狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:厭魅凄艶

秘めていたものが
今、開いていく


最終章
第壱話 


 澄んだ空がある。

 それは冬特有の突き抜けるような冷たい色、けれどだからこそ青の色ははっきりと認識できるような空だ。風も冷たく、気温そのものも低い。二十一世紀に入ってしばらくたったがそれでも自然環境というのはそれほど変わらない。日本という国特有の四季は健在だ。数年ごとにやたら暑い春や秋はあるし、夏が長引いたり、冬が短くも寒波が酷いという毎年少しずつ誤差はあるけれど。

 そういう意味では、今年の冬は寒いのだろう。

 十二月半ばは過ぎ去って、二十四日の夕方だ。もうすでに完全に太陽は落ちて、徐々に街の明かりが強くなっていく。

 人の営みの光だ。

 それら全てが今この街で生きている人たちに証。この東京の街だけではなく、世界に広がってもそれは変わることがない。夜という人間の感覚器官では対応しきれない世界への適応手段として光は存在して。

 だが――

 

「……」

 

 プリームムはそれらを認識しながら、しかし視界に入れることはなかった。

 奥多摩の未だ濃く残る山岳地帯、そこに場違いなまでに唐突に白亜の建物が存在していた。三階建てのマンション、と言えば解りやすいだろうか。ほぼ完全な直方体の大きな建物だ。森の中で、まるでどこからかそっくりそのまま切り取って来たような建造物からさらに数百メートルほど離れた岩の上にプリームムはいた。

 

「……」

 

 無言だ。

 口元は固く結ばれて動いた形跡も、動く気配も欠片もない。

 切り立った崖の一番上の大きな岩は長時間座ることには到底適していない。眼下の景色も見渡す限りの森と異物めいた建造物だけで美観もよろしくない。さらに言うならば東京とはいえ奥多摩の上部ともなればそれなりの高度がある。事前の準備なしに突き進めば高山病の恐れすらあるのだ。

 そのような土地で彼は。

 この季節であるにも関わらず。

 不安定な崖の上にいるのに。

 座禅を組み、目元を黒い布で覆い隠し、黒の着流し一枚という極めて軽装だった。

 どれくらい彼はそうしていたのだろう。数時間、数十時間、数日前、あるいはそれ以上。そう考えさせられるほどに彼は動かない。生きているのは確かだ。極々わずかとはいえ胸は呼吸により上下している。しかしだとしても、その光景はあまりにも人間離れしていた。

 

「……」

 

 微かに動いた。

 石像めいた彼がほんの僅か、闇に覆われているはずの両目で天を仰いで、

 

「……」

 

 何も言わない。口はわずかに開いた。舌も唇も言葉を発するように動きがあった。しかし声は生まれることなく、わずかに震えまた閉ざされる。

 まるで、一度口火切ってしまえば抑えようのないナニカが溢れだすかのように。

 それを抑えためなのか、それとも恐れているのかは定かではないにしろ、変わらずに彼は口を閉ざす。

 彼は自ら動くことはしない。少なくともあと数時間は。

 人ならぬ身の彼の想いが曝け出されるのは――さらに数時間を必要としていた。

 

「……」

 

 動きは欠片もなくとも、彼の体内に渦巻く神気は高まっていく。刀剣を研ぐように、無駄を全てそぎ落とすように。彼の感情以外、戦闘に必要な機能は今現在極限の域に達している。

 

 そう、全ては――

 

 

 

 

 

 

 広い部屋だ。優に十人以上は一度の集まって騒げるようなリビング。南に窓とそれにつながるベランダ。東には六人掛けのテーブルがあり、東と西にはそれぞれ液晶テレビとそれを鑑賞するためのソファがあった。敷かれたカーペットにはくつろげるようなクッションや折り畳み式の椅子が散乱していた。

 部屋自体は外装の白と同じ配色だ。見た感じでは大理石のようではあるが、それとも違う。専門家が見れば酷似した材質を言い当てるのだろうがここにはいない。

 いるのは、

 

