TIGHTROPE~Broken dolls of the fallen.   作:信濃 一路

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Episode2 八咫之 摩夜 ~ White Raven

 

 ――微かに水の音が聞こえていた。

  

(もう朝、か……)カーテンから差し込む仄かな明かりに瞼を開く。目に入るのは何時もと変わらない俺の部屋――鉄屑小隊(Scrap Doll)隊長にして咲良第Ⅱ高校二年生・神崎(かんざき)零斗(れいと)の殺風景な居室だった。実用一点張りの勉強机とその上の支給品の情報端末。半年以上つけた事の無いテレビ。適当に買い揃えただけの家具の数々。まるで生活感がない。

 

 表示される時間は午前六時前。学校へ向かう支度を始めるには、まだ少し早い時間だ。今日は少し気を入れて朝食でも作るか……そんな事を考えながら身を起こして伸びをすると、全身に激痛が走った。身体の節々がズキズキする。頬も腫れている。

 

(いったい何が……っていうか、どうしてソファで寝てるんだ、俺は?)

 

 ベッドで休まなかったから寝違えでもしたのだろうか……しかし頬の痛みは説明が付かない。加えて頭に出来た大きな瘤。流石に気になって、着たままで寝ていたらしい制服を脱いで身体の状態を確かめる。すると――

 

「何だよ、これは?」俺は体中の真新しい傷の痕と青痣を見て唖然とした。まるで戦場に出たかのようだ。体内のナノマシンが代謝を高めている為、この程度なら医者に行かずとも自然治癒する筈だが、恐らくは今日一杯この痛みと付き合う事となるだろう。どうしてこんな事に――

 

(そうだった、これはあの時の――)頭に疼く痛みが事の発端を脳裏に再生する。

 

 陽ヶ崎を捜して歩いた市街の一角。そこで出会った、白い髪をした()()()――八咫之(やたの)摩夜(まや)。彼女の唐突な発言と、その後に起きた“事件”(トラブル)。その結果が()()だ。

 

 深い後悔と罪悪感の溜息と共に、俺は昨夜の()()()()()を思い出すのだった――

 

 

『あのな、自分が何を言っているのか分かってるのか?』

 

 目の前の少女の宣言をようやく消化し終えた俺は、かぶりを振ると彼女にそう尋ねてみた。背の高さは小学生並みだが、身体つきは十分過ぎるほど思春期の少女である。そんな年頃の子が口にしていい台詞ではない。説教臭い口調とは思うが、言わずにはいられなかった。

 

『わ、分かってるよ。でもキミしかいないんだ。消去法的に……

 

 視線を逸らせながら頬を赤らめる少女――八咫之摩夜。仄暗い街灯の下、彼女の吐く息が白く浮かび上がる。語尾に少しばかり気になる小声が聞こえはしたが、『お願い、時間がないんだ。人助けだと思って、ね?』……そこまで言われれば、それを無下に出来るほど俺も非情ではない。

 

『仕方ないな……ちなみに俺は清貧学生だから、持て成しには期待するなよ?』

『いいの? ありがと、レイト。いやぁ、言ってみるもんだね~』

 

(現金な奴)少年のような笑みを浮かべる摩夜に苦笑しつつも、俺はホッと息を吐く。流石にさっきみたいな仕草を続けられたら間を持たせる自信はなかった。

 

『それじゃ、行くか』

『うん』

 

 ベンチから立ち上がる。俺の下宿はこの公園を出て直ぐの老朽集合住宅の一室だ。うちの学校には無料で借りられる学生寮もあり、都筑や陽ヶ崎はそこに寄宿しているのだが、俺は咲良第Ⅱに入る際に敢えてここを選んだ。それは俺の手前勝手な感傷――二人に、特に陽ヶ崎に合わせる顔がないと思っていた――に過ぎないのだが。

 

 そんな俺の顔を覗き込むようにしてクスクスと笑いだす摩夜。

 

『なんだよ?』

『レイトって、優しいんだね』

 

 透き通るような蒼玉の瞳で見詰めながら、摩夜は微笑んだ。心の中を見透かすような無垢な笑顔。俺はさっさと先を歩きながら、

 

『どこがだよ。騙されて()()()()()()()()()とか考えないのか?』

 

 少女の視線を逃れ、努めて悪い笑みを浮かべる。実際、背が低い事と変な奴という印象以外は及第点を大幅に超えた美少女なのだ。下心が一切無い訳じゃない……極めて遺憾ながら。

 

『うん。だってボク、人を見る目には自信があるんだよね~』

 

 即答する摩夜。どう見ても知らないおじさんに付いて行ってしまう、放っておけないタイプに見えるのだが。やれやれと肩を竦め、息を吐く。手の掛かる妹――そんな感じだ。

 ま、“妹”なら間違いが起こる事も無いか……そんな事を思いながら見やる公園の入り口。そこに街灯に照らされる三つの人影が見えた。(なんだ、あいつら?)

