TIGHTROPE~Broken dolls of the fallen.   作:信濃 一路

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Episode7 脱出 ~ Escape

 

 その場が凍り付いていた。俺も亮も菜々星も、そして摩夜すらまるで身動きできずにゲートから顕れた深紅の騎士を呆然と見つめていた。公女と呼ばれる皐月さん。そしてハミルトンと呼ばれるこの男。突然の事態に俺の思考も完全にフリーズしていた。ただ一つ判っている事は、目の前の騎士と皐月さんは彼らだけが理解できる会話をしているという事だった。

 

「この者たちに手出しは無用ですよ」

「――御意」

「では聞きましょう。卿自ら此処に参られた理由を」

「金の巫女姫の封印が破られたのです」

「宰相派の浸透……ですか」

「は、既にメインフレームの六割が掌握されつつあります。最早猶予は――」

「是非も無し、という事ですね。ならば自儘も此処まで。戻るといたしましょう。それではハミルトン卿、よしなに……」

 

(何なんだ、こいつは?)男の高圧的な物言いに敵愾心が首をもたげる。

 

 古めかしく威圧的な鎧を纏うこの男は抑々ヒトなのか。自分達には日本語としか思えない言葉を発してはいるものの、ゲートから顕れたということはデザイアに関係する存在に違いは無い。ならば躊躇の必要はなかった。俺はスキャニングモードを起動する――

 

「覗き見とは無作法な事だ。だが今その非礼は不問としよう」

 

 冷徹に騎士が呟く。その言葉に俺は鋭い冷気のようなものを感じた。

 

「な、なんだよ。アンタらは!?」驚愕する亮の声。

 

 振り返ると国防軍のバトルドレスを着た男達に羽交い絞めにされた遥さんの姿があった。当身を喰らわされたのか彼女の身体はぐったりと弛緩している。助け出そうと摩夜が駆け出すが、拘束する男が遥さんの喉元にナイフを突きつけると悔し気にその動きを止めた。溶けだした口元が吊り上がる――活動死体(リバーサー)

 

(しまった)俺は臍を噛む。安全のために洞窟内で待ってもらったのが裏目となった。デザイアには理性も感情もないとされるが、ヒトの殲滅という目的のためには言葉を解し策を弄する明らかな知性はあった。その気になればデザイアには転移ゲートもある。

 

「……騎士様が人質とは良い料簡だな」

「見誤るなよ、雑兵」

 

 精一杯の皮肉。だが騎士にとってもリバーサーは招かざる客のようだった。皐月さんに一礼して立ち上がると鞘より帯剣を解き放つ。

 

寄生体(パラサイト)……この国を護りし戦士の誇りを貶めるか」

『劣等種へカケル慈悲ナド不要ダ。全テハ祖国ト閣下ノ為ニ』

 

 遥さんを盾にした隊長格のリバーサーが笑う(・・)

 

『動クナ、不正因子(イレギュラー)。サア殿下、我ラノ元へ』

「なるほど。この者らと殿下の会話から人質として使えると学習したか。しかし――」

 

 話し終える前に騎士の姿が消える。衝撃音。次の瞬間、バトルドレスの強靭な人工筋肉の繊維ごと薪の様に断ち切られるリバーサーの群れ。コアを破壊され崩れ落ちる腐肉の向こうに遥さんを抱きかかえた深紅の騎士が立っていた。

 

「それが可能なのは動揺を利用できる範囲(・・)に相手が居た時だけだ。覚えておくがいい」

 

 汚れ一つついていない刃を鞘に納めると、誰に向けてか騎士は寂のある声で嘯いた。

 

「化け物だね」

 

 ポツリと摩夜が呟く。恐らく彼女には騎士の動きが見えていたのだ。燃えるような紅い瞳が畏れに揺れていた。脅迫者に一切妥協せず、完膚なきまでに粉砕する。それを躊躇わずに行えるのは狂者か強者。人質に手を掛ける暇すら与えぬこの男は真の強者なのだろう。

 

「此の位はやれたのではないか、凶鳥? 本来の(・・・)貴様ならな」

 

