狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:尸解狂宴必堕欲界

*より神州愛國烈士之神楽


第玖話

「ははっ、ははははは、はははははははは!」

 

「あはっ、あはははは、あははははははは!」

 

 アリーナに馬鹿げた笑い声が響き渡る。

 一夏と鈴。その二人がアリーナの中央で馬鹿笑いしているのだ。

 

 刃と拳を交叉させながら。断じて、笑える状況ではない。どちらも一撃は必殺。それなのに二人は笑っていた。

 

「楽しいなぁ、鈴!」

 

 一夏の抜刀はそれまでとは一線を画していた。鍔なりの音など表記するのも馬鹿らしい。抜刀、斬撃、納刀ではない。抜刀して、数閃数十閃の斬撃の果てに納刀する。それにより、一夏の周囲に築き上げられたのは斬撃の結界だ。一夏の把握範囲内に斬撃の暴風が吹き荒れる。無論、その一閃一閃が絶対的な切断力を有する。当然ながら、刀と一夏の右腕は霞み視認する事はできない。ISのハイパーセンサーを使っても捕らえなれないだろう。常人どころかISでさえ、その絶殺絶断の結界に足を踏み入れた瞬間に細切れになるのは確実だ。

 

 そして、今の一夏は例え本当に誰かが結界内に入り込んでも気にしない。オーバーキルとも言える斬撃の嵐に蹂躙されるだけだ。もっとも、一夏自身の殺気も殺意も剣気も鈴一人に向けられているが。その結界内においては篠ノ之箒もセシリア・オルコットでさえ、後退以外の選択肢はありえない。

 

 だが───

 

「まったくねぇ、一夏!」

 

 無造作にまるで散歩にでも出かけるような気安さで鳳鈴音はその絶殺空間に存在していた。吹き荒れる斬撃に臆することはない。

 

 凌ぎ、受け流し、打ち合う。

 

 何の防具もつけていない鈴の拳は一夏の一刀と拮抗している。

 

 気。

 

 人が本来持つ生命エネルギーの発露。

 それを持って、鈴は己の肉体を強化する。もっとも、それだけではない。

 一夏が全てを断ち斬りたいと渇望するように、鈴も同じなのだ。彼女にも彼女の渇望があり、歪みがあり、それの具現が両手に宿る山吹色の陽炎なのだ。

 

 一夏が全てを斬り裂く刃なら、鈴は決して砕けぬ拳。

 

 殺意を宿した故に無空拳として機能せず、純粋な速度においては一夏より遥かに劣るにも関わらずその不砕の拳は光速の剣嵐に対抗している。

 

 なぜなら鈴は一夏の動きなど知り尽くしているのだ。小学5年の頃から中学2年まで。およそ3年に渡り、今と同じような殺し合いを続けていたのだから。

 一年離れていても忘れることはないし、忘れたこともなかった。

 もっともそれは一夏も同じだが。

 

「は、はははは! はーははははは!」

 

「あはっ、はははは! あーはっはっはっ!」

 

 笑い声は止まらないが、お互いの攻撃が入らない訳ではなかった。

 

 一夏の斬撃は致命傷とはならなくても鈴の肩や太腿、さらには細かい傷が前身に走りチャイナドレスはボロボロで血に染まっている。

 

 鈴の拳撃も致命傷には至らない。それでも、拳が数度一夏に

入りその悉くが骨を砕いている。さらには拳が掠って、こちらも細かい傷が走り白の着流しが朱く染まる。

 

 どう見ても満身創痍だ。

 

「もっと」

 

 それでも。

 

「もっとーー!」

 

 それでも笑う。もっともっとより高みへと。

 

「行けるとこまで行こうぜ、鈴!」

「行けるとこまで行きましょう、一夏ぁ!」

 

 殺気と殺意を飛ばし合い、拳気と剣気を刻み合い、鮮血にまみれながら笑う。

 

「はははははははははははははははは!!」

 

「あははははははははははははははは!!」

 

 交叉される刃と拳は百すら越え始める。

 しかし、それで満足などしない。

 

