狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:我魂為新世界

繋がる道は限りなく
羽ばたく翼は嵐のように



第玖章

 全身が裁断されていくのを蘭は感じていた。全方位から都合二十の光条。収束し、自らを分割していく絶殺の檻。首が腕が足が腹が頭が、どこもかしこも一部の隙もなく光に閉じ込められる。抵抗はした。けれど遅かった。例え神格へと至りかけていたとはいえ、その瞬間未だ至らなかったのは確かなのだ。だからこそ及ばない。

 耳に残ったのはルキの別れの言葉。あぁ、それは間違っていない。確実にこの瞬間蘭は死ぬ。人の身では、或は魔人であろうとも全身を分割されれば生き残ることは不可能だ。

 死に行く中、走馬灯は走らず、何も思い出すことはなく彼女はただ自らを殺していく光の檻とその先にある少女だけを見ていた。

 檻。

 つまりは束縛。

 あぁそれは五反田蘭が最も嫌うものではなかったのか。

 あぁそんなものに己が殺されてもいいのか――

 

「……いいわけが、ない」

 

 それは果たして声となっていたのか。声帯も口も切り裂かれて声が出るはずがない。けれど、確かに蘭はそう思っていた。

 

「ならばどうする?」

 

 問う声は微かな驚きと面白がるように。敵意も殺意もない声だったからこそ、いいや友達と呼び合う少女の声だったからこそ答えようと思い、

 

『大いなる古、草も砂も海も無く神も巨人達もいなかった。世界のはじまりは、原初の火焔だけがあった』

 

 

 

 

「く……くははははは! さらば、さらばだ五反田蘭!」

 

 蘭の姿にルキは哄笑を上げた。破顔一笑して、かつて人間だった友達へと決別の言葉を告げ、

 

「そしてようこそ我が友――よくぞ至った、祝福しよう。さぁ教えてくれ、お主の在り方を!」

 

『朝霧の薫りは満ちているかなと問い、すなわち吹き荒ぶ風がの天の八重雲を吹き放つ事のごとく。

 

 羽ばたく水鳥、朽ちぬ楠こそ我が様。我が命は武士どたちを戦場へと誘うことなり』

 

 ルキの絶叫の答えとして産声の唄は続いていく。彼女へと収束していた光の檻が音を立てて砕けていく。裁断されていた後はどこになく、傷一つない心の翼が再誕するのだ。

 

『炎も風も牙も荊も雷も轟も石もなにもかも。あらゆる全てを契ぎ旋律を奏でよう。

 

 いざ参れ。八道を束ねその先に。九つ首の鐘を鳴らし、鱗の門を叩こう。

 

 凱嵐の道はその彼方にある。我が世こそが無限の空だからこそ』

 

 両の踵にそれぞれ翼が生まれる膝辺りまである光の翼は五反田蘭という存在の証明。彼方へと羽ばたき続けることを願った疾走者の証だ。

 

『その羽ばたきを知らぬ者はなく、その輝きを恐れぬものはない。

 我は天空より舞い降りし者。風の客人と戯れ、世界に融け往く旅人。

 

 

――太・極―― 

神咒神威 八咫・級鳥之石楠船』

 

 そして五反田蘭は新生する。

 瞬間発生したのは五十五の暴虐の牙。超瞬発によって発揮された破壊の権化が傲慢の世界を切り開いていく。一つ一つが高層ビルの二、三本を容易く断ち切る破壊の一閃だ。それが蘭の身を蹂躙していた傲慢を切り裂いた。飛来するそれらを真正面から受け、

 

「フハハハハ!」

 

 玉座から抜いた身の丈もある巨大な大剣で全て打ち砕いた。それまで不動だったのにも関わらず、それを全く感じさせない動きだ。寧ろようやく動くことができたと歓喜の笑みを漏らす。

 そして見続けるのは、

 

「――私はどこまでも羽ばたく翼で在りたかった」

 