 騎士の挑発めいた言葉に摩夜は押し黙ったままだった。それを一瞥すると、騎士は遥さんの身を俺に預け、皐月さんの元へと戻ってゆく。形成されつつある転移ゲートの元へ。

 

「待って、お姉ちゃんをどこに連れて行くの!?」それを見て菜々星が叫んだ。

 

「在るべき処に。既にしてこのお方はお前の姉ではないのだ」断定的に騎士は告げた。

 

(どういう事なんだよ――)遥さんを人質にしたリバーサーもそれを殲滅した騎士も、目的は皐月さんという事らしい。それはどんな理由で? 一度死んだという皐月さんの身に、一体何が起きたのか? 騎士にも皐月さん自身にも問質したい事は山の様にあった。

 

 ――騎士に促され、皐月さんは歩いてゆく。形成された蒼いゲートに去ろうとしている。

 

「どうして――」強張った俺の声帯がやっと吐き出した問い。

 

 ――けれど本当に言いたい言葉は別にあった。本当はあの雪の日に言いたかった言葉。

 

「どうしてかしらね。でもきっと、これはずっと昔から決まっていた事(・・・・・・・・・・・・・)だから」

 

 ――寂しげに皐月さんは微笑んだ。言葉通りに、それが運命(さだめ)であるかのように。

 

「さっきから訳分かんねえよ。レイトもナナセも、皐月さんの事、きっと生きてるって信じてたんだ。榊指令だって。何があったのか知らねえけど、やっと会えたんだ。話せたんだ。それなのにそんなぽっと出の奴(・・・・・・)の言いなりになって、俺達を置いて行っちまうのかよ!!」

 

 声を枯らして亮が叫んだ。その飾らない言葉は俺達幼馴染全員の想いそのものだった。皐月さんが居なくなってしまう。今度こそ、永遠に。高校進学で島を出た時。つかの間の帰郷と雪の日の出陣。そして今。俺が言いたかった言葉は一つだった。

 

(行っちゃ嫌だよ――)

 

 だがそれを口にするよりも先に、皐月さんの姿はゲートの奥へ消えてゆく。それを俺達三人と摩夜は呆然と見続けるだけだった。

 

「お別れね、皆。最後に会えて嬉しかったよ――」光粒子の向こうに滲む皐月さんの微笑み。

 

 ――光が弾け門が消失する。

 

(もう置いて行かないでよ、サツキさん――)

 

 届かぬ想い。そうして彼女は俺の世界から居なくなっていた(・・・・・・・・・・・・・・)。まるで泡沫の夢幻の様に。彼女の言った虚影であったかのように。静寂が渓谷に戻っていた――

 

 

月神(ツクヨミ)・メインシステム起動≫

≪ドライバー神崎准尉とライドオフィサ八咫之(やたの)大尉の搭乗を確認≫

≪神経接続を開始して下さい≫

 

 無機的なAI音声が響く。ソケットに接続端子のある手首を挿入すると羽虫が蠢くような悍ましい感覚が駆け抜ける。鼻腔に鉄錆た感覚。起動時のお馴染みとなった儀式(・・)を経て、鋼の巨人が立ち上がる。上昇する軽いG。機体を駆動させる素戔嗚の腱(メタルマッスル)の軋む音。ナノマシンによって機体とリンクした視界にヘッドセットが投影する戦術画面が重なった。

 

「タートルⅠ、戦闘システム・オールグリーン……タートルⅡはどうだ?」

 

 周囲を見渡しながら起動に手間取っている僚機に声をかける。だが亮の返事は無かった。

 

『タートルⅡライドオフィサより報告。ドライバーとの神経接続完了……行けるよ』

 

 代わりに菜々星の淡々とした返信が返ってくる。

 

「遥さんは?」

『麻酔で寝てもらってる。対G緩和剤も投与してあるから無理しなければこっちも――』

「いや、戦闘はこっちに任せてくれ。ナナセたちは港に辿り着くことを最優先に」

『了解だよ、レイト』

 

