TIGHTROPE~Broken dolls of the fallen.   作:信濃 一路

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Episode1 望春 ~ It is still as yet early spring

 

「なあ、レイト。明日、ウチに新入りが来るんだとさ」

 

 午前の授業が終わり、学生生活のささやかな楽しみである昼食の時間。俺は学食のテーブルで焼きそばパンを頬張りながら、忙しなく喋る友人の話を上の空で聞いていた。食事の時間は食に集中するのが糧となる動植物へのリスペクトだろうに。最期の一口をゆっくりと咀嚼して飲み下す。

 

「リョウ、その話はお前の目の前にあるラーメンが伸びる事より大切な事なのか?」

 

 パックのカフェオレを味わいながら指摘する。奴の手にしたどんぶりの中のラーメンは、見るも無残にふやけ切っていた。只でさえ不味いと評判の学食のラーメン。それがこうなってしまってはご愁傷さまと言う他ない。

 

「……ああ、大事だね。仲間だぜ、な・か・ま」

 

 何とも情けない顔をして、伸びたラーメンを奴は自棄になって啜り上げる。恨みがましい目でジロリと俺の方を睨んだが、それは八つ当たりというものだ。席に着いてから延々二十分も「来るなら女の子がいいな。もちろん美人の♪」などと愚にも付かない事を捲し立て、時間を浪費したのはお前だろうに。むしろラーメンに謝れ。

 

「佐塚の代わりの、か……?」いつもなら奴の隣で、()()()()()()学食のラーメンを啜っている彼の姿は、ない――空になったパックをゴミ箱に投げ入れると俺は席を立った。

 

「……そうさ。俺達みたいな()()()()()の代わりは、他にも居るって事なんだろうな」

 

 物騒な話題を世間話の様にぼやきながら、どんぶりを返却して俺の後を追う。食堂を出た所で五時限目の授業の予鈴が鳴った。

 

「次の時間は戦術人形についての講義か。今更って気もするが、一般教養の授業よりはマシだな」

 

 奴はそんな事を言いながら大きく伸びをする。それには同感だが、一般教養……知識というモノは人生と云う次の戦場においては武器となる。努々疎かには出来ない。ましてや()()()()()の俺達がこうして高等教育を受けられるのは命を張っている対価なのだから。

 

「なあ、リョウは此処を卒業したらどうするんだ?」ふと、能天気な友人に問いかける。

 

「なんだよ、その死亡フラグへ誘導するような質問は……」呆れたように俺を見ながら奴は、「考えた事もねぇよ。今は特にな――」と、かぶりを振ってそう答えた。

 

「……すまん」自分が無神経な事を言っていることに気付く。

 

 都筑(つづき)(りょう)――この同郷の幼馴染は、戦死した佐塚と仲が良かった。同郷以外と壁を作ってきた俺とは違って。いなくなった友の隙間を埋める手段は、何も嘆き悲しむだけではない。そんな当たり前の事を想像すら出来ていないとは。

 

「いいって。けどよ――」少しだけ寂しそうに笑った都筑は廊下の窓の外に拡がる海を見やると、

 

「それまでにやりたい事だったらあるぜ?」

 

「ああ、そうだな……」同じ紺碧の海の彼方を睨みながら、俺は強く頷いた。

 

 まだ冬の余韻の残る荒れた海の向こうに微かな島影が見えた。青巒島(せいらんとう)――日本近海に浮かぶ、明瞭風靡な自然に彩られた島嶼……俺達の故郷。

 其処には雲の上にまで届くかのような逆円錐形の巨大な“柱”が、まるで墓標の様に突き立てられていた。(ピラー)――それは二年前、俺達の日常を奪った絶望の象徴。

 

 俺達はじっとそれを睨む。張詰めた静寂の中、五時限目開始のチャイムが鳴った。

 

「しまった、次の講義は指令の担当だったよな……?」

「あの人だと笑顔で放課後フルマラソンとか言ってくるかもしれん……」

 

 俺と都筑は顔を見合わせると、脱兎のごとく廊下を駆けだした。幸い、この学校の始業時のチャイムはかなり長い。終了までに教室に辿り着ければお咎めなしだ。「神崎、都筑……廊下を走るんじゃない!」そんな教師の声が背中越しに聞こえる。

 

「でも遅刻したら怒るんでしょうが――」後ろをちらと見ながら都筑が苦笑した。

 

 俺も後ろを見やる。窓の向こうに見える荒波。あの紺碧の海の彼方に向けて、俺は誓う。

 

(いつか、帰るんだ。皆で、必ず――)

 

□ 

 