 静かに蘭は言う。それまで何度も想い、言い続けてきたこと。けれど今、焦がれ求めた頂に手が届いた。新生と革新による開放感。全身にみなぎる神咒神威。今ならば言葉通りのことが実現可能だと認識し、嵐の前の静けさの通りに彼女はいっそ穏やかに言う。

 

「しがらみも枷もなにもかも関係ない。私は自由だ、どこまでも飛べる。私が往く先こそが私の道だから」

 

 かつて己に誓った。自分の翼で飛ぶということを。その時は実力が足りず、果たしてどこまで行けばいいのかと走り続けてきたが、今この瞬間。太極という極地に至ったからこそ。

 

「私は行ける、飛べる。どこまでも! もうなにも私を縛るものはないんだからーー!」

 

 言葉と同時に蘭に周囲に巻き上がる暴風。随神相という世界の中に発生した人間大の異界から発せられるからこそ傲慢の世界を蘭自身の色で染め上げていく。

 

「ほう、なるほど。これが求道か。我らにはない概念だ。ククク、全くつくづく我らは無知だなぁ」

 

 蘭との間に発生した陣取り合戦を認識しルキは笑っていた。この時点で彼女の体の崩壊は始まっている。未だ微々たるものとはいえ、驕り見下すことが存在意義であるルキに同格と認めてしまった(・・・・・・・)存在が現れたのだ。この時点でルキの消滅は必然。避けようのない決定事項。例え一瞬後に蘭を殲滅しきっても一度抱いてしまった感情はなかったことにはできない。

 しかしそれでも、

 

「さぁ来い、我が友よ! 貴様のその翼を我の眼に焼き付けろ!」

 

 これ以上ないと言わんばかりに楽しそうに叫び、大剣を振るう。技術がゼロという訳ではない。二流ではないがしかし一流には届かない技量。しかし感情任せの膂力が技術不足を補っている。山脈をまるごと横切りで分割するだけの威力を内包した斬撃は、

 

『荊は鋭い。触れる者いかなる戦士といえど痛みを覚え、その中に横たわりし者。我が身滅ぼす苦しみなり――』

 

 同じく山脈をぶち抜くだけの威力と貫通力を誇る蘭の蹴撃と激突する。風の荊を全身に巻き付けて放った飛び蹴りの一種。螺旋運動によって貫通力が極限にまで高められたからこそ、

 

「ゼ、アァッ!」

 

 ルキの大斬撃を真っ向からぶち抜く。

 

「ハッ!」

 

 押し負けた。それだけの事実もルキには猛毒に等しい。それでも構わずに更なる斬撃を放つ。一撃ではなく、二撃、三撃と絶え間なく。先ほどのにも劣らぬものが二十三。大陸を粉砕しかねない大威力。最早線ではなく壁として迫る破壊に対して、

 

『戦車は館に座っている戦士達にとって容易いもの。長い道のりを旅する力強い馬にまたがる者には奮闘を要するものである ――』

 

 口ずさむ詩と共に足の生じた風車が全てを吸収した。

 

「おお!」

 

 ルキが驚くのも無理はなく。かつて機竜の竜砲を吸収し、撃ち返した轟の歯車。その時点と今の攻撃では質と量が文字通りに桁違い。にもかかわらず今蘭は完全に無傷でルキの斬撃群を吸収していた。

 そしてそれだけではなく、

 

『大地は全ての者達に忌まわしい、抗えなく死体、死者の亡骸が冷たくなり、生ある者達がその仲間として大地を選ぶ時に。果実らはなくなり、喜びは消えうせ、人が行った約束は破られる――』

 

 空間を概念的に完全固定したものを風車で打ちだしたのだ。

 

「が、はぁ……ッ!?」

 

 馬鹿げた勢い射出された空間がルキに直撃する。全身を殴打するその衝撃に悲鳴を耐えることは不可能だった。星を半ば貫通しかねない大威力など喰らってさすがの神格といえど無事で済むものではない。

