ダモイ!   作:タイルマシン

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馬鹿が戦車で去って行く

 策を撃ちつくして今度こそ本当に何も出なくなった砲塔に、一羽の鳥が止まった。ツバメの仲間に属する何かの鳥だ。

 大空を飛んで来たという事は、源石にあまり汚染されていないという事を示している。鳥はその進化の過程で体を変化させ、できるだけ比重が軽くなるような構造を獲得した。

 だがそれもすべて体内で源石が結晶を作ると破綻する仕組みだ。源石はその名の通りあらゆる動力の源となる程のエネルギーを内包しており、不安定で、比重が重い。天災が通り過ぎた後の大地には、体に結晶ができて重くなり、飛べなくなって地を這う鳥がよく発見される。空を飛ぶ体力を得るために汚染地域で捕食をすることで、源石成分が体内に蓄積されていくから、植物や虫などの単純な生物より影響はなお大きくなる。生態系の上部に位置する生物の宿命だった。

 そして当然、それら全ての上に居るのは人間だ。道具を持ち、その気になれば種族の倫理を超えてあらゆる生物を食べることのできる先民。

 

(これが終わってもう一度社会と繋がれたらケーをどうにかしないと)

 

 感染者を受け入れてくれる場所なんてこの世界にあるのだろうか? スラムや極寒の採掘場は一応受け入れてくれるだろう。だがその先には誰にも顧みられない死しか待っていない。それと比べたら荒野を枕に死んだ方が幾らかましだろうか。

 軽い羽音を残して鳥は飛び立った。その小さな影の向こうに、モティカ山が夕陽に頂を赤く染めている。鳥はいつだって帰る場所を知っているものだ。

 戦車は重すぎて飛べそうにない。取りあえず今は地を這ってもう一頑張りといこう。

 

 

 どこかに騎士の財宝が眠っているというだけで無法者に付け狙われるようになった滴水村。

 この問題を解決する武力を求めて、村長は外から来た騎馬警官の人間とモティカ山へと向かった。一行を護衛するために俺達はその後を追いかけているのだが、レユニオンを名乗る謎の戦車に襲われているうちに随分遅刻してしまったようだ。役に立てなくて報酬なしとかになったらすごく困る。さっきから戦闘騒音が山の斜面から聞こえるのだが、一向にその姿が見当たらない。

 

「どうしようか………ケーはわかる?」

 

 ケーは砲塔から頭の上の耳だけを出した。ペッロ―やクランタ、ループスなどが持つあの開口部が広い耳は指向性が高くて便利だが、見ているとどうしてもゴミが入りやすいらしくそれだけは大変そうだ。ケーはよく手を突っ込んで蚤や砂を掻きだしている。できれば車内でやらないでほしいが、俺には分からない悩みでもあるためあまり強く言えない。

 

「うーん、あっち?」

 

 ケーの指は下方斜め四十五度を指していた。眼を這わせると足元の鋼板に当たる。

 

「どういうこと?」

「中から音がするよ」

 

 俺も耳を澄ました。斬撃の音、回転する甲高いチェーンソーの音。それらが地面や木々に吸われず、短いスパンで空間に響いている。

 

「………もしかして山の中ってこと?」

「そう!」

 

 思い当たる物はあった。

 ここまで移動する途中でいくつか洞窟を目撃してきたからだ。タラート山と違ってモティカ山は森林限界に近く、所々に岩肌が露出している。ぼこぼこと穿たれた横穴は一見して人為的な物では無く、自然に形成された物に見えた。宝物を埋めるにはモティカ山の地盤は硬すぎると思っていたが、なるほど洞窟に隠すならその心配はない。いくつもの分岐を持つ穴だったら最高だろう。

 

「じゃあこの辺りの洞窟を探そう。ケーはお留守番してて」

「いってらっしゃい~」

「お、いつのまに”いってらっしゃい”も覚えてる」

 

 俺はちょっとした探検家のつもりで意気込んで戦車から出た。

 だがすぐに戻って来た。ちょっと歩いた前方に大きな洞窟がその口を開けていたからだ。

 