 ――かつて俺たちの世界は滅びに瀕していた。

 

 今から思えば冗談のようだ。

 実際俺も大人達が大袈裟に語っているだけのフェイクだと思っていた。二年前のあの日までは。

 

 二十年前の七月。中東に巨大な物体が出現した。成層圏を突き抜けて聳える錐……いや“柱”と言うほうが相応しいその物体は、やがてその地に因んでバベル・ピラーと呼ばれるようになる。明らかに人工の、異種文明の産物。それを巡って国家間の駆け引きという名の下らないやり取りが行われ、結果として人類は致命的なミスを犯した。

 

 明らかに此方の出方を待っている相手に対する、強硬派による先制の核攻撃。

 

 それは相手にこちらを明確な敵だという認識を与え、人類は機甲体・デザイアとの済崩し的な戦争へと陥ってしまう。技術力で上回り、核すら決定打にならないデザイアに対して人類は為すすべなく蹂躙され、年明けを待たずしてユーラシアとアフリカの大半から人類は駆逐された。

 

 窮地に追い込まれた人類だが、フェリオン粒子の研究を行っていた日本国鷹月重工がデザイアに対抗できる人型戦術兵器タクティカルドールの開発に成功。同国への侵攻拠点であるトウキョウ・ピラーの攻略を成し遂げる。デザイアとの軍事バランスは入れ替わり、人類の反撃が始まった。

 

 開戦より五年後。各地の奪還に成功した人類は、デザイアの本拠地であるバベル・ピラーへの攻撃を敢行した。しかし、その作戦は歴史的惨敗に終わる。戦力の集結を待たずに決戦を強行したのだから当然の結果だろう。その時の作戦立案者は来栖(くるす)征史郎(せいしろう)大佐。各地のピラーを攻略し、大戦の英雄と呼ばれた男だった。

 

 結果としてデザイアは依然健在なまま、各地にピラーを送り込んで侵略を続けている。以後十数年間、戦争は膠着状態となっていた。

 

 今から二年前のクリスマスイブ。大陸中心となっていたデザイアとの戦争による特需で沸く日本に、合計七本の中型ピラーが撃ち込まれた。防衛軍の主力を大陸に派遣し、手薄となっていたこの国の対応は後手に回り、各地を蹂躙するデザイアによって多くの犠牲者を出す事となる。

 

 膠着する大陸情勢から派遣軍の撤退を()()()()()に許されない日本は、状況を打破するために国家非常事態を宣言。以下の二つの形で国内戦力の増強を図った。

 

 一つは予備役の国防軍軍人の強制招集。

 そしてもう一つが十五才から十九歳迄の少年少女の志願者からなる学徒兵の半徴兵化。

 

 俺と都筑はそんな学徒兵の一人だった。

 進学や就職といった餌に釣られ、命を賭けて侵略者と戦う、ありきたりの学徒兵。

 

 ここで俺達は戦術人形(ロボット)に乗って侵略者(デザイア)と戦う。まるでロボットアニメの主人公の様だけれど、俺達は選ばれた存在だったり特別な力があったりする訳じゃなかった。むしろ()()()()()だったからこそ、俺達はここに居る。

 

 H県学徒兵第三大隊所属1023小隊。通称は“鉄屑”(Scrap Doll)。それが俺達の部隊の名前だった――

 

 

「……遅刻者は無し、か。残念だなぁ……個別訓練の為に放課後時間を空けておいたんだが」

 

 息せき切って俺達が教室に駆け込むと、教壇に立つ二十代半ばの男がこちらを見てニヤリと笑った。癖のある髪をラフに伸ばした偉丈夫。整った顔立ちは所謂イケメンなのだが、頬に伸びる貧乏くさい無精髭が台無しにしている。笑顔に光る白い歯が印象的な、典型的な体育会系。

 

 ……我らが指導教官にして小隊指令の(さかき)泰吾(たいご)中尉殿だ。

 

「指令殿の講義は、実践的で、とてもタメになりますから! 何時も楽しみにしております――」

 

 年の割に子供っぽい目で睨まれた都筑が、言わなくてもいいヨイショをする。俺は心の中で溜息を吐く。果たして榊指令の口の端が悪戯っぽく吊り上がった。

 

「そんなに俺の講義を真面目に受けていたとはなぁ。都筑、それは殊勝だな。それなら前回説明した戦術人形の動力源であるフェリオン・リアクターについて、覚えている事を言ってみろ」

 

「え、と……フェリオン・リアクターとは光粒子変換機の事で――」

 

