side セシリア
試合の後気を失ったユーリさんをピットまで運び、それから着替えて自身の側のピットを片付けて保健室に向かいました。
すると丁度織斑先生達が出て来て、後片付けやその他で戻ると言って篠ノ之さん…でしたか?と織斑さんを連れて行かれてしまいましたわ。
なので現在、わたくしは一人でユーリさんを見守っています。
試合の決着が付く寸前までは文句の一つでも言ってやろうと思っていた筈ですが、気が抜けて少し頭がぼうっとしたりいきなり気を失われたりでそんな気は失せましたわね。
…穏やかなその寝顔を見ていると、数日前の事を思い出します。
教室でユーリさんに言われた通り、エヴァリエス工房について調べると直ぐにその映像が見つかりました。
内容は工房の代表自らが会見を開き、ユーリさんの存在の公表と説明をするというものでした。
その代表…ルシア・イヴリースの説明によればユーリさんは幼い頃から工房で働いており、数多の武装の開発や他社、他国へ提供する技術にも深く関わっている程のエンジニアだという事。
そして国家代表とも渡り合えると言われる私設部隊の中で訓練を受けてきて、長くテストパイロットを務めていたとも話されていました。
エヴァリエス工房…ISが世に出る前から知られていたどの国にも所属しない最高級の兵器メーカーで、そしてISが世界に広まってからはその武装や技術を売り出し世界一のシェアを持つに至ったという。
その秘密が僅か齢十五の少年にあると言われれば、誰でも驚くというものですわね。
それを世間が信じられたのはあの篠ノ之博士という前例があったからでしょうか?
わたくしのブルー・ティアーズを始め、他国の機体でもエネルギー武装は先ず工房製の技術が使われている筈です。
そして恐らくほぼ全ての現役IS操縦者にとっての憧れである工房に依頼して自分と専用機の為にのみ作られる唯一武装(オーダーメイド)、その製作者が今わたくしの目の前に居るこの方なんですのね。
しかもIS学園に来た理由と存在を公表した理由が本人の希望で、内容は義弟の為だというのですから面白い話と言えましょう。
…初めは工房の宣伝の為の言い訳かとも思いましたが今更そんな事をする意味もありませんし、それで貴重な技術者を危険に晒す筈も無いと直ぐ気付きましたし。
まぁ実際に手を出せばどうなるか、それが理解出来ぬほど愚かな国は居ないでしょうけど。
そして本人と戦って分かりました、この方はわたくしが考えているような軟弱な男性では無いと。
そも公表を機に企業代表としても活動を始めるとも仰られていましたし、実際それだけの実力だと痛感させられてしまいましたし。
…ですが異性として意識するよりどこか年上の方、例えれば先生のように感じるどこか大人びた雰囲気。
先程の試合を思い返しても、嘘か誠かわたくしの為と言っていた。
その言葉の通りにわたくしは、己の限界を一つ超えてしまいました。
そんな貴方とちゃんと話してみたくなりましたの……会うのはこれが最後でしょうし。
「ん……むう、ここは?」
あ、目が覚めましたわね。
「ここは保健室ですわ、織斑さんがここまで運んで来たのですが織斑先生に片付けを手伝えと連れて行かれました。後篠ノ之さん…でしたかしら? 彼女も居らしたんですが、何やら師匠なら大丈夫かと呟いて一緒に行ってしまわれましたわ」
「あーうん、大体分かった。それでミス・オルコットはどうして?」
「先ずは改めて謝罪いたします、今までの無礼な発言の数々をお許し下さい」
一度椅子から立ち上がり、深く頭を下げる。
「過ぎた事はもう良いよ、気が立っての口論なんて人付き合いではよくある話でしょう?」
「…ふふ、そうですわね」
お互いにくすりと笑い、ユーリさんに手で促され再び椅子に腰掛ける。
「それに貴女の気持ちも少しは分かるつもりですし。此方も少し調べたのですが、相当な苦労をしてきたんでしょう? そんな貴女の努力と立場を無視してあんな事になればそれは怒るでしょう、私と一夏の所為で不愉快な思いをさせて申し訳ない」
「いえそんな。確かにあの場での発言の原因はそうでしたが、それでも一国の代表候補生が簡単に口にして良い事ではありませんでしたわ」
「でも…ってこれじゃあ堂々巡りですね」
「ええ、延々と繰り返してしまいそうですわね」
そう言って二人で笑いあう…こう和やかに話してみると、どうも異性と話している気になれないのですが何故でしょう?
