狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
斬って
掻いて
踊って
乱れる
悲嘆の世界に斬風が走る。
薄暗い空間だ。光源がどこにあるのかは謎だが、目視に困らない程度の光はある。その中で叩き付けるような暴風雨。体に触れた瞬間に全身が粉々になりかねない衝撃。それだけではなく雨粒一つ一つに付与された掻き毟りの覇道。
それこそが悲嘆の怠惰の顕現。
八大竜王プリームムの世界。かつて相対した暴風竜の体内こそが今この世界だ。
掻き毟りの暴風雨は常人ならば一秒だって耐えることは不可能。雨粒の衝撃だけで全身は砕け、なまじそれに耐えても掻き毟りで全身を蹂躙される。
「シィ――!」
それら全てを織斑一夏は己の刃によって斬滅する。それは尋常の光景ではなかった。全身に数百、数千、あるいは万にまで届こうとせん雨粒を一つ残らず両断する。光速抜刀。最早それすらも超える神速の刃。
白刀『雪那』。篠ノ之束が打った神刀。
折れず砕けず朽ちず欠けずの比類なき刃。刀剣としての性質を極限にまで高めた概念兵器。それこそが一夏の神速を完成させる。これが単なる業物程度ならばすぐに刃自体が自壊していただろう。けれど愛の狂兎が作成したこの刀は絶対に砕けない。だからこそ躊躇いなく彼は超光速の刃を繰り出し触れる覇道を切り裂いていく。
「――フン、その程度してもらわねば」
それを目にし、否、両目を隠されているのだから肌で感じ、しかしプリームムは無表情のまま。唇を固く結び、自身の掻き毟りを切り拓いて当然だという言わんばかり。
「オォーー!」
完全に見下した言葉に当然一夏は黙っていない。掻き毟りを切り裂きながら、同時に放つのは殺意を極めた遠当ての斬風。一夏の奥義の中では最も単純だからこそ最も極まった武威。鞘の中で凝縮されて放たれる刃。
咲き乱れる斬撃の花に、
「効かんな、我らの
「っづぅーー!」
振り下ろされた黒白の剣砲に苦悶の声を漏らすのは一夏だ。単純な技量だけでいえば一夏の方が上。魂だけでいえばセシリアの超絶技巧には劣るとしても与えれれている歪みをここまで昇華させたのは一夏をおいて他にはいない。現に太極の掻き毟りから身を守るのはその抜刀術。概念効果や魔術を用いずにただ斬っているという馬鹿げたことを体現するのは彼ならではだ。歪み無しの技術でいえばセシリアの超絶技巧には数歩劣るとはいえ魂と歪みのハイブリッドという面では一夏の抜刀術は最高峰。
「温い。やはり木偶の剣か」
「黙れ」
「いいや、黙らん」
憤怒と殺意が込められた一夏の言葉にも構わない。
天を割らんばかりの斬撃が一夏へと放たれる。それと同時に掻き毟の暴風は全く衰えないまま。斬撃結界を展開しながら一夏は迫る剣砲へと斬撃を叩き込む。一撃二撃では叩き潰されるのオチだ。だからこそ数十閃を以って相殺する。その程度で精一杯なのだ。単純な威力ならば一夏の抜刀斬撃もその気になれば大陸に亀裂を入れることは可能だし、通常の斬撃ですらこの世に存在するほぼ全てのものも切断可能。絶対不砕の刃と超光速の速度は一夏の殺傷力を極限域にまで高めていた。
しかしプリームムの斬撃には拮抗しえない。数を重ねることようやく相殺という現実。
つまりそれは物理面ではなく精神、魂の問題であることを物語っていた。
「ぐっ……!」
その事実が、一夏を打ちのめす。彼という刃が届かないという現実。木偶と言わせたままにしている。それは織斑一夏にとってなによりの屈辱。
やっとの思いで相殺し、それの数を重ねていけば当然斬撃結界にも綻びが生まれる。少しずつ少しずつ。長い年月を流れ続ける水が石の形を変えてしまうように。ただこの場合、その流れに捉えられた瞬間に石は粉砕してしまう。
一合、十合、十五、二十と刃を重ね続ければ続けるほどに掻き毟りは一夏を蹂躙する。刀を振るための機能は残してある。だが両足や顔といった部分の損傷は激しい。元々整っていた顔立ちは無残に切り刻まれ、白の袴に包まれていたはずの脚は血に塗れて赤く色を変えている。
対して同じ顔だちをしているプリームムの身体に傷は無い。時折飛んでくる一夏の斬風は飛翔する最中に掻き毟りに喰らわれた。
