狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:葦原中津国
*より黄泉戸喫



第玖話

 

 気分が悪い。見ていて楽しいものではない。

 隻眼に映る廃都を見て、ラウラは素直に思った。

 ここに訪れるのは当然ながら二年ぶりだ。

 実際には一部の軍関係者が生存者救助の為に数度訪れたらしいが、ラウラは行っていない。

 何故か、なんて思いだすのも業腹で、自分でも笑えてしまうけれど

 

「膝を抱えて、震えていた」

 

 吐き捨てながら、自嘲する。我ながらなんて無様と、思わずにはいられない。

 二年前、織斑一夏という名の刀剣に怯え、震え、餓鬼のように逃げ出したのは最早忘れられない屈辱だ。

 彼自身と相対し、己自らの渇望をしっかりと抱いた所でそれは変わらない。

 黒星が着いたという事実は無くらないのだ。

 まぁ、有体に言って、気に食わないというだけなのだけど。

 

「ラウラー」

 

「なんだ」

 

「忍法お色気の術」

 

 シャルが何故か脱いでいた。

 全裸だった。何故か大事な所は煙で隠れていた。うっふんとかそんなポーズだった。

 

「うっふん」

 

 口で言っていた。

 

「……」

 

「うっふん」

 

 無視して前を向いた。

 

「あ、ちょっと待ってよラウラー」

 

「ええい黙れ、何故こんな所で脱いでいるのだお前は! 痴女か! 変態か!」

 

「忍者だよー」

 

「知るか!」

 

 全く、緊張感のないシャルロットに青筋を立てつつ、歩みを進めれば、

 

「ようやく顔の険が取れたねー」

 

 そんなことを言われ思わず足が止まった。

 

「……何?」

 

「だってラウラ、ここに来てから物凄く眉間に皺寄ってたよ? 話してる時も、無理してるって感じだったし」

 

 何かを言いかえそうとして、

 

「……」

 

 できなかった。 

 否定できない、というよりも全くその通りだっただろう。今さっきも昔の無様さに嘆いて、思考の海の溺れいていたし、先ほど全員で探索していた時もよくわからないギャグぽいなにかを一夏に向けていた。

 あぁ、なるほどらしくない。

 ラウラ・ボーデヴィッヒはもっとクールで知的で冷静なキャラだったはずだ。あんな謎のフリとか一つの事に悩んでいるのはすでに卒業したはずだろう。ああ、うん、そうだ。敬愛する教官だって常に余裕を持っているはずだ。ならば彼女に憧れる自分だって、余裕を抱かないわけにはいかないだろう。いやはや自分もまだまだだななと改めて思い。

 

「悪いな」

 

「いいって」

 

 この天然の忍者の戦友には頭が上がらない。

 

「ま、よかったらなんでテンション低めだったのか教えてくれたら嬉しいなーとか思うな」

 

「ふむ」

 

 まぁ、これだけ普段から世話になるのだから、黙っているのも余所余所しいだろう。黒星が消えないと言いつつも、乗り越えたのは確かだ。過去として過ぎ去ったと自分で認めたはずだ。

 だから、言う。

 

「二年前にここで一夏に襲われかけてそれが心的外傷になったがアイツは覚えてなかったというだけだ」

 

「よしちょっと一夏殺してくる」

 

「まぁ待て」

 

 服を着てシャルロットが飛び出したのでひとまず止める。

 

「別に私の中では乗り越えて、過ぎた事だ。今更気にしてないからな。気持ちはありがたいが余計な事だよ」

 

「そっかぁ……」

 

 ラウラの言葉にシャルロットは不満げに頷きながらも、

 

「じゃあしょうがないか――鈴に後でチクるので済ませよう」

 

「うむ、まぁ、それくらいなら構わんか」

 

 二人でうむうむと頷き、

 

「では進むぞ」

 

「あいあい」

 

 

 

 

 

 

「……意外に残っているな」

 

 ラウラとシャルロットが足を踏み入れたのは、街の図書館だった。特別大きいわけでもないが、一つの街の公共施設としては十分であろう規模だ。もっとも、所どころの天井に大小様々な穴があいているのだが。本棚は全て倒れているか、折り重なっていた。

