TIGHTROPE~Broken dolls of the fallen.   作:信濃 一路

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Episode3 故郷 ~ Where I'll be back someday

 

「うー、こういうのって苦手だなあ。暗いし、狭いし、空気は悪いし……」

 

 旧時代の原子力タービンが駆動する重低音が響く。薄暗い照明に照らされた艦内通路を歩きながら、白い髪の少女は不満そうに口を尖らせていた。実際に苦手なのか何処となく顔色が悪い。それを見た水色の髪の少女がクスッと笑う。

 

「大尉にも苦手なものがあるんですね」

「そりゃ、あるよ~。ナナセだって……例えばお化けとか怖いでしょ?」

 

 同意を求めるように水色の髪の少女――陽ヶ崎(ひがさき)菜々星(ななせ)に迫る白い髪の少女――八咫之(やたの)摩夜(まや)。その必死振りを見て、長い髪を()()()にした少年が思わず吹き出した。

 

「お化け……ナナセが……」

「なにが可笑しいのさ、リョウ?」

 

 やがて腹を抱えて笑い出した少年――都筑(つづき)(りょう)を憮然たる表情で睨む摩夜。

 

「リョウちゃん、笑い過ぎ……」そう言って陽ヶ崎が都筑のおさげを引っ張る。

 

「――――っ! 馬鹿力で引っ張るなっ!」大袈裟に痛がりながら陽ヶ崎を睨む都筑。

 

「髪が邪魔なら素直に切ったら、リョウちゃん?」

「うるさい、長髪は俺のポリシーなんだよ」

「男がおさげにしても可愛くないよ」

 

(また始まったか――)あの二人の何時もの遣り取り(レクリエーション)。俺は肩を竦めるとそんな二人を放置して歩を進める。都筑が髪を伸ばしてる理由を俺は知っていた。陽ヶ崎の想い、そして俺の気持ち――

 

 少し気圧の高い通路に騒々しい足音が響く。それが誰なのかは振り返らずとも分かった。学徒兵の制服の短いスカートを意に介さずに駆けて来る摩夜。

 

「ちょっとレイト。どうして先に行っちゃうのさ?」

「艦内は静かに歩け。作戦行動中……ですよ。大尉殿」

 

 小学生と言っても通じるような背丈は妖精の様でも、豊かな胸に着けられた階級章は現実のものだ。国防軍特務大尉。だがそう呼ばれる事を摩夜は嫌っていた。

 

「はぁい。でも、何であんなに笑ったの? リョウは」

 

 好奇心旺盛に俺に尋ねる摩夜。この隊に所属してはや二週間、こいつは俺達について何にでも興味を示してきた。学校生活や、趣味、そして島での思い出。一度こうなったらこちらが答えるまで質問が終らないという事を俺は身を以って知っていた。

 

「お前がライオンに肉は嫌いだよね、なんて質問をしたからだ」

 

 いつも通りの口調でそれに応える。

 

「ライオン……? もしかしてナナセって」意味を把握して、摩夜の顔が青ざめた。

 

「あいつは怖い話……ホラーとかオカルトが大好きなんだよ。確かラヴ〇ラフトの全作品を読んでるくらいだから。下手にスイッチが入ると一晩中語られる羽目に合うかもな……」

 

「そ、そう。貴重な情報提供、感謝する……」妙に硬い口調で意味も無く敬礼をする摩夜。

 

(なるほど……)これは良いことを知った。傍若無人なコイツにも弱点はあるって事だ。俺は悪い笑みを浮かべ、

 

()()()()()、興味がおありでしたら、俺からナナセに伝えておきますが――」

 

 俯く摩夜に、ワザと慇懃な口調で尋ねる。

 

「ホラー映画とか結構媒体で持ってるから、恐らく()()したものを貸してくれますよ?」

 

「……い……」絞り出すような声。細い肩が震えていた。

 

 果たして俺は過ちを悟る。そして次の瞬間――

 

「嫌ぁぁぁぁぁ―――――――――――!!!!」

 

 鼓膜を破るかのような大音量の悲鳴。

 それが俺たちの乗る艦、日本国防軍()()()()()()“オトヒメ”の艦内に響き渡り、それに反応して非常警報が鳴り響いた。騒然とする艦内。駆けつけた都筑と陽ヶ崎が顔を見合わせて溜息を吐く。

 

神崎(かんざき)零斗(れいと)准尉、及び八咫之摩夜大尉。至急、指令室に出頭を。……とっとと来い、頼むから』

 

 間を置かず、俺と摩夜を呼ぶ(さかき)指令の苦虫を噛み潰した様な声が艦内放送で流れた――

 

