TIGHTROPE~Broken dolls of the fallen.   作:信濃 一路

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Episode8 帰還 ~ A return

 

 海からの強風が身体を激しく煽る。眼下には打ち付ける荒波。海に沈みゆく夕日の中で俺は断崖の壁面を垂らしたザイルを辿って慎重に降りていた。

 背に背負う少女の重み。それは驚くほど軽く、背中越しに伝わる鼓動は儚く弱弱しかった。

 

(摩夜、ごめんな……)こうなる事は薄々気づいていた。だが強敵を前に彼女に頼る以外に術はなかった。隊の生存を優先した結果、彼女は倒れた。

 

 長時間の逃走と生兵法による"鎧断ち"で被った機体の関節部の損耗は著しかった。コックピット内に居れば小型デザイアから身を護る事は出来るが、もし中型種に襲われたなら満足に動けない機体に乗っているのは寧ろ危険だ。何より摩夜を休ませなければ……一刻も早く横になれる安全な場所に移動する必要がある。その為に俺は機体灯台跡に隠し、登山家の真似事をして岬の崖を降りている。皐月さん(・・・・)の話ではそこに彼女らが身を潜めた洞窟がある筈だった。灯台跡で見た防衛軍と思われるバトルドレスを着た白骨。だとすれば其処には――

 

「……ッ……」

 

 カラカラと音を立てて足を掛けた岩から小石が転がり落ちてゆく。海抜五〇メートル程の崖の下はレックスを飲み込んだ深い海だ。潮流も早く、バトルドレスを着たままで滑落したなら自分達も奴と同じ運命を辿るだろう。焦りながらも慎重に降りる。データによれば本来洞窟までは国防軍の設置した桟道が設けられていたようだが、追っ手を阻むためかそれらは全て消失していた。

 

(ん? 此処か……)漸く右方向に口を開けた洞窟を発見する。突き出た岩を手探りして横移動していく。ロッククライミングの経験など無い俺だったが、バトルドレスの筋力補正のお陰で左程苦労することなく入り口に到達する事が出来た。踏みしめる地面の確かさ。安堵の余りへたり込みそうになる脚を叱咤して踏みとどまる。周囲を見渡すと少し奥に閉ざされた隔壁があった。

 

「……ゥ……ン……」

 

 苦し気に魘される背に負った少女。幸い呼吸はしっかりしている。恐らくこの症状は神経接続による脳疲労の蓄積によるものだろう。サバイバルセットのエアマットを展開し、その上に摩夜を横たえる。心成しか彼女の表情が和らいだ気がした。

 とは言え問題は此処からだ。兵士としての身体能力飛躍的に高めるバトルドレスだが、全身を覆う人工筋肉の繊維はお世辞にも着心地の良いものとは言えなかった。有体に言えば全身に強化ギブスを装着しているようなモノで、寝衣(パジャマ)には全く適さない。教習でも傷病者からはは速やかに脱がすよう教わっている。

 

(要するに役得って事だろ?)亮が戯けたことを言ってるような気がするのを心の中で締め上げて、菜々星にジト目で睨まれているような居心地の悪さを感じながら、摩夜の襟元のファスナーを引き降ろす。別にコイツの裸を見るのは初めてじゃない――胸元を開けると小柄な肢体に不釣り合いな豊満なバストが零れ出る。だが次の瞬間俺は呪いの言葉を呟かずにはいられなかった。

 

 ――鳩尾から腹部にかけて刻まれた幾つもの施術痕。

 

 それは再生治療によって目立たなくなっているとはいえ、新しいものはまだ生々しい赤みを帯びていた。シャワールームでは湯気で気付かなかった、摩夜の過去に刻まれた爪痕。本来なら相反するサーキットとナノマシンを併用させた理想の兵士(ブーステッド)を生み出す為の妄執の烙印。

 

(どの口が言いやがる……)我々は野蛮な光芒教団(ルミナス)とは違う――抜け抜けとそう言った諸角に対し言いようのない憤りが込み上げてくる。

 

……ない……で……」微かに漏れる囁き。

 

ボク、頑張るから……皆を護れるように強くなるから……だから……置いてかないで……

 

 お決まりな摩夜の台詞。俺はその原風景に想いを馳せる。

 そこに彼女自身の意志はあると言えるのだろうか。他者の願望を叶えるだけなら、それは最早呪いと同じではないか。何故そんなモノに直向(ひたむき)になれる? 

