狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM: 此之命刻刹那

繋がる意思はここにも
契約するのは颶風と華


第拾碌章

 

 

 

 世界に歌が響いていた。

 織斑千冬と篠ノ之束が残していった旋律。それは確かな意味を残して世界に漂う。その意味を理解していたのはほんの僅かな数だけでも、歌そのものは世界中の誰もが聞き、涙していた。突如空を覆った水や無差別に耳に届く歌。怪奇現象としかいいようがないのに、しかし誰の心にも染み渡っていた。

 彼女たちの絶唱の残滓――それをもまた一夏と鈴も耳にしていた。

 特異点へと駆け下りた他の五人、そもそも行くことができない二人とは違い己の意思で二人は未だ人に身であり、地上に留まっている。

 何のためであるかなど――言うまでもない。

 

「さぁ、一夏」

 

 彼女は口を開く。

 

「私たちの祝言を始めましょう」

 

 

 

 

 

 

「――」

 

 鈴の言葉にわずかに一夏は空を見上げる。先ほどまであった水の膜はなく、夜の空に戻っている。そして膜越しに感じていた三つの内二つの神気が消えていたことにも気づいていたし、それが何を意味するのかも理解していた。

 ならばそんな場合ではない――などということは微塵も思わない。

 

「あぁ……そうだな。そうだ、それでいいんだ」

 

 場所は学園校舎屋上。簪がいない今、概念空間ではない現実空間であるもの、場所など今更関係ない。

 

「待ちわびたよ」

 

「えぇそうね。この数か月のラブコメも悪くなかった、ごく普通の男女交際っていうのもね。でも」

 

「俺たちはこっち(・・・)だよな」

 

 ゆらりと一夏は刀を引き抜く。それは亀裂が入り、今にも壊れそうな一夏の刀。けれどそれは他でもない羽化(・・)の証。それに笑みを浮かべながらも鈴も拳を打ち鳴らす。

 当たり前の語らいをするつもりなど毛頭ない。

 そういう普通のことは鈴の言う通りやってきた。悪くはないし、自分たちのようなキチガイがああいうことをできるというのは嬉しかったけれど、それでも自分たちの本懐ではない。

 それぞれ、直前に戦っていたせいで互いに満身創痍だ。けれどそんなことに構う二人ではない。

 消耗は軽くない。

 世界は色々ガチでやばい。

 けれどそれがどうした。織斑一夏と凰鈴音からすれば総て戦友たちに任せたこと。

 互いの魂の猛りは最高潮。剣と華はそれぞれの求道と見定めた相手と相対しているからこそ、悲嘆と淫蕩を前にした時は立ち止まった地点を呆気なく上りつめ――

 

『壱 弐 参 肆 伍 陸 漆 捌 玖 拾  布留部――由良由良止 布留部』

 

 それはかつて二人が謳いあげた祈りと同じものであって同じではない。暴風竜の相対において一度神域に至った一夏と鈴だがそれは所詮座からの後押しがあってこそ。地力でいえば当時の二人はそこまでの強度は有しておらず、彼女が力を貸さなければあそこで死んでいただろう。

 けれど、今この刹那。最早なんの後押しもなく二人は己の渇望を高らかに叫ぶ。

 

『曰く この一児をもって我が麗しき妹に替えつるかな すなわち 頭辺に腹這い 脚辺に腹這いて泣きいさち悲しびたまう』                                            『通りませ 通りませ ここはいずこか細通なれば 天神もとへと至る細道 御用ご無用 通れはしない』 

 

 この期に及んで躊躇う理由などどこにもない。

 目の前には焦がれつづけた高嶺華。何よりも斬りたいと願い、誰よりも斬滅を抱いた至高の花弁が一夏だけの為に咲き誇ろうとしている。なればそれで鞘走るの躊躇する彼ではない。

 閃く一刀が鋭さを増している。それはただ凰鈴音という華を切り裂く為に他らない。故に少女は歓喜する。その喜びがさらに高嶺に彼女を押し上げていくのだ。

 

『その涙落ちて神となる これすなわち畝丘の樹下にます神なり  ついに佩かせる十握劍を抜き放ち  軻遇突智を斬りて三段に成すや これ各々神と成る』

                  『この子十五のお祝いに 御札を納めに参り申す 行きはこわき 帰りもこわき 我が中こわき 通りたまへ 通りたまへ』

 