「っ……はぁ、はぁ……く、おおぉ!」
けれど一夏は愚直にも刀を振るう。
鞘から刀を抜き、振りぬいて、鞘に納めて、再び刀を抜く。ただそれだけの動作を数えるのも馬鹿らしいくらいに繰り返し続ける。その動作こそが彼の神髄であり全てと言っても過言ではない。元々一夏にはこれしかない。高嶺の華への想いを除けばこれが全て。徹頭徹尾、織斑一夏は極まっている。
だから選択肢はこれ一つきり。
だから止めない。
「……あぁ、そういうことか」
その様を感じて、プリームムは頷く。
「学んでいるのか、俺から。 そうだな、俺とお前は近しい。当然のことといえばそれまでだが、な」
同じ顔。
抜き放ちと掻き毟り。
颶風と暴風。
性質の相似は偶然ではない。元々織斑千冬か篠ノ之束に酷似するように八大竜王は作られている。大本がそうなのだからある意味は当然。そしてプリームムの性別が男ならば一夏に似るのも当然だ。
「まぁ、貴様はアレの弟で、俺はある意味子供のようなものだ。いや、どうだろうな、或は貴様のコピー体か? さて、ここら辺は俺ではうまく説明できんのだが」
「ごちゃごちゃと……」
斬撃結界が途切れた。即座に暴風雨が一夏の全身を掻き毟り蹂躙する。それは僅か刹那の空白。五体を砕こうとする覇道の中でしかし彼はそんなことには全く構わず、
『無空抜刀・零刹那――』
カチャリと鍔が鳴り、殺意と殺気が消えさり剣気のみがある。
『――百八式ッ!』
百八の二乗。都合一万千六百六十四もの多重次元屈折現象。全く同じ個所に全く同時に放たれる切断現象。
「――!」
それにプリームムも受けざるを得ない。万を超えて重ねられた斬撃は彼と言えどもダメージは免れない。暴風の覇道を剣砲の刀身に重ねて一夏の斬撃を防御する。
「ッオオォーー!」
雄叫びと共に莫大な割砕音。
プリームムの剣砲と弾かれ合い、肩の装甲服に一筋の線が。現段階で一夏が放てる最高出力。成りかけの一夏が全身全霊を以て与えた結果。掻き毟りで霧散されても確かに命中し、結果が生まれている。例え線が一筋でも未だ神格に成りきっていない一夏が生んだとしては破格の一言。直前の激突により一夏の被害は甚大だった。顔は五割が削れ、脇腹も抉れている。足も所々が骨が露出し、腕も同じだ。残っているのは抜刀に必要な機能だけ。
「は、ははっ……」
成りかけを超え、織斑一夏は再び太極座に至りかけている。彼自身の渇望、狂気。織斑千冬から与えられた歪み。篠ノ之束からもたらされた神刀。それら全てが一夏の糧となる。
「――もっと、だ」
どくん、と鼓動が鳴る。高まる革新の波動。新生の息吹。生じた切っ掛けは小さなものでも、それで十分。全身から溢れる求道が悲嘆の覇道の中で生まれ始め、
そして――ピシリと、白銀の刀身に亀裂が入る。
●
「おおおおおおおおおーー!!」
叫ぶ。
桃色の世界、世界に充満する淫蕩の覇道。随神相の中にあればあらゆる力は骨抜きになり、最後は自己存在すらも曖昧になって消滅してしまう。それは鈴でも同じ。一瞬でも気を緩めれば彼女の姿をこの世界に融けて消えてしまう。
故に吠える。
吠えて、
「どっせぇええいい!」
拳を叩き込む。陽炎を纏い、蜃気楼の如くに分岐する可能性。数十にまで分岐している一人一人の拳が高層ビルを問答無用で粉砕する力を持つ。
「あらあら、無粋ねぇ」
しかしそれをスコールは蠱惑的な笑みと共に柳に風と受け流す。拳がスコールに届く前に力を失ってしまう。分岐した可能性も、宿した陽炎も砂上の楼閣のように消え去っていく。
「ちぃ!」
「くすくす」
何度も繰り返され、しかし拳撃を諦めない。力が解けたのならば、一度引いてもすぐに前に出て、異能を再発動して殴りかかる。近づけば消えるが、離れていればなんとか使うことができる。叫び、全身に喝を入れることで前に出る。
「そのすかした顔、ぶん殴ってやるわよぉ!」
「やれるかしらぁ小娘ちゃん?」
「やるに決まってるでしょうが年増!」
行く。
眼前のスコールは無手。武器をない。鈴もそれは同じだが、ただ自分という自己を保っているだけで自分が曖昧になっていく。だからこそ叫ぶ。自分の渇望確りと抱き、陽炎を全身に纏い。可能性分岐を広げていく。一歩前に出るだけでも崩れ落ちるか転びそうになる。拳撃に必要な要所要所での脱力と発勁のバランスが上手くいかない。