 感情を押し殺した何時もの冷静な声音。それが微かに震えていることに俺は気付いていた。(ナナセ……)彼女の心境を想い、俺は唇を噛みしめる。

 

「リョウ、気持ちを切り替えろ。榊指令の指示した"オトヒメ"の浮上時間まで後ニ時間無いんだ。今から中型デザイアの犇めく市街を抜けなきゃならないんだぞ」

 

 人の事は言えない苛立ちが、詰るような口調となって表れていた。

 

『切り替えろ……だって? よくそんな事が言えるな、レイト』

 

 らしからぬ声音で昏く呟く亮。

 

『俺達はデザイア側の"人間"と接触したんだぜ。騎士だの公女様だの宰相閣下だの……コテコテのRPGかよ? そしてサツキさんはその仲間だった。あっち側の人間だったんだよ』

 

『リョウちゃん――』息を呑む菜々星。

 

「まだ敵だと確定した訳じゃない。お前も言ったじゃないか」

 

 胸倉を掴んで殴り飛ばしたい激情を堪え、俺はリョウを諭す。

 

『そうかもな。けどさ、昔からサツキさんて特別だったよな。美人で、カラーズだからとか関係なしに、勉強も運動も何でもできた。俺達島の餓鬼からだけじゃなく大人からも一目置かれてた。俺さ、何となく感じてたんだ。なんでこの人が俺達とつるんでるんだろって――』

 

 淡々と、愚痴めいた口調で亮は喋り続けた。そうせずには居られないのだろう。自らの心を護るためには。責める気にはなれない。けれど通信越しに微かに聞こえる少女の嗚咽。それが亮を現実へ引き戻す。

 

『――すまねえ、レイト』

「謝る相手が違うだろ?」

 

 菜々星を泣かせない事。今も昔も、それが俺達のルールだった。

 

『――ああ。ごめんな、ナナセ。お前の方がずっと辛いのに、俺は……』

『グス……いいよ、リョウちゃん。ていうか、ある意味らしい(・・・)?』

『――って、何だよそれは』

 

 何時もの調子に戻った二人がタートルⅡを起動させる。それを確認して俺はホッと息を吐くと、

 

「では任務を中断して帰投する。総員状況開始――」

『了解。道草厳禁、家に戻るまでが遠足ってね』

『もう、リョウちゃん真面目にやって』 

 

 例え痩せ我慢でも、今はそれでいい。他愛もない言い合いを放置して俺は思考アクセルを踏み込む。機体が加速し、身体がシートに押し付けられる。遠ざかる赤い鳥居。地響きを立て、二体の巨人は御山を駆け下りて行った――

 

 

「随分と大人しいな、大尉殿?」時速四〇キロ程で機体を走らせながら後部座席に声をかける。

 

 摩夜はあの騎士との遭遇の後、何も喋らなかった。押し黙ったまま道中俺達の護衛を務め、コックピットに乗り込んだ後も最低限の応答しかしていない。根拠がどこにあるのか分からない自信溢れる言動が持ち味の摩夜とは思えない態度だった。

 

(一丁前に落ち込んでるのか、コイツ?)そんなことを思いつつ返事を待つ。卓越した戦闘能力を持つ摩夜をして化け物と呼ぶ紅の騎士。奴に威圧された事を恥じているのか。そんなことを言ったら身動きすら出来なかった俺達は奴の言う通り雑兵(・・)そのものなのだが。

 

 ――凶鳥(レイヴン)

 

 騎士は摩夜の事をそう呼んでいた。()の機関というのは諸角(もろずみ)の属する華那庵(カナン)の事だろう。デザイアを嫌悪する神聖同盟に属する組織を奴は知っていた。開戦以来デザイアとの戦闘以外の接触は無い……奴らは破壊と殺戮に特化したバーサーカーである……それが世界の常識だ。それなのにデザイアと思われるあの騎士は摩夜の事を認識し、興味を持っていた。これは何を意味するのか――

 

(この戦争の根底が覆るんじゃないのか、これって)

 