 それは他の五柱と同じ求道神でありながら、その純度に関しては一線を画している。ラウラたちも内側に流れ出し続ける求道の神ではあるが、白銀と朱桜の性質を色濃く受け継いでいるからこそ軍勢の統括等の本来ならば求道ではなく覇道の役割も可能としている。

 けれどこの二人は違う。

 

『黄泉比良坂より連れし穢 これ日向橘小門阿波岐原にて禊ぎ これ我が祖なり 荒べ 、荒べ、嵐神の神楽 他に願うものなど何もない』

                               『ナウマク・サマンダボダナン・インダラヤ・ソワカ オン・ハラジャ・ハタエイ・ソワカ』

 

 正真正銘、個の極地。冥界、天界の統治もせず、それらの世界の架け橋ともならず、穢れを担うこともせず、全てを把握し管理するわけでもない。世界の理から完全に切り離された固有宇宙。それぞれ役割を担う他の五柱とは違い、ただ己の渇望のみで新生した新たな神々だ。

 

『八雲たつ 出雲八重垣妻籠に 八重垣つくる 其の八重垣を 都牟刈・佐士神・蛇之麁正――神代三剣 もって統べる熱田の颶風 諸余怨敵皆悉摧滅 』

                             『如来常住――切衆生悉有仏性・常楽我浄・一闡提成仏 ここに帰依したてまつる 成就あれ』

 

 けれどそれでこそ。

 それこそが織斑一夏と凰鈴音なのだ。できないことをやろうとは思わないし、できることを、やりたいことをやることこそが二人が恩義を感じる世の理。故にもう既に二人は互いのことしか頭にない。今やるべきことはコレだという確信があるし、穴へと落ちていった五人を信じているから。

 

『――太・極――』

 

 何一つ憂いはなくここに至高の戦神は誕生する。

 

『神咒神威――素戔嗚尊・天叢雲剣』

  

『神咒神威――帝釈天・嶺上開花』

 

 それは自分勝手に、自由気ままに――青空の輝きを以て顕現した。

 同時に音を立てて『雪那』の刀身が砕ける。初めから神域に至ることを前提とされた鈴の両腕とは違い、その神刀はかつて篠ノ之束が織斑千冬の為に打った刀。故に刀の粉砕は彼女たちからの解脱だ。

 鋼の刃が消え去り――露わになるのは颶風の刃。

 そしてそれすらも所詮はただの媒体。真の刀剣は一夏自身であり、鞘と定めたのが目の前の少女。風の刃からさらに刀を抜くという埒外の行為を当然のものとする。

 

「さぁ来なさい一夏。 アンタの気持ち、アンタの魂――私が全部受け止めてあげるから。アンタの全てを私に届かせなさい」

 

「言われなくても――」

 

 二つの神威が威裂繚乱と咲き誇る。

 個の境地、歩く特異点を言われながらそれは二柱が孤立無援を意味しない。魅せ合い、魅せられ合い、手を伸ばし、高みへと登る二人は接続した隣接宇宙。重なり合う二つの渇望は繋がる螺旋のように離れることはない。

 それはかつて二人が交わした約束。

 

『俺はお前を斬る刀剣になる』

 

『なら私は、その時まで誰にも触れさせない高嶺の華になるわ』

 

 初めて会ったとき、始めて交わして、出会ってから焦がれつづけた契約は今こそ果たされようとしている。

 ここまで来た。

 蒼穹に抱きしめられながら、姉たちに導かれながら、戦友と共に疾走しながら――

 

「ようやくここまで来た」

 

「えぇそうよ。やっと」

 

 闇夜の中、煌びやかな波動が世界を照らしていく。それは止まらない。こうして向き合うだけ二人の魂の研鑽は始まっているのだ。

 斬りたいと思う。

 触れてほしくないと思う。

 斬りたくないと思う。

 触れてほしいと思う。

 だから――、

 

「織斑、一夏」

 

「凰、鈴音」

 

 神となった二柱は人間であったことの咒を宝物のように口ずさみ、

 

「焦がれた雌雄を決するべく――」

 

「いざ、尋常に――」

 

 

 

「推して、参る――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『早馳風――御言の息吹!』

 

『大宝楼閣――善住陀羅尼!』

 

 開幕と同時に放たれたのは天地至高に斬撃と浸透剄の極限域の拳。

 それらはどちらもが莫大な神気を宿し、激突の瞬間に隣接する宇宙を数十、数百単位で破壊しながらその威力を撒き散らす。

 初撃としては激しすぎる互いの一撃。かつての暴風竜との相対においては決殺であったはずに奥義を二人は迷うことなく放ち、

 