「ギア上げていくぜぇーーー!!」

 

「当ったり前でしょうが!!」

  

 一際強く刃と拳がぶつかり、僅かに間が開く。それはほんの刹那の間でしかない。だが、一夏にとってはそれで十分なのだ。

 もとより刹那など────必要ない。

 

「『無空抜刀・零刹那』────」

 

 瞬間、一夏から殺意も殺気も消え去る。ただ込められるのは剣気のみ。

 

「────参式ィーーーーー!」

 

 そして、全く同じ場所(・・・・)全く同時(・・・・)に放たれる斬撃。僅かな時間差などなく、完全に同時に放たれた九閃。

 その威力は従来の一刀の九乗。

 

「つぅっ……!」

 

 その九閃には流石の鈴も反応できない。その胸に横一文字に薙ぎ払われる。鮮血が迸る。それは間違いなく致命傷だ。だが、それで刈り取られるほど彼女は安くない。

 

「…………ああっ!」

 

 鈴は怯まなかった。むしろ、前に出た。零刹那の納刀と同時に。それは鈴だからこそ見いだせた隙。そこを突く。両手を軽く一夏の両脇に押し当てる。それには威力はほとんどない。だが、意味はある。放ったのは緩め浸透勁。それの直後に右の手のひらを打ち出す。

 一夏の腹に手のひらをめり込ませ、

 

「─────絶招凶叉ァ!」

 

 一夏の腹に自分の気をぶち込む。それは直前に打ち込まれた緩めの気と貫通力の高い気とが混じり合い、

 

「がはぁっ!」

 

 一夏の腹の中で弾けた。アバラが砕かれる。口から大量に吐血し、思わず後ろに飛びのいた。鈴も同時に跳ぶ。

 

 20メートル近く距離が開いた。互いに息は荒く、今の攻防で致命傷を負っている。

 

「…………いい加減決めるか、そろそろ終わらせないと千冬姉に止められる。それはもったいねぇよなあ」

 

「そうねぇ、まぁ、今日はこれくらいにしましょうか」

 

 口調は軽く。しかし、互いに闘気と殺意は高まり合う。

 そして、

 

 

 

「梵天王魔王自在大自在、除其衰患令得安穏、 諸余怨敵皆悉摧滅──」

 

 

 

 一夏は腰を大きく捻り、手を柄に添えた。それはこの学園において、一夏の初めての抜刀の構えだった。  

 紡がれるのは祝詞だ。

 そして、一夏から殺意が消えた。否──消えたのではない。『雪那』の鞘内に収束されていくのだ。

 

 剣気と殺意が凝縮され、結合され、収斂されて鞘の中に集っていく。

 

 

 

「木生火、火生土、土生金、金生水、水生木。陰陽太極木火土金水相成し一撃と成せ──」

 

 

 

 対し、鈴も祝詞を紡ぐ。

 それは五行思想。

 木は燃えて火になり、火が燃えたあとには土が生じ、土が集まって山となった場 所からは金が産出し、金は腐食して 水に帰り、水は木を生長させる。

 曰わく────五行相成。

 

 そして、それを叶える布石はすでに打った。先ほどの凶叉を除き、一夏にクリーンヒットしたのは五発。

 

 震脚と合わせた正拳、斬撃を受け流しながらの正拳、横払いの拳、振り下ろしの手刀、突き上げの拳。それらはつまり木行崩拳、火行砲拳、土行横拳、金行劈拳、水行鑚拳。五行拳、基本にして絶招。すでにそれらの五つの気を一夏に打ち込んだ。後は再び木行の気を打ち込むだけだ。そうすれば、それまでに打ち込まれた気と反応致死性のダメージを与えることができる。

 

 開いた距離など関係ない。

 一夏のソレはもとより遠当ての技だし、鈴のソレも僅かでも気が伝われば勝手に一夏の体内でその威力が増していく。

 

「─────────行くぜ」

 

「─────────行くわよ」

 そして、

 

「首飛ばしの颶風────蠅声ェーーーー!」

 