だから選ぶのはただ前に足を踏み出すというだけ。細かい動きは全て忘れる。ただ自分の意思を前進に向けるだけだ。
スコールという遥か格上の存在目がけて疾走する。
いいや、もう遥かなどではない。あと少し、もうあと数歩分。隔絶した差はあるがそれを埋めるのに必要な欠片はほんの僅か。この数か月誰もが遊んでいたわけではない。鍛えつづけた武威は人の身でありながら神域に片足を突っ込んでいる。淫蕩の世界で理性を保ち、前に進み続けようとするのが何よりの証左。
なにより、
「忘れてないのよ、人の男に色目使って……!」
数か月前の学園祭で鈴の片割れが淫蕩の波動に触れて骨抜きにされた。それは鈴からすれば許していいものではない。だからより魂を猛らせて進む。
「悪いわねぇ、貴女みたいな貧相な体だじゃなくて」
「はっ! あのバカがそんな真っ当な感性持っているわけないじゃない!」
「酷いこと言うわねぇ」
事実だ。それを鈴は誰よりも知っている。誰よりも彼に愛されているのだろうという想いがある。自分は彼のもので、彼は自分のものだから。
彼に触れてほしいと願うから鈴は己を高嶺へと置くのだから。
「アンタみたいなただエロイだけの女に負けるかぁー!」
進み、あと二歩のところまで来て、
「負け犬の遠吠えにしか聞こえないわねぇ」
「――っ!」
鈴の前進から陽炎が消え去り、共に疾走していた可能性が悉く消え去る。つまり、現状の鈴では絶対にスコールに届かないということに他ならない。
痛みがあるわけでも傷を受けるわけでもない。しかし確実に鈴の中の何かが削れている。骨抜きになり、曖昧となって消えて行っている。
「あぁ、くそっ!」
唇をかみしめる。拳をきつく握る。次の動作に支障がでないレベルで体を固める。そうしなかれば一瞬で自分が消えそうだから。どんな些細なことも意識の確立のために行っていく。そうしながら思うのはスコールの言葉。
負け犬と、そう言われた。
あぁ、そう。それは否定できない。かつての臨海学校では暴風竜に為す術もなく敗北した。その後は一度太極にまで駆け上って勝利したが所詮あれは後押しを受けた結果に過ぎない。学園祭の時では目の前の女に顔面一発入れたが太極を開いていない状態なのだから話にならなかった。
あぁ、でも、だからこそ、
「負け犬なんかじゃない……! 私は、負けて、そのままになんか絶対しない。絶対に負けたままでなんか終わらない……!」
暴風竜に敗北した時も同じことを誓ったはずだ。だからいくら相手が強大だろうと凰鈴音は絶対に終われない。相手が強くて負けたなどという理由で止まるわけにはいかないのだ。
そんなのは彼女の往く道ではないから。
「通りませ、通りませ――」
歌う。
己の意思を、狂気を、渇望を、魂を通すために。
それこそが彼女の在り方だから。どうせあの馬鹿は考えなしに刀を振るっているのだろうけど、そこらへんは自分が懐の大きさを見せるべきだ。彼が絶対に自分を斬ろうとしてくれると信頼しきっているのだから。
「所詮、前座なのよ」
鈴にとってもそう、一夏にとってもそうだ。自分たちが進む道とはそういうものであると信じている。
だから鈴は高嶺の華であるためにも、その身を押し上げていく。
「そう。前座、それは間違っていないでしょうね」
身勝手ともいえる鈴の言葉にスコールは苦笑するだけだ。どころか鈴の言葉に同意すらしていた。
「私もあなたも、それに他で行われている全ての戦いも。所詮は余興、前座。取るに足らない八百長試合」
意味ありげなスコールの言葉だが、それに耳を傾けるのは危険だ。それでさえ淫蕩は存在している。気を抜けば自嘲気味の声が同性の鈴でさえもたまらなく魅力的に感じてしまう。だから余分な情報はシャットアウト。もとより求道の益荒男。全てが己へと収束するのが基本だ。
だからスコールの言葉に耳を貸さない。
「――結果なんかどうなっても一緒なのだから」
それがこの戦いの全てを冒涜するような言葉でなかったらの話だったけれど。
淫蕩さんバトルむずい。
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