ダモイ!   作:タイルマシン

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無法者のように
霧の中で①


「なにか違和感があったら言ってくれ」

 

 そう声を掛けながら車内のタッチパネルに手を触れる。

 ケーは僅かに身じろぎして、樹脂でできたそれに手を触れた。

 

「もしかしてきつい?」

「ううん、ただちょっとむずっとした」

「静電気のせいかも。心配しなくていいよ」

 

 装置とダモイの補助コンピューターとのリンクが確立されると、直ぐに解析結果が表示された。専門知識がない人間が見ても何のことだかわからない文字列だろうが、少し緊張して盗み見るように目を走らせる。眩暈を感じた。

 

 (やっぱり、かなり、不味い)

 

 ジャンクパーツから部品を集めて完成させた不格好なサーベイランスマシンでは、鉱石病進行度の重要な指針となる血液中源石密度は計測できず、複数回に分けて循環器系源石顆粒検査に通さなければ有意な結果を得ることができない。これに加えて造影検査と体表の変化、各種問診の結果を総合的に見て感染者の源石融合率が決定される。きちんとした医療施設と知見のある医者がなければとてもでないが恐ろしくて扱えないデータであり、多くの国でカルテは白紙となって患者に渡される。(健康状態に異常なし。ただちょっと特殊なファッションをされているようですね、肌に源石を埋め込むなどという………。念の為咳止めを出しておきましょう。外を歩くときは厚着を忘れずに)

 

 サーベイランスマシンは地方や戦地においてそのような状況を多少なりとも補うことができる装置だった。輪の内部で微弱なアーツを発生させ、皮下血管の血圧や脈拍、体温や呼吸回数を計る。血液中源石密度や患部の大きさに応じて活性度に差が出るので、血液を採らなくても簡易的に融合率を計ることができた。だが脳や循環器以外の臓器に源石が集中している場合は実際より小さい値が算出されるので、あくまで簡易的なものでしかない。あらかじめ体表面への源石の表出度と問診の結果を記入したチェックシートへ、サーベイランスマシンの数字を書き込む。紙面の半分以上が鉛筆の黒で埋まった。

 

「どうだった?」

「うーん」

 

 言葉を探す。

 

「例えばケーちゃんが………川の中に取り残されたとしてさ」

「え? どうして?」

「そうだな、中州に凄く美味しいものとか欲しい武器があったとしよう」

「うん、おいら取りにいっちゃうな。それで?」

「アクシデント! ケーちゃんは足をすべらせて転んでしまった。………そんな感じかな」

 

 推定源石融合率5~10%。

 

 この値をどう表現すればよいのだろう? 上流から洪水が来て、ケーの黄昏色の両目のすぐ下までが濁流で漬かっている。堤防の決壊はもう絶対に止められない。

 

「おいら、溺れちゃうってこと?」

「そうならないようにしないとね」

 

 言葉が切れた。排ガス・毒ガス対策のため密閉された車内は呼気が籠り易くて酸素濃度が下がりやすい。そろそろ換気しよう。

 ハッチを開けると荒原の霧が流れ込んでくる。物理現象としてはコーヒーの湯気と変わらないはずのその霧はしかし、心理的な質量を持っていた。心に入り込んで滞留する。

 

「ケーちゃん、ちょっと散歩に行こうか。なにか掘り出し物があるかもしれないから」

 

 源石カートリッジを懐中電灯へ差し込むと、向こうの地面を淡く照らし出した。ケーの存在を背後に感じながら、俺は霧の地表へと足を踏み出す。

 

 

無法者のように(ローグライク)

霧の中で①

 

 

 

 ダモイは登攀が不可能なイェラグの高峰を避ける目的でカジミエーシュ・滴水村から東南方へと走行し、リターニアの大裂溝沿いに南下してきた。

 走行記録上ではシラクーザの領内に入っているはずだ。思えば相当長い距離を走って来たものだ。

 行く先々でいわゆる悪者を締め上げ、またはガラクタを拾って商人に二束三文で売り、金と食料を得た。

 立ち寄った村でトランスポーターにいくばくかの金を掴ませると、彼らは慣れた様子で情報を売ってくれる。彼らは常にこうして情報を売り買いして、自身と積荷を守っているに違いなかった。この先には盗賊が出るだとか、どこそこの村は天災でやられたらしいから避けた方がいいとかの、先行くトランスポーターたちの血で記されたと言える伝聞だ。

 ケーに教えることが出来たごくわずかな物事の内に、この手の情報の大切さがあった。情報は武器と違って重くなく嵩張らないのに、同じくらい彼女の身を守ってくれる。ケーはこの事へしきりに感心していたようだったが、果たして今でも覚えてくれているのか、いまいち判然としない。

 

 ひたひたと歩く。

 失くした物がしばしばベッドの下から発掘されるように、霧の中には様々なものが眠っている。

 

 空のボンベ、

 扉の壊れた冷蔵庫、

 コードの切れた電気ポット、

 怪しいコイン二枚、

 動かないクルビア製エンジン、

 錆びた甲冑。

 

 望めさえすればあらゆるものが出てきそうな素振りで、しかし何の役にも立たない物ばかり見せてくれる。ぬかるんだ地面に刻む長靴の足跡だけが本当で、あとは全部嘘のように思えた。

 

「ケーちゃん」

「キーズ、なにー?」

「ケーちゃんはさ、何が欲しい?」

 

 何気なく聞いたつもりだったが、少しすがるようなニュアンスがあったかも知れなかった。

 

「えっとね………ふかふかの寝床が欲しいかな。あと武器を並べられる広い部屋! 食べきれないくらいの沢山のはちみつクッキー」

 

 しばしの無言に、質問を誤ったかもしれないと思ったが、すぐに山ほどの願望が飛び出てきた。ろくに文明に属さずに生きてきた彼女は、それでもたくましい想像力を持っていた。

 

「キーズは何が欲しいの?」

「俺は」

 

 霧の中に役に立たない物ばかり転がっているとして、俺は一体何が欲しいんだろう?