 千々に乱れる思考。それを押し殺して、俺はマニュアル通りに淡々と摩夜の介抱を続けた――

 

 

 ――遠くで日暮れを告げるカラスの鳴き声が聞こえた。

 

 薄暮の道を歩きながら、この時の僕は途方に暮れていた。既に二時間は歩いている。けれど目的の場所には一向に辿り着けずに居る。当然だろう。何処に行けばいいのか、僕自身がそれを分っていないのだから。

 季節は秋。鶴瓶落としの様に海へと沈んでゆく太陽。刻々と夜の闇が迫る中で、焦りと心細さが僕を満たしてゆく。

 

 あれは僕の七回目の誕生日の事だった。お祝いの本土へ旅行の約束。それが急な仕事で中止になって僕は不貞腐れていた。文句を言ってやるんだ。そんな想いでこっそり家を抜け出した。

 

 僕の父さんは軍属の研究者でシベリアの任地から久し振りに帰国したばかりだった。典型的な研究者気質で、軍に協力していたのだって直にデサイアの技術に触れられるからというのが主な理由だという。不愛想な事もあって生まれ故郷だというのに島では煙たがられていた。そんな父さんが後に開業医として島の皆から頼られる事になるのは以外と言う外ない。

 

「父さんの馬鹿……」鼻を啜りながらポツリと呟く。

 

 僕も正直苦手だった。それは今でも。けれど父親から旅行に誘われたのは素直に嬉しかった。それを反故にされたのが裏切りに感じたのだろう。触れ合う機会が少ない親だったから余計に。

 

(何処だろう、迷っちゃったのかな)

 

 ふと気づけば辺りは薄暗い森となっていた。青巒島は島とは言えそれなりの広さはあった。子供にとっては世界そのものと言えるほどに。子知らぬ土地に投げ出され、心細さは恐怖へと塗り替えられてゆく。樹々が揺れる音が悪魔の騒めきの様に聞こえ、僕の足を竦ませる。

 

「確か、前連れてきてもらった時はこっちだった気が――」

 

 うろ覚えの記憶をたどって森の中の道を進む。すると前方に仄かな明かりが見えた。小さいながらもしっかりとした造りの施設……父さんの仕事場だ。安堵と共に駈け出そうとする。けれどその足は次に見たものによって凍り付いてしまった。

 

 ――黒光りする小銃(ライフル)を構える物々しい人影。

 

 彼らが着ているのは今にして思えば防衛軍のバトルドレスだったのだが、ツルリとしたフェイスガードを付けた外見は、その時の僕には何か異形の怪物のように見えた。息を呑んで後ずさる。バキッと足元で小枝を踏み折る音がした。

 

「――誰だ!?」鋭い誰何の声。僕は声にならない悲鳴を上げて逃げ出した。

 

「……子供か?」

「おい、待つんだ、坊や――」

 

 慌てて制止する声も聞こえたが、恐慌に陥った僕の耳には意味をなさなかった。雑木の中を泣き喚きながら走る。何度も灌木に足を取られては転び、頬や手足に無数の引っ掻き傷が出来たけれど怖さには抗えなかった。縺れた足が宙を切る。気が付くと僕は急な斜面を転がり落ちていた。地面に投げ出され、全身を激痛が貫く。

 

「……大丈夫!? ねえ、しっかりして!」

 

 薄れてゆく意識。視界に揺蕩う紫がかった長い白い髪。それはこれが夢の中の出来事であるかのように月明かりに煌めいていた。何処かで懸命に呼びかける誰かの声が聞こえた――

 

 

 磯の香りのする夜風。下方から打ち寄せる波の音が聞こえる。薄暗い洞窟の外も既に夜の帳が降りていた。どうやら壁に凭れて小一時間程微睡んでいたらしい。一仕事を終えて気が抜けたのだろうが、敵地だというのに油断にも程がある。

 

(……結局、誰だったんだろうな)

 