 

「二人とも、何故ここに呼ばれたのか分かっているよな?」

 

 ボサボサに伸ばした髪を掻きながら、俺達“鉄屑(Scrap)”の指令である榊泰吾(たいご)中尉――いや昇進して今は大尉――は、ぼやく様に言った。無精極まりない格好と仕草なのに何処となく様になって見えるのは、歴戦の勇士の貫禄か、円熟された男の魅力か。いや、単に地が良いからなのかもしれない。

 

「ボク、悪くないもん。レイトが悪いんだ」

 

 指令に対する言動としては不敬もいい所だが、名目上は同階級であることもあって摩夜は不貞腐れた様に呟く。じろっと榊指令の視線が俺を射貫いたが、俺の責任にされても困る。

 

(これでも大分マシになったんだよな……)榊指令の昇進は大尉である摩夜を指揮下に置く必要があるからで、あの研究者――諸角(もろずみ)静流(しずる)が国防軍に働きかけたからだという。神聖同盟の()なのだろう。過日の事件の結末を思い起こし、俺は背中に冷たいものが流れるのを感じていた。

 

「あのな、誰が悪いとか関係ない。榊指令が言いたいのは作戦行動中の潜水艦内で大声を出すとか、常識を考えろって事だよ。そうですよね、指令?」

 

 言外に俺は悪くない、という想いを込めて摩夜を窘め、俺は指令を見やる。だが指令はかぶりを振ると大きな溜息を吐いて、

 

「で、その大声を出させたのは誰なんだ、神崎准尉?」と、慈悲も無く俺に尋ねるのだった。

 

 

 一通りの訓示という名の説教を受けた後、摩夜は指令室を退出した。豊かな胸を張って、正義は我にありといったドヤ顔で。それを見送り肩を竦める榊指令に合わせて俺も溜息を吐く。

 

(あれじゃ大尉とは……いや学徒兵にすら見えないよな。()()

 

「まあ、座れ」指令は応接用のソファに腰を掛けるとポケットに忍ばせたミニボトルをラッパ飲みし、どうだとばかりに別の瓶を俺に差し出す。

 

「俺は未成年です。それに今は任務中なのでは?」流石に呆れて俺がそう言うと、

 

「エナジードリンクだ」そう答えて榊指令はソファにだらしなく凭れ掛かる。そう言えばアルコールの類の臭いはしなかった。少しだけ安堵し、キャップを取ってボトルの中身を口に含む。

 

 ――次の瞬間、俺は思いっきりむせた。

 

「――――!? 何なんですか、これは?」激しく咳き込みながら指令に瓶の中身を問い質す。

 

 口の中に拡がったのは強烈な甘さと苦さが混然一体化した、まるで砂糖の入ったコールタールのような味……というより刺激だった。

 

「身内に健康飲料を作るのが趣味な奴がいてな、試作品を貰ったんだ。……で、駄目か?」

「これじゃ健康どころか糖尿になりますよ……」

 

 差し出されたコップの水を飲みながら率直な感想を言うと、指令は苦笑して頬を掻いた。

 

「貴重な意見、ありがとな」テーブルの上のポートレートを手にしながら礼を言う指令。チラとそれを盗み見ると、そこにはまだ髭を生やしていない十代の指令と小学生くらいの()()の髪をした女の子が写っていた。背景の見事な日本庭園は指令の実家だろうか?

 

「もしかして、妹さんですか」

「ああ、祥子(しょうこ)っていうんだ。可愛いだろ?」

 

 そう自慢げに紹介する指令。写真を良く見せてもらうと、吊り目気味の、勝気そうな印象の女の子だ。長く伸ばした髪と、はにかみながら指令の腕にしがみ付いている姿が、確かに愛らしい。朧気に見覚えがある様な……そんな気もするが、記憶違いだろうか?

 

「今年、鷹月の高校に入るって話だ。ま、お前には()()()がな」

 

 ――妙な圧を感じ、俺は慌てて熟視していた写真を榊指令に返すと、

 

「話だ……って最近逢って無いんですか、祥子さんと?」最近の写真が無い事に違和感があった。

 

「ああ、俺が軍に入ってから、ずっとな。もう十年になるか――」

 

 少しだけ寂しそうに笑う榊指令。そう言えば俺は指令の事を詳しくは知らなかった。同門の師兄であり国防軍の元エースパイロット。そんな表向きの事しか知らない。この人にも今の俺達のような時間があった筈なのに。

 

「俺の親父は所謂政治家って奴でな。萩野(はぎの)利三(りぞう)……って知ってるか?」

 