「五行相成─────絶招木行崩拳ーーー!」

 

 殺意と剣気の斬風と高め合いの木気を宿した裂拳。

 どちらも、必殺。

 片や、剣気と融合した殺意の塊。

 片や、世界の理を体現した拳。

 それらは、二人の中央で激突し──────

 

「!?」

 

 突如、アリーナの外壁をぶち壊して現れた『黒』に潰され消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬風と裂拳の激突の中央に降り立ったのは漆黒の人型だった。異常なまでに全体を比率を狂わせる巨大な両腕。それらの姿勢を維持するための全身のスラスター。おまけに腕にはそれぞれ二門ずつビーム砲が装備されている。そして、もっとも異常なのはラバーらしき全身装甲(フル・スキン)。既存のISでは、まず有り得ない。有り得ないが────────────そんなことはどうでもいい。

 

「なにしてんだよォ────」

 

「────────アンタァ!」

 

 当然ながら、まず反応したのは一夏と鈴だ。その顔を怒りに歪めて。二人は同時に『黒』の下へ。一夏は首へ抜刀、鈴は心臓部へ目掛けて拳打。

 

「「死ねや!」」

 

 自分たちの邪魔をしてくれた存在に対するその一閃と一撃は熾烈の一言。

 

 断頭の一閃と心臓破り一撃。 

 

 その二つを同時に受けて生き長らえることができる存在など二人が知る限り織斑千冬しかいない。

 たが。

 

「な……!」

 

「は……!?」

 

 だがしかし。断頭の一閃は数センチを食い込ませるのみで止まり、心臓破りの一撃はその身をわずかに揺らしたに過ぎなかった。

 そして、

 

「……………………!」

 

 実際に声があったわけではない。しかし、『黒』は雄叫びをあげるかのように両腕を振り回した。

 

「ちっ!」

 

「このっ!」 

 

 その暴風の如き風車に回避を選ばざるをえない。今の満身創痍の身体では一発で地獄へ一直線だ。二人は大きく飛び退き、背中を合わせ合いながら『黒』と対峙する。

 

「なんなのよ、アレ。そりゃあ雑な一撃だったけどわりかし本気でぶん殴ったのに効いてないんだけど」

 

「めちゃくちゃ硬いなぁ。……なんていうか、表面のゴムぽっいので刃が滑る」

 

「確かにゴムぽっいので衝撃が拡散されちゃうわね。……さて、どうしましょうかねぇ」

 

『織斑くん! 鳳さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に行きます!』

 

 真耶の声だ。緊急事態だからかいつものオドオドとした雰囲気はない。

 だが、

 

「いやですね」

 

「いやよ」

 

『ええっ!?』

 

「とりあえず、観客の避難が完了するまではどうにかします」

 

「というか、絶対殺す。人の恋路を邪魔したらどうなるかなんて相場が決まってるでしょうが」

 

『そんな!? 二人と大怪我してるんですよ! それにISもないのに──』

 

 聞けたのはそこまでだった。

 『黒』が突進してきたから。

 

「さぁ、来いよ。ぶっちゃけ俺たちマジ切れしてるからな?」

 

「ぶち殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし!? 織斑くん聞いてます!? 鳳さんも! 聞いてますー!?」

 

 真耶が一人で危ない人のように叫んでいるが千冬は落ち着いていた。頭痛薬入りコーヒーを飲む。乱入してきた『黒』ははっきり言って問題ではない。どの道一夏と鈴がどうにかして破壊するだろう。だからアリーナにシールドレベルが4になり扉も全てロックされているのも問題にならないし、3年の精鋭が現在ハッキング中だ。最悪、自分が出ればいい話だ。

 

 問題なのは、

 

「───────束」

 

 千冬は自分の親友の名を呼んだ。彼女に何らかの確証があったわけでもない、知っていたわけでもない。

 それでも。

 

『─────何かな、ちーちゃん』

 

 千冬の前にホロウィンドが現れて、篠ノ之束は千冬に答えた。

 

「……姉さん?」

 