 榊指令に指名され、しどろもどろになって解説を始める都筑。横文字を日本語に変換しても意味はない。碌にノートも取っていないことがバレるのは時間の問題だろう。少々可哀想に思えるが自業自得だ。

 

 そんな風に思いつつ、俺は端末を取り出すと講義の準備を始める。都築ではないが、俺は榊指令の講義が嫌いではなかった。机上の知識だけでなく、実際の戦場での経験を交えた講義内容には毎回引き付けられるものがあったから。戦傷で一線を引くまで国防軍のエースであった人物の話にはどこかの()()様とは違って重みがある――

 

「で、フェリオン・リアクターは大気中のフェリオン粒子を吸気、圧縮することで粒子が太陽光から蓄積したエネルギーを抽出します。大気そのものがエネルギーの供給源となるこのシステムの開発により、人類は長きに渡るエネルギー紛争から解放された、ともいえるでしょう」

 

 直ぐにボロが出ると思っていたが、都筑は中々に纏まった説明を続けている。さては――

 

(所謂、司法取引って奴?)都筑を挟んで左隣の席に座る()()の髪をサイドポニーに纏めたた少女が無表情にこちらを見ていた。(さては何か奢ってもらうって事か……でもそれ、用法が違うからな……)俺は心の中で呟く。

 

 少女の名は陽ヶ崎(ひがさき)菜々星(ななせ)。俺と都筑と同じく青巒島出身の、一つ年下の幼馴染だ。贔屓目に見ても発育の足りていない幼い容姿なのだが、これでも俺達より授業の成績は良い優等生だ。彼女は()()()()と呼ばれる能力者で、固有の能力(エフェクト)として心話(テレパス)を持っていた。

 

「このように人類に多大な恩恵を与えたフェリオン粒子ですが、本来はデザイアが侵攻時に散布した、オーバーテクノロジーの産物であり、何故これを敵であるデザイアがこの星に齎したのか……その謎は今もって解明されていません――」

 

「まあこの辺でいいぞ」榊指令が何とか説明を終えた都筑、そして陽ヶ崎に片目を瞑って見せる。

 

「まさかフェリオン工学の話まで始めるとはなあ。感心な事だ」

 

「は、恐縮です……」冷や汗を流しながら都筑は着席。ま、指令にはバレてるよな。

 

(リョウちゃん、ケーキ食べ放題、よろしくね!)歓喜する陽ヶ崎の心の声が、俺にも聞こえた。

 

 

「――以上がトウキョウ・ピラー戦の概要となる。この際に確立されたタクティカルドールと歩兵隊の連携による強襲戦術は以後のピラー攻略の基礎となり、多くの国を開放へ導いた。……さて、これとタクティカルドールの基本戦術パターンを確立させ、自らもエースとして多大な戦功を挙げた人物……神崎、それは誰だ?」

 

 五限目の講義の終わり際、榊指令の質問を受けて俺は憮然とした。答えは誰でも知っている。この国……いや世界でその名を知らぬ者はいないであろう男の名。

 

「は、……来栖征史郎……大佐です」その名をやっとの思いで口にする。

 

「……殉職されて最終階級は少将となられたがな。あの大戦においてデザイアを中型769機、大型47機、要塞級4機撃破。このスコアは未だ破られていない、実在した伝説って奴だ」

 

 淡々と語る榊指令の声に憧憬の色が窺えた。俺は心の中で舌打ちをすると、

 

「来栖大佐の記録には国威高揚の為の誇張が含まれていると言われていますし、榊指令の大型52機撃破だって十分伝説だと思いますけど……?」

 

 口の端に皮肉を浮かべて発言する。競合するライバルも無い時代で稼いだ戦果と戦術の統制の中で挙げる戦果。何方が容易かは自明の理だろう。

 

「大型に有効な兵装が開発されたのは、来栖少将が一線を退いた後なんだよ……」

 

 そんな俺にかぶりを振りつつ、榊指令は諭す様に言った。

 

「ともかく、だ。俺が言いたいのは、お前達は決して英雄(ヒーロー)じゃないって事だ。そして()()()()()()()だった俺が足元にも及ばない、あの来栖少将すら最後は凶弾に倒れている。だから――」

 

 指令の視線がクラスをぐるりと見渡す。とは言ってもTD操縦士のみで編制された俺達のクラスには四つの席しか存在しない。俺の席、陽ヶ崎の席、都築の席。そして花の活けられた花瓶が置かれた――前回の出撃で戦死した佐塚の席……

 

「生き残れ……それだけがお前らの勝利条件だ。いいな? では今日は此処までだ」

 

 珍しく笑っていない指令の眼差し。起立、礼。教壇を後にする彼のトレードマークの無精髭が、今日は綺麗に整えられている……その事に俺は今更気付いた――

 

