事の始まりは中国・軽慶市。
発光する赤児が産まれたというニュースだった。
以降各地で超常は発見され、いつしか『超常』は『日常』に、『空想』は『現実』となった。
世界総人口の約八割が何らかの特異体質である現在、個性を悪用する者たち『敵(ヴィラン)』により混乱渦巻く世の中で、かつて誰もが空想し憧れた一つの職業が脚光を浴びていた。
その職業こそ『ヒーロー』である。
そんな世の中、闇側の世界でもひと悶着が起きていた…
◆◆◆◆◆
スラム街。
日本では珍しい治安が悪い場所。
強盗、殺人はもちろんのこと闇取引など当たり前のこの街で1人の男が必死に走っていた。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
男はスラム街で名のある麻薬のバイヤー。
数多くの取引を繰り返しては他人を薬物中毒にさせ汚れた金を手に入れてきていた。
そんなヒーローたちの目も欺いてきた男が焦りと絶望を歪ませた表情のまま、まるで何かから逃げるように駆け出していた。
「くそっ!何がどうなってやがんだ!?」
今日は1億円の薬の取引があったのだが、現場に着いた時は酷い光景が広がっていた。
そこには取引相手とその護衛だったであろう者たちが血肉と化し壁も血で描かれていた。
男は恐怖のあまりそこから逃げ出して来たのであった。
「取引がバレてたのか!?ヒーローがあんな芸当できるワケがねぇし!ワケ分かんねぇよ!」
未だに現状が理解できないが一刻も早く逃げ出さなければという本能が働いたため必死である。
一先ず人目を避けアジトに身を潜めようと路地裏へ飛び込んだ時だった。
「ふぎゃっ!?」
男の足に何かが引っ掛かり勢いよく顔から転んでしまった。
顔中に擦り傷ができ口の中に血の味が広がっていくも男は立ち上がろうとする。
「くそっ!何だよ一体………へ?」
男が何に躓いたのか確認しようと顔を向けたと同時に拍子抜けな声を上げてしまう。
何故ならそこにあったのは、足首から爪先しかない1つの足だったからである。
断面であろう足首からは血が溢れているが、男はその足に見覚えがあった。
正確に言えば、足が履いている靴に見覚えがあったのである。
まさかと思い男が恐る恐る自分の足を見ると、右足首から下の足が無かった。
「………アァァァァァァ!!?」
それを見た男は絶望のあまり叫んでしまい、それと同時に激痛が走った。
転んだ時はアドレナリンが分泌され痛みを感じなかったが、真実を知った時には効果が切れたのである。
「足がぁ!俺の足がぁ!」
自分の体の一部が切断され恐怖のあまりに叫んでしまうもどうすることもできない。
男が切断された足を見ると、糸のようなものが壁伝いに張られていた。
よく見ると、それはワイヤーで血がポタポタと垂れていた。
これで足を切断されたのかと男が理解したと同時にもう1つのことに気がつく。
「ま、まさか…!?俺がここに来ることを予測してたのか…!?」
取引相手を殺戮した存在は取引現場から自分のアジトまでのルートを計算した上でワイヤーを仕掛けたのかと思った時、自分の胸に小さな赤い光が当たっていた。
それは徐々に男の顔へ近づいていき、男が目で追うと自然に顔を上げる。
そして数キロ先にある廃ビルの屋上が光った。
「あっ………」
そしてすべてを理解した男は頭から血を吹き出し絶命した。
◆◆◆◆◆
同時刻、廃ビルの屋上に1人の女性がいた。
両頬にタトゥーを刻んだ長身痩躯のポニーテール。
体のラインにフィットしたボディスーツタイプのつなぎ型コンバットスーツを着用している。
女性はうつ伏せの体勢で両手に握っているバレットM98のライフルのスコープから麻薬のバイヤーの死体を覗いていた。
バイヤーの絶命を確認した女性は立ち上がって思い切り背伸びをする。
「んーっ!ターゲット始末確認!本日のお仕事終了!」
女性はスラム街で名のある殺し屋。
金さえ払えばどんな依頼でもこなしてくれる。
今回はバイヤーの飛び火で廃人となってしまった被害者の関係者からの依頼で取引相手もろとも始末したのであった。
「しっかしヒーローや警察じゃなくて私みたいな連中に依頼するとはねぇ…ホント、まいっちゃうよね~」
依頼主はヒーローや警察へ真っ先に駆け込んだが証拠が少ないという理由で門前払い。
悩みに悩んだ依頼主は殺し屋である女性にバイヤーの始末を依頼したのだった。
世間体は誰もが憧れるヒーローや警察。
しかし現状はアイドルやタレントのようなものという認識が高い者が多く、命懸けで活動するのはプロヒーローくらいである。
つまりヒーローや警察も万能ではないということ。
「ホントに生きづらい世の中になっちゃってるよ……けど私にはどーでもいいことだけど!どんな仕事でもオールウェルカムだからねぇ!それにしても最後の表情は良かったなぁ~!」
しかし女性はそんな世間など知ったことかと言わんばかりにケラケラと笑っている。
彼女は金が貰えるから仕事をしているのではなく、人を殺せるから仕事をしている。
人が恐怖や絶望に押し潰されながらも必死に生きようとする姿を見ると、自分は生きているという清々しい気分になれるのである。
「さて、それじゃあ帰ってシャワーでもあーびよっと!」
そして女性はライフルを肩に担ぎ廃ビルを後にした。
彼女の名は『ピトフーイ』
人の生き死にを楽しむヴィランである。