狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:祭祀一切夜叉羅刹食血肉者

高みへと駆けのぼる翼
間に待つのは致死の選定




第漆章

 

 そこは高低差しかない世界だった。最頂点と最底辺。空は真紅に染まり、上から下へと滝のように色は流れ落ちていく。大地という大地はなく、同心円状に立つ長さがさまざまな岩の柱の身が僅かな足場だ。それぞれ人一人が直立できるかどうかの狭さ。少しでもバランスを崩せば底なしの奈落へと転倒するしかない。軽く見積もってもそれらの柱が数十本。低いものは目視するのも不可能。

 そしてそれらの中心にして頂点には、

 

「ほうら我が友。これが我の世界だ」

 

 この世界で最も高く伸びる岩の柱。その頂点の玉座に坐す一人の少女。真紅のドレス風に改造した装甲服に金髪翠目。言うまでもなく八大竜王の一角、セクンドゥムことルキ。彼女は玉座にて足を組み、ひじ掛けに頬杖をついていた。その姿には戦闘の気配は欠片もなく、ただゆるりと座っているだけだ。

 それも当然だ。彼女の言葉の通りここはルキの、彼女だけの世界なのだから。

 セクンドゥム――第二。

 それは即ち製造番号。オータムやスコールを除けば八大竜王たちは生まれた順番に数字の名を与えられている。ルキや桃は稼働年月が長く固有の名前を持ち、プリームムや後発組でクァルトゥムたちにはない。勿論それは彼女たち自身の大罪、例えばプリームムは名に興味などないし、セクストゥムなどは己の名を定めてはいるものの虚栄が邪魔して誰にも告げたことはなかった。所詮は製造番号であり、本質たる神咒は別のものだ。

 故に今、第二の意味が発揮するのはどれだけ随神相の意味を解っているかだ。

 それを四番以降の彼女たちは理解していない。知ってはいるかもしれないが、しかし実行に移すことはなく、簪が生み出した概念空間内で戦っている。

 だがルキを始めとした他の者たちは違う。

 崇徳の概念空間に取り込まれた瞬間には己の随神相を展開し己の相対者を取り込んでいた。無論開戦の華としてある程度の一撃は交わし合ったが所詮は挨拶代わり。

 例え周囲に崇徳概念が満ちていても、随神相の中――即ち神格固有の地獄ともいえる世界では十全に力を発揮できる。

 だからこそ――

 

「……っ、かはっ、はぁ、はっ……」

 

 いともたやすく五反田蘭は追い詰められていた。見るからに満身創痍。来ている茜色のジャージは所々が破れ、流れる血と交じり色を濃くしている。傷の無いところはどこにもない。切り傷や打撲痕は言うまでもなく、原因がなんなのか解らないレベルで数多の損傷が蘭の全身を襲っていた。腕や胴体は数か所肉が抉れ、白い骨が露出しているところさえあった。傷口と口からの流血は膨大であり、並の人間ならば出血死してもおかしくないほど。己の武器である両足には致命的なダメージはないがそれでもいつ死んでもおかしくない状態だった。

 

「……悪くないよ」

 

 けれど蘭は血の味しかない口を歪め、ルキの言葉に返す。

 

「高みしかない。どこまで行っても届かない。普通だったら絶望するかもしれないけどさ、私とっては寧ろご褒美だよ。果てがないってことは、どこまでも飛べるっていうことだからね」

 

「ハッ、よく言う。流石だよ、この状況でよく言えたものだ。うむ。やはり私の友達は素晴らしい」

 

 彼女の賞賛にしかし蘭は苦笑する。

 彼女自身自分の言葉が負け惜しみだということは解っている。けれどルキには皮肉の類は通じないようだ。

 今蘭がいる足場からルキのいる玉座までは高低差で大体目測で五十メートルほど。見上げるのはきついが、顔が見れないほどではない。もとより二人ともその程度で困るような視力をしていない。その距離。五十メートルというのは普段の蘭からすれば一歩踏み出すのとそう変わらない。光速ないし亜光速を体現する彼女ならばそんなものは距離にすら数えない。

 だからこそ今開いている距離は物理的なものではなく、

 

「我と貴様の力量の差だ」

 

 厳然たる力量差が丁寧にも視覚化されたものだ。最初はもっと距離があった。百メートルほどあり、これまでの短い攻防で縮めたがしかしその先までがどうしても行かない。

 

「いやはやよく近づいたと褒めるべきよの。常人であればその足場を踏むことなく那由他の差を以て奈落の底へ落ち続けるしかない。なるほど確かにお主は我々の頂へと手が届いている。あと少し。――だが、相手が悪かったな。我が我である以上、我と並び立つことは不可能だ」

 

「……っ!」

 