 

「それにしても、レイトってホント来栖征史郎が嫌いなんだなぁ」

「当然だろ? あいつがバベル・ピラーで惨敗しなきゃ、俺達はデザイアに怯えて暮らす事は無かったんだ。島の皆だって――」

「けどよ、追い詰められた人類を此処まで挽回させたのも、お前の嫌いな()()殿()なんだぜ?」

 

 放課後、下校中に行きつけの喫茶店に寄った俺達は、山のようなケーキに囲まれてご満悦の陽ヶ崎を横目に見ながら、都築の買った雑誌を回し読みしていた。Twilightという少女向けの雑誌なのだが、今回は何故か学徒兵の特集が組まれている。

 

 次期、S県鷹月市で新規編制される学徒兵の戦術人形(TD)小隊。

 メンバーにはあの英雄・来栖征史郎少将のお嬢さん(優奈(ゆな)さん/16才)の姿も――

 

「前のインタビューの時も思ったんだけど、優奈ちゃんって可愛いよなあ。凛とした気高さと桜色の髪の愛らしさが絶妙に同居しているって感じで。さすが英雄の娘って事かね?」

「……英雄の娘と美人かどうかは関係ないだろ……」

 

 俺は突き出された雑誌を手に取ると、特集のページを流し見る。何処かの中学校の制服を着た少女が、取材慣れした視線をカメラに向けていた。都築の言う通り綺麗な子だとは思うが、どこか硬く張詰めた印象。雑誌には私服姿なども掲載されていて、宛らアイドルのような扱いだ。

 

「結局は世論誘導用のお飾りって奴だろ? 不慮の死を遂げた英雄の娘が、父の遺志を継ぐ――なんてのは如何にもマスコミ受けしそうな()()だもんな」

 

 俺は舌打ちをするとそう吐き捨てた。それにこの髪の色――

 

「だけどこの子って多分カラーズ……そうでなくてもサーキット保有者だろう。ナノマシン処置はどうする心算なんだろうな……」当然の疑問を口にする。

 

 TDを動かすには機体と操縦士を一体化させる神経接続が必要不可欠だ。機械的な操作とAIによるサポートだけでは人の有機的な動きは十分に再現できず、人型であるメリットが失われるからだ。神経接続のために必要となるのは、操縦士の体内に注入される制御用ナノマシンなのだが、胎内で大気中のフェリオン粒子の影響を受けて生まれた世代……戦後世代(アフターデザイア)と呼ばれる……は、それを施術することが出来なかった。

 

 フェリオン・サーキット……新生児の神経系に定着して形成されるそれは、保有者の身体能力を大きく引き上げる反面、ナノマシンに対し激しい拒絶反応を引き起こす。故にサーキットを持つ者がTD操縦士になる事は事実上不可能だった。より強く粒子の影響を受けたカラーズ――エフェクトを有する戦後世代の総称で特異な髪の色からこう呼ばれる――なら猶更のことだ。

 

「コパイとして複座機にでも乗せるんじゃね? ナナセだって俺らの隊に居るんだし。管制官ならナノマシンの必要は無いしな~」

 

 適当な答えを返し、掲載されている少女達に目を走らせる都筑。「……流石に露骨すぎるだろ」俺は溜息を吐いてかぶりを振った。此処まで持ち上げられて客寄せの神輿じゃ、優奈という子も報われないな……素直に同情する。

 

「……感覚変換(センスシフト)システム」

 

 萌黄色の髪の女生徒の水着姿に歓声を上げる都筑をジト目で睨みながら陽ヶ崎が呟いた。

 

「何か知ってるのか、ナナセ?」

 

「ん。開発中の第四世代機は、ナノマシンを必要としない操縦システムになるんだって。フェリオン・サーキットの発する信号波を利用して神経接続を行うみたい――」

 

 オンでタクから聞いた情報だけどね、と陽ヶ崎は付け加えると、ケーキの山の攻略を再開する。陽ヶ崎はゲーム好きで、DDOというオンラインゲームをかなりやり込んでいる。タクとはそこで知り合った、ネット上の知り合いらしい。

 

「タクって、あの軍オタ廃人様かよ……信用できるのかねえ?」

 

 都筑が雑誌を伏せてぼやく様に言った。都筑も結構ゲーム好きで、陽ヶ崎がDDOを始めたのは奴の影響だった。俺も勧められはしたがアカウントを作るだけに留まっている。戦争をしているのにそれをモチーフにしたゲームをする気にはなれなかった。

 