 正直一介の学徒兵の埒外の事態の連続だ。早く榊指令に丸投げしてしまいたい。そんな事を考えていると後部座席からくぐもった呻き声が聞こえてきた。

 

「摩夜?」

 

 流石に気になって後ろを振り返る。すると摩夜は両手を握りしめて俯いていた。

 

「……ごめんね、レイト」

「何だよ、いきなり」

「ナナセのお姉さんともっと話せたかもしれなかったのに。ボクのせいだよね」

 

 心からの謝罪。あの時の頑なな態度が嘘のようだった。確かに摩夜の暴走によって皐月さんとの再会は最悪なものになりかけた。しかしながら戦場において軽率だったのは自分の方だ。自分の見たい現実に浸ってしまっていたのだから。そして皐月さんは――

 

「ま、そうかもな」心の内で感謝しつつ、俺は揶揄うように言った。

 

「うう……フォロー無し?」

 

 忽ち憮然とする摩夜。(それでいい。殊勝なお前は似合わないからな)

 

「当たり前だ。でもアイツからちゃんと俺を守ってくれただろ? それでチャラにしてやる」

 

 騎士の放った斬撃のエフェクト。樹々を粉砕した恐るべき一撃。あの時摩夜が突き飛ばしてくれなければ恐らく俺は死んでいた筈だ。

 

「ところでアイツはお前の事を知ってるみたいだったよな。どういう事なんだ? まさか機関(・・)は奴と……デザイアと関わりがあるのか?」

 

 話を切り替えるために俺は疑問を口にするが、摩夜は苦笑して、

 

「それこそまさかだよ、レイト。基本カラーズってだけでヒトを人間扱いしない連中だよ、カナンのセンセイたちってさ。神聖同盟にとってデザイアは絶対の殲滅対象。ま、その点だけは同意するんだけど。多分機関に潜入させた模倣義体(スパイ)とかでボクの情報を得たんじゃないかなあ」

「それじゃ凶鳥(レイヴン)っていうのは」

「……カナンではボクの事、白い鴉(ホワイトレイヴン)て呼ぶんだ。コードネームって奴? 失礼しちゃうよね。ボクには“八咫之摩夜”っていうちゃんとした名前があるのに」

 

 殊更お道化た口調で摩夜は言った。

 

「自分の名前、好きなんだな」

「当然でしょ? 親を知らないボクに、大切な人が付けてくれた名前なんだから」

「もしかして諸角主任か?」

「違う―――!!」

 

 心底嫌そうに叫ぶ摩夜。慇懃無礼な男だが流石に微かに同情する。(大切な人か――)被検体になる前の摩夜は何処で何をしていたのだろう。そんな事を思いつつ機体を前進させる。

 

「ボクには思い出がないから、それが唯一の記憶……その人の顔ももう忘れちゃったんだけどね」

「……そうか」

 

 機関の記憶操作の類だろうか。俺はかける言葉を持たなかった。

 

『そろそろ市街だよ。郊外にギガース四体、リザード八体。その他小型種多数。こちらを補足はしていないけど進路上をふさいでる』

 

 平地部に到達した地点で菜々星からの通信。対処可能な戦力だが、タートルⅡに遥さんを同乗させている以上戦闘は避けるべきだろう。ビートル等小型種のレーザーは人型戦術兵器(タクティカルドール)光学装甲(フェリオンスキン)を貫通出来ず、ギガースやリザードの速力は旧式の月神よりかなり劣る。

 

「一気に駆け抜けよう。リザードのレーザーはスモークで対処」

『ん、賛成。それに周辺の重力場異常も気になるからね』

『それってゲートが開く前触れって事かよ』

『そういう事。さっきの騎士が関係してるのかもしれない』

 

 騎士という言葉に、通信越しに苛立たし気な亮の舌打ちの音が聞こえた。

 

「どちらにしろ増援が来たら厄介だ。急ごう」急ぎ俺が指示を出した瞬間――

 

「レイト、前!!」

 