「くははははーーーーー!」

 

「あははははーーーーー!」

 

 溢れる神威と共に一夏と鈴は哄笑し、刀を、拳を構える。

 最大級の威力が激突し合ったが故に、二人自身に少なくないダメージがあるはずだが、それらにまったく構わずに笑い、さらなる一撃を放ち、

 

 鈴の右腕が飛んだ。

 

「――!」

 

 鈴の右腕、それは篠ノ之束が作成し、彼女に馴染み、武神として太極にまで至った今、それに見合うだけの神器となっている。それに鈴自身の神威を込めれば、消して砕けぬはずの鉄拳なのだ。

 にもかかわらず、それはあっけなく断ち切られた。

 

「ハッーー!」

 

 それに鈴は構わなかった。構わず、残った腕と身体を連動させ、刹那彼女の姿が数百にまで分岐し、

 

「破!!」

 

 取り戻した右の拳を叩きこむ。

 それは先ほどまでにはなかったはずの部位。だが、今の鈴には関係ない。先の一閃は決して避けれないものではなかった。激突ではなく、回避を選べば避けれるはずだった。その可能性もあったのだ。

 

 だから、その可能性を引き寄せる。

 

 引き寄せ、修復されたその一撃は、一夏に叩き込まれる瞬間に再び、分岐。今の鈴が放てる全ての攻撃は乱立し、同時に叩きこまれた。恐れるべきは数百にまで届く攻撃のどれもが邪魔し合っていないということ。あるいは避け合い、あるいは統合され、最大限の威力を見こめるように一夏へと叩き込まれる。

 

「そんだけかよ」

 

 それらを温いと断じながら、一夏の颶風の抜刀は全てを切り裂いた。

 最早速い遅いという領域では無く、時間という概念すらも断ち切る切断現象。 

 当然だ。太極にまで至った一夏は存在そのものが一本の刀剣であり、彼がそうである以上、何かを斬るのに刀はではないのだ。視線を合わせれば、視認されれば、もっと言えば認識された時点で、対象は必ず一夏に斬られている。それゆえに斬る為に刀を抜くのではない。すでに斬っているのだから、その現象を具象化させるために刀を抜く。 

 唯斬。切断、斬撃という概念としては歴代神格を寄せ付けず、攻撃速度という分野においても飛び抜けいている。

 鈴は防御力に優れているのに対し、一夏は攻撃力に特化している。 

 だが、それでも。二人はそんな己の特性を考慮になどせず、

 

「くはっ、はははっ、はははははははーーーー!!!!」

 

「あははっ、はは、あははははははーーーーー!!!」

 

 互いを刻みあう。

 飛散する血肉はそれ自体が宇宙に浮遊する天体と同規模。たとえ致命傷を受けていないとはいえそれだけの切創が生まれていることから二人の攻撃の深度が伺える。かつて一夏が無様と称した剣はどこにもない。真実、今の二人の拳と剣は星を砕く破壊に耐える石を断ち切り、潰すだけの質がある。

 学園の屋上という戦場でありながら、未だに破壊されず形を遺している。求道神という性質故に触れなければその神威の影響を及ぼさないというだけではない。

 今この二人は真実お互いしか見ていないのだから。全身全霊を違いに向けているからこそ、他への余波など生み出さない。

 

「ヂェエィ!」

 

 振りぬかれる颶風の数は数えることすら馬鹿らしい。時間空間距離あらゆる概念を切り裂きながら進む斬風を阻むものなど存在するはずもない。そも、刃に実体すらなく一夏自体と関わっただけで切られているのだからどうやって防げというのだ。

 それにも関わらず、

 

「ハハッ! ああ、まだ遠いなぁ! どうなってるんだよ、斬ってるのに、何よりも早くお前に手を伸ばしているのに! お前は、斬らせてくれないんだなぁ!」

 

 斬風は天嶮の大輪を手折ることができない。確かに斬っているはずなのだ。それにも関わらず颶風の一刀は咲き誇る華の芯を捉えることはできない。

 

「あははは! 当たり前でしょうが! 私はそんな簡単に捉えられると思ったら大間違いよ!」

 

 叫びながら哄笑を上げる鈴は端々は斬られている。けれどそれは所詮切れ端に過ぎない。例えいくら削られようともその程度ならば問題ないのだ。寧ろそれらの障害がさらに鈴の強度を押し上げていく。一夏が斬ろうとすればするだけ、鈴は己の可能性を見出しよろ高みへと昇華していく。