「さあ? けどリョウちゃんの見てた子、タクの幼馴染。鷹月の技術主任の娘さんなんだって」

「嘘だろ……こんなたわわな子があいつの彼女……」

「……幼馴染だってば。守秘義務的にはどうかと思うけど、そこそこ信用できるんじゃないかな」

 

(サーキット保有者がTD操縦士に、か……)俺は心の中で溜息を吐いた。冷めたコーヒーを口に含み、陽ヶ崎の顔をみやる。大きな金色の瞳がこちらを憂えるように見詰めていた。

 

「だから、レイトたちも、もうこれで戦わなくて済むかも――」

「まいったな……その話が本当なら、俺達みたいな()()()()()はもう用済みって事か」

 

 コーヒーを飲み干して自虐的に呟く。

 ()()()()()……俺や都筑、そして佐塚のようなサーキットを持たない欠落者の身体能力は、目の前の小柄な少女よりも劣る。兵士としての()()は、未だ続く戦争で激減した戦前世代の代用品として戦術人形の操縦士になれるという事くらいだ。(志願して、身体に異物(ナノマシン処置)を受け入れてまで操縦士になったのに。これで戦えなくなるなら、俺は正真正銘の()()じゃないか)

 

 ――ガタッ

 

 やおら席を蹴って立ち上がる音がした。

 

「もう戦わなくてよくなるんだよ? 嬉しく無いの? リョウちゃんもレイトも、死んじゃった佐塚くんも……ずっと頑張ってきたじゃない……落ちこぼれって馬鹿にされながら、それでも皆の為に。もう十分戦ったじゃない! もういいよ、戦争なんて――!」

 

 憤りを露わに肩を震わせる陽ヶ崎。「お、おいナナセ――」それを宥めようと都筑が差し伸べた手を振り払い、陽ヶ崎は薄暮の街の中へ駆け出していった。

 

 呆然とその場に取り残される俺。後を追おうとする都筑がチラと此方を振り返る。

 

「お前な、時々どうしようもなく馬鹿に見える時があるぜ?」

 

 憐憫を帯びた都筑の声。(大きなお世話だ)思わず俺は奴から視線を逸らした。「後は任せたからな――」俺がそう言うと、鋭い一瞥を叩き付けて、都築は足音も荒く店を出る。

 

(確かに俺は馬鹿だ)他の客の視線が突き刺さるのを感じながら、俺は独り言ちた。陽ヶ崎の能力なら、俺の考えている事なんてお見通しだったのだろう。俺たちの心に撃ち込まれた抜けない楔。

 

 陽ヶ崎の席には手付かずのケーキが残されていた。ふと戦死した佐塚の恰幅の良い体型が目に浮かぶ。あいつも甘いものが好物だったな……そう思って一口、ケーキを食べてみる。

 

 物資不足の為に使用された合成甘味料は、舌が痺れるように甘かった。痛いほどに――

 

 

「……そうか……分かってる、明日ちゃんと謝るさ……ああ、またな」

 

 陽ヶ崎を見つけたという都筑からの連絡が入ったのは一時間後の事だった。俺は携帯を切るとホッと息を吐く。網膜ディスプレイの表示する時間は、薄暮から街灯が瞬く夜へと移っていた。

 

 俺たちの暮らすH県咲良市。海を隔てた近海には忌まわしい“柱”(ピラー)が聳える青巒島があるというのに、この街は戦災の影も無く平穏を保っている。奪還の為の上陸部隊を事如く退けながらも不気味な沈黙を続ける青巒島のピラー。咲良市には軍の小規模な基地があるものの、学徒兵以外の戦力は存在していない。それには慢心というよりは、攻めてこないという前提条件に縋るしかない国防軍の厳しい台所事情が背景にあった。

 

(とはいえ、建前上は国土奪還の軍事行動をしない訳にはいかないからな……)

 

 繁華街の先にある下宿へ向かって歩きながら、俺は口許を歪めて笑う。

 

 言い訳の為の上陸作戦。その為の張り子の虎の戦術人形部隊……それが俺達、鉄屑小隊(Scrap Doll)だ。島に渡り、適当に会敵して戦い、当然のように撤退する。この一年間、隊の結成からずっと俺達はルーチンワークの様にそれを繰り返していた。

 

 落ちこぼれに相応しい戦争ごっこだな――他の学徒兵達には、そう言って俺達を蔑む者もいた。

 

(一発も銃を撃たない、後方支援しかしないお前らに何が分かる――)

 

