狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:葦原中津国
*より黄泉戸喫


第拾話

 風が吹いていた。

 引きつける風が蘭の髪をさらい、たなびかせる。

 

「ん……」

 

 風は変わらないと、蘭は思う。

 勿論、その場の気温や空気の匂いは違うけれど。

 何よりも自由であるという事は風は変わらない。現象としての風は言うまでもなく大気の温度差でしかないけれど、感じ方で大きく変わるのだ。

 蘭は今回ドイツまで走って来たが、それも同じだ。

 海も大地も空も。吹き抜ける風は自由なのだ。

 それを蘭は好いている。

 この街はすでに死んでいて、命の息吹は全くないけれど、風だけは同じだ。

 街外れの駅まで来たけれど、風だけは吹いてくれる。それだけが、この廃都の中で救いであると蘭は思った。二年前も、今も。

 蘭たち三人が訪れていたのは街外れの駅だった。

 

「そう言えば二年前って本音さんたちもいたんですか?」

 

「まぁねー、かんちゃんがISのデータ欲しいって言ってね。録画してきてとか言われたけど、行きたいなら自分で行けって事で無理矢理引っ張って来たんだけど……まさかあんなことになるなんてねぇ。周りがどかんどかん爆発してるなかでデータ取ってるかんちゃん護るのには苦労したよー」

 

「ははは……私は逃げてただけでしたっけ」

 

 自分から振ったとはいえ、当然ながらいい話では無かった。本音も察したのか、線路へと視線を動かし、

 

「うわー、この線路すっごいねぇ。スタンドバイミーごっこしたい」

 

「あぁ、いいですねそれ」

 

 蔦が絡み、もう到底電車が通ることが出来ないであろう線路を寂れた駅のホームから眺める。

 

「でも、意外ですね。本音さんもそういうことするんですか」

 

「まぁねー。楽しそうじゃん、ポカポカのお天気の中でのんびーりお散歩とかさぁ」

 

「ははは、きっと風も気持ちいいですね」

 

「ね―――というわけでカンちゃんー? 」

 

 線路から、ホームの中屋根の影になっている当たりに本音が視線を動かし、

 

「はぁー! はぁー! ちょ、本音っ、蘭……休憩……! 当分休憩……!」

 

 息も絶え絶えにぶっ倒れかけている簪だった。膝に手を当て、呼吸もままならぬ様子だった。

 

「かんちゃんー。虚弱体質が過ぎるよ? 一時間も歩いただけじゃん。といかここ最近どんどん劣化してない?」

 

「学校、以外……部屋にこもって、る……だか、ら……体付くわけが、ない……じゃん……!」

 

「いやぁ、そんな話じゃなくて――人としてどうなの? その体力」

 

「……ぐぅう」

 

「ははは……」

 

 本音は結構簪には毒舌だった。

 正直、自分に向かなくてよかったなぁと蘭は思った。まぁ、それでも大分簪を甘やかしてるんだろうけれど。概念兵器とやらの発明でほぼ引きこもっている簪の日常生活の介護も本音が行っているのだ。確か風呂も本音が入れていたはず。正直同じ女子として、大丈夫かなと思うけれど、簪はマッドサイエンティストなので人間とか女とか棄ててるんだろうから無視する。

 

「もうしょうがないなぁかんちゃん。十五分だけだよ?」

 

「本音ーありがとうーもう結婚してー嫁に来てー」

 

「うん嫌だ」

 

「即答!?」

 

 本音の当然といえば当然の即答に驚きながら、ホームの壁に音を立てて座りこみ、

 

 三人の世界が覆される。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の大地に青白の機竜が全身に損害を浴び倒れていた。

 素人の蘭から見ても、かなりの被害だということが理解できるほど。突如として浮かんだ光景を蘭は戸惑いながらも見ていた。

 それは沈黙していた。

 激しい戦闘があったのだろう。恐らく撃墜の傷だけではない空中線で弾丸は光線で付けられた傷も多かった。

 だから、それを蘭は既に死んだ竜だと思ったのだ。

 だが、

 

「On your mark」

 

 声があった。ソレは少年の声。伏した竜、その操縦席からの放たれ、

 

「Get set」

 

 誰か、大切な人に呼び掛けるように放たれ、

 

「――Go ahead!」

 

 青白の竜はその身に落ちてきた赤の閃光を、直前に飛翔することで回避した。

 飛ぶ。飛翔する。

 赤の閃光は先ほどまで青白が倒れていた大地を焼き払ったがそれには構わず天へと駆けのぼる。

 そして竜が、夜空を舞う。

 二機の機竜。

 先の閃光を放ったであろう赤と青、白の三色のカラーリングの竜と青白の竜。

 その二機が互いにぶつかり、空を飛翔する。

 それを蘭は視覚と聴覚のみで認識していた。理解はできず、意識が追いつかない。だから、見る。

 赤の方が早かった。そう見えたが、

 

「Oh, say can you see, by the dawn's early light

 ――おお、見えるか、この薄暮の中」

 

 青白から歌が聞こえた。少女の声だ。

 

「What so proudly we hailed at the twilight's last gleaming?