 知っているも何も無い。陽ヶ埼流の高弟の一人にして言わずと知れた与党の最大派閥を率いる次期首相の最有力候補だ。タカ派として知られているが神聖同盟とは距離を置くバランス感覚の持ち主で、恵まれた体躯とルックスから若者や主婦から絶大な人気を誇っている。

 

「そんな偉いさんの息子が、末端の軍人なんてやってれば、そりゃ引くわな?」呆気にとられる俺を見て榊指令はうんざりした様な溜息を吐く。

 

「親父は当然のように俺を後継者に、と考えていた。だが俺は、学徒兵時代に()()()に出会っていた。漆黒の機体を駆って敵を駆逐する英雄。それに魅せられて俺は軍を目指した。理由にしちゃ結構()()だろ? 親父とはその時に大喧嘩をして、俺は萩野の家を勘当されたって訳さ――」

 

 事も無げに語る指令の声音に滲む憧憬の色。(また、あいつか)心の漣を、俺は仕舞い込む。

 

「……では指令の“榊”という姓は?」

「お袋の旧姓、だよ。もう死んじまったけどな。――それは兎も角」

 

 榊指令は雑談は此処まで、と責任者の表情で俺を見やった。

 

「八咫之の事だ。諸角主任から一応の説明は受けているが、隊長のお前が気付いた点も聞きたくてな。作戦迄には隊員の正確な情報を得ておきたいんだ」

「隊長っていっても俺よりアイツの方が階級は上ですよ。准尉なんて下駄を履かせて貰っても」

 

 指令の昇進に合わせた様に、俺は無階級の学徒兵の原則を外れて国防軍准尉を拝命していた。これも諸角の差し金なのだろう。ある意味学生という国に守られる身分から、形式とはいえ軍人という護る立場へ。あの男としては関わってしまった俺を監視下に置いておきたいのだ。

 

「まあな、しかしお前は隊長だ。どんな命令も俺から出た事にすればいい。責任は俺が取る」

 

 そう言って頼もし気に胸を叩く榊指令だが、

 

「……で、どうなんだ? なんでもあの子を()()()()()そうじゃないか? 神崎……お前は奥手と思っていたが、なかなかどうして……お兄さんは嬉しいぞ」

 

 そう言って急に絡んで来る。鼻腔を刺激するアルコール臭。見れば指令の手にしているボトルはいつの間にか()()に換わっていた。

 

「それは関係ないでしょう? 俺は、別に……」

「いいから話せ。これは指令からの命令である――」

 

 公私混同じゃないか。俺は目の前の()()()()に溜息を吐くと、あの晩の出来事を語った。それと同時に摩夜が隊に加わった二週間前を思い起こすのだった――

 

 

 真珠色の髪を持つ、どう見てもカラーズにしか思えない摩夜が“鉄屑小隊(Scrap Doll)”に入隊することを知った時、俺は驚きを隠せなかった。

 

 何故なら人型戦術兵器(タクティカルドール)の小隊である“鉄屑”には、普通の学徒兵が入隊することはできない。俺や都筑のようなサーキットを持たない、俺たちの世代では稀少となった者だけが、ナノマシン処置を受けて操縦士となることが出来るからだ。陽ヶ崎の場合は特例で、AIとの高い親和性から機上管制官の適性を持ち、さらには俺たちと同じ隊に入りたいという強い希望を榊指令が容れたためだった。

 

 当然、俺は摩夜も管制官の候補だと思っていたのだが、榊指令の紹介を受けて教壇に立った白衣の男――諸角によってそれは否定される。摩夜は戦術人形の操縦士(ドライバー)だというのだ。“鷹月”が開発中のSSSが脳裏に過ぎるが、操縦に必要なナノマシンも既に施術済みだという。

 

『お言葉ですが諸角主任。サーキット保有者へのナノマシン施術は国際条約によって禁止されています。成功の見込みが無いという医学的見地からだけでなく、人道的な理由からも――』

 

 放課後、俺以外の隊員を帰宅させた教室。得々と語る白衣の男への嫌悪感を辛うじて堪えながら、榊指令はその事を指摘した。それに対して諸角は小馬鹿にするかのようにかぶりを振ると、

 

『その国際条約に我が国は署名していませんよ、中尉? 可能性を自ら狭めるなど愚劣な行為でしかない。確かにサーキット保有者へのナノマシン施術は困難を極めます。しかし前例はある――』

 

『光芒教団の少年兵、ですか。しかしあれは……』榊指令の顔に苦渋が拡がる。

 