 幼き日の失態。あの後、俺が目覚めたのは自宅のベッドの上だった。母が顔をぐしゃぐしゃにして泣いていたのを今でも鮮明に思い出せる。罪悪感と疑問。俺は深夜に家の玄関で倒れているのを母が見つけたのだという。全身の怪我にしっかりと手当てをされた状態で。果たして誰が助けてくれたのか。母は答えてはくれなかった。

 あの時、朧げに聞こえた少女の声。彼女が助けてくれたのは間違いない。きっと皐月さんだ……幼い俺はそう自分を納得させていた。けれど幾ら皐月さんでも十歳かそこらの身であんな場所に来れる筈が無い、という事を今では理解している。月に煌めいたあの長い髪。あれは一体――

 

「おはよう、レイト♪」

 

 呆然と過去へ意識を飛ばしていた俺を騒々しい声が引き戻す。其方へ視線を移すとタオルを体に巻いただけのあられもない姿の少女が猛然と此方に駆け寄ってくる所だった。ひょいと片手を挙げて雑に突進を押し留める。ありがとう筋力補正。バトルドレスを着たままでよかった。

 

「むう……倒れてた女の子に対して、扱い酷くない?」

「それだけ元気なら大丈夫だ。起きてたならバトルドレスを着とけ。敵地なんだからな」

 

 そう言って摩夜に背を向ける。言葉が思いつかない。あれ(・・)を見てしまったのは生れたままの姿を見た事より寧ろ気不味かった。そんな俺の意図を察したのか、摩夜は黙ってドレスの装着を始める。身繕いする音が静まり返った洞窟に、やけに大きく響いた。

 

「――聞かないんだね」

「何を?」

「ボクの身の上話」

「聞いて欲しいのか?」

「……今は、いいや」

「なら言わなくていい。過去は俺達にとって今を生きる糧でしかない。其れに縛られず、如何に未来へ生かせるかが大切なんだ」

「……何それ?」

「陽ヶ埼流、黄昏の教えだ。要は気にするなって事さ」

「それ、端折りすぎ」

 

 クスと笑う摩夜。俺としては真面目に言ったつもりなんだが、笑うところか? 些か不本意だが、兎にも角にも辛気臭いのはコイツには似合わない。

 

「もういいよ、レイト」

 

 振り返るとニッコリと微笑む摩夜の姿があった。視線を逸らす。バトルドレスの特性上仕方がないとはいえ、身体にフィットしすぎるそれは小柄な割にメリハリのある摩夜の肢体を際立たせてしまう。榊指令が謂う所のトランジスターグラマー、という奴か――

 

「えっち」

「俺のストライクゾーンには背丈が十センチ足りてないから安心しとけ」

 

 忽ち憮然とする摩夜。それを無視して、

 

「なんであんな格好で居たんだ。流石に不用心だぞ」

 

 そんな苦言に摩夜は「水浴びしてたから」とあっけらかんと答えた。示す方向には天井から降り注ぐ水。それは隔壁内へ繋がる配管から噴き出していた。こんな時に何を――そう言いかけた俺の鼻腔が異臭を捉える。それは今日幾度となく嗅ぐ羽目となったモノだった。

 

「見てきたのか、中を?」

「うん、整備ハッチからちょろっとね。流石に奥までは行ってないよ。電源を復旧して空調システムは作動させといたから、今は大分マシになってる(・・・・・・・・・)と思うけど」

 

 タオルで髪を拭いながら、染みついた臭いに顔を顰める摩夜。

 

「入ってみる? 今なら其処から入れる筈だよ、隔壁のロックも解除してあるから」

「……ああ、そうだな」

 

 あの時の皐月さんの言葉が真実なら、此処はあの日召集された学徒兵達が無残な最期を迎えた場所だ。つまりそれは彼女の死を確定する現実を突き付けられるという事でもある。今日遭遇した生前そのままの皐月さんの姿。目を背ければその虚影に縋りついていられるかもしれない。

 

 けれど――

 

(それじゃ何も始まらない。それに此処で死んだ仲間だって)

 

 どんなに望まない死であろうと、結末であろうと。確かに自分たちはその瞬間まで生きていたんだ、と。彼らは知って貰いたいに違いない。他ならぬこの島出身の学徒兵である俺に。それは傲慢な、独り善がりな想いかも知れないけれど、それでも。

