狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:神心清明

たとえ正しくなくても
それが選んだ道だから


第拾弐章

 

 それは果たしてなんと形容すべきなのか。

 赤銅に染まった肌は漆に似た光沢がある。一見して哺乳類のような肌でありながらも甲殻にも似た固さがある。それでいて関節の可動域は柔軟だ。指先の爪は鋭利さを増し、肘や膝には逆方向に延びる突起。それまでの彼女の異形化をより鋭角化したような姿。

 だが、大きく変わったものがある。

 額に生じた双角と臀部から伸びる竜尾、背より生える爬虫類的な翼。そして――縦に開かれた鮮血のような赤目。

 どれもが尋常のものではない。それこそ、今学園島内に生じている随神相の竜達のものだ。

 けれどそうではない。

 神格のように独自の渇望と法則によって成り立っているわけではない。

 人間のように全ての加護を捨て去りながらも己の力だけで立っているわけではない。

 化外のように理から外れてしまったようであり、しかしそんな程度でもなかった。

 

 ――これまでこの世にいたあらゆる存在とは決定的に違っている。

 

「ふむ。まぁ悪くない」

 

 呟く声ですら掠れ、二重に聞こえてくる。

 そんな様になりながら彼女は満足気でさえあった。数度拳を握ったり、広げたりして感触を確かめる。大太刀『朱斗』はいつの間にかその姿を消していた。

 まるで彼女の中に融けて消えたかのようにだ。

 

「なん、ですか、それ……」

 

 呆然とした声は桃のものだ。変生をその眼で見て、どころか己の体内である随神相の中で感じていた。つまりはこの中で行われていることは彼女の知覚内。桃の性質故に細かいことを行うことは不可能だが、何が起きているかくらいは理解できるはずだったのだ。

 けれど今、その存在のことが何一つ理解できなかった。いや、それまでも理解しているとは言えなかったが桃なりに歪みの一つだと解釈していた。それまででの戦闘では問題なかったが、今その誤差が表面化していた。

 

「……なに、なんなの。そんなの、あり、えない……」

 

 それは例えるなら胃の中に絶対に消化できないものが入っているようなもの。強烈な異物感と違和感が桃を襲う。ソレから何かされたわけではない。しかし絶対的な不理解は恐怖に直結するものだ。

 かつて篠ノ之箒(・・・・)であった(・・・・)それ(・・)に桃は恐怖を押さえることをできなかったのだ。

 八大竜王の中でも上位に強度を誇る彼女でさえもだ。

 

「なに、私の全並行存在を此処にいる私に収束させただけさ。全ての篠ノ之箒という存在の終着点になるが、まぁよかろう」

 

 震える桃に、しかし彼女は何でもないように言う。

 並行存在の収束。

 それはつまり、あらゆる平行世界に存在する篠ノ之箒は最終的に今の彼女になるということ。別の篠ノ之箒がどんな生き方であろうとも関係ない。どうやって生きていても、どうやって死んでしまっても。その魂はいずれ今のソレの糧になる。いや、既にそうなっている。時間軸など関係ない。今のソレはそんな程度ではないから。現在過去未来など些細な問題だ。

 生命の液体。かつてはそれを加工して自分の存在を書き換えていたが、今彼女は別の自分さえも存在を書き換え、あらゆる己に上書きをしていた。

 

 だからもう、元に戻ることは不可能だ。

 

「そ、そんな話じゃあないでしょう! 神格でも人間でもない貴方は、一体なんなんですか!?」

 

「決まっているだろう」

 

 叫びに、しかしソレは気だるげに答えた。

 

「――化物だよ」

 

「……!」

 

 化物。そう、それだけが今の彼女を表す言葉だ。神を最上に置き、人間を最下とする生物のピラミッドから完全に外れている。

 いや、それだけではなく、

 

「座、か。フン、それも私には関係ない話だ」

 

 神座機構からもその繋がりを切っている。太極座から流れ出る覇道にすらも染まらない完全な異物。人間となったセシリア・オルコットとは別の形で神の加護を遺さず捨て去ったのだ。

 

「どうせ私はもう、なににも関われない。こんな姿に成り下がったのだ。多分、コレが最後の世界に関する干渉だろう」

 

 もうソレには何もできない。座の枠組みから外れたからその趨勢に手を出すことはできず、やってはならないのだ。人であることに耐え切れず、神になることも我慢できなかった彼女にはだ。

 だから、今できることは、

 

「この星を見守ろう。姉さんが愛し、壊し、創り、護って来たこの世を。栄えようと、衰えようと。私が私である限り――見守り続けよう」

 