 ――我々が夜を徹し誇りもて掲げたものが見えているか」

 

 天上の星空、眼下の大地。星と街の明かりの中。

 

「Whose broad stripes and bright stars, through the perilous fight.

 ――命を賭す争いを抜けて我々が見守った土塁の上」

 

 少女は謳う。蘭は知っていた。その歌は自由の下に星を翻す歌だ。

 

「O'er the ramparts we watched were so gallantly streaming?

 ――かくも勇敢にたなびき続けたあの広い縞をと輝く星は誰かの者か」

 

 青白は加速していく。

 

「And the rockets' red glare,the bombs bursting in air,

 ――真紅の推進弾と炸裂する爆発の降り止まぬ夜」

 

 先を行く赤の竜を追い、 

 

「Gave proof through the night that our flag was still there,

 ――我らの旗は身じろぎもせずあの場所にはためいていた」

 

 全身の加速器から光を噴出し、空に飛沫を上げ、

 

「Oh, say does that star-spangled banner yet wave.

――おお、輝く星を飾るあの旗は今なお翻っているだろうか」

 

 意志の下に飛翔し、

 

「O'er the land of the free and the home of the brave!」

 ――自由の祖国、勇者のふるさとに 」

 

 ――二つの竜は並び、飛翔する。

 

 そして二機は超飛翔と共に激突する。二機が纏う神気はすでに神格として遜色はなく、激突の度に世界が震える。

 全身の砲門からそれぞれ雷を放ち、時には速度を武器として打撃し、顎から閃光を放つ。

 そして、赤は大地に落ちるように、青白は天に、赤の先にある天星へと駆けのぼるように。

 止まること無く二機の竜は飛翔する。

 その中で赤は叫んだ。

 

『我が正義を貫くために――』

 

 負けぬと、咆える。主砲である口を開き、

 

『人の涙を見捨てるわけにはいかんのである……!』

 

 それ答えるように青白から少女の声が跳ぶ。

 

『貴方は……、そこから立ち上がれることを知らないんですの……!』

 

『それは強い者の言う台詞だ!』

 

 その言葉に抗うように青白が速度を上げた。

 

『**は強くなんかありません! ちょっとだけ強くなれるときがあるだけですの……!』

 

 叫び、

 

『そうさせる力こそが、……**の正義です!」

 

 言葉に構う事無く赤が顎から極光を放った。

 

 それを青白は回避した。

 

 速度任せの強引な回避だがしかし確かに避けきり、赤と激突。

 

『……いいじゃありませんの。泣きたいときは泣いてしまえば』

 

 言葉が響く。赤から力が抜けながら、

 

『そうしていると、……誰かが手を取ってくれますわ、きっと』

 

 言葉と共に、青白はさらに加速。赤は速度を喪いあがら、

 

『同じか、**・******!?」

 

 天へと昇る青白の竜へと問いかけ、同時蘭の意識は切り替わった。

 

 

 

 

 

 

「……終わった頃かねぇ」

 

 先ほどまで、簪がいた駅とは違う駅のホームでベンチに女性が座りこんでいた。鈴を思い出させる中華風の衣装に白衣に黒い髪をシニョンで纏めいてた。深夜の待合室だった。

 彼女は白衣の中から煙草を取り出し、震える自らの手に苦笑しながら、

 

「第七天の残滓、それが濃く残って時間のねじれた空間であの四人を作っていたからねぇ」

 

 焦点の合わぬ瞳を揺らしながら、煙草を咥えようとし、

 

「と」

 

 落とした。

 右脇の白衣が落とした煙草で汚れ、それにやれやれと手を伸ばしかけ、

 

「こちらの方が宜しいかと」

 

 言葉と共に真新しい煙草の箱が差し出される。口から一本突き出たそれの持ち主は、

 

「……何だ、**かい」

 

 白衣の下に赤いシャツの老人だった。

 

「ええ、皆、ここにおりますよ。**も**も」

 

 女性が、左を見る。

 その先にあった自動販売機で赤いシャツの老人そっくりの顔をした戦闘服の二人が何を買うか迷っていた。

 さらには駅舎の奥、またもや同じ顔をした老人がパンフレットスタンドの前で、

 

「兄者! この東北露天風呂などどうでござるか!?」

 

 変な語尾の老人に彼女は苦笑し、馬鹿と小さく呟き、

 

「旅行より先にすることあんだろうよ。**達は?」

 

「Tes.これから忙しいことになるかと」

 

 それを聞いて、彼女は笑みを浮かべながら、言う。

 

「旅行、行くかねぇ 」

 

 笑みを濃くしながら。

 

「昔さ、衣笠教授に連れられて行ったんだよ、あんた達を作る前に。 ……関西の、生駒山地の山奥さ。 **が崖から落ちたり、*******が術で山小屋燃やしたりとさ……」

          