 

「よし、開けてくれ」

「分かった」

 

 開閉レバーを摩夜が下すと巨大な鉄扉が軋みながら開いてゆく。換気の関係で下がっていた内部の気圧が落ち着くと形容しがたい異臭が漏れ出て来る。思わず鼻を抑える。これでもマシ(・・)になったというのか。フェイスガードを慌てて装着する。暗視モード起動。

 

「……なんだよ、これは――!!」

 

 握りしめた拳が戦慄いていた。生死の狭間である戦場は何度も経験してきた。廃墟に残る遺体は何度も目にしている。覚悟はしていた。けれど目前の光景はそんなものは粉々に消し飛ばしてしまう。所詮自分の見てきた戦場などコックピットの中で見た上品なものでしかなかったのだと。

 

 ――外に逃れようとしたのか折り重なるように倒れるバトルドレス。不自然にバラバラになった各部位から覘く干乾びた肉片をこびり付かせた白骨。無秩序に転がる頭蓋骨。眼球の溶け落ちた眼孔が虚ろに此方を見つめている。戦場ですらない、凄惨な虐殺の残滓。

 

 喉を酸いモノが駆け上って来るのを懸命に堪える。それは彼らへの冒涜だ。

 

「やっぱりデザイアは絶滅させなくちゃ。この星から絶対に……そうでしょ?」

 

 背後から微かに聞こえた昏い声音。それに答える代りに溜息を吐いて俺は奥へ進む。遺体の数は奥に行くほどに疎らになり、抵抗した学徒兵が倒したのか時折甲虫種(ビートル)の残骸が転がっていた。

 

「レイト、大丈夫?」

「なんとかな。お前は平気なのか?」

 

 手で鼻を抑えてはいるものの、摩夜は特に気にした風も無く俺の後をついて来ていた。フェイスガードも付けていない。抑々換気前にも摩夜は此処に入っている。システムを直したのは彼女だからだ。

 しかし臭いは兎も角、コイツ怖がりじゃなかったか? 墓地やゾンビに一々大騒ぎしていた筈なんだが、一体どうやって――

 

「……()には恐怖や嫌悪感を防ぐフィルター(・・・・・)があるの。任務遂行のために必要だから」

 

 俺の怪訝な視線を受けて、摩夜は極まり悪げにそう言って目を伏せる。長い睫の奥の紅い瞳(・・・)が揺れていた。俺はかぶりを振る。時々摩夜に感じていた違和感。それが何なのか漸く合点がいった。

 

「なるほどな。お前(・・)が"エルシャ"か」

 

 半ば以上の確信をもってそう言うと、摩夜の大きな瞳に僅かな変化が現れた。摩夜の無垢で無邪気なあどけない眼差し。そこに大人びた色が加わってゆく。たったそれだけで、まるで小妖精(パック)が蠱惑的な森妖精(ドリュアド)へ変わったかの様に俺の目には映る。

 

「知ってたんだね」囁くように彼女(・・)は言った。

 

摩夜(アイツ)から聞いてたからな。気付いたのはついさっきだけど」

 

 摩夜の専用機(・・・)のAIだというエルシャ。それを摩夜は恰も姉妹であるかのように語っており、時折それと意思疎通をしている様な素振りがあった。本土で調整中の実機と交信しているのかと思っていたが、初めから摩夜の中に居た(・・・・・・・・・・・)のなら話は早い。放っておけない無邪気な少女とデザイアに対する冷徹な狩猟者の二面性。人格の憑依などと言えばオカルト染みているが、例えばタクティカルドールの操縦方法は脳に直接学習させられる。他者の記憶そのものをコピーすることも理論上は可能なのだ。記憶に紐付けられる人格も可能なのかもしれない。当然ながら人道というお題目を吐き捨てさえすれば、という注意書きが付くが。

 

(能力はあっても兵士としては不適格な摩夜に完璧な兵士であるAI人格を必要に応じて上書きする。今の状態でも十分な性能……諸角の言っていたのはこういう事か。だけど――)

 