 それが化物となり、かつて篠ノ之箒と呼ばれた少女の宣誓だった。

 もう、それしかできない。あらゆる干渉ができない彼女にはその星の在り方を見届けることしかできない。

 それは終わりのない旅路だ。

 数千、数万、或はそれ以上にも続く神座の歴史の中でセシリア・オルコットと同じく唯一の存在。在り方が明確である人間とは違い、ソレは完全に未知数。死という概念すら曖昧で死ぬかどうかも不確定だ。少なくとも神格のルールに従うならば――彼女に死はない。同種に殺されなければ死なない以上、この先同類が現れることなど那由他よりも低い可能性なのだから。

 この先、座にいる神が変わろうと彼女に変化はない。宇宙が終わろうとも死ねないかも死ねない。永遠の孤独を永劫味わい続けるかもしれない。 

 なにより姉である束と離れ離れになってしまうような選択だが。

 

「私が選んだ道だ。後悔はない」

 

 故にここに観測者は誕生する。

 座の法則に囚われず、ただ見守り続けるだけの観劇者。興亡を唆すような真似はせず、本当の意味で観測し、見守り続ける唯一存在。

 神座闘争すらも俯瞰する、ある意味で神格さえも上回るより上位の存在となったのだ。

 

「……そん、な」

 

「まだ――欲しいと思うか?」

 

「!!」

 

「どうだ?」

 

 ――思うわけがない。

 例え強欲の大罪を保有した八大竜王であろうとこんな化物を欲するはずがない。

 八大竜王というキャラクターを語る場合、それぞれが担う大罪一つに尽きる。細かい誤差はあれどあくまでも表面上のものであり、真価は己でもどうにでもならない感情の瀑布だ。死ぬ間際までそれに囚われ続け、その罪以外の感情を抱いた場合は自己矛盾で崩壊するのだ。ルキの敗因はそれであり、

 

「――要らないわよそんなの……! 私はそこまで落ちぶれていない……ッ!」

 

 桃のもまた同じだった。

 悲鳴交じりの拒絶。あらゆるものを欲するという罪を持つ彼女でも、その在り方を受け入れようとは思えない。

 いいや、思ってはならないのだ。

 

「そう、それでいい」

 

「ハッ、上から目線を……。この勝負は、貴女の負け、ですから。そんな様になって勝ったと思わないで下さい、よ」

 

「あぁ、それでいいさ。私の負けでいい。いや、私の負けだなこれは、お前の勝ちだよ」

 

 それでも、

 

「最後は決めないとあいつらに顔向けができん」

 

 親指の腹を犬牙で噛み切った。どす黒い血液が流れ、それが血の刀の形を得た。大太刀となって彼女の手に握られる。

 

「言い残す言葉はあるか?」

 

 その言葉に桃は勝ち誇った笑みを浮かべm

 

「ハッ、この――シスコン!」

 

「褒めるな」

 

 苦笑と共に一刀の下に桃の首を斬首した。

 そして桃は勝利の確信を抱いて此処に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓に叩き込まれた衝撃に喉から大量の血が湧き上がった。全身を打撃する衝撃にあばら骨は砕け、内臓がシェイクされる。避けることのできない致命傷。胸を穿つ衝撃に体が揺れ、前のめりに傾き、

 

「がはっ……ッ、ぁ……」

 

 せり上がった血の塊を吐きだし、足場である水面にぶちまけられる。体が崩れ落ち、

 

「なん、で……!」

 

 膝立ちになり――オータムは驚愕の声を漏らした。

 

「……これは」

 

 それは驚嘆の域を漏らすのはセシリアも同じだった。己は確かに引き金を引いた。生きることを諦めていたんかったが、けれどそれは確かに最後の悪あがきと言うべきものだった。ただの銃弾であり、とても神格に傷を与えられるものではなかった。逆にオータムが放った矢はセシリアを百回殺しても余るほどの威力があったのだ。

 それでもセシリアにはその矢が軽く小突かれた程度の衝撃しか感じなかった。

 

「あ、あぁ……くそったれ……そういう、ことかよ」

 

 血を吐きながらオータムは吐き捨てる。

 ただの人間が神格に傷を与える。それは確かに本来在りえないことだが、

 

 ――この場合はこれが当然の結果だった。

 

 暴食を司るオータムの力は相手の能力を飽和させ暴走させるというものだ。だからこそその力はあらゆる異能は暴食の覇道に触れれば制御を失い自爆するしかない。相手が誰であろうとも、同じ八大竜王や、かつてのセシリアや彼女以外の益荒男もそれは同じだった。