『やあやあほうきちゃん。おねーちゃんだよ? 今気分最悪だから悪いけどおしゃべりは今度ね』

 

「─────」

 

「束、あれはなんだ?」

 

 問いは短く、鋭く。千冬はアレがなんなのかわからない。

 そう、開発者の親友としてISの最初期から関わっていた千冬にもわからない。

 そして、それは、

 

『わかんないよ、束さんにも』

 

「なに?」

 

『ISに限りなく近いけど────────あれはISじゃない。』

 

 あの『黒』はISではないと、ISの開発者は言う。そのことに箒やセシリア、真耶も息を呑むが千冬は別だ。

  

 あれがなんなのかわからないし、知らないけれどそれでも見たこと(・・・・)はあるから。

 

 二年前に起きた忌まわしきモンド・グロッソ事件。表向きでさえ最終的に町一つが壊滅となったIS関係における最悪の事件。

 

そして実際にあの戦いで今のこの世界があるとさえいえる出来事だ。

 

 その時に千冬はあれとよく似た雰囲気を持つものと交戦したから。

 

「……ちっ」

 

 状況は思ったより面倒らしい。どうするか。一気に自分が出るべきか、一夏たちに任せるか。

 その頭脳を回転させ、

 

「あ、あのー織斑先生」

 

 真耶が割り込んできた。正直構ってる場合ではないのだが、一応視線を向ける。ピット内で一人でオロオロとしている真耶はなにか言いたそうで───────一人?

 

「───────待て、篠ノ之とオルコットはどうした」

 

「そ、それがさっき出て行ってしまって……オルコットさんはそれに着いてってしまいました……」

 

 止められなくてごめんなさい、と真耶は半泣きだ。

 

『ほ、ほうきちゃんなんで』

 

 おかしい。あの箒が自分から行くとは思えない。まさか、二人の応援というわけではないだろう。記憶を掘り返して、原因を探る。

 すぐに思い当たった。

 

 ────やあやあほうきちゃん。おねーちゃんだよ? 今気分最悪(・・・・・)だから悪いけどおしゃべりは今度ね────

 

「あの、シスコンが…………!」

 

『へ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之箒は姉の束が好きだ。かわりにISは嫌いだ。

 というより、兵器としてのISが大嫌いなのだ。

 

 インフィニット・ストラトス、通称IS。

 女性のみが扱える最強の兵器。

 

 ISに対する世界の認識はそんな所だろう。しかし、それは違う。ISは元来、戦闘用(・・・)ではないのだ。前提が違う。

 

 

 

 ISは宇宙開発用(・・・・・・)だ。

 

 

 

 『大天災』篠ノ之束という存在ありとあらゆることを知っていた。

 

いや、どころかこの世のありとあらゆる存在からかけ離れていた。

 

箒は束がこの地球上に知らないことはないと思っていたし、事実そうなのだったろう。いつしか、彼女の興味は宇宙へと向けられていった。

 

 それの証が『果てなき空へ(インフィニット・ストラトス)』である。

 

 しかし、それも白騎士事件でそのあり方を変えてしまった。

 

 無限の空への翼は闘争の為の剣鎧に。あのころの束は見ていられなかった。いつもの屈託の無い笑顔はなりを潜め、泣き笑いしかしなかった。いや、できなかったのだろう。自分が開発した、言わば自らの子が戦争の為だけに使われ始めたのだから。

 

 第一、ISが無敵の最強の兵器というのも幻想に過ぎないと箒は思う。

 

 確かに白騎士事件においては白騎士は2341発以上のミサイルを切り落としたし、その白騎士を捕獲しようとした各国の戦闘機や軍艦の大半を撃破した。

 

 だが、それは白騎士が織斑千冬(・・・・)だったから。

 さらに言えばその時に千冬が握っていた二振りの刀。

  

 今、一夏の持つ刀『雪那』と箒が持つ大太刀『朱斗(あけほし)』の兄妹刀の二刀があったからだ。

 

 あの常軌を逸した二刀と千冬自身の戦闘力。それらが合わさっての偉業なのだ。

 