 

 

 三人は入り口を塞ぐように俺達に近付いて来る。俺の後ろに隠れようとした摩夜だったが、無意味と悟るとその場で彼等を睨みつける。友好的な関係……にはとても思えなかった。

 

『捜したぜぇ? お嬢ちゃん』リーダーらしき少年の下卑た声。

 

 見るからに素行の悪そうな身なりの少年達だった。年は十代後半……所謂、徴兵逃れの不良だ。学徒兵制度は対象年齢の()()のみに課せられる。教育無償化の、いわば対価なのだ。従って制度の穴を突いて高等教育を受けなければ徴兵される事は無い。無論、学校に通わずに有意な就職ができるのは、個人で高等教育を受けられる特権階級(エリート)の子弟に限られるのだが――

 

『俺達のロフトに泊めてやるって言っただろ。何で逃げるんだよ?』

 

 仲間らしいロン毛の少年がニヤニヤと笑う。もう一人の小太りの少年は無言のまま、ドロリとした視線で摩夜の全身を頭から爪先まで舐め回すように眺めていた。背中にしがみ付く摩夜が嫌悪感からかぶるっと体を震わせる。

 

(ロフトねえ。要するに芸術家(アーティスト)気取りのボンボン共ってとこか――)

 

 少女に突き付けられる下劣な感情に対する不快感とは別に、俺は苛立ちを覚える。この国での戦いは大陸の戦争程激しくはない。とはいえ、先月もN県の一都市がデザイアによって蹂躙されたばかりなのだ。そして国防軍も、大半の学徒兵も命懸けで戦っている。国に殉じろとまでは思わないが、護られて当然という臭いが彼等からは感じられた。

 

『だって、変な事するんだもん。勝手にボクの事ペタペタ触ってきてさ……この変態!』

 

 アカンベをする摩夜。

 

『ぐふ、僕達の()()に出演してもらうだけだよぉ? 条件だったよねぇ』

 

 摩夜の罵倒に全く動じる事無く、小太りの少年が腹をゆすりながら舌舐め擦りをする。

 

『映画……? どう考えてもエッチな奴でしょ、アレ。そんな事、聞いてなかったし!!』

 

 確かにこいつらに比べたら俺は少しばかり()()()かもしれない。比較対象にされたという事に些かプライドが傷付けられたが、この子にも学習能力はあるようだ。兎も角、大凡の状況は把握できた。摩夜が季節に合わない軽装な事、あれほど慌てていた事。恐らくは連れ込まれたロフトから辛くも逃げ出してきたのだろう。

 

『つべこべ言わず来いよ。お前なら特定の層に人気が出そうだし、()()()()も弾んでやるからさ』

 

 俺の存在を無視して摩夜の手を掴もうとするリーダーの栗毛。何をさせようとしていたのかは明らかだった。『やだ、離してよ』身を固くする摩夜。

 

(こいつら……)喉から出かかる衝動。しかし俺は躊躇する。俺達と同世代ならほぼ間違いなく相手はサーキット保有者だ。身体能力では敵いっこない。そんな相手に安っぽい正義感で粋がってどうする? 見知ったばかりの少女の為に。

 

『そっちの学生さんは大人しくしてろよ。問題起こして特典をチャラにされたくなけりゃな~』

『お勉強するために命かけてるんだろ。負け組はつれぇよなあ?』

『その部隊章……その歳でTD操縦士って事は……んふ、お兄さん、レアキャラって奴?』

 

『なんだ()()()かよ――』現実という打算に固まる俺を、嘲るように男達が嗤った。

 

 ――それでいいのか? 追憶の雪の中で、誰かが囁く。遠ざかってゆく後ろ姿。

 

(良い訳ないだろ)その問いに応えるより早く、俺は摩夜を護るように間へ割って入っていた。

 

『こんな小娘(ガキ)相手に発情(さか)るとか、お前ら意馬心猿も大概にしとけよ』精一杯の強がりを挑発的な台詞に込め、俺は不敵に笑う。

 

『なんだぁ? 能無しの分際で騎士様(ナイト)気取りかよ?』苛立ちも露わに胸元に掴みかかってくる栗毛。明らかに此方を見下した動きだ。早いが、鋭くはない――

 

(流石に、ナナセよりは遅いな)俺は栗毛の手首を掴むとクイッと捻る。そんなに力を入れた訳ではない。しかし関節が悲鳴を上げ、栗毛は翻筋斗(もんどり)打って地面に叩き付けられる。昔取った杵柄……かつて陽ヶ崎のおじさんから学んだ合気道。左程熱心に学んだわけではないが、自然と身体が覚えていた。とはいえ、これは相手が素人だから決まっただけだ。

 

『今のうちに早く逃げろ。出来たら憲兵を捜して呼んで来るんだ!』

 

 肩を痛めて喚きながら地面に転がる栗毛。突然の事態にその場がフリーズする。俺は呆然と立ち尽くす摩夜に叫んだ。

 

『で、でも……』心配そうに揺れる青い瞳。(馬鹿、こんな()()()()()()()()()()んだよ――)

 

