ダモイ!   作:タイルマシン

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馬鹿が戦車でやってきた③

 鈍い電気モータの音を響かせながら左右に首を振る砲塔は、まるで何かの野生動物の首に見えた。

 

 小口径の航空機銃を雑に束ねて牙とした、配線やパイプラインが剥き出しな鋼鉄の異形は、エンジンの咆哮と共にさらに距離を詰めてくる。

 

 

 だがそれはちょっと妙だ。

 

 

(なぜこの距離で撃ってこない?)

 

 銃の利点とは、ひとえに遠距離への連射力にある。わざわざ危険をおかして距離を詰めずとも、山道の高低差を生かしてこちらを一蹴する事が可能だ。かつてこのタラートやモティカを、名も知らぬ騎士が守護した時代のように。

 

 咄嗟にハッチを開いて、先程銃撃された周囲を見た。あの怪物から放たれた銃弾は、車体の前の道のみならず、辺りに生える木の幹にまでその痕を残している。

 

(もしかして正確な狙いが付けられないのか?)

 

 きちんと停車して砲塔を固定して撃ったのにもかかわらず、着弾には激しいばらつきが生じている。攻めかかる敵の先鋒を制圧することにかけてはこの上なく優秀だろうが、一点に集弾させて硬い装甲を貫くには少し厳しい集中率。おそらくは規格や状態がばらばらの銃を無理に束ねた結果だ。

 銃身の異常な振動はラテラーノの聖堂に聳えるパイプオルガンの如く。暴れるように震え、銃の集弾率に多大な悪影響を与える。これが接近する理由か。

 

「これから揺れる。どこかに掴まってて!」

「はいよー!」

 

 ギアを切り換えて、ハンドルはそのままに、ペダルに置いた脚を全力で踏み込む。

 前進ではない。選ぶのは後退だ。

 今やるべきはその姿に怯える事ではなく、無謀な突撃を敢行する事でもない。一定距離に近付かれないよう距離を取ること。

 

『あっ逃げんな!!』

『車長逃げられます!』

『馬鹿! 下手くそ! 追うんだよ!』

 

 拡声器で喚き散らす声を右から左へ聞き逃しながら、三画面を後方視察カメラに切り換えて退路を探る。こちらはバック、速力は向こうが上、履帯の跡が残るから逃げても確実に追い付かれる。

 反撃する手段はケーのアーツしかない───。

 口が場違いに弧を描いた。

 

「ケー、ちょっと工作しないか」

「こうさく?」

「はさみとテープで空き箱とストローをペタペタだ。ああいうのは楽しいぞ?」

 

 種族として他より長命の人間も、どんなに大人びた大人だって、子供だった時期を持っている。

 俺の中でひとつ、記憶の断片が蘇った。どこかの部屋のテレビの前で、違法受信した子供向けの工作番組を見ながら、食料品の包み紙に鋏を走らせている。

 背後の扉が開いて、俺の影が前へ伸びた。とても小さい影。あの時部屋が暗いだとかなんだとか小言を言ったのは一体誰だっけ? 彼女はどちらかというとソフトウェアのほうに興味があったから、ハードウェア畑の俺とはいつも肝心なところで微妙に合わなかった。それでも俺にとって彼女は大切な人だったのだろう。

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色のクランタの耳が僅かに震えた。眼下に望む森の方で、戦闘音に紛れて何か叫び声が聞こえた気がする。

 

「ボブおじさん、今どこかで小隊がボブでなんだーって言わなかった?」

「い、いや、全然聞こえなかったな。気のせいじゃないか………?」

 

 ボブと呼ばれた男は、訝しむグラ二の言葉をやんわりと受け流した。彼が背中に一筋の汗を感じるのは、決して重厚な耐爆スーツに蒸れたからではない。

 

「それよりモティカ山を登るんだろう? この調子じゃ日が暮れたらきっと村へ帰れなくなる。私がここでレユニオンを抑えるから、キャロルを連れて早く行きたまえ!」

 

 ボブは索を引き、チェーンソーのエンジンに活を入れた。唸りを上げる刃を振りかざし、レユニオン兵たちの目の前に立つ彼の後ろ姿は、まさしくビッグ・ボブの名に相応しい偉容を誇っている。