でももしそんな考えを知られたら気分を害するかも知れませんし、気をつけませんと。
「それで…何故試合の時にあのような事を仰ったのです?」
一呼吸置いて顔を引き締め、率直な疑問をぶつけてみる。
「あれはその…放っておけなくて。あれ程の実力を持つには相当な努力をしたんだろう、それが凄く伝わってくるような鋭い攻撃だった。だけどどこか澱みというか引っ掛かりというか、説明しにくいんだけど何か詰まってる感じがして、それでついお節介をね。それで憎まれるのも、負けるかもしれないのも承知で言ってしまったんだ」
そう言いながら気まずそうにユーリさんは頬を掻きました。
「本当に、余りにも失礼でしたわ。ですがその御陰でわたくしは次のステップへと進めました、その事は感謝しています」
「それなら良かった、けどやっぱり怒ってる?」
「そうですわね、怒っています…と言いたい所ですが水に流して差し上げますわ」
「どうして? 平手打ち位は覚悟してたんだけど……」
わたくしの態度が余りにも予想と違ったのでしょうか、ユーリさんは頭の上に?マークでも見えそうな程キョトンとされました。
「そうしても良かったのですが、最後位は和やかに行きたいと思いましたの」
「最後? 何の事…ってまさか!?」
わたくしの言葉を一瞬宙を見上げて考え、そして意味に直ぐに気付いたユーリさんがハッとした表情でわたくしに向き直ります。
「ええ、国に帰る事にします。男性操縦者、それも第二世代機の相手と試合をして引き分けだなどと、本国の管理官や上層部に知られれば直ぐにでも候補生の資格を剥奪されるでしょうから」
そう自嘲気味にあっさりと白状してしまいます、思えばあっけないものですわね、わたくしの代表候補生としての幕切れは。
「…待ってくれないか。その結論は気が早いよ、君は少し悲観的過ぎないかな?」
「ですが世の事情を鑑みればそうなるのは目に見えていますわ」
「…なら早まる前に連絡を取ってみると良い、君の予想は裏切られるよ。そしてそうなったら、君に否が応でも私と工房の教導を受けてもらう」
とても真剣な表情でユーリさんがそう言いました……ってわたくしが工房の教導を受ける?
「ちょ、ちょっとお待ち下さい! どうしてそうなりますの!?」
「私は今まで多くのエースを見てきたから分かる、君は代表になれる素質を持っていると。そして私は教導者を自負してる、君の先生になると威張るつもりは無いけれど、君みたいな才能在る者を放っておくなんて出来ない」
「…強引な方ですのね。分かりました、もし本当に予想と違いここに居続けられるなら従いましょう」
「約束だよ」
「ええ、我が家名に誓いますわ。ではごきげんよう、お元気で」
「また明日、教室で」
真逆の意味を含めた挨拶を交わしわたくしは保健室を後にします、ユーリさんは最後まで優しい笑顔で見送って下さいました。
そして日も暮れて静かな廊下を進み、適当な教室にそっと入ります。
本国への電話を人に聞かれたくありませんし、この時間なら誰か来る事も無いでしょう。
ポケットから携帯を取り出しわたくしの担当管理官の番号を呼び出してコールします。
すると程無くして繋がり、管理官の声が聞こえてきました。
【オルコット君か、君は………】
そこで一度言葉を溜められたので、やはり失望したとでも言われてお終いかと思いましたが―――
【凄いじゃないか! あの工房のテストパイロットに引き分けるなんて、他の候補生では先ず無理だっただろう!】
「え、あの…自分は処分されないのですか?」