『早く、行け!』陽ヶ崎みたいに心話が出来れば……もどかしく思いながら再び叫ぶ。俺はロン毛の派手な上段蹴りを手の甲で受け流して軸足を払った。勢い余って地面にキスをするロン毛。

 

『直ぐ、連れて来るから――』

 

 ようやく俺の意思が伝わったのか、摩夜は踵を返して駆け出した。残るはいかにも鈍重そうな小太りだ。同じサーキット持ちなら摩夜には追い付けっこないだろう。そう思って息を吐いた瞬間、俺は強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。まるで殴られたかのような……

 

『うふ、残念。そうは問屋が許さないよ?』小太りが拳を駆け去る摩夜の方に向ける。

 

 仄かに輝く緑色の粒子が奴の拳に集まってゆく。(あれは……)持つ者と持たざる者。俺達の世代の強者と弱者を別つ奇跡(呪い)の粒子――フェリオン。

 

『唸れ、墳式豪拳(ロケットパンチ)――!!』間が抜けた声がどこかで見た虚構(アニメ)の技名を叫ぶ。

 

 ――ヒュン

 

 緑の粒子の輝きを残し、構えた拳から放たれる()()。不可視の拳は駆ける摩夜の背中に吸い込まれるように消える。一拍の後、狩られた獲物の様に少女の姿が跳ね、摩夜はそのまま崩れ落ちた。

 

『僕はフェミニストだからさぁ、女の子に手を上げたくはないんだけど……仕方ないよね? 後のお楽しみが台無しになっちゃうから手加減はしたけどね~』

 

 小太りが俺を見てニンマリと笑った。

 

『カラーズ……空気使いか?』言の葉に嫌悪の響きを込めて俺は呟く。大気中のフェリオン粒子を体内のサーキットで操りエフェクトを行使する者――カラーズ。幼馴染の少女の前では思いもしなかった昏い感情が湧き上がる。羨望と嫌悪。それは最早異種である、と――

 

『いえーす。大気を圧縮して弾丸にするのが僕のエフェクトさ。でも、なんか毒のある言い方だなあ。傷ついちゃうよ……お兄さん、ひょっとして差別主義者?』

 

 お道化た様子で肩を竦める小太り。這いつくばる俺を無視して摩夜の方へ歩いてゆく。意識を取り戻したのか藻掻く様に身を起こす摩夜。倒れた俺の姿を見たのか怯えた様に身を竦ませる。

 

『逃げろ、コイツは化け物(カラーズ)――』

 

 何とか押しとどめようと掴みかかった俺だったが、奴に手が届く直前、叩き付けられるような衝撃と共に弾き飛ばされてしまう。全身に激痛。(そうか――)奴の背中辺りに仕掛けられていた圧縮空気が散弾のように撃ち出されたのだ。おのれの迂闊さに臍を噛むが時すでに遅し。肋骨をやられたのか、咳に血が混じる。指一本動かせない。視界が霞んでゆく。

 

『だめだよ、お兄さん。何度もそんな言い方されると、僕も怒っちゃうからね。これは仲間が世話になった分も含めて、お嬢ちゃんに()()()()と償って貰わないとねぇ……』

 

 小太りはチラと此方を振り返って口の端を歪めて嗤った。

 

『レイト、しっかりしてよ、レイト!!』何処かで聞いたような叫びが聞こえる。

 

(おまえさ、俺の心配してる場合じゃないだろ……)他人の様な自分の思考が虚ろに響き、唐突に途切れた。力任せに何度も腹を蹴り上げられる衝撃。いつの間にか起き上がった栗毛とロン毛が憎悪に満ちた眼で俺を睨んでいた。髪を掴んで引き起こされ、頬を殴りつけられる。

 

『ふざけやがって。只で済むと思うんじゃねえぞ?』

『ここでアイツが輪姦(まわ)されるのを見てろよ、ナイト様♡』

 

 倒れた摩夜の方を見て卑猥に笑う男達。俺の行動は結局三人の獣欲に油を注いだだけだったのかもしれない。視界の片隅。摩夜に躙り寄る男達。路面にへたり込む少女の赤いセーター。それが古びた街灯に照らし出された色の無い空間に、妙に鮮やかに映った。

 

 ――体内のナノマシンがボロ雑巾のようになった俺の身体に無駄に意識を繋ぎとめる。

 

『や……めろ……』微かに絞り出す制止の声。しかしそれは誰にも届かない。あの雪の日に刻み付けられた無力感が蘇り、俺の虚ろを満たしてゆく。それと同時に、ぷつりと糸が切れたかのように俺の意識は薄れていった――

 

 

 呆けた様にソファに座り込む。「……また、かよ」まだ痛む頭を抱え、俺は俯く。

 

 ()()()と同じだ。学徒兵になったのに何も出来ない、無力なままの自分。操縦士用のナノマシンは機体制御と生命維持に特化されたもので、ああいった野蛮な事(ケンカ)の役には立たない。しかし、だからといって襲われる少女を目の前にして何も出来なかった事への言い訳にはしたくなかった。