 装甲に守られた戦術人形なら損害は出難い。だから戦うのはいつも俺達だ。けれど、幾等戦った所で碌な支援も無い一個小隊で出来る事は限られている。破壊された家々。見る影もなくなっていようと、あの島は俺たちの故郷だ。あの交差点、公園、神社……懐かしい風景を前にして、撤退しなければならない俺たちの気持ちなんて、分かるものか……

 

(そして今度はお役御免、か……)陰鬱に沈んでゆく思考。俺はかぶりを振ってそれを頭から追い出す。サーキットを持つ者もTDに乗れるようになれば、国防軍だって島の奪還に本腰を入れるだろう。自分たちの手で……なんていうのは所詮エゴに過ぎないのだ。けど、それでも。

 

 俺は再びかぶりを振る。と、その時――

 

「退いて、退いて、退いて――――!」突然、後方から切羽詰まった声が聞こえた。

 

(何なんだ?)慌てて飛び退こうとした俺だが、時すでに遅し。ドン、という音と共に背中に痛烈な一撃を受けて吹き飛ばされる。運悪く街灯の柱に頭をぶつけ、俺の視界に星が散った。激痛。

 

「ちょ、ちょっとキミ! しっかりしてよ……ねえってば!」

 

 薄れゆく意識の中で少女の声が聞こえた。

 足音が近づいて来る。翳む視界に女性サイズのスニーカーが映る。シンプルな靴下。キュッとしまった足首から続くスラリとした美脚。健康的な太腿は短めのスカートに納まって……

 

(白、か……)これじゃ都筑の事を笑えない。

 こんな状況でまったく……混濁した思考の中で苦笑しつつ、俺の意識は闇に墜ちていった――

 

 

 ――雪が降っていた。

 

 温暖なこの島では二十年振りとなる雪。

 島の集落を望む位置にある神社へと続く参道を俺と都筑は歩いていた。朱い鳥居と石造りの階段坂を、鼻歌交じりで。俺たちの後ろを歩く陽ヶ崎がブウと頬を膨らませながら、

 

『レイトもリョウちゃんも浮かれすぎ……』と、傍らを歩く女性を見上げる。

 

『クリスマスなんだから良いんじゃない、菜々星? 私だって、久し振りに神崎のおばさまの料理を食べれるって楽しみにしてるんだから』

 

 女性はそう言って、陽ヶ崎を窘めると、『そうじゃないもん……』陽ヶ崎が微かに呟いた。

 

 山道の終点は古ぼけた県道の終点と繋がっていて、車がUターンできるスペースが設けられている。正月の参拝を考えたら駐車場位欲しい所だが、それを言うと『陽ヶ崎(うち)にはお金ないからね~』と女性は苦笑していた。そういう時は麓の小学校に車を止めて、急勾配の県道を昇る事になる。

 

『でも俺、此処からの景色って好きですよ。島の皆の生活が一望できるって感じで』

 

 不便な所でゴメンね、と申し訳なさそうにする女性に俺はそう言って頭を掻いた。そんな俺に、隣を歩く都筑はニヤリと笑って耳元に囁く。

 

『先制攻撃は譲ってやるよ。しっかりな――』

 

 意味深に片目を瞑って見せると、陽ヶ崎の手を引いてさっさと先に行ってしまう。『ちょっとリョウちゃん、引っ張らないでよ――』抗議する陽ヶ崎の声が次第に遠ざかっていった。

 

『あら……良くん、どうしたのかしら?』小首を傾げた女性の藍緑色(シアン)の長い髪が流れた。

 

 ――陽ヶ崎の姉、皐月(さつき)さん。三才年上の、幼馴染の俺と都筑にとっても姉の様な存在。本土の咲良市にある学校に通う女子高生で、普段は学校の宿舎に居るのだが、この時は冬期休暇で実家である陽ヶ崎神社に帰郷中だった。そして来年度からは東京の芸術大学に通う事が決まっていた。

 

『え? あ、リョウの奴、プレゼント交換の用意が出来てないらしくて、良さそうなのをナナセに選んでもらうんだとか……』

 

 怪訝そうに俺の言い訳を聞いていた皐月さんだったが、『ま、いいか』と悪戯っぽく笑うと、崖を隔てる古びたガードレールの脇を歩いてゆく。頬を掻いて、俺はその後を追った。

 

 三年前、俺が中学に入る前は見上げていた筈の皐月さんの肩が、今は見下ろす位置にある。あの時彼女は本土の高校に去り、今度は――

 

『サツキさん、芸大合格おめでとうございます』言わなければという想いとは裏腹に、俺の口が紡いだのは、そんな当り障りのない台詞だった。

 

『ありがと。私は学徒兵特典として、だから。普通に受験する人に比べたら楽してるんだけどね』

『そんなこと……サツキさん、俺、好きですよ!』

 