 楽しかったなぁと言う風に彼女は語り、

 

「ああ、楽しかった 」

 

 言う。

 

「別に……、旅行に行かなくてもいいでゴザルよ」

 

 変な語尾の老人が言った。

 

「行ければいいけど、今でも十分楽しいでゴザルから」

 

「そうかい」

 

 その言葉に彼女は満足そうに頷き、

 

「有り難うよ 」

 

 彼女の瞳から色が失っていき、身体からも力は消えていく。

 それでも、

 

「――行こう 」

 

 トクンと、最後の心音が響き。その顔には満足げな笑みが浮かんでいて。

 それを見たと同時に簪の意識は飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 それは糾弾だった。

 糾弾による感情の瀑布を彼女は見ていた。

 

「――何が契約だ!! 」

 

 黒い装甲服と白い装甲服をそれぞれ纏った二人の初老の男が何処かの通路で槍を交えていた。

 黒の男が咆える。

 

「いくら言葉を重ねたところで貴様らの世界が滅ぼしたものは還らないのだぞ!」

 

 彼は槍を振りながら、

 

「ならば悪役に対して私は叫ぼう!――――我らが過去は弾劾の正義を吠えると!」

 

 槍には速度がある。威力がある。神威がある。

 だがそれ以上に激情があった。

 

「我らを死なせない? 生かす? 生かすだと!?」

 

 白の男が防御主体の構えだが、それに構わず感情の槍を叩きこみ、

 

 

「生かすとは馬鹿げた話だ!――その自惚れが六十年前も十年前も滅びを呼んだのだろうが! 貴様らは正義の照れ隠しに悪を謳うだけだ。だがその正義は偽善でもなく、――単なる誤魔化しと自惚れだぞ偽者の世界よ!」

 

 彼は叫ぶ。

 身体から血と汗を流しながら。

 それ以上に魂が啼いていると言わんばかりに、

 

「――――よく考えろ。偽者、偽者、偽者、世界を歩く全て、世界を動かす全て、そして世界そのものまでもが偽者ならば聖なる言葉も誠意も偽者だ! 全天と全地、大空と大地、深淵と海原も風も光も何もかもが否定を求めている世界だぞここは!!」

 

 森羅万象が贋作であると男は糾弾する。

 

「――しかし聞け。もはや思いの宿る場所はここにしかない。そしてここの住人は幾つもの罪を犯している。――その七つの罪状を聞かせてやろう!!」

 

 叫びは止まらない。

 

「――第十二天の罪を聞くがいい」

 

 むしろここからが本番だと、喉を絞り、

 

「それは第一に前座崩壊の発端になったこと! 第二に十の天の破壊という隣人殺し! それして第三に第十一天の破壊という親殺し! 第四にはもう一人の自分達の殺害を行い、第五には己の世界に災害を起こした自傷だ! 第六にはそれらを隠蔽した誤魔化しに――、最後の第七には罪を隠して世界を麾下に収めようとした罪がある!」

 

 七つの罪状の述べた。

 本音には何一つ理解できない罪。それでもどうしようもない感情だけは理解できた。

 

「――叫べ皆よ創世を開くため、七つの罪に対して判決の喇叭ラッパを鳴らせ!」

 

「……Judgement!! 」

 

 聖罰、聖罰、聖罰、聖罰、聖罰、聖罰、聖罰。

 我らここに七つの罪に対して七つの聖罰を与えり。

 

「滅びろ罪人! 貴様らの出来る釈明はあの世にしか存在しない!! 」

 

 どうしようもなくどうしようもない慟哭と糾弾。それが意識のみの本音の精神に響き。

 同時、その世界からも弾き飛ばされる。

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 三人は、それぞれ自分が見たものにしばし呆然としていた。

 己の意識が自分の肉体に戻ったことにすら気付かず、自分が見てきたヴィジョンを想っていた。

 

「……見た?」

 

「……かんちゃんも?」

 

「お二人も、ですか」

 

 三人がそれぞれ額から汗を流し、息を吐きながら。

 

「本音?」

 

「幻術魔法とかそんなものじゃないと、思う」

 

「科学物質っていう感じでも無い。なにこれ、意味分んない……攻撃? なにかの妨害? それとも」

 

 ただ、今の映像を見せたかっただけか。ならば、

 

「それが……今回も目的……?」

 

 簪の頭脳が回転を始め、今あったことを記憶から解析し、分析していく。

 だが、それらが本格的に始まる前に、

 

「……!」

 

 解析を止めるものがあった。

 

 歌だ。

 

 それも聞き覚えのある声。知っている歌。

 

「かんちゃん歩けるよね?」

 

「歩かないわけにはいかないよ、さすがに」

 

 疲れが抜けきってなくても、無理矢理身体を動かし簪が立ち上がる。

 

「行きましょう」

 

 三人は気付いている。 

 真実がそこにあると。

 




これで、全員分の過去終わりですね。
多分、あと二話程度かと。
そのあとは、最終決戦ですねぇ。

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