 力量の天秤は完全に傾いている。蘭が成長しすぎたというよりはルキが加速度的に劣化しているのだ。蘭が己を高めれば高めるほどに、ルキの崩壊は早まっていく。

 それでも尚――

 

「ふは、フハハハハ、ハハハハハハーーー!」

 

 何が楽しいのか。血に塗れ、全身が砕かれ、神格といえど看過できぬダメージを負い、今この瞬間も消滅へと辿っていく身でありながら。ルキは笑い、剣を振るい、蘭へと行く。

 

「なにが、そんなに楽しいのさ!」

 

「知れておる! 言うまでもないだろう! この我が! 大罪の担い手が! 傲慢の降臨が! 友を見上げ、窮地に立ち、負けるしかないのに抗っている! ハハハハ! ここで笑わず何時笑うというのか!」

 

 交叉する蹴りと剣は止まらない。光速すらも超過し凡そ速度の限界域を体現する神速の蹴撃。全身が織斑一夏の颶風抜刀にも匹敵する超速度。ルキが一発の斬撃を放つ間数十、数百にまで及ぶ攻撃頻度。

 

「くは、ハハッ、あはははは……!」

 

 それでもルキの哄笑は止まらなかった。最早蘭を見下すことなど不可能。半身が崩壊し、全身が光となっていくにも関わらずそれでも尚剣を振るう腕を止めることはない。

 

「あぁ……なんだろうなこれは。今我が抱いている感情をなんという。解らぬなぁ、最早罪がない我にはどうしようもないからなぁ。――それでもあぁ、やはり我は間違っていない」

 

 ルキにはなぜか、不思議なくらいに穏やかな笑みが。これから消滅していく者にはどうしようもなく不釣り合いな微笑み。それはどう見ても敗者の顔色には見えなかった。今こうしている瞬間にも、 何か得るものがあったというように。

 二人の動きが止まる。お互い満身創痍だが、ルキは最早全身が消えかかっている。しかし、構わず腰溜めに大剣を構え、蘭もまた瞬発の溜めを行っていた。

 

「――さぁ決着を付けよう我が友。短き付き合いだったが、それでも満足だ」

 

「……ルキ」

 

 朗らかに笑う少女と痛ましげに曇らせる少女。勝敗とはまるで対照的だった。

 

「そんな顔をするでない。これでいいのだ。お主のおかげだよ。ありがとう、蘭。だから終わらせよう。例え我がここで消え去ってもお主が我の想いを忘れないでくれるのであれば――」

 

 続きは声に出して発せられることはなかった。

 それでも確かに、その想いは蘭へと伝わっていた。

 

「……うん、きっと必ず」

 

 彼女は頷き、

 

「――さよなら。また会おうね」

 

「応とも。いつかまた、な」

 

 最後の激突。暴風を纏った凱嵐の双脚と膂力任せの大斬撃。

 その勝敗は言うまでもなく。

 八大竜王の一角、傲慢の降臨、ルキは友との約束を満足を抱いて消滅した。

 

 

 

 

 

 

 生まれた求道神はこれで五柱。全く同時刻、彼女たちは真実へと至り、その身を神の領域にまで押し上げた。

 そして討滅された四柱の八大竜王。残るは半数、ここまで見れば狂気の担い手たちの完全勝利は近く――

 

 しかしこの先、この益荒男たちと八大竜王たちの戦いに於いて――誰一人太極座へと至るもの生まれなかった。

 

 織斑一夏も。

 凰鈴音も。

 篠ノ之箒も。

 セシリア・オルコットも。

 

 四人が四人とも――神と成ることは絶対にない。

 

 




ぶっちゃけルキはスクナポジだったり(

あと本音はセラフィムという天使で一番偉い存在の体現ですね。ガブリエルではないです。

さてある意味ここからが本番


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