【何を言っているんだ。君も知っての通りあの工房の操縦者ともなれば国家代表を凌ぐ者も居るのだぞ、そのレベルの相手に引き分けたのなら十分じゃないか。それに此方で記録していたデータによれば、君のその試合でのBT兵器の稼働率なんだが…過去平均より一時的にだが十数パーセントも向上し、ビットとの親和性は過去最高記録を更新したんだぞ。そのような逸材を処分など、冗談では無い】
な…今までに比べそれほどの差が出ているなんて、信じられませんわ。
「ですが相手は第二世代機で、しかも男性操縦者でしたのに…」
【それについては多少思う所はあるが、それ以上に出された結果が大事なんだ。此方は私が何とかする、君は引き続き学園で能力向上にあたってくれ】
「は、はい!」
それであっさりと通話は切られ、後はツーツーと音がするだけでした。
「…何ですの、この状況は?」
今起きている事態にまるでついて行けぬまま、わたくしはとりあえず自室へと向かい歩き出しました。
………ピッポー(そして翌日)
結局一晩掛けても状況に納得出来ず、わたくしは教室の自分の席で頬杖を突いています。
そうしているとユーリさんが織斑さん達を連れて現れたので、聞いてみるのが早いと思い傍に寄って声を掛けます。
「おはようございます、不躾ですが少しよろしいかしらユーリさん」
「おはよう。構いませんよ、じゃあちょっと移動しましょうか」
そのままわたくしはユーリさんに連れられ、屋上まで来ました。
「それで、どうだった?」
ユーリさんは答えが分かり切っているように、優しく微笑んでそう尋ねてきました。
「何の問題も無く、むしろ激励すらされましたわ」
「あらまぁ、予想以上の結果だったみたいですね」
「どうしてこうなると読んでいたのです? わたくしは昨日から事態に付いて行けず頭を抱えていますのに」
「まぁ工房所属の操縦者って肩書きは無駄に影響力があるって事かな。真実はどうあれ、事実は君が言われたであろう内容だからね。それに今まで出来なかった事がいきなり出来るようになったんだ、それで悪い評価は普通出ないと思うんだけど?」
ニヤッと笑いながらユーリさんはさも当然の事の様に今の状況に至る要因を語った。
「……はぁ、そんなあっさり言わないで下さいな。頭を抱えていた自分が泣けてきますわ、もう」
「ごめんなさいミス・オルコット、何分こういう性格なもので」
「こほん、セシリアで良いですわ。貴方はわたくしが認めた相手ですもの」
「分かりましたセシリア。それで他に聞きたい事はありますか?」
「わたくしに教導を受けろと仰いましたが、具体的には?」
「そうですね…一夏との試合を終えたらセシリアにも訓練に加わって欲しいかな、と。人数が増えた方が出来るメニューも広がりますし、ついでに一夏にも良い経験値になるだろうし」
「あの弟君と一緒にですか…受けるかは試合で決めてもよろしいかしら?」
「もちろん。いきなり実力の分からない相手と一緒に訓練なんて嫌でしょうから」
「ではそのようにお願いしますわ。まぁどちらにせよ、これからよろしくお願いしますわユーリさん」
「はい、こちらこそ」
そう言って握手をかわした。
「ああ、一つ言っておきますが」
「何ですの?」
「試合の日取りを決める時にも言いましけど一夏を甘く見ない方が良いですよ、あれは実戦で輝くタイプですから」
「貴方と戦った後ですから、その言葉は肝に銘じておきますわ」
「お願いします、じゃあそろそろ戻りましょうか」
「ええ」
そうして二人で教室に戻る、わたくしの心中にもう油断や慢心は抱かせません。
純粋に織斑さん…いえ、一夏さんとの試合が楽しみになってきましたわね。
そんな事を考えていたら始業のチャイムが鳴り、慌てて教室に向かいました。
結局間に合わず、織斑先生の制裁をユーリさんに庇って頂いたのは秘密ですわね。