 光芒教団――デザイアを浄化の軍勢と唱えるカルト教団。世界の敵となり、追い詰められた彼らが起死回生の手段として作り出したのが、サーキットを持つ子供にナノマシン施術を行い操縦士とした戦術人形の部隊だった。教団壊滅後、その()()に魅せられた各国は挙ってその研究を行ったが成功例は無く、非人道的なこの試みは禁忌として闇に葬られる事となる――

 

華那庵(カナン)野蛮な狂信者共(ルミナスソサエティ)とは違いますよ。機密故詳しくは説明できませんが、十分な研究の末に()()したのが彼女――八咫之摩夜。その()()は保証できます』

 

(完成……性能、だって?)摩夜を工業製品のように語る諸角に、俺は憤りを隠せなかった。喉から出かかった言葉を榊指令の手が遮る。

 

『差し出口、失礼いたしました。軍司令部からの命令とあらば八咫之大尉の我が隊への出向の件、有り難くお受けさせて頂きます。我が隊も前回の出撃で欠員が出た所ですので』

 

 そう謝罪する榊指令を見る諸角の口許が薄く笑う。

 

『成果を期待させて頂きますよ、()()中尉。来栖(くるす)征史郎(せいしろう)の再来と呼ばれた貴方が率いる1023小隊の活躍は、()()()も見ておられる事でしょう――』慇懃に辞儀をして教室を去る諸角。

 

『廉い挑発だな。同盟の狗が――』静まり返った教室で榊指令は吐き捨てる様に呟いた。

 

 

 次の日から摩夜を交えた訓練が始まった。

 

 諸角が言うだけの事はあり、摩夜の兵としての資質は高かった。単純な体力作りの為のトレーニングだけでなく、修練が必要な武術や射撃といった技能訓練も摩夜は易々とこなせていた。調整済みの機体がないため戦術人形による実機訓練は行えなかったものの、シミュレーターではアジャストされていない操作系で俺や都筑に後れを取らないスコアを叩きだしている。カラーズでありながらナノマシン処置が行われているのは確かだった――

 

 とある日の装甲強化服(バトルドレス)教練の時間……

 

 ――対デザイア戦においてタクティカルドールと同じくらい人類の戦術を変えた装備、バトルドレス(硬直した運用しかできない従来の機械型武装外骨格に比べ、薄い人工筋肉で全身を鎧う本装備は歩兵の戦術をそのまま取れる為、歩兵の戦闘服として瞬く間に普及した)は、操縦士の生存性を高める目的から戦術人形のパイロットスーツにもなっている。機体から脱出した場合に備え、操縦士にもバトルドレスでの戦闘訓練は必須とされていた―― 

 

『なあ、レイト。摩夜ちゃんてスゲエな……』

 

 ドレスを装着しての走行訓練。前を走る二人を見ながら都筑がポツリと囁く。俺は荒い息を吐きながらそれに同意した。陽ヶ崎は中学時代、陸上県大会の中距離距で入賞したことがある。そんな相手に苦も無く着いて行ける摩夜。ちなみに俺達は周回遅れ且つ、今も引き離されつつある。ドレス装着時ならサーキット保持者との身体能力の差は縮まるというのに、情けない限りだ――

 

『それに引き換えナナセは……』今度は陽ヶ崎を見やって嘆かわしそうに溜息を吐く都筑。

 

(何を言ってるんだ? ナナセは別に――)奴の顔をチラ見した俺は全てを悟って脱力する。

 

 遠ざかる二人の少女の対称的な曲線があった。歩兵の戦術を邪魔しないよう薄く作られたバトルドレスはどうしても身体のラインをクッキリと曝け出してしまう。装甲やハードポイントがそれを覆い隠す歩兵用ならそれ程では無いのだが、狭いコックピットに合わせて設計されている操縦士用には最低限の装甲しか施されていないからだ。

 

『ま、性格以外は皐月さんに似て来たし、これからに期待って所だよな~』

 

『お前な……』無駄とは思うが忠告しようとした時、

 

『こら神崎、都筑。気合いを入れろ。三周遅れになるぞ!!』

 

 榊教官の怒鳴る声が響く。そして後ろから朗らかな少女達の声が聞こえた。

 

『リョウちゃん、それにレイトも真面目にね。体力は操縦士の基本なんだから』

『次の訓練、楽しみだな~ ナナセから教わった技、試してみたいし♪』

 

 次の時間。格闘技訓練で俺たち二人は榊指令の許可を得た二人によって何度も道場の宙を舞う事になる。俺と都筑は早々にリタイアする羽目となり、同乗の端で組み手を行う二人の少女の姿をぼんやり眺めていた。道着姿の二人。負けず嫌いなのか、何度も陽ヶ崎に投げ飛ばされながらも受け身を取り、再び挑む摩夜。

 

『なあ、レイト。摩夜ちゃんて、スゲエな……』

 

 先刻とは違う意味の呟きが、都筑の口から零れた。黙って頷く。そんな俺達の前で、やがて陽ヶ崎の身体が宙に舞った――

 

 

(つまり俺は愚かな騎士(ドン・キホーテ)だった訳だ)あの晩のことを思い起こし、俺は苦い思いを噛み締める。摩夜が本気を出したなら、あんな三人組に後れを取る事は無かったはずだ。俺がした事は、余計な手出しをして事態をややこしくしただけなのではないか?