「キーズぐあい悪そうだよ? なにか拾い食いした?」

「いや………その………」

 

 何者かによって新しく開けられたらしい穴。問題は、それが爆弾などではなく、たった一振りの斬撃によって厚い岩盤に穿たれたらしいこと。

 

「俺ら、ちょっとやばいかもしれない………」

 

 あの穴の主が願わくば味方でありますように。味方でなくても、意思疎通ができる相手であってくれ………。

 俺はそう願いながら戦車を穴へと進めた。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。しかし虎は一薙ぎで山を切れるものとする。

 

 

 

 

 

馬鹿が戦車で去っていく

 

 

 

 

 天井から一滴の水が滴り落ちて、洞窟の地面へと消えた。永い年月を掛けて水が岩盤をわずかずつ削り、すり鉢のような受け皿を作っている。

 非感染者の感染者への意識はこうしてできたと言っても過言ではない。人間一人の年齢を超えた、遥かな過去から現代に至るまで続く営み。すなわち、社会集団が異物を排除し自らを正常に保とうとする働きと、突如として排斥された側に蓄積される憎悪の、果てのない応酬。

 それは鉱石病が生み出した悲劇の増幅装置だった。一度憎しみがハウリングを起こせば、未来永劫に渡って続く耳鳴りが、世界を包む事となる。

 

 ビッグ・ボブは身の上話をやめた。説明が必要だと思ってのことだったが、気付いたらもう語ることが無くなっていた。感染者の境遇を苦にしてレユニオンに加担した事、しかしそれでも状況があまり変わらなかった事。信じられる仲間と共に、感染者でも居場所を得られるクルビアへ移住する資金を得なければいけない事。

 グラニは耳鳴りを感じた。クランタ特有の大きな耳にではない。だがその耳鳴りはどこでだって聞こえていた。故郷のヴィクトリアの街でも、ロドスの一員として各地を駆けまわる最中も。龍門の市場で、リターニアの広場で、ラテラーノの路地やウルサスの廃墟でずっと聞こえている耳鳴り。人々が対話しようとする意思を麻痺させる不信感の倍音。

 それでも彼女は耳を塞ぐことを選ばない。耳を塞ぎ、やがて塞ぐことに慣れてしまったら、もうどんな助けを求める声も聞こえなくなってしまうという事を知っているからだ。

 絶対に負けないのはただの英傑だ。正義のお巡りさんは絶対に負けないし、助けを求める声を聞き逃さない。

 グラニは後者だった。

 

「私はあなたが何者かなんて興味はない」

 

 後ろからそう聞こえて、グラニは振り返った。幅広の帽子を被って長剣を佩びた女が、靴音を響かせながら歩んでくる。横から飛び掛かって来たレユニオン兵を一顧だにしないまま剣の腹で殴り、足元に転がした。

 グラニは声の主に聞いた。そうしたい気持ちに襲われたからだ。

 

「それはあたしもどうでもいいってことなのかな、スカジ」

 

「………そうね」

 

 スカジは平坦に、心の中では投げやりにそう言った。実のところ彼女にとっては全てが面倒くさかったのだ。

 財宝が何だと言っている二人と違って、自分は鍵が欲しいだけ。古代騎士の陵墓の認証システムをあの女との取引材料として得て、アビサルの同胞を救いたいだけなのに、人を騙したり騙されたり仲間だ仲間じゃないとごちゃごちゃ厄介なことばかりしている。そんなことばかりしているハンターは海辺じゃ全員深海行きだ。

 

「スカジ!」

「そこの怪物は聞いちゃくれないようだが、グラニ、優しい心を持つ君になら分ってくれると信じている。私は兄弟たちとクルビアに家を構えて平和に暮らしたい、ただそれだけなんだ」

「全員目障りだわ」

「あっ人だ!」

「レユニオンじゃない?」

「違うみたいだよ! 生きてる! おーい」

「すみませんキャロル村長おられますか~? 俺達護衛を………」

 