 

(あいつ、どうしてるだろう?)昨夜、知り合ったというより()()した少女――摩夜。無邪気とも言ってよい屈託のなさ。無垢であどけない幼い顔立ち。

『それがどうしたっていうのさ?』あっけらかんと俺のコンプレックスを否定したあの笑顔。

 

「くそっ……」爪が手の平に食い込む程に拳を握り締める。

 

 気絶した俺が此処に運び込まれているという事は、何者かが助けに入ったという事だ。もしかしたら摩夜も無事だったかもしれない、という楽観を俺はかぶりを振って否定する。

 覆い被さる肥え太った影。細い腕を押さえつけられ、暴れた拍子に跳ね上がる白い脚。たくし上げられたセーターから可愛らしい下着に包まれたバストが零れ出る。絹を裂くような悲鳴。

 

 あの状況で直ぐに憲兵が駆けつけたとしても、摩夜が()()だったとは到底考え難かった。あの無垢な少女が汚されたのだ。あんな連中を護るために俺達学徒兵は……死んだ佐塚は……皐月さんは戦っていたのか。そう思うと俺の心にどす黒い感情が湧き上がってくる。

 

「……シャワーでも浴びるか」溜息を吐くとそう独り言ちる。ここで一人陰鬱な気分に浸っていても何も変わらない。俺は戦慄く脚でなんとか立ち上がると、バスルームへと向かった。

 

 

 学徒兵用に軍が買い上げた物件の一つである俺の部屋は元々家族用のものだったらしく、安価な家賃の割には一人暮らしには勿体ない程ゆったりとした造りとなっている。

 広めの脱衣所で服を脱ぎ捨て、自動洗濯機に無造作に放り込む。汚れた制服はクリーニングに出すしかないだろう。予備の物を後で出すか――

 

 そう思案しながら浴室のドアに手をかける。中から水の音が聞こえていた。(あれ、締め忘れてたのか?)混濁した思考のまま、漠然とそう思い、ドアノブを捻る。

 

 ドアが開くと浴室から濛々とした湯気が流れ出し、それが晴れると降り注ぐシャワーを浴びる白い影が浮かび上がった。「~~♪」浴室に反響する能天気なハミングが耳朶を打つ。

 

(え……?)疚しさを押し殺し、俺はその影をまじまじと凝視する――

 

 温水が滴るユニットの床に女性の素足が映っていた。キュッと引き絞られた足首から続くすらりとした脹脛、そして膝の上の健康的な太股。形の良いヒップに適度に括れたウエスト。小柄だが理想的なラインを描く肢体。

 濡れた白い髪を掻き上げ「ふぅ……」と息を吐く女性――白い髪の少女。シャワーを止め、軽くかぶりを振ると真珠色に輝く髪から飛び散った水滴がユニットの照明に煌めく。上機嫌で、鼻歌交じりに振り返る。細い肩と、その下で息づく豊かなバスト。スタイルの割に幼く見える顔立ち。

 

(八咫之……摩夜……なのか?)

 

 扉を開けようとする摩夜だが、締まっている筈のドアは既に開け放たれていた。戸惑いながら扉の先に視線を向ける。そこには間抜けな顔をして突っ立っている裸の男――つまり俺が居た。

 

「……?」キョトンと俺を見詰める蒼い瞳。それが震え、見開かれる。

 

「レイ……ト?」形の良い唇が俺の名を呟く。

 

(あ、この展開は――)頬を襲うであろう衝撃に耐えるべく身構える。しかし――

 

「目を覚ましたんだね。ボク、心配したんだから!」あられもない姿で抱きついて来る摩夜。

 

「おい馬鹿、やめろ――」予想外の行動に狼狽えた俺は、痛烈な摩夜のタックルを受けて仰向けに転倒する。押し倒すような姿勢で俺の上に覆いかぶさる摩夜。「きゃん」ムニュッとした柔らかな感触。抱き合うように絡まる裸の男女。ぱっと見色々大変な……いや非常に不味い状態だ。

 

「すまんが、早く退いてくれ……」

「う、うん。――あれ? なんか硬いのが」

「それは生理現象だ、触るんじゃないっ!」

 

 大騒ぎをしつつ、辛くも摩夜の身体を引き剥がす。「む~、レイトのエッチ」憮然とする摩夜。

 

(誰のせいだよ)俺は心の声を押し殺してバスタオルを放ってやる。無事だったのか、それとも気丈に振舞っているだけなのか。チラと盗み見た表情に陰りが無い事にひとまず安堵する。

 

「お前は……」そこまで言いかけて俺は躊躇う。あの後どうなったのか。それは場合によっては許されない質問だ。回れ右をした俺の後ろで身体を拭い、衣服を身に着け始める摩夜。どう声を掛けて良いのか……気まずい雰囲気が辺りを覆う。

 

「お前、あれから――」意を決して尋ねかけた時。……ぐう、と俺と摩夜のお腹が鳴った――

 

 