「私が出ている時(・・・・・)冷酷にふるまうのは、私がそう創られたから。デザイアを駆逐する。それが私の唯一の存在理由(raison d'etre)。だから此の子を責めないであげてね」

 

 摩夜は彼女(・・)の事を優しい子と言っていた。相手を庇う物言い。確かにそれは彼女(・・)の"やさしさ"なのだろう。計算されたモノかもしれないが実にAIらしくない。こんな状況なのに自然口元が綻ぶ気がした。

 

「いい奴なんだな、お前。摩夜が気に入ってる訳だ」

「そんな事、ない……」

 

 照れたようにプイ、と横を向く。見た目の年相応の愛らしさに俺は思わず、

 

「俺も結構好きだぜ、そういうの」

「…………」

 

 ――中身は兎も角、摩夜(・・)相手に何言ってるんだ、俺は。彼女は黙ってフェイスガードを装着するとスタスタと先へ歩いてゆく。流石に呆れられたかもしれない。

 

「レイト()てさ――」

 

 暫く進んで彼女はこちらを振り返る。フェイスガードに阻まれてその表情はよく見えない。

 

「なんだよ?」

「結構たらし(・・・)だって自覚しておいた方が良いから」

 

「……は?」あまりに不本意な指摘に絶句する俺。

 

「それじゃ、後は摩夜(この子)の事よろしくね」

「おい、ちょっと待て――」

 

 冗談ではない。こんな所で戻られたら(・・・・・)――俺は慌てて引き留めようとしたが無駄だった。呆けたように立ち尽くす摩夜の肩が戦慄く。プルプルと震える拳。

 

「嫌あぁぁ!こんな所で帰らないでよ、エルシャ――――!!」

 

 間髪入れず響き渡る摩夜の絶叫。

 洞窟内に反響するそれが、容赦なく俺の鼓膜を殴りつけていた――

 

 

「――落ち着いたか?」

「……うん。ごめんね、レイト」

 

 既に遺体が折り重なる区域を抜けていたのが幸いしてか、摩夜は程なく冷静さを取り戻してくれた。尤もしがみ付かれた俺はバトルドレスを着たカラーズの膂力で墜とされそうになった訳だが。フィルター役が突然居なくなるとか迷惑極まりない。

 

「あの人は嘘ついてなかったって事か~」

 

 及び腰ながらも俺から離れ、周囲を見渡す摩夜。換気システムの効果で異臭もようやく収まってきたようだ。俺がフェイスガードを外すと摩夜もそれに倣った。ナノマシンの暗視モードを作動させたのか蒼く大きな瞳が仄かに輝いている。

 

 ――青巒島派遣学徒兵小隊全滅。それは間違いようのない現実だった。

 

「でも……活動死体(リバーサー)にならずに済んだのは良かったかもね」

「……確かにな」

 

 せめてもの救いというべきか。この島を必死に守り、死んだ英霊たちが遺体を利用され尖兵とされる。そんな惨い屈辱は無いだろう。防衛軍の遺体に取り付いた寄生体(パラサイト)に向けた"騎士"の台詞が頭を過る。墓地で見た達治さんの活動死体は我が子の遺体を埋葬しようとしていた。彼らには辛うじて意識が残っていたのだ。だとしたらやり切れない。

 

「仕方ないよ、レイト。そうするしか無かったんだから」俺の内心を知ってか、摩夜は消え去りそうな小声で呟いた。

 

 元々狭い岬にある洞窟だ。隔壁から三〇メートルも歩けば最奥に辿り着く。人工的に掘削が加えられコンクリートで補強された空間。防衛軍は此処を物資の貯蔵庫として活用する予定だったようだ。非常食が収められたコンテナや水が収められたポリタンク。此処で行われた戦闘によってかそれらは著しく破損していた。零れ出た物資が放つ黴臭い臭い。

 

「さっきは此処までは見てないけど、見つからないね」

「……ああ」

 

 俺達が探していたのは鮮やかな藍緑色(シアン)。朽ちた遺体であっても見間違えるはずがない皐月さんの長い髪。此処で死んだと云う彼女の姿を俺達は見つける事が出来なかった。

 

(彼女は助かったのでは)再び擡げる淡い希望。

 

「……ん? あそこにあるのは何だろ?」

 

 摩夜が崩れたコンテナの方へ駆けて行く。慌てて後を追った俺は足元の異物で転びそうになった。放射状にまき散らされた甲虫種の残骸。それらは恐るべき力で粉砕され、原形を留めていない。一体其処で何があったのか?