「あん……ん、んぐ。あーうめぇ」

 

 ソファ横たわりスナック菓子の袋をいくつも開けて口の中に流し込む女。

 

「……」

 

 無言で、机に座って本を読む眼鏡の少女。

 

「……むむむ」

 

 それに斜め向かいで眉をひそめている三つ編みの少女。

 数か月前にIS学園を襲撃したオータムとクァルトゥムとクィントゥムたちだ。室内にはテレビの音とオータムの咀嚼音。それに明らかに不機嫌そうなクィントゥムが指で机をたたく音。

 

「……うるさい」

 

 ぼそりと、クァルトゥムが言う。声は小さく、しかしクィントゥムに負けず劣らずの険の色が含まれていた。そしてクァルトゥムもまた目を細め、

 

「うるさい? そっちが静かすぎるんでしょう? なんなの? 何をしているの私たちは」

 

「そりゃあお前、桃とセクストゥムが飯買いに行って帰ってくるの待ってるんだろうが」

 

「だから! どうして私たちは当然のようにのんきに夕ご飯なんか食べようとしてるって話よ。貴方たちね、解ってるかしら!? あと数時間で――」

 

「解ってるって」

 

 オータムはテレビから視線を外さずに応え、クァルトゥムは反応しない。その彼女たちの態度にまたもクィントゥムの不満は募る。もう何度も、何か月も前から似たようなことが繰り返されている。

 変わることの無い三人に変化が生まれたのは、

 

「ただいま……って、あれ? なんか険悪ですねぇ」

 

「ふん、そんなのいつものことでしょう」

 

 部屋に二人の少女が入って来た。

 薄桃色と藤色の髪の二人組。両手にコンビニ袋を手にしている。中にはジュースやコンビニ弁当、それにファーストフードで買ったハンバーガーなどだ。

 

「おーう、おかえり桃、セクストゥムー。ほら、早く飯寄越せっての」

 

「はいはい……スコールとプリームムはまだ帰っていないのかしら? あとルキは」

 

「我らが黒一点はまたどっかて鬱モードでスコールはそれ迎えに行ったよ。中いいねぇあのお二人さん。ま、どうでもいいんだけど。ルキならシャワーだ」

 

 桃と呼ばれた少女はオータムと同じくらいの身長だ。腰まである髪はクィントゥムと同じくらいだが、碌に手入れされていない彼女の髪とは違い毎日手入れされている。

 

「ほら、食べなさいよ」

 

 無愛想にクァルトゥムとクィントゥムのビニル袋を差し出したセクストゥムは桃春やオータムよりも頭一つ分小さい。セミロングの髪を揺らしながら、自らも椅子に座って食事を始める。

 言うまでもないだろうが――桃は篠ノ之束に、セクストゥムは織斑千冬に容姿が酷似している。

 桃は束が二十歳前くらいの頃、セクストゥムは千冬が高校生程度の頃だった容姿だ。それでもなぜか桃の肉体は束本人よりも胸が大きく、セクストゥムに至っては完全に絶壁だった。

 部屋に集まった五人はそれぞれが思い思いにビニル袋の中にあった食事を手に取って食べ始める。

 

「あ、オータムそっちのお菓子私にも頂戴」

 

「嫌だよこれは私のだ」

 

「ちょっと。もうちょっと行儀よく食べなさいよ」

 

「うるさいなぁ……」

 

「フン、私は気にならないわ」

 

 和気藹々といえるほどでもなければ剣呑というわけでもない。彼女たちは短くても数か月、長ければ数年単位で――またある意味では完全に元を同じにするというのに。なぜか絆が見られない。嫌い合っているわけではないだろう。相性の良し悪しはあれど彼女たちには元々そういう感情が存在しないのだから。

 だからどうしても。これから共に戦地に挑むというのも関わらず、たまたま一緒にいるだけというような違和感がぬぐえないのだ

 唐突に扉が開いた。

 