 

「なんだ、神崎は八咫之を助けた事がお節介だったと思っているのか?」眠たげに話を聞いていた榊指令が、薄く眼を開いていった。

 

「そりゃ、俺も男ですから……間違った事をしたとは思ってません。けれど大尉には助けなんて要らなかった筈です。……アイツも一応女性ですし、状況に竦んでしまったのかもしれませんけど」

 

 俺がそう答えると、指令は「そうだな……」と暫し考え込んだ。

 

「八咫之は相手を傷つけたくなかったのかもしれないな。弁えた相手なら実力差を見せつければ事は済むだろうが、そうでない奴には逆効果になりかねない。徹底的に叩きのめす必要がある」

 

 少しばかり過激な指令の言葉を聴き、俺は(確かにな)と思った。

 

 無分別な相手、しかもカラーズ相手には流石に手加減など出来ない。摩耶が大尉と呼ばれるに値する戦闘技術を持っていたとしても、相手を無傷で制圧することは難しいだろう。だから摩夜は逃げていた。それなのに俺とぶつかって、俺を介抱して、俺が出しゃばった結果……あの結末を導いてしまったのだ。摩耶にとって、恐らくは望まない結末を。

 

「優しい娘なんだろうな、八咫之は……」榊指令の口から気怠げな言葉が漏れた。

 

「だから八咫之は……助けようとしたお前の気持ちも……分かってる……筈……さ……」

 

 酒が回ったのか船を漕ぐ指令。磊落な外観とは裏腹の、静かな寝息が静謐な室内に響く。

 

 摩耶の加入と共に急遽決まった第十四次青巒島上陸作戦。その任に就くべく俺達はこの艦に乗っている。作戦立案を行いつつ俺達の訓練を監督したこの二週間、榊指令はほとんど寝ていなかったのではないか。その()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのに。

 

「俺が言える事ではありませんが……ご自愛くださいね、榊指令。()()()助けて頂いた御恩を、俺も、リョウも、ナナセも……まだ返せていないんですから――」

 

 ソファに身を預ける指令に毛布を掛け、俺は敬礼をして部屋を後にするのだった――

 

 

 “オトヒメ”が青巒島沖で着底待機(ボトム)に入って二日後。俺達に司令部より作戦決行の通達が下る。

 

『1023小隊各機は日没後、一八三〇を以って青巒島の南岸に上陸。交戦を避け、防衛軍の駐屯地跡に向かわれたし。本作戦の主目的は駐在部隊の、敵侵攻時の記録の回収である――』

 

 榊指令の伝える内容に、俺は首を傾げた。戦いを避ける様な作戦は今まで行われた事が無かったからだ。抑々戦術人形の巨体はこういった潜入任務に向いていない。上陸して派手に交戦して撤退する。戦争ごっこと揶揄される今までの作戦とは明らかに趣が異なる内容に、俺は諸角の……その背後の神聖同盟の思惑を感じていた。

 

(今になって情報収集か……)末端の人間が如何こう出来る事ではないが、愚痴りたくもなる。

 

 中型ピラー程度の敵戦力である青巒島の奪還が未だ成し遂げられていない理由は、国防軍の戦力不足という事もあるが、離島という地理的要因が主な原因だった。

 実弾兵器を主軸とする人類に対し、敵性機甲体(デザイア)の主兵装は光学兵器(レーザー)だ。人類側のものより優れた技術によって創り出されたそれは、大気による減衰をほとんど受けず、正確かつ強力な対空火器として機能する。その為上陸部隊は有効な航空支援を受けることが出来ない状態で、旧世紀の如き血で血を洗う上陸作戦を決行する羽目になるのだ。

 デザイア戦の切り札である戦術人形はレーザーに対し強力な防御力を持つ光学装甲(フェリオンスキン)を持つ。しかし希少となった戦術人形の熟練操縦士をこんな僻地の島に割く余裕は、防衛軍には無かった。そこで俺達のような()()()()()を操縦士に仕立て、鋭意実行中というアピールをしている――

 

「どうしたの、レイト。難しい顔しちゃってさ」

 