 

「っ、ありがとうボブおじさん!」

 

 グラ二は彼にこの場を任せることを決め、キャロルと共にその場を後にした。足の怪我が心配だが、彼の献身を裏切るわけにはいかない。

 ボブは最初、襲い掛かかって来るレユニオン兵たちと勇ましく戦った。刃から火花が散り、双剣が弾け飛ぶ。ボブは斬撃をスーツの装甲された腹で受けとめ、すかさず反撃する。

 だが戦闘は徐々に緩慢になっていった。レユニオン兵は剣を軽く当てるだけとなり、ボブは燃料がもったいないからエンジンを切ったチェーンソーでそこら辺の岩を叩いている。全員が武器を下ろし、このシュールな戦闘が終わるのに、そう時間はかからなかった。レユニオン兵の一人が肩を回しながらため息を付く。

 

「やっぱり演技は慣れないな………役者やってなくて正解だったかもしれない」

「お前役者だったのか?」

「まさか。まあ感染者になってなかったらウルサスの演劇学校に入る予定だったんだが」

 

 役者になれなくて正解だったかもな。ボブは寂しく笑う仲間の話を聞きながら、その場に座り込んで足の具合を確かめた。グラ二が感染者であることを恐れずに手当してくれたおかげで、血はあまり滲んでいない。だが痛みにヘルメットの内側の顔を歪めた。善良な心を持つ一人の少女を騙した悔恨の方が少し痛む。

 

「それにしても危なかったな」

「あの馬鹿でかい声! 絶対あいつらの方が舞台向きだよ。後ろの方どころか劇場の外まで通る声だ」

「戦車狂どもが………」

「もうぼろを出してくれないと良いんだがな」

 

 彼らはこの場に駆け付けた仲間、と言うより自分達の後を付いて勝手に来た奇妙な小隊のことを話しながらモティカ山への道を急ぐ。

 

 レユニオン独立愚連戦車小隊(戦車狂友の会)。大抵の幹部から存在を忘れられた、スノーデビル小隊とは別の意味で伝説的なレユニオン兵。

 彼らはその1キロ後方の山中で、久々にまともな戦闘を繰り広げていた。

 

 

 

 

馬鹿が戦車でやってきた③

 

 

 

 

『どこだ、どこに隠れた!』

 

 声が山に響き、やまびこが返ってくる。

 

『車長!車外スピーカー切ってください! 全部聞こえてる!』

 

 下から手が伸びてきて、車長席に座るレユニオン兵のインカムを無理矢理奪った。

 

「あっ何をする何を」

「車長の馬鹿でかい声で叫んだらこっちの位置全部わかっちゃうでしょーが! ここはフェスのステージちゃうねんで! *龍門スラング*!」

「仮にも上司に対して口悪すぎるだろお前!」

「レユニオンの同志に上下関係はありませんー」

「操ってやろうかアーツで!」

「あらずいぶんチンケなメフィストがおるな源石投げたろか」

「お前ー!」

「やるかー!?」

 

 前方からバン、と壁を殴る音が聞こえた。銃手席の厚い鋼鉄の壁に拳が突き立ってへこんでいる。

 

「静かにしてください。そんなんだから龍門前で置いていかれたんだ」

 

 白い仮面の奥で、仲間に対する殺意が漲っている。途端に車内が静かになった。

 

「めったに無い対戦車戦です。警戒を怠らないように」

「でも相手は武装無いみたいだぞ?」

「窮鼠猫を噛むという言葉をご存じない? 源石が大脳に回っているみたいですね。良い医療機関を紹介しますよ、ロドスって言うんですが」

「お前もそれなりに口悪いな」

 

 夕暮れを反射して前方に金属が輝いた。茂みから砲身だけが突き出し、エンジン音と共にその姿を現す。村が雇った野良の戦車、ダモイだ。

 

「やけくそで特攻か? 射撃用意。接近三メートルで望み通り蜂の巣にしてやれ」

 

 窮鼠が猫を噛みに来たか。しかし惜しいな、彼らとは良い酒が飲めそうなものを………。

 車長はフードを取って黙祷した。名も知らぬ戦車乗りよ、戦車を墓標にせめて安らかに眠れ。

 