 摩夜の緊迫した叫び。探すまでもなく視界に形成されつつある蒼いゲート。その大きさは月神と同サイズのギガース用の物より一回り大きい。中央で滲む巨大な影は人型とは違う二足歩行型で巨大な尾を持っていた。それは古代の大地を支配したモノの姿――

 

「……恐竜種(レックス)」その名を口にしつつ俺は唇が戦慄くのを感じていた。

 

 数体しか発見例のない要塞級や艦船クラスに相当する大型種を除けば最強とされる中型機甲体(デザイア)。小規模なピラーからの出現は極めて稀で、俺達も一度しか遭遇したことがない難敵。その一度だけの会敵で俺達は大切な仲間を失い、敗走した。

 

『レイト、あれを見ろよ。奴の頭に突き刺さっているのは――』

 

 巨大な体躯に比しても過大な頭部が実体化する。そこにある角のような突起。

 

対装甲槍(アーマーピアッサー)のパイル……あれは佐塚(さづか)の……」

「佐塚君て、ボクの前に隊に居たっていう……?」

「ああ、佐塚篤志(あつし)。前回の上陸作戦で戦死した鉄屑(おれたち)の仲間だ」

 

 苦い記憶。立て続けに任務をこなして行く内に生まれた慢心。中型種のデザイアも問題無く撃破できるようになった俺達にとってゲートから顕れたそいつ(・・・)は毛色の違う、ちょっとしたレアキャラ(・・・・・)のように思えた。それが最強の機甲体(デザイア)である事を知っていた筈なのに――

 

『データ照合……間違いない。コイツはあの時の個体だよ』

 

 大人しい菜々星の声音に怒りが滲む。普段は指揮官機でライドオフィサを務める菜々星が体調不良で参加できなかったあの作戦。“オトヒメ”の通信席で菜々星は一人佐塚の断末魔を聞いた。

 

『ちっくしょう……あの時俺が外さなけりゃ――』

「逸るな、リョウ! 今はリベンジしてる場合じゃない」

 

 仇敵を前に身構える僚機を制し、俺は思考を巡らせた。

 何しろフル装備の実戦仕様で惨敗した相手だ。極めて強固な装甲を持ち、それでいて月神と互角の機動性を誇る。ミサイル、レーザーといった武装は持たないものの、巨大な尾による殴打は相手を錻力(ブリキ)の様に拉げさせ、巨大な咢による噛みつきは相手を木っ端のように粉砕する。物理攻撃に特化した機体性能は防御を光学装甲に頼るタクティカルドールの正に天敵と言えた。

 

『どうする、レイト? レックスからは逃げられないよ』

 

 速力が同じ相手を振り切ることは難しい。戦うのは論外だ。任務優先で汎用装備を選択したのが仇となっている。戦力は単体でも相手が上で、此方は有効な武装(アーマーピアッサー)も持っていない。まだ気付かれていないとはいえ隠れていても制限時間は迫って来る。

 

(どうする。どうすればいい?)八方塞がりで打開策は見えない。

 

 俺達鉄屑はこの島で何度も戦って来た。落ちこぼれと言われつつも何度も作戦を成功させる事で周囲の俺達を見る目を変えてきた。けれど前回の作戦で佐塚を失い、再びその敵と遭遇して呆気なく窮地に陥っている。皐月さんを連れ去ったあの騎士には歯牙にもかけられなかった。

 要するに、単に今まで俺達は運が良かっただけなんだ――

 

「大丈夫。ボクがみんなを護るから」

 

 立て続けの事態に摩耗した俺の心をあっけらかんとした摩夜の言葉が嬲る。

 

「いい加減な気休めは止めてくれ」思わず愚痴めいた悪態が零れた。

 

「気休めなんかじゃないよ。だってボクは“白い鴉”なんだから」

「それって、どういう――」

 

 どういう意味だ……そう聞き返そうとして俺は押し黙った。敢えて摩夜が嫌っている筈のその名を出すのには意味がある筈だ。白い鴉。ありえない事を示すその名。神話において零鳥、あるいは凶鳥とされる。

 

「やっぱりこの子(・・・)、レイトの事が好きなんだね。力を貸してくれるみたい」

 