 だからといって――一夏が立ち止まるわけがない。

 

「斬れないなら――斬るまで、斬り続ければいいだけだよな」

 

 刀と拳を交えるたびに乱立する鈴の可能性は数千、数万、あるいは数億にまで届く。総体を一夏は感じているが、全ての数を把握しているわけではない。把握はしていない、が。言葉通り目につくもの総て切り裂けば同じことだ。

 

『無空抜刀・零刹那――』

 

 それは一夏の代名詞的奥義。超光速のさらに先。同じ時間、同じ空間、同じタイミングで放たれる抜刀術。多重次元屈折現象。人の身であった時からそれだけの奥義。そして神域に至り放つ以上ただそれだけではなく、

 

『――涅槃寂静ォッーー!!』

 

 刹那、乱立する可能性総てが一刀の下に同時に断絶され、凰鈴音に無視できない切創を刻み込んだ。

 

「っづああああああああああああ!!」

 

 分岐存在の全てを斬滅され、袈裟に切り上げられる。脇腹から肩に掛けてまで開かれて生きていられるのは一重に神格としての耐久力の賜物。もし鈴が人間だったのならばこの時点で絶命し敗北していたのは彼女のほうだ。

 

「っ、……はは……ッ、あははは……」

 

 掠れた声の中で鈴は笑みを絶やさない。今の一刀はどうしようもなく避けられなかったし、避けるという選択肢すらなかった。現時点での一夏の最大威力。それも、放つ直前の限界を突破していた。だからこそ鈴は受けた。受けざるを得なかった。

 

「まったく、かっこよくなったわね……。いい男よアンタはさ」

 

 あの朴念仁がよくもまぁと苦笑しながら、

 

「だからこそ、私も――!」

 

 咲き誇る。

 総ての行為は己を高みへと押し上げる演舞。乱立分岐する拳撃や蹴撃の動作や発生音、それらもが悉く舞いの要素だ。鈴の笑みの声も、高鳴る鼓動すらもなにもかも。彼女が生み出すものは残らず高みへの燃料。

 なのに――

 

「触れてくれるのね! 私に! 手を伸ばしてくれるのね!? どこまでも、誰にも触れられないって覚悟していた私に! アンタは手を伸ばし続けてくれる!」

 

 全身全霊で高みへと駆け昇っても、鞘走る風は確実にこちらを捉えてくる。例え切り裂かれるのが数多の可能性の中でも最も軽微だとしても、届いているのは確かなのだ。誰にも届かない高みに咲き誇る彼女に、無限に広がる蜃気楼のような彼女に。そんなことは知らぬと一夏はその()を伸ばしてくる。

 

「当たり前だろうが! 絶対逃がさない! お前は、俺が殺すんだよーー!」

 

 それこそが鈴の原動力だ。彼がそうやって愚直に駆け抜けてくれるから、鈴は咲き誇れる。自分のことを見て、自分だけに手を伸ばしてくれる馬鹿がいるからこそ。

 

『木生火、火生土、土生金、金生水、水生木。陰陽太極木火土金水相成し一撃と成せ──』

 

 分岐する影が僅か五つにまで減少した。けれどそれは数ある可能性の中で最高峰であるからこそ。一つの宇宙の中、森羅万象を構成する法則を五つに分割し、分岐した鈴がそれぞれを担う。

 

『五行相成─―絶招五行拳!!』

 

「……がはぁっ……アッ……!」

 

 叩き込まれた五種の拳撃。それぞれがそれぞれの法則を担って高め合いさせ、宇宙の真理を体現する絶招となって一夏へと打ち放たれた。叩き込まれた直後に一夏の体内で爆発する莫大な神気。一瞬で五臓六腑を破裂させて、膨大な量の血が口から零れた。内臓を全て粉砕されているにも関わらず生きているのは神格としての耐久力のおかげ。これが人であった時ならばこの時点で一夏は絶命し敗北している。

 

「はは――」

 

「ふふ――」

 

 人の身であれば絶命。神の身でも無視できない損傷。けれどそれが当たり前のように一夏と鈴は嗤う。

 

「オオォ――」

 