 

「何か見つけたのか?」

「うん」

 

 摩夜は身を屈めて床に落ちている物を拾い上げる。脱ぎ捨てられた女学生用のバトルドレス。レーザーによる幾つもの穴でボロボロとなったそれの着用者は凡そ身長一六〇センチ位と推測できた。合致するシルエット。そして腕に付けられた部隊章に記された名前――

 

「……皐月さん」

 

 致死の攻撃の痕跡と見つからない遺体。それはあの時の彼女の話を裏付けるものだった。彼女は確かに此処で死に、何らかによって変わってしまった(・・・・・・・・)のだ――

 呆けたように立ち尽くす俺。それを気遣ってか摩夜は黙って周囲の探索に向かった。頭を切り替えバトルドレスを手に取る。ポシェットを探るとカラン、と音を立てて何か小さな物が床に転がった。摘まみ上げ凝視する。

 

(これは情報媒体か? 民間の物じゃないな)

 

 全長五センチ、幅一センチ。小型化よりもデータの保護を重視した頑丈な造り。恐らく軍用だろう。黒地のセラミック製で白で三本足の鳥が描かれている。八咫烏……それはこの国の霊鳥。摩夜の名字。白い鴉は彼女のコードネームでもある。とはいえ安易に結びつけるのは危険だ。けれど俺には到底無関係とは思えなかった。そして皐月さんは何故これを持っていたのだろうか。

 

(この厳重さ。かなりの機密事項だろう。生還の望みがある者に託されたのだ。隊長……いやもっと上の存在から。此処に逃げ込んだ学徒兵は本来なら生存率が高い筈だった。こんな処にゲートさえ顕れなければ――)

 

 青巒島にそんな重要な何かがあったというのか。本土から離れた過疎化が進む辺鄙な孤島。軍事的要地とも言えず軍も碌に駐留していない。抑々何故この島にピラーが降着したのか。

 

(軍の施設なんて漁港に併設された港湾施設と捜索対象になっていた駐屯所――)

 

 そういえば親父の勤めていた研究所……あそこにも軍人が常駐していたような気がする。子供の頃迷子になり、白い髪の女性に助けられた時の記憶。親父はあそこで何を研究していたのだろうか。そしてあの雪の日。デザイアの侵攻を受けたクリスマスの夜。診療所に残った親父は脱出する船には乗っていなかった。迎えに行った母と共に行方不明のままだ。

 

「レイト~」周囲を回っていた摩夜が駆け寄って来る。

 

「収穫はあったか?」

「全然。ビートルの残骸がいくつかあっただけだよ。そっちはどう?」

 

 俺は黙って首を振ると、摩夜に気取られぬよう媒体をポシェットに滑り込ませた。これに諸角の欲している情報が記録されているのかもしれない。けれど皐月さんの遺品ともいえるこの媒体はノイズの無い状態で軍人である榊指令に渡すべきだと思ったからだ。摩夜の事を疑っている訳では無い。しかし彼女の中に神聖同盟のAIであるエルシャが居る以上慎重になる必要があった。

 

彼女(・・)は兎も角、諸角は信用ならない。抑々要請には失敗してるしな。神聖同盟の偏向した思想にこの島を利用されてたまるか)

 

「ん? どうしたの?」

 

 都合のいい言い訳を考える俺をキョトンと見つめる無垢な瞳。それに罪悪感を覚えつつ、

 

「撤収する。この場の遺体は専門家に任せよう」

「……そだね。いつの日にか、きっと――」

 

 出来れば手向けとして花や線香の一本でも供えたい所だが、生憎そんな気の利いたものは無い。俺と摩夜はしばし仲間たちの魂に黙祷を捧げ、その場を後にした――

 

 

 岬から見える水平線が微かに白み始めていた。黎明の静寂の中、鋼の巨人が立ち上がる。損傷こそ無いものの機体各所が不協和音を奏でていた。

 