 嬉しそうに摩夜は呟く。

 

(この子……俺の機体の事か?)そう言えば艦内で摩夜はそんな事を言っていた。人工知能をまるで生きた人間……友人のように捉える感性。脳裏に違和感。戦術画面にライドオフィサが神経接続を行ったという表示があった。

 

「何をする気だ、摩夜?」

 

 問質そうと後部席を振り返ると(……!?)すぐ傍に摩夜の顔があった。息が届きそうな位置に彼女の桜色の唇。そして――俺は慌てて視線を前に戻す。

 

「……バトルドレスはどうした」寄り添う摩夜は一糸も纏っていなかった。

 

「仕方ないでしょ。ここ(・・)に服を再構築する時間が無いんだもん。今の状況、解かる?」

 

 解る訳が無い。憮然とする俺。説明を求める。

 

「レイトは今、ボクを中継してこの子と接続している。だからボクが近くに見える(・・・)の」

「どうしてこんな事をするんだ? 神経接続できるならお前が操縦すればいいじゃないか」

「この子はエルシャじゃないから……きっとレイトの方が上手く動かせるよ。ボクより実戦経験は上だしね。港でギガースと戦った時の事、覚えてる?」

 

 俺は黙って頷く。機体との一体感。考えるより先に機体が敵を断っていた。もしかしたら生身で剣を振るうよりあの時の太刀筋は鋭かったかもしれない。あれならレックスにも対応できるに違いない。しかし――

 

「それで、お前は大丈夫なのか?」

 

 ライドオフィサが接続を行いドライバーの操作補助を行う事はある。だがそれは極めて短時間に限られていた。元々個人に調整されている機体に他者が接続を行うというのは、器の隙間に強引に自己を捻じ込むようなモノであり無理があるからだ。他者と機体の繋ぎ(・・)となるという摩夜の行っている接続はそれより深度が高いもので、ドライバー以上の負担がかかっているのは間違いない。

 

「言ったでしょ。ボクがみんなを護るって」耳元で摩夜は朗らかに笑った。

 

(無茶してるって事か)俺はかぶりを振って道を塞ぐレックスの威容を睨んだ。こいつを倒せたとしても残りのデザイアが襲い掛かって来る。増援も来るだろう。迎撃して港へ進むには弾薬も時間も足りない。道は二手に分かれ片方は市街へ、そしてもう一方は岬へと続いていた。

 

『どうする、レイト?』焦りを隠せない亮の問い。

 

「――よく聞け、リョウ。俺が飛び出したら一分後に港へ迎うんだ。脇目もふらず、一直線に」

 

 思ったよりも自分の声音は落ち着いていた。

 

『レイト、それって――』

『馬鹿野郎、特攻でもする気か。戦うなら一緒に――』

 

 俺の意図を察して反対する二人。それを押し留めて、

 

「遥さんを乗せたままじゃタートルⅡは戦えないだろ。これがベストな方法だ」

『けどよ――』

「俺だって死ぬ心算は無い。今まで黙ってたけど諸角主任に俺の機体へブースト機能(・・・・・・)を施してもらっているんだ。摩夜を乗せる為の改修を受けた時にな。だから心配しなくていい」

『マジかよ!? DDOじゃないんだぞ』

『……信じていいんだね、レイト』

「ああ、適当な所でさっさと逃げるさ。約束する」

 

 そう請け負って俺は通信を封鎖した。浅い噓。チクリと胸が痛んだ。

 

「行くぞ、摩夜」

「了解、ボクを好きに使っていいからね、レイト」

 

 その言い方――と叫びそうなのを堪える。意味を解って使ってる訳じゃない筈だ。兎も角、摩夜の緊張感の無さが今は逆に有難かった。前進。思考アクセルを踏み込む。加速する機体。索敵圏内に踏み込んだ事でレックスの巨体が臨戦体勢に入った。それに呼応して近くのデザイアの群れが此方へ一斉に回頭を開始する。複数のレーザー照準波を探知。

 

「スモーク射出」

「OK」

 