 それを誰も気づいていない。それを世界は誤解している。I Sの意味を誤解しているのだ。そして、その誤解は束の心を傷つける。

 

 彼女の渇望を、祈りを汚しているのだ。

 

 けれど、箒にはもうどうしようもない。箒には姉のように世界を塗り変えることなど出来ないのだから。だから、せめて。

 

 だから、せめて自分が出来うる限り、篠ノ之束を害なし、傷つける全てを斬り捨ててみせると。侍として、束を己の主として守ってみせると。そう誓った。

 

 故に、今。束に気分最悪と言わせるあの『黒』。

 そんな存在を許しておく訳が─────ない。

 

 ああ、つまりはそれだけなのだ。

 長くなってしまったが、結局はそういうことなのだ。

 

 ──箒は姉の気分を悪くさせた『黒』を許せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 正体不明の『黒』の硬さに攻め倦ねていた一夏と鈴は突然自分たちを追い抜くように現れた箒に驚かざるを得なかった。

 

「箒!?」

 

「ちょっ、なんで!」

 

「───」

 

 箒はなにも答えない。今の彼女が纏うのは深紅の十二単。

 握るのは刃渡り2メートルを超えるであろう大太刀『朱斗』。すでに抜き放たれたその刀身は僅かに朱い。姿勢を低く大太刀を下段に構え、『黒』へと駆ける。懐に飛び込み、

 

「ハアッァ!」

 

 逆袈裟の斬撃をぶち込んだ。馬鹿げた轟音が響くが、しかしそれでも『黒』に傷つけることはできない。

 さらには、

 

「………………………!」

 

 暴風の風車が箒を襲う。斬撃の技後硬直により箒は回避ができない。暴風が箒を飲み込もうとて、

 

「世話が焼けますわねぇ! まったく!」

 

 セシリアがそれを救った。既に青いドレスに身を包み、両手で構えるのはブラウニングM2マガジンの二丁機関銃。一夏と鈴の背後で堂々構え、吐き出されるのは分間650発。連続する轟音は一直線へ箒と『黒』へ。

 

 だが、大量の弾丸は箒に当たることはない。セシリア・オルコットの超絶技巧によりあらゆる弾丸はセシリアの計算の下だ。弾丸は空中を疾走するが、その途中で弾丸同士がぶつかり合い軌道を変えていく。

 

 機関銃による跳弾瀑布。

 

 それらは一方向から放たれたそれらは取り囲むように『黒』へと落ちていく。狙いは各部の姿勢制御用スラスター。それ自体の強度故に破壊には至らないが、動きを阻害していく。それらが稼いだ時間は一秒と僅かしかない。

 だが、それで十分だ。

 

「おっと」

 

 その僅かな時間で箒は暴風の圏内から外れることができた。飛び退き、一夏たちの下へと。

 

「スマン、セシリア」

 

「お気になさらず」

 

「って、そうじゃないわよ! 何横槍入れてんのよ!」

 

「どういうつもりだよ、セシリアはともかく箒が動くなんて」

 

「別に。ただ、あれは姉さんを不快にさせる。存在を許しておけるか」

 

「……そういうことかよ」

 

 つまり、箒が動くのは姉である束の為。それでは彼女を止めることは難しい。一夏はそれを知っている。

 だが、

 

「納得してんじゃないわよ。あれは私たちで殺す。絶対に、よ」

 

「分かってるって」

 

 当然だ。

 例え、箒がどれだけ怒ろうと。

 例え、束がどれだけ不快になろうと。

 あれは自分たちが殺す。織斑一夏と鳳鈴音の逢瀬《ころしあい》を邪魔してくれたのだ。

 ────赦せるわけがない。

 

 その時だった。『黒』がそれまで機械のように規則的だった動きが変わった。というよりも、動かなかった。

 動かなかったのは『黒』だが、動いたのはそれの肩だった。ズレた(・・・)のだ。

 肩部のスラスターがズレて、現れたのは──

 

「あらら、ビーム砲の砲門ですわね」

 