 ――そんな訳で、俺は久しぶりに一人分ではない朝食を作る事になる。

 

 とはいっても学生の朝食など多可が知れたものだ。卵料理にサラダ……そしてトースト。卵は摩夜の希望でスクランブルエッグにする。後はカップにお湯を注いで完成のインスタントスープ。

 

「レイト、料理得意なんだね。きっといいお嫁さんになれるよ~」

 

 そんな料理をさも美味しそうに食べる摩夜。よく考えたら昨夜から何も食べていないのだ。余程お腹を空かせていたのかもしれない。

 

「黙って食べろ。それと少しは遠慮するように」

 

 小柄な体の何処に入るのか。一斤丸ごと食べかねない勢いに苦笑するが、ここまで喜んでもらえると悪い気はしない。島に居た頃、漁で家を空けることの多い都筑(つづき)の両親の代わりに、俺があいつの朝食を作ってやっていた事を思い出す。そのうち何故か陽ヶ崎(ひがさき)も家で一緒に朝ご飯を食べるようになって――そんな追憶に口許を綻ばせる。

 

「あー、ボクの事、大喰らいって思ったでしょ?」

「違うのか? ならもう片付けるが」

「ゴメン、もう一枚……」

 

 やれやれと肩を竦め、焼きあがったトーストを渡すと満面の笑みを浮かべる摩夜。それを食べ終えてようやく人心地付いたのか、摩夜は食後のコーヒーを啜りながらペコリとお辞儀をした。

 

「ありがと、レイト。ボクを助けてくれて、ホントにありがとう」

「助けてなんかいないさ」

 

 苦い思いを胸に俺は俯いた。嘘偽りなく、礼を言われる事なんてしてはいなかったから。罪悪感が溢れ出し、俺は摩夜の顔を見ることが出来ない。そんな俺に対し摩夜は大きくかぶりを振ると、

 

「そんな事ないよ。レイトは、あの三人組からボクを逃がしてくれた。でなきゃボク、今頃どんな酷い目に遭っていたかわからないもん」

 

 頬を赤らめてそう言う摩夜。(どういう事なんだ?)俺は訝しむ。あの時、摩夜は――

 

「お前、大丈夫なのか?」恐るおそる尋ねてみる。

 

「えっ、何が?」首を傾げる摩夜。「それより、レイトの方が心配だよ。此処に運ぶ時、もう死んでるかと思ったもの」

 

「勝手に殺すな。ナノマシン処置を受けた奴は喧嘩(あの)程度じゃ死にはしないんだ」

 

 彼女が嘘を言っているようには思えなかった。俺は痛みの中で幻覚を見ていたというのか。

 

「…………」口を開きかけ、押し黙る俺。摩夜は今、昨夜と同じように笑っている。

 

「それならいいさ。ところであの後どうしたんだ?」話題を逸らすと俺は別の疑問を口にした。

 

 俺を此処まで運んだのは摩夜だというが、三人組はどうなったのか。無難に考えるのなら摩夜が憲兵を連れて来たのだろう。しかしその場合、喧嘩両成敗という形で俺も摩夜も間違いなく昨夜は詰所に招待されている。

 

「それは、その……」歯切れ悪く口籠る摩夜。

 

 と、その時。インターホンから冷たく響く男の声が聞こえた――

 

 

『八咫之大尉、お迎えにあがりました。任務を放り出しての社会見学は楽しめましたか?』

 

 悪戯がバレた子供のように身を竦める摩夜。

 

(誰だ……それに摩夜が大尉だって?)

(ボクのお目付け役って所かな。昨日はひと悶着あって逃げてたんだ。どこかに隠れようとしてたらアイツ等に声を掛けられて……あ、大尉ってのは本当だよ。軍人って訳じゃないけど)

 

 ひそひそと事情を説明する摩夜。焦れたのか玄関の呼び鈴の音が鳴り響く。

 

『すみませんが、鍵を開けて貰えますかね。()()()()はしたくないんですよ』

 

(手荒な事って何だよ?)選択肢など無いという形の依頼。苛立ちを覚えながら、俺は玄関へ向かうと鍵を開けた。古びたドアの軋む音。身を固くする摩夜。部屋の外には特徴の無い顔立ちの初老の男が立っていた。聖者をシンボルにしたエンブレムを飾り気のない白衣の胸に着けている。

 

「まったく、大尉の()()()をする私の立場も考えてくださいねぇ」男は大仰な仕草で俺達に辞儀をすると、丁寧だが毒のある物言いで摩夜を責めた。

 

「解ってる。もう“機関”には迷惑はかけない。約束するよ」

「そう願いたいものですねぇ……」

 

 感情の火が消えた声で謝罪する摩夜を、爽やかな声で煽る。(“機関”……?)事情はともあれ陰湿に少女を詰る男に俺は嫌悪を隠せなかった。

 

「おい、アンタは何処の何方様なんだよ? それに、こんな子供が大尉殿とか冗談キツイぜ?」

 

 自然、刺々しい口調となる。それに対し男は慇懃な態度を崩さずに、

 