 艦内格納庫へと向かう俺を、緊張感の欠片も無い顔をした摩夜が追いかけて来た。

 

「作戦前なんだから当たり前だろ……」仏頂面を隠せずに俺がそう言うと、

 

「パパっと行ってデザイアをやっつけて帰るだけじゃないの? 余計なこと考えずにさ」

 

 能天気に言い放つ摩夜。思わず俺は眉間を押さえ、

 

「この鳥頭、榊指令の話を聞いてなかったのか? 出来る限り戦闘を控えるのが今回の作戦の要なんだよ。上陸ポイントは今まで侵入したことがない島の南側。正確な敵戦力の把握も出来ていないんだ。加えて施設に潜入しての情報入手……これは機体から降りての任務になる。生身での白兵戦も考えなくちゃならない――」

 

 摩夜は瞳をパチクリとさせた後、ニッコリと微笑んで、「大丈夫だよ」そう言い切る。

 

「本当に分かってるのか? タダでさえ難しい作戦なんだ。そこに余計な条件が加わっている。リスクは大きい。俺は仲間を喪うのが……怖いんだよ」

 

 そう言って俯く俺の手に、摩夜の小さな手が重なった。

 

「大丈夫。レイトならきっとやれるよ。ボクがレイトを……皆を護るから。……だってそれがボクの()()なんだもん!」

 

 眼を輝かせ、まるで決定事項のように宣言する摩夜。(役割、か)その蒼く澄み切った瞳に耐え切れず、俺は視線を逸らす。

 

「気楽に言うなっての――」そう言いかけた時、突然、摩夜の顔がつっと近付いた。

 

「……ん……」

「…………!?」

 

 呆気にとられる間もなかった。唇に重なる柔らかな感触。目一杯背伸びした身体を俺に預ける摩夜。ややあって俺から飛び退く様に離れると、摩夜は悪戯っぽく微笑んだ。

 

「……エヘ♡」

「な、何を、いきなり――!!」

「元気が出る()()()()()だよ。ナナセの読んでた漫画でヒロインの子がやってた」

 

 ナナセ、と聞いて俺はがっくりと肩を落とす。一見すると大人しい文学少女のように見える陽ヶ崎だが、俺が知る限りその趣味は結構()()()なのだ。いったい何を参考にしたのか。抑々これって俺の()()の――混乱した俺の脳細胞が盛大に空回りを始める。

 

「うんうん、元気になったみたいだね。よかった♪」

「どこがだよ。痴女か、お前は!?」

 

 憮然とする俺を他所に、摩夜は一人納得すると、

 

「そろそろ出撃の準備を始めなきゃ。先に行くね、レイト――覗いたら駄目だからね」

 

 そう言ってバトルドレスを装着するために更衣室へ駆けていく。旧時代の戦略原潜を改修し、戦術人形の母艦とした“オトヒメ”には、格納庫に仮設された男女共用の更衣室にしかドレス装着の設備は無い。隊内の暗黙の了承でその順番は女子が先、となっていた。

 

「……するかよ。兎も角、今回お前は無職(リザーブ)なんだから張り切り過ぎるなよ?」

 

 作戦決行までに搬入される筈だった摩夜の機体は、結局間に合わなかった。出撃前に諸角が苛立たし気に通信を行っていたのを見る限り、華那庵での調整が遅延していたのだろう。この作戦中、摩夜は俺の機体に同乗する。陽ヶ崎とは違って管制官適性はゼロに等しいから、正に無職だ。

 

「強調しないでよ。気にしてるんだから」口を尖らせながら、摩夜は隔壁の向こうへと消えた――

 

 

 体育館程の広さの空間に二体の巨人が窮屈そうに蹲っていた。屹立すれば全高八メートル。全身を武骨な装甲で鎧った機械仕掛けの騎士――俺達の愛機である鷹月重工製の第二世代量産型戦術人形“月神”(ツクヨミ)。第三世代量産機である“雷神”(ナルカミ)実戦配備後は大陸戦線の一線を引いた旧型機だが、国内では未だ現役の信頼性の高い機体だ。

 

 飛び交う喧騒。特殊潜航母艦“オトヒメ”のTD格納庫では今、1023小隊の戦術人形二機の発艦準備が急ピッチで進められていた。

 

「タートルⅠ、タートルⅡ、コックピットの複座仕様への換装完了」

「装備は揚陸パック。取付け、急げ!」

「今回の武装は両機ともスタンダードでいいんですね?」

 