 脳裏に摩夜の言葉が響く前に月神はタスクを完了させていた。センサーヘッドの脇にある多目的ランチャーから煙幕弾が射出。視界を満たす白煙。その向こうから空気を切り裂く音と共に長大な質量物が横薙ぎに叩きつけられる。レックスのテイルアタック。俺は機体を跳躍させてそれを回避する。激しい上下のGに胃の中がかき回されるが、機体は驚くべき滑らかさで俺の意を反映してくれていた。

 

(これが普段サーキット保有者の見ている景色か……)憧憬と羨望。その中でもナノマシン処置まで施されている摩夜は特別なのだろう。本来相反する二つを融合させる禁忌の技術。それと引き換えに彼女は過去を失った。

 

「熱源接近。ミサイル、来るよ」

 

 後方に待機するリザートの弾幕を最小限の動きで回避しつつレックスの背後に回り込む。旋回力の低さがこの中型最強種の弱点だ。両腕で保持した高周波ブレードでテイルパーツに一撃。斬撃を弾く甲高い金属音。だが効果は薄くとも注意を引く事は出来る。案の定、回頭を終えたレックスは猛り狂ったかのように此方へ突進してきた。

 

(行け、リョウ!)心の中で叫ぶ。

 

 俺の意図したタイミングを狙い澄ましたかの様にタートルⅡが港へ向かってダッシュする。何機かのリザートがそれを察知してレーザーを放つが、未だ滞留する煙幕によって射線を逸らされ命中する事は無かった。戦術画面上のタートルⅡを示す蒼い光点が遠ざかってゆく。

 

(レイトの嘘つき。私もリョウちゃんも怒ってるんだよ。帰って来なかったら赦さないんだから)

 

 脳裏に憮然とする菜々星の心話(テレパス)が響いた。当然か。けれど、それでも従ってくれたのは俺を信じてくれているからだ。二人を裏切る訳にはいかない。レックスの突進からの噛付き攻撃をステップ回避。それと同時に俺は機体をダッシュさせてレックスの脇を摺り抜ける。

 

「よし、俺達も逃げるぞ」

「……え?」

 

 戦うんじゃないの? と呆然とする摩夜を無視して俺は思考アクセルを全開にする。出力が上がりフェリオンリアクターの吸気音が悲鳴を上げる。六〇、七〇、八〇、九〇、加速する機体。逃げる……とは言ってもそれは港へではない。それでは意味がない。反対の方向。島の岬へ。

 

「後ろからミサイル……レーザーも来るよ。避けて避けて――!!」頭の中でサラウンドで鳴り響く摩夜の悲鳴。「頭の中で騒ぐな!」遮れない騒音に負けじと怒鳴り返す。

 

(ナナセ達が帰還できれば、後は榊指令が何とかしてくれるはずだ)

 

 数キロの鬼ごっこ(・・・・)の結果、間近に迫る岬の灯台。背後に月神と同速のレックスが追い縋る。しかし鈍重なギガース、それよりも鈍足なリザードは遥か後方に引き離されていた。

 

「そっか、レイトはこれを――」

「何も相手の土俵で戦う必要はないからな」

 

 支援型との連携が無ければ前衛タイプのレックスの戦闘力は低下する。それに岬の先端は左右が海へ落ちる崖となっていて多勢の利は活かせない。此方も退路は無いが、共和国の古代の武将も敢えてこの形勢を取る事で兵の士気を奮い立たせたという。

 

「後は勝つだけだよ。やっちゃえ、レイト!」

「簡単に言ってくれる……」

 

 前提条件は整えた。後は摩夜の言う通り勝機をどこに見出すかだ。機体を旋回。思ったよりも距離を稼げている。後を追うレックスが僅かに斜行していたからだ。頭部に撃ち込まれたパイル。恐らくそれが奴の機体制御に不具合を引き起こしている。佐塚の置き土産――

 

対装甲槍(アーマーピアッサー)さえあれば――)無い物強請りだが、今は強く思う。

 