「車長、やばい!」

 

 運転手が悲鳴を上げ、彼は胸に手をやったまま前を向いた。

 茂みから全身を現したダモイの主砲は未だ火を噴く気配がない。

 しかし異様なのはその砲塔だった。杖、杖、杖の山。車両応急処置用の粘着テープでガチガチに固定されたアーツユニットでハリネズミのようになった砲塔が、夕陽に影を落として眼前に迫ってくる。

 

「回避しろ!」

 

 その瞬間、右の履帯が何かを踏み抜いた。落とし穴の口が拡張されたバクダンムシのトラップ───。

 爆炎が上がり、外れたホイールが宙に舞った。左の足回りだけが空転して車体は意に添わず右へと旋回する。

 

「機銃!早く!」

 

 足はやられたが相手は狭いキルゾーンに立ち入っている。ずれた射線を直すために砲塔を回転させるが、間に合わない。非力なターレットへ機銃を積みすぎていた。

 

 

『ケー、今だ! 撃てー!』

『いくよ! ”すごいせんしゃ”!』

 

 ペッロ―の女がキューポラの上で斧を振った。まるでギロチンの索を切るかのように。

 

 アーツの輝きと共に、呼応した無数の杖が一斉に光を放つ。視察窓から強烈な閃光が差し込み、瞬時に車長の意識を奪った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「やった!」

 

 

 充満した白煙が晴れると、車上構造物があらかた吹き飛び、機銃がめちゃくちゃにへし折れた戦車が姿を現した。履帯の片方は弾け、もうオーバーホールに入れないと走行すらままならないだろう。

 各部の緊急脱出ハッチが開き、レユニオン兵たちが這う這うの体で逃げ出していくのを、俺とケーは見つめていた。

 

「にがしちゃっていいの?」

「アーツ、しばらく撃てないだろ」

「そうだけど………」

「頼まれたのはあくまで村長の護衛だから、無理して消耗する必要は無いよ。あれだけやったら流石にしばらくは悪さできないだろうし」

 

 俺は緊張の糸が切れて座席にへたり込んだ。

 だがケーはじっと残された戦車を見つめている。その意味に気付いて、恐る恐る訊ねた。

 

「………もしかしてあれも欲しい?」

「うーん………でも壊れちゃったからいいや」

 

 彼女の笑みは輝いていた。しかしいつもより少し疲れた物だった。あれだけのアーツユニットを一度に使用すれば確実に体に負担がかかるし、回数を重ねれば病状に響く。

 この戦車が無ければこんな事態に巻き込まれもしなかったし、森の中へ逃げられたはずなのに。

 

「おいらにはダーちゃんとキーズがいるから、もう戦車はいいかな~」

 

 ゆっくりと車体を回転させて、俺らは再びモティカ山への道へ戻った。

 解っている。こんな生活はおよそケーのためにはならない。

 彼女は適切な医療機関にかかって鉱石病の進行を抑制した上で、アーツの適切な使い方か、アーツを使わずに生きる方法を学ぶべきだ。少なくともそうしないと長くは生きられない。

 

 せめてこの山を越えるまで一緒に。しかし、山を越えて次の山が現れた時に、また同じことを思ってしまうに違いない。それはどうしようもなく愚かなことだ。

 解っていながら、結局俺はケーのその笑顔に甘えてしまう。

 

 

 

 モティカ山が見えてきた。

 

 

 




【レユニオン独立愚連戦車小隊】

 チェルノボーグ事変で蜂起したレユニオン部隊の残党。
 蜂起したは良いもののチェルノボーグの移動都市に登れず周囲をうろつく羽目になり、その後龍門攻勢に赴くも途中でエンスト、放置され殆どの幹部から忘れられ、しかも人員が三人まで減る。
 ウルサス国境に沿って放浪しボブ隊と合流するが、慣れていない対戦車戦で撃破されてしまった。運よく逃げ延びたようだが………?
 戦闘ドローンと同種の機銃を搭載した戦闘車両に乗っていた。

”小隊は硬い信頼で一つに結ばれている。車長は戦車と、運転手は戦車と、射手も戦車と”
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