 それが現状の意味。通常ならば総数那由他の域にまで届くであろう階梯の中で目視できる距離に例えられるというのは蘭が神格に届きかけている証拠。事実今彼女が自ら生み出せる風は大陸を蹂躙する台風と同等かそれ以上。光速など基本速度としているほど。

 だがそれでも最後の最後だ未だ届かない。

 他の区間の益荒男たちと同じ。あと僅かの絶対的な落差故に劣勢を強いられているのだ。どころか蘭とルキの場合は格差が酷い。蘭の力量が低いのではなくルキ自身の強度の問題だ。彼女は八大竜王の中でも高位の存在。だからこそ、ここまで一方的な展開になる。

 

「それでも……!」

 

 蘭が瞬発した。

 足元に魔方陣が浮かび、輝きを得る。生じたのは炎。収束した火炎はブースターとなって蘭の疾走を後押しする。速い、などという言葉で括れるほどの速度ではない。瞬間最速でいえば蘭は太極を開放したクァルトゥムたちよりも早いだろう。概念を無視することはできなくても神域の速度としては遜色ない。

 本来ならば五十メートル程度の高低差は刹那すら掛けることなく到達できる距離。 

 

「温いぞ、そんなマッチの火には意味がない」

 

「っああーーー!」

 

 全方位から襲う衝撃が蘭の疾走を妨げる。それは閃光。ものによって刃であったり、槍であったり、弾丸であったり、砲弾であったりと形状は様々。一つ一つの威力は言うまでもなく都市の一つや二つは簡単に灰燼に帰すことが可能だ。

 それだけならば問題はなかった。超疾走する蘭からすれば迫る閃光など光速以上の速度を以て回避すればいいだけの話なのだから。

 だから問題は別にある。

 

「っう……! 重いなぁ……!」

 

 超荷重。解りやすく言えばそれだ。高みに行けば行くほど己を締め付ける重みが強まっていき、身体に軋みを与え魂に亀裂を生じていく。

 

「仕方なかろう。この世界では我は見下すだけだ。我と同等まで来る存在を放っておくわけがない」

 

 つまりは免疫機能に近い。自分以上、もしくは自分と同等の存在を許さぬ故に自らに伍す可能性があるならば魂魄レベルで圧殺しようとしている。だからこそルキに動く必要はない。蘭が己に近づこうとするだけで免疫機構は強度を増し彼女の飛翔を阻む。それによって蘭はその身を砕かれていたのだ。

 戦闘が始まってからルキは未だ動いていない。組んだ脚は変わらず、頬杖をついた手にはなにも武器を持たない。己に近づこうと足掻く少女へと笑みを浮かべているだけだ。

 けれどそれは五反田蘭という存在を馬鹿にしているわけではない。

 実際、こうして絶対的な格差が生じているにも関わらずルキは蘭から片時も視線を外してはいなかった。愚直に己を目指す少女を決して蔑ろにはしていなかった。ルキを知る八大竜王たちからすれば信じらないことだ。他者を見下すことを当然とする彼女からすれば己が上であることが当然であり、自分以外の全ては足元の存在だ。その彼女が視界に入れ続けるということはそれだけの意味がある。

 

「もっと……!」

 

 それを蘭自身も解っているからこそ、彼女は絶対に足を止めない。全身の傷が増えていく。魂が加速度的に削られていく。言葉に表せない激痛があり。それらが動きを損なわせていく。

 

「もっと高く……!」

 

 もとより足を止める選択しなど存在していない。彼女の魂の翼は傷つこうとも健在だ。満身創痍であっても両足の輝きが潰えていないのがその証拠。蘭の魂と同化した『頂の七王』は式となった今彼女自身と直結している。どれだけ傷を負っても蘭が諦めないならば、その翼は羽ばたきを止めない。それが五反田蘭の在り方なのだから。

 

「狂気だ」

 

 それを見てルキは言った。

 

「貴様の在り方はありえない。どれだけ痛めつけられようとも、どれだけ絶望的な差があろうとも前進を止めないなど、常人ではあるはずがない。己よりも絶対的に格上の存在を知れば人は歩みを止めざるを得ないのが普通だろう?」

 

「さぁ? 私にはよく解んないね。私は誰が前とか後とか、上とか下とか興味ないし。私はただ、自分の翼で空を飛べればそれでいいんだから」

 

「うむうむ。我も同意だ。我はただ我であり、全てを見下す傲慢であれそれでいい。そして我はそうやって今ここにある。我の仲間たちもそれは同じだ。……最早言うまでもないが、己が担う大罪のみで構成されているのだからな」

 

 苦笑は自嘲気味に。諧謔を滲ませたのはその特異性を自覚しているからか。単一の感情、あるいは大罪のみで構成されているのは彼女たちだからこその存在だ。本来ならば在りえない、自然発生する確率など一つの世に一人いるかいないか。初めから外れている存在というのはそれだけに貴重なのだ。

 