「これはご無礼を致しました。私は諸角(もろずみ)静流(しずる)。とある“機関”に属する一介の研究者ですよ」

 

 そう自己紹介をすると、諸角という男は馴れ馴れしく握手を求める。俺は沈黙を以ってそれを拒絶するが、諸角はさして気にした風も見せずにお道化た仕草で肩を竦めた。

 

「そして、そちらの八咫之摩夜さんの事ですが、彼女は十四才ではありますが正真正銘、日本国国防軍の大尉ですよ。私も属する“機関”――華那庵(カナン)から出向した“特務大尉”という形になります」

 

 意外なほどあっさりと摩夜の出自を語る諸角。華那庵――Canaan――カナン。約束の地の名を持つ“機関”に所属する少女。怪訝な表情を浮かべる俺に諸角はにこやかに笑いかけ、

 

「貴方は1023小隊隊長の神崎零斗君……ですね。お会いできて光栄ですよ。私は貴隊のファンでしてね。特に純粋種(持たざる者)たる貴方の活躍には同志一同、何時も勇気づけられていますから……」

 

「それはどうも……」諸角の言葉に妙な()を感じ、俺はぞんざいに礼を言った。

 

「ふふ、これからも期待してますよ? ……さて、大尉。時間も押している事ですし、そろそろ参りましょうか――これを」

 

 俺の嫌悪感を他所に、手にした紙袋を摩夜に手渡す。中を確かめて「あ――!」と驚く摩夜。

 

「これ、取り返してくれたんだ」

「当然です。これを失くしたら、大尉を宥めるのに余計な面倒が増えますからね」

「……ありがと」

 

 刹那、摩夜は哀しげに笑った。紙袋を抱きかかえたまま、器用に靴を履く。

 

「行くのか?」

「うん、レイトにはいろいろお世話になったね」

 

 そういってペコリと頭を下げる。「感謝しますよ」それに付き合って諸角も辞儀をした。

 

「元気でな」

「うん、レイトもね」

 

 名残惜し気に手を振る摩夜。用は済んだとばかりにさっさと歩み去る諸角。何処に行くのかを尋ねても相手が軍関係者なら無駄だろう。俺は何も言わなかった。白衣の後を追う赤いセーターの小柄な少女。その姿が階段の先に消えてゆく。

 

(もう会う事は無いよな……)それを見届けると、俺は黙ってドアを閉ざした。

 

 

 その日、俺は学校を休んだ。

 怪我の事もあるが、色々な事があり過ぎて、そのまま日常に戻れる気がしなかったからだ。

 

 昨日まで皆勤だった俺の突然の欠席に(さかき)教官は理由を尋ねたが、風邪とだけ答え、昨夜の出来事については何も言わなかった。仮にあの事件を憲兵が処理していたのなら教官は本当の理由を知っている筈だし、もし知らないのなら公にはできない類の案件、という事になるのだから。

 

 気晴らしにテレビ端末を付けてみる。画面には地味なローカル局のキャスターが映っていた。

 

 ――本日未明、咲良市港地区のマンションの一室で激しい火災が起こり、現場から三人の焼死体が発見されました。遺体は損傷が激しいものの十代後半の未成年の男性と見られ、警察及び憲兵は身元の特定を急いでいます。近隣の住民の情報によると、火災のあった部屋に兵役拒否の少年数人が住んでおり、以前から何人かの未成年の女性を監禁、映画撮影と称して淫らな行為をしていたとの事で、警察は事件性についても調査を進めています――

 

(……これ、昨夜の?)確証はなかった。しかし俺の背筋に怖気が走る。誰が俺達を助けたのか。あの三人組はどうなったのか。その答えがあの特徴の無い顔の男にある。そう確信できた。

 

 摩夜を連れて行った白衣の男。聖者のエンブレム。俺の事を純粋種と呼ぶ時の妙な熱。

 

(諸角静流……あの男は――)

 

 俺の脳裏に浮かぶ、ある団体の名。

 ()()()()――表向きは対デザイア主戦派の政治団体だが、その実態はデザイアに関わる全てを世界から駆逐すべしと唱える過激派。デザイア由来のフェリオン技術を嫌悪し、かつてマイノリティであったサーキット保持者を迫害し、今もカラーズを人間と認めない狂信的な”人類至上主義者”を含む人員で構成された結社。諸角が同盟の一員なら、摩夜に対する態度にも合点がいく。

 

 そして華那庵(カナン)という機関。研究者と名乗る諸角が所属している、という事は神聖同盟の研究施設(ラボ)だと考えるのが妥当だ。其処に所属する大尉の階級を持つ白い髪の少女。摩夜は何らかの研究の被検体なのかもしれない。

 

 そこまで思考を巡らせてかぶりを振る。俺はとんでもないことに片足を突っ込んでいる。これは一介の学徒兵が深入りすべき問題ではない。

 

 ――けれど。

 

(あいつは()()()いるのだろうか……?)摩夜の少女らしい屈託のない笑顔を思い出して俺は陰鬱な気分になった。

 