 間の抜けた声と共に二人組の男女がのこのことやって来たのはその時だった。一人は角のないサルカズの男で、もう一人はペッロ―の女。ペッロ―の女は道中に転がっていたレユニオン兵の武器を全部背負っているのでシルエットが凶悪な戦闘マシーンみたいになっているが、顔はほわほわとして捉えどころがない。

 男は女と顔を見合わせた後、恐る恐る訊ねた

 

「あのー、お取り込み中でしたか?」

「おとりこみ? 囮?」

「なんか気まずかったかもしれないからごめんってこと」

 

 スカジは遂にキレて斬撃をぶっ放した。場の混沌度が許容範囲を越してしまったのだ。部分的に落盤が起き、男女が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 グラニはスカジがキレる所を初めて目撃し、そんな顔もできるんだなと思った。

 宝箱を引きずって来たキャロルにこちらに来ないよう目配せして、グラニは唐突に始まった混戦へと身を投じた。結局スカジと共にボブと戦うことになって勝利し、キャロルの代わりに血を吸う宝箱を開錠したりすることになるのだが、詳しくはロドス公共事業記録のフィルム『騎兵と狩人』に任せたい。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 間が悪かったとはいえ筆舌に尽くしがたい程理不尽な目に合った後、俺らは貧血のグラニさんと俺らを斬って来たスカジさん、護衛対象のキャロル村長とボブさんとその仲間を載せて山を下っていた。搭乗区画は村長を載せたらもう一杯だったため、残りの数人には申し訳ないがダモイの上に乗ってもらっている。もちろん落ちて轢かれないように木の板で即席の荷台を作った上でだ。

 俺らはとにかく満身創痍だった。実際の傷こそほとんど作らなかったが、スカジさんの山を斬るほどの斬撃は余りに恐ろしかった。あれが戦車に向けられていたら機械断面図みたいに中央で割れていてもおかしくない。本当に肝が冷えた。

 当のスカジさんはエーギル語で歌を歌いながら荷台に揺られている。グラニさんの絆創膏が貼られた手にいつかの小鳥がとまった。ボブさんとその仲間のレユニオン兵たちは疲れ切って寝ている。初めてそうして寝る様な、安らかな寝顔だった。キャロル村長は手の中の宝物を大事そうに抱えて、ずっと空きになっていた無線手席に収まっている。

 

「村の方から聞いてはいたんですが、村長が本当にこんな女の子だったなんて」

「聞こえてますか? ふふ、先代から継いだばかりなんです」

 

 キャロル村長に渡したインカムを通じて、可憐な声が返って来た。

 もう宵の闇が辺りに迫ってきている。俺は前方ライトを点灯しようとしたが、手が止まった。

 開け放った運転手席に、光の粒が舞い込んできている。

 いや、これは蛍だ。源石の力ではなく、ただ自分の力だけで淡く発光する水辺の虫。

 エンジンを切ると、暗くなった野辺に小川のせせらぎが聴こえてきた。蛍はデリケートな生き物で、特定の水草が育つ地域の、源石に汚染されていない清流にしか繁殖しない。それが光の渦を巻いて闇に散っていく。

 

「滴水村は本当にいいところですね」

 

 気付いたらそう口にしていた。インカムから声が返ってくる。

 

「キーズさんもケーちゃんさんも、ずっと居て良いんですよ? 感染者の方への偏見は少ない方ですし、これから復興に人手が必要ですから」

 

 ありがたい話だった。だけど俺は咄嗟にその言葉に答えられなくて、砲塔の方を見上げる。

 ケーは自分の頬を照らす蛍の光を、手で掴もうとしていた。片手では無理だと悟ったのか両手で空間を包むと、ついにその淡い光を捕まえることに成功したらしい。

 

「キーズ、おいらピカピカつかまえたよ」

 

 そう言ってこちらに笑い掛けると、そっと空へと手を広げた。蛍は一瞬迷った後、また再び夜へと飛び立っていく。

 暫く見とれていた自分に気が付いて、あわててインカムに小声で言った。

 

 