 不自由になった日本語。焦り過ぎだ。『えっ?』立ち止ってキョトンとする皐月さんに、

 

『あ、その、サツキさんの絵。見てると凄く温かな気がして――』慌てて取り繕う俺。

 

『そう……ありがとう』振り返って皐月さんは優しく笑う。ひゅう、と雪の混じった寒風が駆け抜けて、彼女の()()()の髪がふわりと靡いた。

 

『でもね、これが……私の最後の我儘――』

『それって、どういう……』

 

 絵の先生になって、島の子供たちに教えたい。それが皐月さんの夢だった筈だ。直向にキャンパスに向かう彼女の姿に、俺はずっと憧れていた。

 

『私ね、春に婚約するの。大社の筋の方と。神社(うち)を継ぐためにね。……だから、大学へ行くのが、私の最後の我儘……って事になるわね』

 

 陽ヶ崎の家はその流れから古来より神職以外の生業を禁忌としていた。あまりにも古色蒼然とした仕来り。神主である陽ヶ崎のおじさんは娘たちに家を継がせる心算はなかったと聞く。けれど島に唯一つの神社を無人にしてしまう事は、中々に理解を得られることではなかったのだ。

 

 寂しく微笑む皐月さん。俺は阿呆の様に口を開けて言葉を捜すが、結局何も言えなかった。お互いに黙ったまま、俺たちは麓へと続く県道を下ってゆく。渦巻く想いで思考は混濁していた。

 

 ――その時だ。

 

『ねえ、零斗(れいと)くん――』突然足を止めて、皐月さんが尋ねて来た。

 

 キミは、青巒島(この島)が好き? ――と。

 

 

 ――その時、俺は。何と答えたのだろう。思い出せない。

 

 ただ、次の瞬間に鳴り響いた耳慣れないサイレンの音と、虚空に浮かぶ巨大な影だけははっきりと覚えている。それが何であるのか、知識としては解っていた。自分には関係のない、遠い世界の出来事と思っていた機械の悪魔(デザイア)の侵攻。皐月さんの左手にある端末からアラートが鳴り響く。

 

『非常招集……それじゃ、菜々星の事をお願いね?』

 

 巫女さんをしている時の様に綺麗な姿勢で、皐月さんが敬礼をした。学徒兵としての凛とした眼差しに射貫かれて、俺はうろ覚えの敬礼の真似事を返す。

 

『はい。ご武運を――』

 

 ――違う、俺の言いたいのはそんな事じゃない。

 

『行ってきます――』手を振ると、皐月さんは駆けて行った。まるで朝、学校に出かけるかのように。有事の際に学徒兵は国防軍の指揮下に入る。島唯一の防衛部隊である国防軍小隊の駐屯地へと向かう彼女の姿が視界から消えるまで、俺は呆然とその場に立ち尽くしていた――――

 

 

(寒いな……)身を抱く様にしてくしゃみをする。俺の意識を覚醒させたのは、早春の肌寒い空気だった。仰向けになって、見上げる夜空には満天の星が瞬いている。背中に硬い感覚。ゆっくりと首を動かして周囲を見やると、俺の身体は下宿の近所にある公園のベンチに横たえられていた。

 

「あっ、やっと起きた。ボク、心配したんだよ?」

 

 パタパタと足音。両手に一本ずつ缶ジュースを持った少女がこちらに駆けて来る。

 

 幼い顔立ち。小柄な割には女性らしい丸みを帯びた肢体。赤いセーターと、まだ寒い季節だというのに短いスカートという軽装。惜しげもなく曝された健康的な素足に履かれた丈夫そうなスニーカーが活発な印象を与える。少し紫かかった()()髪にアクセサリーというには武骨な髪飾り。そして愛らしい大きな蒼玉の瞳が心配そうに俺を見ている。

 

(ちょっと変わった子だけど、結構可愛いな……けど、誰だっけ?)