 

 次の日。登校した俺が教室に入ると、水色の髪の少女――幼馴染の陽ヶ崎菜々星(ななせ)がホッとした様子で近付いて来た。喧嘩したままで病欠して、心配をかけたと思うと申し訳なく思う。

 

「ナナセ、一昨日はごめんな」

「ううん、いいよ。それより風邪は治った?」

 

 俺が頷くと、控えめに微笑む陽ヶ崎。長い髪を束ねたサイドポニーが揺れた。

 

「よかった。昨日お見舞いに行こうと思ったんだけど、わたしもリョウちゃんも訓練で忙しくて」

「いいよ。まだ寒いし、風邪がうつったら好くないしな」

 

 昨日のことを知られる訳にはいかない。皆を巻き込みたくは無かった。そんな俺の思いを見透かしたかのように金色の瞳をすっと細める陽ヶ崎。

 

「……レイト、何か隠し事してない?」

 

心話持ち(テレパス)相手には無駄な足掻きか)俺が溜息を吐くと陽ヶ崎は、

 

「能力とか関係ないよ。レイトって嘘つくとき声が優しくなるから、すぐわかる」

 

 そう言ってクスッと笑う。要するに幼馴染補正って奴か……俺は苦笑する。そもそも陽ヶ崎の心話は相手の思考を読み取る能力ではなかった。

 

「それって、わたしたちには言えない事?」

「……ああ」

 

 躊躇いながら俺が頷くと、

 

「レイトが言わないのは、理由(わけ)があるって事だもんね」どこか寂しそうに陽ヶ崎は呟いた。

 

 若干の後ろめたさを感じつつ、俺は教室を見渡す。俺達の席、そして花瓶が片付けられた佐塚の席。そう言えば一昨日、補充人員が入隊すると都筑が言っていたが――

 

「そう言えば、新しい隊員て、どんな奴なんだ?」

 

 そう尋ねた時、教室の入り口が開き、もう一人の幼馴染が顔を出した。

 

「レイト、来たのか。具合は良い様だな。うん、それは重畳」

 

 制服を着崩した少年――都筑(りょう)は上機嫌で二カッと笑う。そんな都筑をジト目で睨みながら、陽ヶ崎は拗ねた様に口を尖らせる。

 

「リョウちゃん、あの子は?」

「今は教官と話してる。もうすぐHRだし、直ぐに来ると思うぜ」

 

 そう言って席に着く都筑。(なるほど、女の子か)俺が心の中で呟くと(リョウちゃんてば、昨日からあんな調子……だらしないんだから)憮然とした陽ヶ崎の声が聞こえた。

 

「校舎を案内していたのか、リョウ? 女にはマメな事だな」

「まあな。可愛いんだけど、なんつうか、危なっかしいんで放っておけないんだよな~」

「そうか……」

 

 鼻の下を伸ばしながら語る親友を傍目に、俺は気の無い返事を返す。危なっかしくて放っておけない奴といえば、どうしてもアイツの事を思い出してしまう。あの能天気な白い髪の少女――八咫之摩夜の事を。関わった結果、酷い目に遭っただけなのに。どうして気になるのだろう?

 

「ほら、来たぜ」教室の扉が開き、一人の少女が入って来る。真新しい咲良第Ⅱの制服を身に着けた小柄な少女。真珠の様な光沢をもった白い髪。蒼く大きな瞳が一瞬見開かれて揺れた。陽ヶ崎と都筑が立ち上がって敬礼する。胸の階級章を見れば大尉殿だ。慌てて俺もそれに続く。

 

「あ、それはいいってば」苦笑しながら敬礼を返す少女。「ボクの階級はお飾り。教室ではクラスメイトで居て欲しいって昨日も言ったでしょ。それから――」

 

 白い髪の少女――八咫之摩夜は満面の笑みを浮かべると、「レイト、また会えたね♪」そう言って、呆けた様に突っ立っている俺に臆面もなく抱きついてきた。

 

「お、おい」

「照れない照れない。何たってボクたちは一晩を共にした仲じゃない」

「一宿一飯の恩義を感じているならそういう言い方はやめろ!」

 

 困惑する俺と無邪気に喜ぶ摩夜。騒然とした教室に榊教官が入ってきて頭を掻いた。

 

「なぬ、お前、いつの間に摩夜ちゃんと……」

「レイトって大尉と、どういう関係なの――!?」

 

 憤慨する都筑と、何故か頬を赤らめる陽ヶ崎。二人の幼馴染の追及は、呆れ果てた榊教官が雷を落とすまで延々と続くのだった――――

 

 

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 □□□At that time, at that place__

 

 

『た、助け――』顔を青痣で腫れ上がらせた男がおぼつかない足取りで路地裏を駆けていた。何者かに追われているのだろうか。何度も後ろを振り返って誰も居ないことを確認すると、男は荒く息を吐きながら地面に座り込んだ。

 

『畜生、何んなんだよ、()()は……』

 