 斬る。

 刀を振って、斬る。

 一夏が行うのはそれだけ。

 颶風から抜き放たれる織斑一夏という刀剣。天地無二の一刀。斬滅という一つの宇宙。

 斬る、斬る、斬る。斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る――斬る。

 斬って――。

 ――斬った。

 ただそれだけのこと。無駄な装飾など必要ないし、それ以外に表現できるはずもない。。真実一夏はただ斬っているだけなのだから。

 

「――あぁ、ほんと。アンタみたいな純粋な(バカ)、私は他に知らないわ」

 

 舞う。

 全身を用いて、舞う。

 それこそが鈴の真骨頂。

 天嶮にて大輪を咲かせる凰鈴音という至高の花弁。たった一人のみが触れる高嶺の華。咲き誇るという一つの宇宙。

 美しく輝かしく麗しく美々しく素晴らしく切なく可愛らしく華々しく艶やかに仄かに華やかに煌びやかに綺羅びやかに絢爛に綺麗に美麗に艶美に淡麗に秀麗に素敵に純潔に明媚に鮮烈に鮮麗に豪華に豪華絢爛に純真無垢に天真爛漫に天衣無縫に活発艶麗に花顔雪膚に威風堂々に――舞い踊る。

 咲いて――。

 ――咲き誇る。

 どれだけの美辞麗句を重ねようとも足りはしない。世界中に存在するあらゆる賛美の言葉を贈ろうとも今の鈴を表すには不十分だ。

 

「俺も、お前みたいに綺麗な(オンナ)他に知らねぇよ」

 

 互いに散る鮮血は命の証。一夏はそれを矢鱈めったらに浴び、鈴は血化粧のように纏う。全霊の一撃でなければ互いに切創を刻めず、ただ重ねるだけの刃や拳では総体の欠片をわずかに穿つだけ。だとしても徐々にその深度は深まっていく。

 

「あぁ、楽しいなぁ」

 

「えぇ楽しいわ」

 

「皆頑張ってんのかなぁ」

 

「私だけ見てなさいよ浮気は殺すわよ」

 

「言われなくても、お前しか見てねぇよ」

 

「恥ずかしい男ね」

 

「お前だって似たようなものだろ」

 

「どっちもどっち、か」

 

「ああ」

 

「愛してるわよ」

 

「愛してるさ」

 

「届かせないわ」

 

「ぶった切ってやる」

 

 殺したいほどに――

 

「お前のことを愛している!」

「アンタのことを愛している!」

 

 故に今こそ、この刹那に愛を超越()えろ。

 二人に残された力は僅かであり、次が最後の一撃であると二人は理解していた。

 長いようで短かった逢瀬。堪らない時間こそは矢のごとくに過ぎ去っていく。それはどれだけの睦言や当たり前の逢瀬や肌の重ね合いより二人にとっては最高の時間だった。

 ともすれば時間が止まってほしいとすら思えるほどに。

 未来永劫、どちらかの命が終わるまでこの神楽を舞いつづけられれば、止まった無間の中でそうすることができたのならばどれだけ素晴らしいことなのか二人は夢想して――、

 

「それは、違うか」

 

「任されたもんね」

 

 この最高の刹那を永遠に味わおうとするのは言葉にできないほどに美しい祈りであっても、きっと間違っているのだろう。

 だって彼らの姉たちはそうだった。

 彼女たちがどういう生を駆け抜けてきたのかは一夏や鈴にも解らない。けれど、今この世界を護り続けてきてくれて、次代に任せるために自分たちを導いてくれたのだ。

 だから前に進みたいと思う。

 

「千冬姉の娘ってことなら俺の娘も同然だ」

 

「そこは姪でいいじゃない。ま、私も同じこと思うけどさ」

 

 戦うことしか能がないのだから、細かいことは仲間たちに任せるしかないけど、頭を使わないことは二人でもできる。これから先の青空の世界の中で何ができるのかは未だ解らないけど、できることがあるはずなのだから。

 

「ま、それも全部これが終わったらの話だ」

 

「先に言っておくけど死んじゃっても謝らないわよ」

 

「いいさ、俺だって謝らねぇ」

 

 言葉と共に最後の一撃の溜めを。

 颶風の刃を腰為に構える。本来ならば必要ないが、人の身であった頃から名残であり、最も力を発揮するにはこの体制が一番だ。最後の一撃に最もふさわしいのが何か。

 そんなのは言うまでもない。

 

「同じことだ、全部ぶつけてぶった切る」

 

 素戔嗚という神格が保有する全てを以て帝釈天を斬滅する。元より斬るだけの神だ。鞘から抜き放たれれば森羅万象を切断する無謬の斬撃。それこそが一夏だ。鈴があらゆる可能性に分岐しても関係ない。