 けれど、今のセシリア・オルコットではそうはならない。

 人間とは特別な力を何一つ持たない存在だ。

 この世でもっとも脆弱であり、どうしようもない弱者だ。

 だからこそ彼女に暴食の罪は無意味だ。

 

「あぁ……ったく、こんなのが結末かよぉ……」

 

「なにを、一人で納得して……」

 

「おい、なんでてめぇが解んねぇだよ。ははっ、笑えるぜ……ほんとによぉ……」

 

 心の蔵を撃ち抜かれて即死しなかったのは一重に神格としての耐久力故だ。暴食の罪が効果を持たず防御力すらも作用しなかったが即死しないくらいには神の能力が働いていた。それでもそれは時間の問題だ。ルキや桃と同じように自分の罪の自己矛盾によって崩壊しているのだ。

 

 そんな中で思い出すのは二年前のこと。

 

 かつて彼女は『亡国企業《ファントムタスク》』という秘密結社に所属し、ただの人間だった。モンド・グロッソという世界大会の中で織斑一夏の誘拐作戦の実行犯の一人だった。直接一夏と対面することはなかったから一夏に斬り殺されることはなかったが、

 

 ――生存の代償として大罪に犯されたのだ。

 

 ブリュンヒルデとマーチヘア、そして『■■■■■』の激闘。その最中でオータムは暴食という大罪を浴び、その力故に抗うことができずに受け入れた。

 人であることを止め、神格になったのだ。

 それを愚かな選択だと攻めることは誰にもできない。それはきっと多くの人が同じ選択をしただろう。神の汚染だからこそ選択肢はないに等しい。

 けれどもし。

 それを受けたのがオータムではなくセシリアだったのなら。

 結果は違ったのかも知れない。

 

「なぁ、おい」

 

「……なんですの」

 

 わずかに怒りが込められていた声に苦笑しながら、

 

「あたしは……あの日どうすりゃあよかったんだと思う……?」

 

「……」

 

 答えはすぐにはなかった。当然だろう、回想は所詮オータムだけのものであり、セシリアには届いていない。けれど、オータムは答えを待った。

 そして、セシリア・オルコットの、人間の答えはその答えを告げた。

 

「飽いていれば、飢えていればよかったんですのよ」

 

「――」

 

「生きる場所の何を飲んで、何を喰らったとしても、それは当然満たされませんわ。けれど、生きるとはそういうことでしょう? 甘えては、いけませんわ」

 

「――」

 

「神様に頭下げて摩訶不思議な神通力を貰って、それで私は凄くてかっこいいなんて……見っともないにもほどあるでしょう? そんなふざけた者に頼らなくても、私たちは――それぞれの力で生きていけるのですから」

 

「――そう、か」

 

 神は要らぬと、人間としての生にそんなふざけた存在は必要ないと彼女は言う。

 セシリアの言葉に、オータムは小さく、けれどはっきりと頷いた。納得したように、安心したように。安らかな笑みさえ彼女は浮かべていた。

 

「……なんですか貴女。なんでそんなに嬉しそうなんですの?」

 

「はは……いいだろうが、こっちは死に体だぜ。お前さんが最後にもう一回引き金を引けばそれで終わるぜ」

 

「なぜ戦わないんですの……? 貴女たちにも、負けられない理由が」

 

「ねぇよ、なかったんだそんなもん。……寧ろ、あたしたちは負けるのが目的だったていうのは言い過ぎかねぇ」

 

「……どう、いう意味です?」

 

「さぁて、自分で考えな。ほら、早く終わらせろよ。来世で会おうぜ」

 

「……なんですのこれ。後味が悪いですわ」

 

「んなことねぇだろ。正真正銘お前の勝ちで、あたしの負けだよ。私は天地がひっくり返ってもてめぇには勝てない」

 

 それでもオータムは笑っていた。先ほどのセシリアの言葉に救われたと言わんばかりに。かつて間違えた彼女は今ここに確かに答えを得ることができたのだから。

 セシリアが銃を向けるまでもない。

 もうすでにオータムの身体は光の粒子となって消えていく。彼女の世界も崩壊していき、空が崩れて、溢れていた水も、枯渇していた大地も壊れていく。

 それがオータムの終焉だった。

 

「なぁ、スコール、お前も……答えを見つけとけよ」

 

 己と同じ境遇の彼女のことを想いながらオータムは光の飛沫となって消え去った。




八大竜王戦も遺すことあと二戦ですねー。
そいやぁ主人公とヒロインってあいつらでしたね(



感想評価おねがいますー。

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