 真剣な表情で行き交う整備員の大人たち。少し離れた待機場所でその様子を眺めながら、俺は今回の作戦の概要を頭に思い描いていた。今まで三機で行っていた上陸だが、今回は二機。交戦を避ける任務とはいえ戦力の低下は痛手だ。そして潜入任務に於いて俺と都筑はカラーズである陽ヶ崎と摩夜……二人の少女に護られる立場となる――

 

「なんだか格好悪い装備だね……動き難そう」

 

 まるで海亀のような揚陸パックを背負った機体を見て、摩夜は不満そうにしていた。

 

「しかたないよ。揚陸パックは深海の水圧から機体を護る装備なの。本来陸戦兵器のTDを水中で活動させること自体に無理があるから、この作戦では必須……上陸後はパージするから、重量は気にしなくていいんだよ」

 

 宥める様に説明する陽ヶ崎。

 

「ふーん、ボク、島へは飛んで行くのかと思ってた。確か、強襲ブースターって奴。戦術教習の時に動画で見たよね?」

「空から行くのかい? 摩夜ちゃんは勇敢だなあ」

 

 空から舞い降りる機体を身振りで示す摩夜を見て、都筑が苦笑して言った。

 

「ブースターを使っての強襲は確かに有効だけど、デザイアの主兵装はレーザーだろ? TD自体はレーザーを装甲(スキン)で無効化できても、ブースターが破壊されたら機体は地面とキスする羽目になっちまう。降下ポイントが限られる島では狙い撃ちされやすくて危険すぎるのさ。それからデザイアの動力源はTDと同じフェリオンリアクターだ。今では大気を満たしているフェリオンだけど、未だに海には殆ど存在していない。だから海中は奴らの脅威に曝されない聖域になる――それが、俺達が潜水艦を母艦にしている理由なんだ」

 

「……そういうこと。だから安全策として、わたし達は海からの侵攻を選んでいるの」

「そ、そうなんだ……っていうか、リョウってば、そんな長くて難しい台詞言えたんだね」

「…………」

 

 流石にショックを受けて肩を落とす都筑。気持ちはわかる。まあDDO(ゲーム)で得た知識だろうけど。

 

 

『作戦開始三十分前。1023小隊は総員乗機せよ』

 

 何時しか整備が終った格納庫内に、榊指令の寂のある声が響き渡った。機体脇に整列し、こちらを見詰める整備員達。「行って来ます」そう言って俺達は敬礼をすると、各々の機体へと駆けた。

 

 機体に設けられた取っ手を使い、コクピットに踊り込む。背後に気配。摩夜が後部ハッチから小柄な体を滑り込ませていた。ハッチを閉鎖。計器を確認後、コネクタのある手首をソケットに接続する。神経接続ON――全身に蟲が這いずるような悍ましい感覚。それが収まった時、俺の感覚は八メートルの機体と同化していた。

 

 フェリオン濃度が低いことを示すアラート。機体動力をバッテリーに切り替える。人工筋肉である“素戔嗚(スサノオ)の腱”が軋む音を立て、駆動する。視点が上昇。巨人がゆっくりと立ち上がってゆく。

 

「この子、レイトに凄く馴染んでるんだね」

「わかるのか、そう言う事が?」

「うん……何となく、だけどね。()()()()みたいに話しかけては来ないけど」

「エルシャ?」

「第四世代型試製人型戦術兵器“暁”(エル=シャヘル)華那庵(うち)が開発したボクの機体だよ。ボクにとっては姉妹みたいな子さ。寂しがり屋で、とっても優しい子なんだよ」

 

「そうか……」戦術人形の意思が、摩夜には分かるとでも言うのだろうか?

 

(第四世代機ねぇ……道具が意志を持つとか、非常識(ナンセンス)もいい所だよ)

 

 しかし、俺は不思議と違和感を感じなかった。物語世界(ファンタシー)から来た妖精のように奔放なこの少女と比べたら、AIが人格を持つ事などは現実的(リアル)な事象の一つに過ぎないとさえ思える。

 

(まったく、俺も毒されてるな)思わず含み笑う。戦いを前にした時の緊張感は既になかった。

 

『タートルⅠは発艦位置に移動してください。移動後注水を行います。最終気密チェック――』

 

 “オトヒメ”のオペレーターの指示が聞こえた。俺は誘導マーカーに従って機体を移動させる。連結器が脚部をロック、床がスライドして解放された隔壁の向こうへと機体を運ぶ。機体位置固定、隔壁閉鎖。アラートと共に海水が流れ込んでくる。発艦カウントダウン開始。

 

『いいか、お前ら。ややこしい任務だが、俺からの命令は一つ……必ず帰って来い、だ。後は神崎准尉の指示に従って()()()やる事。……いいな?』

 