 それでも、床にちらり埃をかぶっている本は意外と原型を留めている。

 

「うーんこんだけ紙があったら燃えまくって、大火事ーって感じになってそうだけどね」

 

「違いないな。……これだけ無事ということはそういうことを見越して、優先的に消火活動をしたのか。原型を留めているとはいえ、劣化そのものは激しいから判断に困るな」

 

 落ちていた本を拾い、パラパラとページを捲る。水でも被ったのだろうかインクが滲んでいて読めなかった。それでも表紙くらいは読めて、

 

「『ゲルマンコンクエスト』……?」

 

 文字が読めなくてよかったかもしれないと思いつつ放り棄てる。

 

「ラ、ラウラッ!」

 

「なんだ」

 

「コレ見てよ! 『ゲルマン忍者の歩み』だって! 僕以外にもこっちに忍者いたんだ! くっそー! 日本の漫画とか古文書輸入しなくてもこんなのがあったのかー!」

 

「棄てろ」

 

「ええー!?」

 

 ボロボロの本を胸に抱きかかえて感激しているシャルロットに溜息を吐きながら、周囲を見渡す。隻眼だから、見える範囲が通常の半分、ということは確かだが奈何せん他の感覚器官が飛び抜けている。空気の流れや匂い、それに直感で視覚範囲以外にも何が在るかの理解できる。

 

「……何もない。いや、無さ過ぎる。……教官は一体どいう意図で……」

 

 敬愛する師が何を考えているのかを推測し、しかし結局解らず首を振り、

 

 世界が切り変わる。

 

 

 

 

 

 

 神話の再現をラウラは見ていた。

 巨大な機械の竜。全身に銃火器を保有し、全身から溢れんばかりの神気を放っている。

 その四肢を動かすだけで大気が震え、顎から洩れる雄たけびは世界をも揺るがす。

 

 その竜に二人の人間が抗っていた。

 

 白い装降服を纏った男女。黒い髪に左右に白髪の一房ずつあり、その手には幅広の緑の大剣があった。黒い長髪の少女は身の丈もある巨大な砲を肩に担いでいた。

 贔屓目に見てもそれほど強そうには見えなかった。それなりに武術の心得もあるだろうし、身のこなしも素人ではない。特に少年の方の練度はかなりモノだ。

 だが、それは神域を覆すほどではない。

 少年や少女の存在の強度の問題だ。同じ位階に立っていなければ、どれだけ技術があっても通用しない。  だからこそ少年の大剣が異彩を放っていた。

 一見唯の剣にしか見えないが、それでも内抱した神気は尋常ではない。大機竜に劣らない。 

 

 人知を超えた神器を携えた人間と莫大な神気を宿す竜の死闘。

 

 まさしく――神話に等しい。

 

 そして視界と聴覚のみの世界の中で戦況が動く。

 人の身の二人の連携で大機竜が姿勢を崩した隙を少年が突き――突然展開された大機竜の砲身が大剣を打撃する。

 少年が吹っ飛び、大剣から力を失う。

 

『――復旧まで四秒! 捨てて逃げてくれ!』

 

 大剣が声を発したという事に驚く間もなく、

 

 大機竜の顎から閃光が放たれる。

 

「……!」

 

 少年は逃げなかった。

 少年は前に出た。

 そして少年は一人では無かった。

 少年と隣に少女が寄り添い、

 

「君に出来ないことは、ボクに任せて……」

 

 少女が少年の腕に血を掬い、大剣に文字を描く。

 聖剣、と。

 そして振う。

 

「……っ!」

 

 まず間違いなくそれは少年の全力にして全霊。心からの笑みを浮かべながら、閃光に大剣をぶち込んだのと同時に、

 

「!?」

 

 少年の左腕のグラブに光が宿る。黒の表面に+が刻まれたメダルが白く輝き、

 

 答えるように大剣が光を取り戻す。

 

『その手甲は……!?』

 

「解らん! だが、――私が受け継いだ力だ!」

 