「故に蘭。お主も、お主たちもまた我らと一緒だ。貴様らのような存在が当たり前のようにあるなどと在りえるはずがない」

 

「――」

 

 それは、その言葉は。間違いなく今行われている戦いの中では最も世の核心を衝いた言葉の一つだった。今の世を占める世界の根幹に触れる言葉であるから。蘭ですらも足を止めざるを得なかった。

 それはたぶん、彼女も無意識で感じていたことだった。

 生身でISを破壊する。現行科学を超越している。言葉にすれば簡単で、幼子の夢物語のようなことを自分たちは当然のように行っている。

 初めから外れている存在の如何を問うのは無粋なことだ。

 けれど、そうではないの者たちが外れているのには確たる理由ある。

 それこそ、夏に織斑千冬が蘭たちをモンド・グロッソにまで招いた理由ではなかったのか。

 

「ん、足を止めてていいのか?」

 

「く、ぅ、う……!」

 

 その思考による停滞は蘭の体に明確な亀裂を生んだ。パキリという音と共に胴の中身が消し飛んだ。腹に作られた空洞に、激痛などという生易しい言葉は最早生まれず、形容詞し難い虚無感があるだけ。

 

「でも!」

 

 前に出る。思考する時間はない。飛翔をやめることはできない。距離は少しずつ、少しずつ縮まっていく。縮めることができている。つまり蘭は少しずつだが、今この土壇場に於いて神域へと近づいている。寧ろ、今の問答を経て上りつめる速度は上がっていた。無意識の奥底に沈んでいたことが浮上し、その認識が蘭の魂の強度を高めていく。

 もちろんその飛翔に比例して蘭を襲う重圧や閃光は激しさを増していく。避ける空間など既にない。蘭も降り注ぐ破壊を避けることはせずそれら全てを己の糧としようとしている。

 茨で僅かな穴を開け、雷の網で閃光を絡め取り、轟の風車で燃料に。吸収した神気を魂の炎で着火させ、超瞬発させて、翼の道を往く。

 もとより自らに降り注ぐ全てをまとめ上げ、己の翼とするのが蘭の異能だ。相手が神威のものであろうとその根底は変わらない。当然ならば全身は砕けていく。右腕は丸ごともげた。左腕は肘から先がない。頭部もまた左半分が何時の間にか消失していた。左目がなくなったが、残った右目だけでルキを見据え続ける。

 

「く、はっ……寧ろ余分な体がなくなってちょうどいいし……?」

 

 半分しかない口でそんな軽口すら言いながら。蘭は上りつめていく。

 

「来るか」

 

 あと僅か。数瞬で己の場に至る走者を見てルキは笑みを濃くした。そうでなくてはならないと言わんばかりに。傲慢だけで構成された彼女が他人と同じ位置にあれば、他人に見下されればそれだけで存在意義を失い消滅しかねないというのに。

 精神肉体共に砕きながら、尚疾走することをやめない不屈の翼の前に待ち望むように坐して動かない。駆けあがるその姿が眩しくてたまらないというように目を細めて焦がれるのは恋に恋する乙女のよう。気を付けなければにやけた笑みが堪え切れないのをルキは理解しているから、努めて悪役のように不敵に微笑む。

 

「――あぁ、よい。やはりそういうことだ。我の答えは間違っていない。なればこそ、これをアレに届けなければならない」

 

 ついに蘭の姿が目と鼻の先だった。既に彼女から新生の兆しは生まれている。彼女の奥底から今か今かと神威の解放を待ち望む声が聞こえてくる。

 それをルキは確かに見た。

 そして彼女は初めて動く。頬杖をついていた手が掲げられ、パチン、という音を指が鳴らす。

 

 瞬間、玉座へと手を掛けようとしていた蘭の周囲に光の籠が生まれた。

 

「――鳥籠!?」

 

「そうだ。お主を止めるのにこれ以上相応しいものはない」

 

 バチバチという音を立てるそれはただでさえ崩壊しかけの蘭の身体に止めを刺さんばかりに収束を開始した。破壊の燐光に絡め取られるということがどういう意味を表すかは言うまでもない。例え目と鼻の先であろうとも、今のままでこの籠に束縛されるということは即ち死だ。

 

「楽しかったぞ。なによりお主の存在で我は確信を持てた。我は我としての個我を抱いたままにアレへと凱旋しよう――」

 

「ルキ――!」

 

「さらば」

 

 別れの言葉と共に破壊と束縛の鳥籠が五反田蘭への収束を完了した。

 

 




最近感想来なくて寂しいなとか感想乞食になってみる。
やっぱりもらえるとモチベが大分違いますので。更新速度とか結構変わります。
最終章入って寧ろ感想が大分減っていて、まさかの飽きられているのか心配。
つまなくなってきてるとかダレてるのかなぁとちょくちょく思ったり。

とかくkkkをリプレイしてセルフで渇望強めてます(白目

感想お願いします――切実に

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