 ノイズに混じって聞こえる榊指令の声。カウント0。通信途絶。低い金属音と共に発艦用扉(ハッチ)が解放される。脚部ロック解除。浮力を得た機体は、ふわりと床を離れた。艦を離れ、常闇の海中を浮上して行く。視覚情報は一切ない。唯一音響索敵(ソナー)が隣を浮上していくタートルⅡを捉えていた。

 

 深度五〇〇……タンクブロー、機体の浮上速度が上がってゆく。

 

 深度二〇〇で上陸ポイントへの移動を開始する。投影される海域データとソナーを頼りに海底を這うように機体を進ませる。沈船の影を回避。()()()、島を脱出しようとして沈められた船だろうか。深度一〇〇、五〇、二〇……接岸。揚陸パックをパージ。軽くなった機体を起こす。

 

「ここまでは予定通り、か」

 

 パックから解放されたセンサーヘッドが稼働し、周囲の索敵を行う。範囲内に反応なし。とはいえ機械であるデザイアに慢心という言葉は存在しない。油断すべきではないだろう。

 

『そうだなぁ。しかし基本武装(スタンダート)って事は俺もガチバトルか……』

「仕方ないだろ。二機編成じゃ遊撃で狙撃機(スナイパー)を配置する余裕なんかないんだ」

 

 都筑機――タートルⅡから愚痴めいたボヤキ。本来狙撃が得手である都筑としては、近接戦用の基本武装は不本意だろう。タートルⅢ――佐塚が居れば――その思いを俺はかぶりを振って否定する。奴はもういない。

 

砲手(ガンナー)はわたしがやるから、リョウちゃんは操縦に専念してくれればいいよ』

『あいよ。頼りにしてるぜ、ナナセ』

『……うん』

 

 すかさずフォローに入る陽ヶ崎。(ありがとな、ナナセ)そう思いつつ俺は軽く溜息を吐く。

 

 陸に引き上げた揚陸パックからアサルトライフルと高周波ブレードを取り出し、予備を背部ラッチにマウントさせる。陽ヶ崎からリアクター起動の許可を求める通信。俺は許可を出し、自機のリアクターを稼働させる。胸部の吸気口から大気が取り込まれ、()()()()()()()かのように機体の各機能が正常化して行く――

 

「へえ、ここが、レイトたちの故郷なんだね~」

 

 後部席から周囲を見回していた摩夜が感に堪えない様子で呟いた。互いに神経接続をしている為か、すぐ隣にいる様な、不思議な感覚。

 

「何もない所だろ?」無邪気な摩夜の反応に、つい皮肉な事を言ってしまう。

 

「そうなの? でも故郷ってそういう、自分にとっては()()()()()()()なんじゃないかな」

 

 そう言って寂しく笑う摩夜。「ボクには、そういうのが無いから、少し羨ましい、かな……?」

 

 故郷がない……記憶が無いのか、被検体として華那庵で生まれたのか。語られた事の無い過酷な摩夜の境遇に想いを馳せ、俺は己の思慮の足りなさを悔やんだ。

 

「それじゃ、此処をお前の故郷、って事にしたらどうだ? 俺たちは仲間なんだから」

「……ホント!?」

 

 冗談めかして言った俺の言葉に歓喜する摩夜。その反応に面食らいながらも、俺は思う。

 

(そうさ。故郷が無いのなら創ればいい。思い出が無いのなら俺達が創ってやればいい。そんな単純な事じゃないだろうけど、少なくともこの子は兵器なんかじゃないんだから――)

 

 作戦開始のアラート。二体の巨人の光学装甲が仄かに輝きを帯びる。最大駆動したフェリオンリアクターに反応して無数の小型デザイアの群れが接近して来る。何本かのレーザーが機体を捉えるが、装甲の前には無意味だ。ライフルを斉射、殲滅する。

 

「行くぞ、リョウ」

『おうよ。とっとと機密情報(お宝)をゲットしないとな……この辺りじゃあまり戦いたくはねぇし』

 

 島の南側。それは俺達の生まれ育った場所だった。遠くに陽ヶ崎神社の鳥居が見える。破壊された町並みの中には俺や都筑の生家がある筈だ。

 

『いつか、帰りたいな。皆で……』陽ヶ崎の囁くような声が聞こえた。

 

「帰れるよ、絶対に。その為にボクは居るんだからね」

「頼りにしてるよ、()()の大尉殿!」

 

 きっぱり請け負う摩夜を混ぜっ返す俺。「レイトの馬鹿……」憮然とする摩夜。果たして後続するタートルⅡから爆笑する二人の声が通信越しに聞こえた――――

 

 

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