 悪態をつきながら、地面に血の混じった唾を吐く。安堵に弛む男の顔だが――

 

 男の周囲を照らす微かな街灯の光がすっと遮られた。『ひ……』男の喉が微かな音を鳴らす。逆光の中、人影が立っていた。小柄な、女性と思われるシルエット。薄闇の中、その瞳が赤く輝く。

 

 ドシャッ――

 

 ()()は手にしていた()を無造作に男の方へ放り投げる。続けてもう一つ。

 

『……ひ、ひぃぃぃ――――っ!!』

 

 男の口から溢れ出す情けない高音。それは男の心に絶望を突き立てる。

 

 柔らかいものが詰まった麻袋のようなそれから液体が滲み出し、冷たい路面を濡らしてゆく。水よりは粘度の高いその液体が、二つの液だまりを作る。どこか甘さを感じる生臭い香りと鼻をつくアンモニア臭が男の鼻腔を擽った。

 

 ――次第に目が薄闇に慣れてくる。

 

 二つの塊が落ちていた。細長いものと丸みを帯びた、臭気を帯びた肉塊。血だまりの中に転がるそれが変わり果てたヒトであることに気付くのに刹那の時間を、そしてそれが誰かなのかを認識するのには暫しの時間を、男の理性は要した。

 

『ここまで……する……か……?』やっとの事で絞り出した声。

 

 恐怖に見開かれた視線の先には人形の様に立ち尽くす少女の姿があった。着乱れた衣服が辛うじて肢体を覆い、全身に夥しい鮮血を浴びた、まるで幽鬼のような姿。その妖しさに、男は思わず喉を鳴らす。

 

 少女はゆっくりと近付いて来る。躰を覆う()()()()がはらりと路面に落ちた。それに視線を移した刹那、眼を剝き、血を吐く男。少女の細い腕が手刀で男の心臓を貫いていた。

 

『だって、キミたちは()()()()()()()だもん……仕方ないよね?』

 

 少女の抑揚のない声は届かない。既に男の身体は三体目の肉のオブジェとなっていた。

 

 クスクスと笑う声が響いた。少女は路面にへたり込むと夜空を仰ぐ。大きな()()()が震え、ポロポロと大粒の涙が溢れ出す。少女は笑いながら、肩を震わせて哭いていた。

 

『これは派手にやってくれましたね……大尉。いや、白い鴉(White Raven)

 

 突然の声に少女の瞳が赤く染まる。

 

 路地の陰から白衣の男が歩み出てきた。笑みを浮かべる長身の初老の男。

『怖い怖い、私ですよ?』鋭い視線を叩き付ける少女の裸身に着ていた白衣をかけると、男はお道化た仕草で肩を竦めた。

 

『どうして()()()を止めてくれなかったの?』擦れた呟きが少女の口から洩れる。

 

『無分別な力の保持者は悪です。助ける必要があるんですか?』何を今更と言った風に答える男。

 

『そもそも、何故あのような事態になっていたのですか? 貴女は()()ですが、最初から対処していれば()が酷い目に遭わずに済んだものを……』嬲るような男の言葉。

 

()()()振舞っても、貴女の本質は変わりませんよ。己が存在理由(raison d'etre)を弁えなさい』

 

『…………』俯き、唇をかみしめる少女。

 

『何れにせよ、貴女には更なる()()調()()が必要……ですね』

 

 コクンと頷く少女。男の手が白い髪に着けられた武骨なアクセサリーに触れると、仄かに緑色の燐光が辺りを照らす。すると少女はピクンと反応した後に声も無く冷たい路面に崩れ落ちた。その肢体を軽々と抱き上げる男。その背後に何人かの目立たない容姿のスーツ姿の男達が立っていた。

 

『主任、如何いたしますか?』スーツの男達のリーダー格が男に指示を仰ぐ。

 

『手段は問わず隠蔽を徹底。“鷹月”や“老人”に気取られる事だけは避けろ。警察や憲兵には私が手を廻しておく。それからダボ鯊(メディア)連中には()()()な情報をくれてやれ』

 

 少女と話す時とは違う、冷徹な声音。スーツの男達は一糸乱れぬ敬礼をすると行動を開始する。

 

『レイト……』微かな寝息の中、少女が囁く。あどけない顔に儚げな微笑みを浮かべて。

 

『ほう……』それを聞いた男の口許が僅かに吊り上がった。

 

 レイト……確かあの少年の名は神崎零斗……と言ったか。欠落者とされながら、それ故に戦術人形を駆る少年操縦士の一人。立派な事だ。だが男の興味は彼の()()()と神崎という彼の()にフォーカスされる。『そう繋がるとは……』無垢な少女の寝顔を前に、ククっと男は嗤う。またとない獲物を得た肉食獣のように。特徴の無い貌が歪み、心からの喜悦が広がってゆく。

 

『これは天祐というモノですかねぇ。感謝しますよ、()()?』天を仰いで嗤う男。それはやがて哄笑へと変わり、夜の路地に狂気となって響き渡った――――

 

 

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