 後ろを振り向くと、すぐそこにペッロ―の女が見えた。相変わらず沢山の武器を持って、あの文字が掘られた斧を腰から下げている。

 斧。そう、斧だ。

 俺はどうしても斧が欲しかった。羨ましかったのだ、自分のルーツを示す物を持っているケーが。

 そして過去を持たない自分がどうしても惨めだった。

 

「そろそろ戻ろうか」

 

 足跡を辿ると霧の向こうに黒い影が見えて、やがて良く見慣れたダモイの形になった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 感染者が戦車でシラク―ザ本体に行くわけにはいかないが、中心部から遠く離れた郊外の村なら入ることができた。村と言ってもその家並みには統一感があって美しい。白色の壁はその土地の土質に由来するものだ。どこかの酒場からリード楽器の音が聞こえてくる。

 活気があるとは言えないが寂れてもいない、ただただ普通の村。ただ一つ、やくざな連中が強い力を持っているらしい事を除けばだが。

 

「感染者がのこのこやって来て何の用だ? まさか余所者が挨拶もしないで通りを歩けると思ってるならとんだお花畑だぜ」

 

 柄が悪いを地で行く男たちが俺らの前に立ちふさがった。人目を避けて路地を移動したのが裏目に出たらしいが、果たして大通りで絡まれたとしても助けてくれる人がいたかは怪しい。噂に聞いてはいたが、本当にこんなマフィアがいるとは。

 

「なんだそこのペッロ―、そんなにガラクタ背負ってよ………くず鉄売りでもしてるのか?」

「なんだとー! これはおいらの大切な武器だよ! そっちこそ悪者みたいなかっこうしてるのに!」

 

 ケーの拙い罵倒を聞いた男たちの顔がどんどん恐ろしいものへと変わっていく。

 

「悪者ォ………? ここらのシマを取り仕切るファミリーに対して口の利き方がなって無いようだな、女!」

「兄ちゃんたち兄ちゃんたち」

「なんだ!」

「俺は?」

「………脱走兵?」

「あ、俺見た事がある。そっくりなウルサス敗残兵の物乞い」

「エンジニアのゾンビとか」

「ケーちゃん! 正面悪者、焼き尽くせ!」

 

 元気な返事と共に路地を業火が包み込んだ。

 

「やーい! くず鉄売りに焼かれてやんの!」

「ケーちゃんマフィア焼きに転職した方がいいよ! 後ろ見てみなよ、凄く向いてる! きっと天職!」

 

 俺らは爆笑しながら脱出する。だがすぐに追手が集まって来た。マフィアたちが路地という路地から湧き出てくるし、さっきから弓矢や弾丸が飛んできている。

 見事な石畳を滅茶苦茶にしながらの決死の追いかけっこだ。路地に止めてあった自転車を拝借して、二人乗りで坂道を下る。洗濯物を干していた持ち主の主婦が怒声を飛ばしてきた。ごめんお母さん! 無傷では返せないかも。

 

 行き止まりの柵を正面にアーツを撃って破壊し、だれかの庭を荒らして郵便ポストを破壊。舞い散る便箋の白い嵐の中、大通りに飛び出る。このまま村の外へ脱出するつもりでペダルに足をかけたが、前へ漕ぎ出せなかった。

 通りをマフィアが埋めていたからだ。しかも全員がラテラーノ銃を持っている。

 

「手を上げろ! ファミリーの顔に泥を塗りやがって」

「手を上げたら撃つ気だろ! 知ってるぞ!」

 

 俺は詳しいんだ、いつか見た犯罪映画でそういうシーンがあった。

 

「本来なら是非ともそうしている所だが………運が良かったな、ボスがお前らに興味を持ったみたいだ」

「大人しく着いていくとでも?」

 

 俺はケーに目配せをした。彼女は微かに頷くと、ばれないように背中のアーツユニットを起動する。

 合図と共に俺は自転車を投げつけ、あらぬ方向へ駆け出した。混乱から回復したマフィアの銃口がこちらへ向き、瞬間、持ち主は電撃を食らって気絶する。ケーが死角からアーツを放ったのだ。

 あと二人、ケーは一人に向かってアーツを放とうとするが、もう一人が銃を向けるのに間に合わない。俺はケーを突き飛ばした。肩に鋭い痛みが走る。

 

 撃たれた。

 

 彼女のいつもふんわりした表情が消えて、目が見開かれるのを見た。

 俺の血が眼前に飛ぶ。苦痛の中、体中の力の流れが外へ向かう感覚と共に、飛び散った血が黒い影に変わって、ほとんど見えない速さで通りを奔っていった。だが俺にだけは分かる。朦朧とした意識の中で知ったところによると、あれは手足の延長のように認知できるらしい。マフィアの男に組みついて奴を地面へ引き倒すと、影は消えた。

 

 

 何処からともなく湧き出てきた白い霧が、瞬く間に視界を覆った。

 

 どこか懐かしい呼び声を聴きながら、俺の意識はゆっくりと薄れていった。

 

 

 




統合戦略………これを待っていた!!(期間が空いてしまいましたがぼちぼち再開します)
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