ダモイ!   作:タイルマシン

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ビーチで源石浴

 孤独じゃなかった。

 

 

 α号源石受信機の電源を入れるとノイズの濁流が流れ込んでくる。これは源石で波を増幅することによって、あらゆる移動都市から離れた荒野のど真ん中にいても、なにかしらの音声を拾ってくれる優れモノだ。

 だからいつも孤独でなく居られた。

 

 ツマミを回して周波数帯を行き来する。人の声の断片が入っては消え、なかなかぴったりと合ってくれない。思わずため息が出て、魔法瓶のコーヒーをカップに半杯だけ注いだ。この黒い液体が旨いのか、不味いのか、何しろもう長らく味がするものを口にしていないから比較ができない。だけども脳を擽るカフェインは正しく理性の味だった。

 ほとんど薄れた記憶の向こうから、アーツを使う感覚を頑張って思い出して、指先に力を込めた。夜闇の蓄光塗料みたいに淡く光って、スピーカーから音楽が流れだす。

 

 それは歌だった。少しストリングスが乗ったアイドルソング。偶にはこういうのも悪くないかと思いながら。ソラという歌手の名前を胸に留め置く。なにしろ俺の大脳は、ペラペラな生活辞典が冒頭についただけのまっさらなメモ帳のような状態で、幾らでも書き加える場所があったから、ページ一杯に大きく書くことができた。

ソラ、龍門で流行りのループスのアイドル。それ以外に覚えていることは自分の名前ともう一つ。

 キューポラのハッチを開けて身を乗り出した。何処までも続く薄茶色の荒野に影を落とすこの車両のこと。

 

 クルビアのレイジアン工業製の巡航戦車『Octopus-4』、

輸入先のウルサス正規軍での名称『スプートニク1012』、

そして俺の記憶に残る最後の名前は『ダモイ(帰還)』。

 

 もう動かない砲塔が、地平線に沈もうとする太陽の淡い光を浴びて黄金色に輝く。スモーク投射器にぶっ差した場違いなビーチパラソルが風に揺れる。

 これが俺の足で武器。家、そしてまもなく墓標と棺桶になる相棒。

 太陽の光は黄色から赤になって、最後は緑の一閃を放って沈む。

 車内から聴こえる歌声が濁って、ドレスを引き裂くような甲高いノイズに変わる。まるで地平線の向こうに暮らす誰かの叫び声のような。労働施設から逃げ出した感染者の悲嘆にも似た、あるいはあるトランスポーターの自らの不運を呪う声のような。それらを全て混ぜた怒号が車内を満たし、そしてふっと静かになった。

 もうじき太陽に代わって天災がやって来るらしい。あの全てを破壊する嵐に飲まれれば、この戦車は瞬く間に俺の棺桶に変わる。そしていくら源石をエンジンにぶち込んだとしてももう脱出は叶わないだろう。もし戦車がそんなに俊敏ならテラの大地は戦車の履帯跡だらけだっただろうが、そうならなかったくらいに、テラの大地は戦車に厳しかった。バクダンムシに足回りをやられ、もたもたしているとアーツで蒸し焼き。空輸するには重すぎで、放置されれば天災でスクラップに。なにしろ非対称戦が多いから火炎瓶を持ったゲリラに待ち伏せされやすい。ウルサスの技術者は試験場で髭を凍らせながら評価を下した。わざわざこんなおもちゃを調達するのなら、兵士にもっといい盾を持たせてやった方がいいと。

 

「お前はこの世界にいらないやつだ」

 

 真実そうだった。そう言う俺もまた要らないやつなのだろう。本当にこの世界に必要な物なんてあるのだろうか? あったとしても、俺はそれを忘れたまま死んでいくのだろう。

 

「これ、いらないの?」

 

 声がして、目を車内に向けた。そういえば受信機の電源を入れたままにしてしまっていた。

 

「おーい」

 

 受信機の電源を切ってもまだ声がする。天災が近いから中の源石が励起されたままになっているのだろうか? だいたい鉱石ラジオと同じ原理で……。

 

「ねえったら!」

 

 

 肩に衝撃があった。視界に広がったのは黄金。さっき沈んで、もう失われたはずのあの夕焼けのような黄金を宿した少女。

 