 と、同時に脳裏に過るのは榊指令が教習で何度も見せてくれた漆黒の機体の動きだった。

 最初期の戦術人型兵器(タクティカルドール)"荒神"とは思えない滑らかな動作。派手さは無いが勝利へ至る軌跡を着実に(なぞ)ってゆく直向きで迷いのない戦闘機動。そして初期型ブレード(なまくら)を用いて要塞級の装甲を切り裂いた陽ヶ埼流と思われる“鎧断ち”の技の冴え――

 

(……来栖(くるす)征四郎(せいしろう))その名を呟いたとき去来する澱固まった感情。

 

 ピラー降着から三日が経過し、最早生存者など居ないとされる青巒島に独断で隊を出撃させた墜ちた英雄。その結果、部下であった榊指令の活躍もあり俺達は助け出された。あの時感じたのは確かな安堵。けれど胸を満たしたのは島を護れなかった英雄に対する理不尽な失望と憎しみ。榊指令に助けられたのだ。そう思い込むことで彼の存在を黙殺していた。

 

 ――英雄なんだろ。俺達の島を、死んだ皆を返してくれよ!!

 

 彼に叩きつけた言葉。それは子供染みた八つ当たり。そんな事は判っていた。

 本当に言うべき言葉は言えないままに、三か月後、彼はペルシアの地で帰らぬ人となった。

 

(ただ為すべきことを成せ。大地を照らす日輪の如く――)

 

 陽ヶ埼流"陽光"の教え。理屈っぽい俺に師匠が与えてくれた言葉。蟠りを捨て去った後に残る想いが一つの形を練り上げてゆく。それは漆黒の機体の放つ只一太刀の一閃。

 

「摩夜、今からイメージする動きをトレースできるか?」

「ん、腕部と脚部に大分無茶がかかるけど……大丈夫。任せて――」

 

 気軽に請け負う摩夜だが、後部座席から聞こえる呼吸音は荒くなっていた。バイタル表示も危険域に近い。(機体を気にかけてる場合じゃないだろ)心の中で詫びつつ俺は高周波ブレードを両手持ちに構える。地を揺らし迫るレックスの巨体は僅かに右に(かし)いでいた。

 

(佐塚……)機体を反対側にステップさせる。ブレのない柔らかな足運びは摩夜の技術によるものだろう。背面へ回り込む。待ち構えたかのように旋回に合わせて振るわれるテイルパーツ。だがそれはこちらの狙い通りだった。ビルを粉砕する威力のそれを摩夜が紙一重で回避してくれる。巨大な尾が伸びきった刹那――

 

「其処だっ!!」

 

 素戔嗚の腱が軋みをあげ、機体は上段にブレードを構えた両椀を一気に振り下ろす。甲高い金属音。しかしそれは弾かれたものではなかった。テイルパーツが斬り飛ばされ崖下へ転がり落ちてゆく。バランスを失ったレックスは酔漢のように脚部を縺れさせ、反対側へと滑落していった。この辺りの海は深い。装備のない鉄の塊が水没すれば浮上することはまず不可能だろう。

 

「最強って割にはあっけないね。でも勝ちは勝ち♪」

 

 コアや動力部の破壊が困難である以上取れる戦術は限られていた。傍らで(はしゃ)ぐ摩夜を他所に俺はホッと息を吐く。"鎧断ち"……俺にも出来た。剣士でもないのに高まる高揚感。

 

「やったね、レイト……」無垢な摩夜の声が今は心地よかった。

 

「ああ、そうだな――」そう答えて摩夜の方を見る。「――摩夜?」

 

 イメージである摩夜の姿が固まっていた。笑顔を張り付かせたまま、次の瞬間、全身にノイズが走り消失する。後部座席で崩れ落ちる音。そして戦術画面にはライドオフィサが意識喪失状態であることを示す紅点の明滅。

 

月神(ツクヨミ)・メインシステムより警告≫

≪ライドオフィサ八咫之大尉の生命維持に重篤な問題発生≫

≪速やかに降機して適切な回復処置を求む――≫

 

 冷たく薄暗いコックピットに無機的な筈のAI音声が悲鳴のように鳴り響いていた――――

 

 

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