「……言わなくても分かる」

 

 ノータイムでそれらは発射された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肩の二門に加え、両腕の四門。それらは同時に極太のビームをぶちまけた。しかし、それは一夏達を狙ったのでは無かった。

 

それが狙ったのは未だに避難がしきれず残っていた数人の観客がいる所や、実況席。『黒』のビームは間違いなく、彼らを消滅せるだろう。

 

 そのことに一夏たちが気づいた時は遅い。もはや、一夏と箒の斬撃もセシリアの弾丸も鈴の拳撃も届かない。

 故に一夏たちは何もできずに、

 

「─────『七天覆う至高の花弁(ロー・アイギス)』────!」

 

「ばっりあ~」

 

 ビームを虹色の花弁と黄緑色円形魔法陣がそれぞれ防いだのを見た。

 

 それらを展開したのは、

 

「やれやれ、危なかったね」

 

「ほんとだよ~」

 

 学園の制服の上に白衣を羽織り水色の髪と眼鏡の少女。

 制服を着ぐるみのように改造し、可愛らしいステッキのような物を持った少女。

 

 更識簪と布仏本音だ。

 

 実は三年生が手こずっていたハッキングをやり遂げたのは簪で、ドアを斬ろうとした箒を諫めてたのが本音である。

 

「あと………パクリじゃないからね!」

 

「はいはい、あとみんな~。それ無人機らしいからすくらっぷにしても大丈夫だよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音の言葉にいち早く反応したのはセシリアだった。太もものホルスターから抜いたのはコルト・シングルアクション・アーミー。通称、ピースメーカー。それでセシリアが狙ったのはビーム砲口。無論、それ単体では尋常なる拳銃であり通常の弾丸でしかない。 

  

 尋常ならざるのはセシリア自身だ。

 

 セシリア自身の特異性により尋常の拳銃は埒外の魔砲となる。ピースメーカーの銃身がセシリアが握った瞬間に、揺らいだ(・・・・)。まるで、世界の理(・・・・)から外れる(・・・)ように。

 

 事実それらは世界から外れていく。

 

 その揺らめきが理外に身を置いた証なのだ。

 

 高速連射(クイック・ドロウ)

 

 放たれたのは一瞬にして六発。寸分違わず各砲門へと吸い込まれ、揺らめきを得た弾丸は、

 

「!」

 

 爆砕させた。

そして、その次は一夏と箒だ。セシリアが理外の魔砲を放ったと同時に走る。一夏は柄に手を当てて、箒は、

 

「────」

 

 その朱い刀身に人差し指と中指を滑らせた。それによって大太刀『朱斗』はその朱さを増していく。より朱く、もっと朱く。その輝きを増していく。

 

 相手が人でないなら箒にとっては都合がいい。もとより、彼女の刃は闘魔伏滅。人ではない存在を断ち斬るのが彼女の刃だ。

 

 

 一夏は殺意も殺気も消した。相手が人でないなら意味はない。故に高めるの剣気。一刀ではあの『黒』には通じない。なら、それ以上の斬撃を叩きつけるだけだ。第一、自分が斬れないモノがあるなんて赦せるはずがない。

 

 

「『無空抜刀・零刹那ァ────』」

 

「消え去れ、ガラクタ────」

 

 二人は同時に、

 

「─────伍式ィイ!」

 

「───我が主の道を妨げることなど赦さん」

 

 首へ全く同じ場所、時間に放たれた二十五乗の一閃。

 四肢を斬り落とす斬り上げと振り下ろしの伏魔闘滅の二閃。

 

 断頭と忠義の刃は頭と四肢を斬り落とし、

 

「───最後任せたぜ鈴」

 

 高嶺の拳士へと繋いだ。残された体へとぶち込まれるのは拳撃の弾幕。

 

「人の恋路を邪魔するヤツは────」

 

 そして、両手首を合わした両手掌低が

 

「──────龍に喰われて死ねぇ!!」

 

 龍の顎の如く『黒』を喰らいつくし、爆散させた。

 

 

 

 

 

  

 


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