「ありがとうございます。お話はありがたいですが………」

 

 地図を貰って今いる場所をカジミエーシュ辺境に見出した時、ケーが彼女の人生をミノスを目指す旅に費やして来たことを知った。

 斧に刻まれた文字の意味を知るために、この世界を横断するほどの距離を歩いてきたのだ。

 

 旅を止める事はケーのためになるのか? 俺はどこから来て、一体どうしたいのだろう。鉱石病のおかげで残り時間はどんどん少なくなっている。

 答えることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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 管理番号_ 486975635

|||||ii|i||

* 0310976 *

 

 [記録者]     :カシャ

 [管理責任者]   :フィリオプシス

 [記録日時]    :1097.6.3

 [記録場所]    :第二製造所/ロドス・アイランド船内

 [ファイル形式]  :映像記録 / 36分

 [要求アクセス権限]:Lv.2

 

 [自動生成タグ]:[第二製造所][カシャ][ケルシー][レッド][グラニ][作戦記録][困惑]

 

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 【再生開始】

 【第二製造所にてオペレーター・カシャが中級作戦記録の製造に従事している。廊下に面した扉が開く】

 

「あっグラニ、今日もパトロール?」

「そんなところ。もしかしてお仕事邪魔しちゃったかな」

「だいじょーぶ! 動画編集はいつもやってることだからね。それより今映っちゃってるけど良い?」

 

【カシャがドローンのカメラを指差す】

 

「え? こんなところで撮影してるの?」

「ロドスの日常を動画にしたら面白いと思って回してるんだ! もちろん駄目だったらカットするから」

「全然いいよ! ちょっと恥ずかしいけど………」

「でもかっこよかったよ~、グラニの戦ってるところは撮れ高ばっかり! 賞金稼ぎを一気に飛び越える所とか配信したら高評価間違いなしだよ」

「もしかして滴水村の時の事?」

「そう! 今製造してる作戦記録が丁度それでね」

 

 【カシャが品質チェック用モニターに作戦記録を差し込み再生する。グラニが覗き込む】

 

「うわ~、自分が戦ってる所を見るのってなんか慣れないな」

「小回りのグラニと破壊力のスカジ! 素材がいいからかなり見応えある作戦記録になってるよ」

「あ、ボブおじさんとキャロルと、あの戦車の人たちも映ってる」

「あたしは探検家というよりは動画制作者だけど、財宝探索ってやっぱりロマンだよね~。結局あれってどうしたの?」

「ふふ、お宝はキャロルがね……」

 

 【突然自動扉が開き、ケルシーとレッドが現れる】

 

「すまないが第二製造所の製造計画は中止、作戦記録GT-5番台を回収することになった。全員作業を止めてそこを動くな」

 

 【レッドが段ボールに作戦記録を回収していく。呆然とするカシャ】

 

「ケルシー先生そりゃないよ!! いままでそんなことなかったのに突然どうしたの?」

「答える事はできない。それと」

 

 【ケルシーの視線がカメラに向き、主観視点と目が合う】

 

「事務部への届け出のない撮影は認められていない。減給されたくなかったら直ちに録画を停止した上、情報処理室へデータを提出する事。いいな?」

「うっ! ご、ごめんなさい………」

「わかってくれたのなら良い」

 

 【ケルシーとレッドが退出する】

 

「………どうして?」

「グラニ! ちょっとそこどいて~! えっと録画停止ボタンは………」

 

 【暗転】

  【録画停止】

   【記録終了】

 

 

 

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 管理番号_ 2589347753GT5

|i|i||i|i||

* 7510974 *

 

 [記録者]     :グラニ

 [管理責任者]   :フィリオプシス ケルシー

 [記録日時]    :1097.4.3

 [記録場所]    :滴水村/カジミエーシュ

 [ファイル形式]  :作戦記録

 [要求アクセス権限]:制限なし Lv.5

 

 [自動生成タグ]:[滴水村][グラ二][スカジ][キャロル][このタグは削除されました][このタグは削除されました]

 

 

 

 

  閲覧できません。

 

 

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