あふれ出る神威。長槍、長剣、大剣が色を描いて、浮遊する血と共に螺旋を描き、
――二人の戦乙女が再起する。
●
「――なぁ!?」
「ッ――!」
気付いた時には、一夏と鈴の意識は先ほどの研究所後に戻っていた。
互いに呆然としながら、周囲を見渡すが、何も変わっていない。
「……見た、か?」
「あんた、も……」
忘我は一瞬だったのだろうか。一夏が蹴り飛ばし何かが音を立てて転がっていた。拾いあげれば、
「ビデオカメラか……」
それも結構型が古く、家族向けに日本で数年前に流行ったやつだろう。
それはそれとして、
「なんだったんだ今の……」
「……どっかの病室ぽかったけど」
「え? どっかのビルの上じゃなかったか?」
「……? 病室の女の子二人だったけど」
「俺は、なんか……三人と、竜、だった」
見解に齟齬があった。それは、二人の勘違いでないのなら、
「別々の物を見たってか……」
「そう、みたいね」
だとしても、理解できない。今見た映像がなんだったのか。どうして見えたのか。幻術とかそういう系統ではなかっただろう。攻撃の意思は感じなかった。
本当に、唯見えただけだったのだ。
「唯の映像……ってことはない」
「ええ、そんな生易しい物じゃなかった」
確かに視覚と聴覚しかなかったが、正確に言えばもう一つだけあった。
魂だ。
今の自分たちはある程度なら魂で人の存在見極め事が出来る。だから理解できる。一夏と鈴、互いが見た映像に違いがあれど、映画や作り物ではない。正真正銘、これから起こる事か、それとも、
「――過去、か」
残念ながら一夏と鈴にはよくわからない。
知っていそうなのは、ここにはいない。
思ったと同時に、聞こえ来る音があった。
いや、それは唯の音では無く、連続する音の羅列、すなわち歌だ。
「……一夏」
「あぁ」
その場をすぐに後にする。その歌には聞き覚えあった。その歌い手にも心当たりが。
つまり――この歌の下に真実があるのだ。
というわけで終わクロ勢がアップしだしました。
なんかいろいろ違うのは仕様です
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