「いらないならこれ、おいらがもらっていい?」

 

 

 

  P.M.6:40 / 晴れ / 視界12km 備考:天災が接近

 

 俺は一人のペッローを拾って、俺はそいつに拾われた。捨てた自分自身を。

 

 

 

______________________

 

 

 

 クルビア製にしては古くさく思えるトグルスイッチを上げ、エンジンに火を入れる。冬のウルサスやイェラグの極寒だと10分はかかる始動も、この荒野ならばそれ程かからない。

 だがそれも夜になり切っていたら怪しかった。気温が下がり、熱機関に確実に悪影響をもたらす。

 

「本当にこの方向に行けば脱出できるんだろうな!?」

「うん!」

 

 エンジンのうなりの中、彼女、ペッローの女と怒鳴り合う。インカムを付ければ問題なく会話ができるのだが、彼女はどうやらインカムが気に入らなかったようで、付けてやってもすぐ外してしまう。有用性を解説する暇なんてなかったからこの形に落ち着いた。

 闇雲に荒野を走ることに疲れて車両を止めてから三日が経っていた。半ば砂に埋まっていた履帯が大地を巻き上げながら回転する。

 

「出るぞ!」

 

 運転席から砲塔に立つペッロ―へ声を掛ける。頷きが返って来たのを確認すると、アクセルを踏み込んだ。重車両用源石エンジンのパワフルな回転が変速機に伝達され、示された方角へ前進する。行く先は緩やかな坂になっているらしく、思ったより速度が出ている。

 

 運転席の装甲された子窓と、小さなモニターに表示される三つの外部カメラのレンズに、小さく黒い雹のような物が当たるのを見て、体が危機感を覚える。空から降って来た源石だった。

 

「あんた、キューポラから降りてハッチを閉めて! 感染するかも!」

 それなのに、こちらを覗き込む顔には余り感情が浮かんでいなかった。

「どうして?」

「どうしてって、今源石が降ってきている」

 

 鉱石病まっしぐらだ、と言おうとして言葉を切った。彼女の太ももには黒い石が浮かんでいた。

 

「この石は」

 

 彼女の黄昏色の瞳がこちらを見る。

 

「おいらが戦うのを助けてくれるから」

「あんた」

 

 俺は思わず怒鳴ろうとした後、心の中で毒付いた。怒鳴っても仕方がないことだし、今彼女に鉱石病の人体に及ぼす害を説いても仕方がない。第一俺だって、その恐ろしさを本当に理解しているとは言い難い。ただ朧げな記憶の中で、この病気に苦しんだり、それと必死に闘う人々の姿を覚えているだけだ。いつかの自分の感じた恐ろしさを、知識として参照しているに過ぎない。ふと自分の首筋に手をやると、硬い感触が手に当たる。

 

「どうしたの?」

 

「………なんでもない」

 

 とりあえず閉めるように言うと、彼女は黙って上から降りてきた。体に当たる石か、俺の声か、そのどちらかがうっとおしかったようだ。

 背に汗を感じているのは、決して狭い車内に人間が増えたからではない。天災のスピードが思ったより速すぎた。今風雨に紛れて小さい石が降ってくるという事は、あと数分でそれは岩に変わる。上には源石、下では大惨事。これなんだ。答えはテラの大地。本当にくそったれ。

 

「このままじゃ天災に追いつかれる。せっかくあんたを拾ったところ悪いが」

「おいらが拾ったんだよ」

 

 表情に乏しい彼女が少し頬を膨らませる。

 

「おいらが拾ったの」

 

 もしかしたら可愛らしいかもしれないが、今の俺にそれを感じる余裕はない。

 

「ああもうそれでいいから! で持ち主さんこのままだと追いつかれますが!」

「ちょっとまってね」

 

 目を瞑ってじっとしてから。

 

「えっとね………頑張る」

「え!?」

 

 彼女は出し抜けにそう宣言した。アーツが生じて、車内をどんどん覆っていく

 

「何をした!?」

「頑張った」

「説明になってない!」

 

 すすけた液晶画面が赤く染まり、エラーメッセージを警告する。速度メーターは針が振り切ってとうに役立たない。室温が急に上がって汗が出てくる。内外に下げられた装備品がガタガタ振動する音が聞こえる。

(この女の子がアーツを使ったのか?)