「我、帰還である!」

 

 皆の視線を集めたのは一人の少女。ルキだ。彼女は大きな音を立てて扉を開け閉めし、ズカズカと部屋に入ってくる。室内を見回して、

 

「む、桃にセクストゥム。帰って来たのか。使い御苦労」

 

「いや、別に貴方の為だけに買い出しに行ったわけじゃないのだけれど……」

 

「あとその超絶上から目線をやめなさい」

 

「無理」

 

 二人の言葉を聞き流しながら、ルキは残っていた弁当を引っ掴んでテレビの前に座り込んで食べ始める。

 

「おーい、見えないんだが」

 

「許せ」

 

 口で言うも、退く気配はなかった。それでも彼女はいつもこんな感じなんでオータムも気にせずに食事に戻る。だが、それでも一つだけオータムはルキへと、

 

「服着ろよお前」

 

「嫌だ」

 

 ルキは全裸だった。正確にいえば首にタオルと赤のパンツだけ。

 

「なぜ我が服を着なければならぬ! この肉体美を隠すなど世界の損失! 座の神が赦そうとも我は許さぬ! 故に、我は服などきない!」

 

「こいつ傲慢というかただのアホじゃねえか?」

 

「まったくこれだから芸術を理解しない者は……」

 

 やれやれ、と首を振っていたらクィントゥムに服を投げつけられた。

 

「なにをする!」

 

「なにをしているのかはこっちのセリフよこの露出狂!」

 

「露出狂ではないわ! 我はただ己の肉体を晒したいのだ!」

 

「それを露出狂って言うんだよ!」

 

 全員から突っ込みが入った。

 再び扉が開いた。

 

「いつまで騒いでるの貴女たち」

 

 呆れるように言葉を発しながら現れたのはスコールだ。彼女は六人を見渡して、

 

「さっさと食事を終えなさい。もうそろそろ出る時間よ」

 

「……早い」

 

「早くないわ。学園までの移動時間を考えなさい。……まさか、空飛んだりしていくつもりだったわけじゃないわよね?」

 

 全員から目を逸らされた。

 長くため息を吐いて、

 

「三十分いないに出るわよ。シャワー浴びるなり、食べきるなり、化粧なりちゃんとしておきなさい」

 

 言われ他の六人が立ち上がり自分の部屋へと退散していく。

 三十分後、建物の前の七人は集まっていた。

 いや、七人だけではなく。

 

「……」

 

 プリームムもいつの間にか姿を現していた。変わらず黒の着流しに黒い布で目を覆っている。八人が八人とも手ぶらだ。それぞれの大罪武装は概念空間に保管してあるが、

 

 もはやあんなものは必要ない。

 

 あれらは己の太極の切れ端を使いやすいように固定化したものでしかなく、使用は寧ろ弱体化だ。これまで誰も彼も、八人が八人とも己の太極を完全に開いたことはない。プリームムの悲嘆は暴風竜が開いたがあんなものは所詮切れ端のまがい物で彼女(・・)の直下の彼女たちとは完成度は比べ物にならないのだ。

 

「さて」

 

 スコールが口を開く。

 それをプリームムは興味なさげにしながら。

 それをルキは笑みを浮かべながら。

 それを桃は自分が言いたかったな思いながら。

 それをクァルトゥムは面倒臭そうしながら。

 それをクィントゥムは余計な時間を使うな憤りながら。

 それをセクストゥムは務めて無表情で聞きながら。

 それをオータムは変わらずスナック菓子を口に放り込みながら。

 聞く。

 それは戦意高揚の演説なんてものではない。そんなものが必要な次元ではないのだ。彼女たちにはそれしかない。それしか感じることができない。

 だからスコールが口を開いたのは彼女なりの洒落で、洒落にならないことを言う。

 

「――世界を壊しに行きましょう」

 

 

 




お待たせしました、最終章――開幕にございます

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