 大剣を振り抜き、大機竜の咆哮を断ち切った。

 大轟音と共に、大陸すら断ち切るであろう神威の大斬撃。世界そのものが切り裂かれたのではないかと思うほどの一閃。

 そしてそのまま少年は前に出る。

 神気を未だ宿したままの大剣を大機竜の喉へと叩き込み、致命を狙う。

 それを、彼の背後から来た光が止める。

 大機竜の右足を破壊し、姿勢が崩れ顎が下がる。

 それに伴い、斬撃途中の刃を喉が挟みこんだ。

 それでも、少年は大剣を振り抜き、

 

「――」

 

 手から大剣が抜けた。しかし少年はそれが当然のことのように受け止めて、振り抜く。

 大剣は大機竜の根本まで突き刺さっていた。

 そして、大機竜は口を開き、紅い瞳で少年を見据え、

 

「――少年よ」

 

 静かな声で、問う。

 

「我ら第一天は、強敵だったかね?」

 

 問いに、少年は息を整えながらも、

 

「……それ以外に何があると」

 

 答えた瞬間、世界が再び切り替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャルロットは一つの決着を見ていた。

 夜の街だった。

 夜の帳が落ちた世界で、一つの決着を。

 それは白の崩壊だった。

 十数メートル程度の鋼の人型。人工筋肉と装甲とフレームで構成された肉体。

 シャルロットが知る機竜がそのまま人の形を持ったような感じだった。

 それが二体。黒と白。

 白に腕のくい打ち機をぶち込み、月を見上げる黒。

 黒にくい打ち機をぶち込まれ跪く白。

 黒が勝って白が負けたのだろうか。

 周囲にはその決着を祝福するような、憤るような、悲しむような、様々な感情を乗せた叫びがあった。

 その中で、黒も白も静かに月光を浴びながら佇んでいた。

 

 そして、突然黒が吠えた。

 

 黒の腕にあるくい打ち機に光が奔る。黒の表面がへこみ、それが続いて文字を創る。 

 それはシャルロットには読めない文字だった。

 しかし、理解できる者はいて、

 

「我ら第三天は――」

 

 読み上げたのは少し離れたところにいた白い服と黒い髪の女性。赤い服の女性に支えられながらその刻印を呆然と見て、

 

「陽王と月皇の意思とともに、多くの人が集う力となることをここに誓う……!」

 

 彼女の緩んだ笑みともに告げられたその宣誓を聞いた瞬間にシャルロットの意識は決着の場から弾き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 意識の覚醒と同時にラウラが行ったのは、自分の驚愕を抑えることだった。

 冷静さを失うことも取りみだすことも、軍人である英雄の一角たる自分にはあってはならない。

 だから流れる汗を無視して、息を大きく吸い込み、

 

「うわっ、なんだぁー!?」

 

「ごほっごほっ!」

 

 いきなり叫んだシャルロットに思わず咳き込んだ。

 

「ええい! お前はどうしてそう緊張感がないんだ!」

 

「いや、だって見た!? なんか、日曜朝七時とかにしか出ないとんでもロボットでてたじゃん!」

 

「なに……?」

 

 日曜朝七時ロボット。簪の持っているDVDを何度か見たことがあるが、今ラウラが見たのはそういうものではなくて、

 

「もっとこう……ゴツかっただろう? 日曜朝七時というか、日曜朝九時半のモンスター系に最終形態みたいな……」

 

「え?」

 

「ふむ?」

 

 意見の食い違いがあった。

 これがいつものシャルロットの天然出ないならば、

 

「見たヴィジョンが違ったのか……」

 

 時間にすれば一瞬だっただろうが、しかし確かにラウラは神話の再現を見ていた。

 ただの白昼夢では無いのは確か。

 ならば――、

 

「今のが、ここに来た意味か……?」

 

 思い、そして。

 

「……ラウラ」

 

「……うむ」

 

 聞いた。今度は刹那のヴィジョンでなく、二人とも同じものを。

 ソレは歌だ。歌自体には聞き覚えがあった。

 

「行くぞ」

 

「うん」

 

 行く。

 二人もまた、確信していた。

 この下に真実があると。

 




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