 最初から戦車の構造を知っていない限り、それをすぐに把握してアーツで働きかけるというのは紛れもなく高等技術だ。

 一体どんな師に学べば? いや、どんな人生を歩めば。今は急に速度を増した車外の景色から眼を離さないようにするので精いっぱいで、深く考えることはできない。思考が汗と一緒に流れ落ちていく。

 ダモイ。もっと速く、光の速さで。すべての理不尽と不幸から俺らを逃がしてくれ。

 

 あの朧げに残る場所へ還してくれ。

 

 

 

 やがてあの恐ろしい低い雲が空の向こうに過ぎ去って、星が顔を覗かせた事を、上部視察カメラの映像で知った。俺は痺れる足をアクセルペダルから引き上げて、車体を静かに止めた。もうエンジンもオーバーヒート寸前だろう。いやもうイカれているかもしれない。

 何時間かぶりに振り向くと、蛍光灯の灯りに輝く双眸がじっとこちらを見ていた。いつからそうしていたのだろうか、わからない。

 首を回すと、ゴリゴリと音が鳴った。その感触は気持ちよかったが、どこか居心地が悪かった。ずっとこの棺桶の運転席に一人でいたから、誰かが車長席に居るというのは落ち着かない。本来なら三人で動かす車なはずだが。

 口が乾いていることに気付いてコーヒーを注ぐ。すると彼女の眼は魔法瓶に移り、そのまま手元のカップを凝視する。

 

「いる?」

 

 掲げて見せると、彼女はコクコクと頷いた。そのまま渡すとすぐに飲み干す。もうすっかり冷えたコーヒーが一杯分、彼女の胃の中に消えていった。

 

「いいね」

「気に入った?」

「水たまりみたいなあじ」

 

 俺は嘆息した。確かにウルサスの代用コーヒーは泥水みたいな味がする。銀色の包み紙にバーコードの押されたそれを破いて使うのだが、作っている間中土をお湯に溶かしているようにしか思えない。

 

「そういう時は砂糖を入れるか、クッキーと一緒に食べると良いんだけど」

「クッキー?」

「はちみつのたっぷりかかったクッキー、そういうのがあるはずだ」

 

 この世界の何処かに、きっと。

 

「なんとなく、死ぬ前にそういうのを見て確かめておかないと、死にきれない気がする」

 

 

 俺は消極的に死ぬつもりだった。ダモイの中で目覚めてから一週間くらいは盛んに付近をさまよったが、町や移動都市らしきものは無いし、人もいなかった。記憶をほとんどなくして、帰る場所を失って、ただ天災が俺の存在を消すに任せようとしていたところだった。ビーチパラソルでも差して、ラジオを聴きながらコーヒーを飲んで、バカンスでも楽しむかのように。

 でも今日、何かを思い出した気がする。何を思い出したのかすらわからないが、それはなにか温かい手触りのものだ。例えば、苦いコーヒーとはちみつクッキーを一緒に食べる幸せに近い。そこが還るべき場所だと、ようやく思い出した気がする。

 

「俺はキーズ。あんたは?」

「おいら? おいらがどうかしたの?」

「あんたの名前」

「おいらの名前?」

 

 彼女は少し首を捻ったが、やがて腰に下げた一本の斧を取った。使い込まれた古めかしい斧に、引っ掻くようにして文字が掘られている。記憶の断片がミノスで使われている文字に近いと訴えるが読めない。

 

「………ケー?」

 

 かすれているが、最初の一文字はヴィクトリア文字のKのような形をしている。それだけの呟きに彼女は鋭敏に反応した。

 

「読めるの?」

「いや、似ている文字があっただけ」

「そっか」

 

 彼女は思いついたかのようにハッチに手をかけた。ばきりという嫌な音がして、もげたハッチが車外へと転がっていくのが見えた。

 向こうには満天の星空が広がっていた。

 

「おいら、ケーでいいよ。ケー。とりあえず」

 

 彼女は微笑んだ。俺は、人の微笑みを初めて見た、と思った。

 

 

 こんなにも儚い物だったのか、と少し恐ろしくなりながら、自分も曖昧に顔を歪めさせた。

 

 

 




続くかもしれない
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