 

 ――飛んだ記憶が再結合して行く。

 退いて、という声。背中への衝撃。頭に激痛が走り、路面に倒れ込む。薄れゆく視界に――そうだ、俺はこの子に吹き飛ばされて……

 

「お前は――!」

「ゴメン、さっきは悪かったよ。でも、ボクにも抜き差しならぬ事情って奴があったんだ。取り敢えずさ、これでも飲んで温まってね」

 

 少女から手渡された缶ジュースを受け取ると、俺は痛む頭を押さえながら身を起こした。彼女は気付いていないようだが、あの姿勢のままでは否応なく目に入ってしまうものがあるのだ。咳払いをしてプルタブを起こす。湯気とともに甘味が強めのコーヒーの香りが広がった。

 

「まあいいさ。だけど抜き差しならぬ事情……ってのは何なんだよ?」

 

 答えを期待しない質問をしつつ、さりげなく少女の様子を伺う。小柄な陽ヶ崎よりさらに小さい体格。華奢で、小さな双肩。こんな少女が倍近い体重の俺を吹き飛ばしたり、此処まで運んだりしたとは、俄かに信じがたかった。架空世界(ファンタシー)の住人の様な彼女の白い髪……サーキットを持つ者がそんな存在であると分かっていても。

 

「それは……まあ、些細な問題って事で」

「些細なのかよ……」

 

 果たして口を濁す少女。思わず苦笑した俺を見て憮然とすると、

 

「兎に角、キミを助けてあげたんだから、一つお願いを聞いて欲しいんだけど?」

「……は?」

 

 どうしてそうなるんだ? 俺の脳裏に大宇宙を背景にした猫の姿が浮かんだ。思わず眉間を押さえる。こいつ……物理面だけでなく精神面でも俺に脳負荷をかけるというのか。いくら可愛くともこの手の人種とは関わらないのが俺の主義なのだが。

 

「お前の倫理観では、人を車で撥ねても介抱すればお礼が貰えるのか?」どう転んでも面倒にしかならない雰囲気を醸し出す少女に対して、俺はやっとの思いで質問を突き付ける。

 

「今、コーヒーも奢ってあげたじゃない?」

 

 俺の心の叫びは彼女の心には届かなかった。それにしたって余りにも高いコーヒー(缶)だ。これからは注意しよう。俺は肩を竦めて溜息を吐くと、

 

「わかったよ。でも最初に言っておくが、俺に出来る範囲までだぞ。無い袖は振れないからな。それで? 俺にして欲しい事ってなんだよ?」

 

 宗教の勧誘や借金の連帯保証人になってくれとか言うのなら回れ右してサヨナラだ。予め予防線を張った上で、お願いとやらを聴いてみる。すると少女は見覚えのある携帯端末を手にして画面をフリックしながらブツブツと呟き始める。

 

「神崎零斗、17才。H県青巒島出身。徴兵ではなく志願によって学徒兵となり、戦後世代としては珍しく、サーキットを持たない事から学徒兵のTD操縦士に選抜される。H県学徒兵第三大隊所属1023小隊の隊長として青巒島への上陸作戦に常に従軍し、現在に至るまで戦死者無しという驚異的な隊員生還率を達成している――」

 

(前回で戦死者一名になっちまったけどな……って、こいつ俺の端末を勝手に――)

 

 流石に腹を立て、少女から奪い返そうとするが軽く躱されてしまう。サーキット保有者との絶望的な身体能力の差に、俺は臍を噛む。

 

「得意教科は歴史。好きな食べ物は麺類全般。好きな女性のタイプは――」

 

 そんなことまで記載されていたか? という部分まで赤裸々に読み上げると、やがて少女は満面の笑みを浮かべ、俺に端末を返して寄越した。ずっと顔を寄せる。

「ふーん、キミって優秀なんだね。感心感心♪」と、偉そうに発育過剰な胸を張る少女。セーター越しにも分かる二つの膨らみが躍動して、俺は思わず視線を逸らした。

 

「落ちこぼれが優秀な訳無いだろ……」そう吐き捨てる俺に、少女はキョトンと首を傾げると、

 

「落ちこぼれってサーキットが無いって事? それがどうしたっていうのさ。無茶な命令を受けながら、それでもキミたちは凄い活躍をしてる。でしょ?」

 

 あっけらかんと言い放つ。憮然とする俺の頭を、背伸びをして「偉いね~」と撫ぜる少女。何だか凄い屈辱を感じ、心に檻のように溜まっていた(わだかま)りがどうでもよくなった……気がした。

 

「で、お願いってのは何だよ。俺も暇じゃないんだけどな……」

 

 明らかに年下と思われる少女にペースを握られ続けて、流石に不貞腐れた俺はぶっきらぼうに問い質す。すると少女はコホンと咳払いをして仄かに顔を赤らめると、

 

「キミの下宿、この傍でしょ? 一身上の都合から、今夜ちょっと泊めて貰う事にしたから。ちなみにボクの名前は八咫之(やたの)摩夜(まや)っていうんだ。よろしくね、レイト♪」

 

 少女――摩夜は決定事項の様に、そう宣言した。

 凍結(フリーズ)した俺の思考が事態を把握するのには、それから数分の時間を要す事となる――――

 

 

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