 そう、分岐するのならば大本があるはずだろう。元より一夏と関わることで魂魄には切創が刻まれている。故にその切創を広げ、根源に至る斬撃とすればいい。

 やることは変わらない。

 抜いて、斬ればいいだけだ。

 

「そう、アンタはそれでいいわよ。馬鹿なんだから、馬鹿らしく私を求めさない。全部受け止めるから」

 

 拳に宿すのは莫大な神気。それは高嶺という概念の具現だ。高嶺に咲く花はたった一人にしか触れてほしくないから、全てを届かせない。けれどその奥にはたった一人に触れてほしいと願っている。もはや言うまでもない鈴の真の渇望。

 故に顕現するのはあらゆる可能性の中で最高の少女。存在する一夏の可能性総てならば絶対に真正面から妥当しうるだけの誇りを己。一夏が自分という根源を斬ろうとするのならば構わない。寧ろそうしてほしいし、その上でこそ打ち勝って見せる。

 それが自分たちの愛だから。

 

『羽々斬るは十拳の剣。大蛇の叢雲が刻みし神なる神刀――』

 

此処に帰依して奉る(オン キョワミキャ キャワキャミリキャ)天の神々よ我に勝利を(アキャシュロウカバカテイ ジナハラソク)与え給へ(ソワカ)!』

 

 

『羽々斬――布都斯颶風ッッーーー!!』

 

『九・蓮・宝・燈――天帝陀羅尼!!』

 

 

 激突する神刀と神拳。それらは求道の法則など無視して――特異点の最奥へと届いていた。

 

 

 

推奨BGM:吐善加身依美多女

 

 

「く、あー……」

 

「……あぁ」

 

 全身全霊、神格としての総てをぶつけ合った一撃だった。確実に相対者を殺したという確信があり、それが不思議ではないだけの威力と質を秘めた一撃だった。

 なのに、

 

「生きてる、か」

 

「しぶといわね、私も……アンタも」

 

 互いにもたれ合うように膝をつく二人は確かに生きていた。余すことなく血塗れで、無事なところはどこにもない。満身創痍で虫の息であるもの彼らは生きながらえていた。

 

「殺したと思ったんだけどなぁ……現実はうまくいかねぇ」

 

「私のセリフよ。……ほら、もっとちゃんと支えなさい。男でしょうが」

 

「へいへい」

 

 全く力が入らない身でありながら、もう何もできない二人だ。だから愚痴めいた苦笑をするしかない。

 ――致命の深度だった。

 なのに、殺し切れなかった。 

 あの瞬間のお互いならば絶対に絶命させたのに、できなかったということは――そういうことなのだろう。

 こうやってお互いがお互いの想像を超えていくのが、二人の在り方なのだ。

 

「さて、皆どうなったかしらね。我に返ると結果が気になるわ」

 

「ま、大丈夫だろ」

 

「そうね」

 

 軽い物言いだったが、それでも彼女たちを信じていたからこそだろう。最後の激突が特異点へ潜っていた戦友たちに助けになればと思う。

 色々任せきりになってしまったけれど、あれが自分たちの最大限だった。

 

「ま、ちょっと寝ようかしらね。流石に」

 

「あぁ……俺も、限界だ、な」

 

「一夏」

 

「んー?」

 

「私だけを、見てなさいよ」

 

「当たり前だろ」

 

 そして意識を失う二人を――青空の覇道が包み込んだ。

 

 

 




鈴ヒロインになったときから魔改造はこのたまにあったと言っても過言ではない(

ちょい補足。

『羽々斬布都斯颶風』
 基本的に一夏の神格としての斬撃は、彼と関わって刻まれた切創を抜刀行為にて広げて損傷を与えているわけなのだが、これはその上位互換。向き合った時点で相手のどこかを斬っているのだからそのどこかに刻み込んだ傷を無理やり広げて対象の存在、魂、根源にまで届かせて斬滅する技。可能性の系統樹が描かれた紙があったとして、紙ごと真っ二つに断ち切るような行為。

 
『九蓮宝燈天帝陀羅尼』
可能性の収斂が鈴の神格としての性質ではあるが、それの究極系。存在するあらゆる可能性に打ち勝てる最高の自分を生み出す。同時に神格としての自分の可能性の中でも最高であるから発生する神気や闘気は当然莫大なもの。可能性の系統樹の総てに対応するというもの。



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