≪ツクヨミ・神経接続を確認≫

≪戦闘システム・コンディションイエロー≫

≪機体駆動効率45%・戦闘機動は推奨できません≫

 

 薄暗いコックピットに戦闘AIの声が響く。機体各所に表示される赤い警告(レッドアラート)。控えめに言っても希望を持てる状況ではない。

 

「無理させちゃったね。この子に」

「……まあな」

 

 操作したのは俺とは言え、専用機が必要な程に優秀な強化兵士(ブーステッド)である摩夜の反応速度に曝されたのだ。十年前の旧式機である月神(ツクヨミ)には酷に過ぎたに違いない。恐竜種(レックス)に対処するには仕方がなかったのだが、確かに無理をさせてしまった。

 

「榊指令の指示は港へ迎えって事なんだが……」

 

 洞窟の調査を終えた頃、俺達は"オトヒメ"からの通信を受けた。榊指令は無茶をしたことに怒り心頭といった具合ではあったが、一応冷静な判断だったと渋々ながら俺の行動を認めてくれているようだった。

 

「当初の予定ではロープで下まで降りて装載艇で迎えに来てもらう心算だったんだがな」

「駄目だよ、この子を連れて帰らなきゃ」

 

 摩夜は頑なにタートルⅠを回収することに拘っている。機体AIを友人のように捉える彼女としては共に戦った戦友を見捨てて行くのは忍びないのだろう。それに機体の戦闘経験は貴重なデータだ。特に俺の様な凡庸な操縦手のモノは他の機体にフィードバック出来る。

 

「とは言っても如何するんだ。道中敵だらけだぞ?」

「仕方ないでしょ。ボク泳げないんだから!」

「…………」

 

(それが本音かよ)こんな状況だというのに俺は苦笑してしまう。"オトヒメ"でも居心地悪そうにしていたものな――

 

 戦術画面にびっしりと映る赤い光点。レックスを引き回した際に振り切った敵がそのまま溜まっているのだ。小型が殆どで、中型も鈍足のギガースやリザートばかりだが、脚部に損傷のある今の状態で振り切る事は困難だ。

 

「大丈夫だよ」

「まさかまたアレを使う気じゃないだろうな」

 

 自信ありげに答える摩夜に、俺はあの時を思い出す。機体との一体化。この状態で使えば機体も摩夜も更に重篤な状態に陥るのは間違いない。

 

「違うよ。でも、大丈夫」

 

 どうする心算なんだ。そう思いつつも言葉は飲み込む。摩夜が言い切った以上何かある……そんな不思議な信頼感があった。昨日、確かに摩夜は俺達を護ってくれた。先の通信で自分とは別に指令と話していたことと関係があるのか?

 

「……行くぞ」俺は思考アクセルを踏み込んで機体を前進させる。

 

≪警告・フェリオン探知波多数確認≫

 

 デザイアの索敵範囲に入ると戦術画面の自機に幾つものラインが集中する。後方からミサイルの熱源感知。AIの予測データを元にランダム回避を開始する。同時にスモークを射出。間一髪。機体脇を偏光されたリザードの高出力レーザーが過る。今の状態でもリザートは引き離せる。問題はギガースだ。進路上に三体。

 

『――神崎、聞こえるか』

 

 突然の通信。戦術画面の遠方、港の方向にタートルⅡの光点が現れる。

 

「榊指令!?」

 

 居ない筈の名を叫ぶ。物凄い速度で進撃を開始するタートルⅡ。戦術画面上で近づく光点は次々と消えて行く。寄らば斬る。まるでDDOの熟練プレイヤーの様に。狙撃の腕は折り紙付きだが機体操縦は苦手な亮にあんな戦闘機動が出来る筈がない。ゲームなら話は別だが。

 

『榊? そんな奴は知らんな。こちらタートルⅡ。迎えに来てやったぞ、格好つけ野郎』  

「……個人調整(アジャスト)されてない機体で無茶しないでください。実戦も一年振りでしょう?」

『人を勝手にロートル扱いするな』

「してませんけど――」

 

 なんだかなぁ、と苦笑する摩夜。それに同意しつつ俺は目前のギガースに意識を集中する。思考アクセル全開でも速力四〇。小走り程度しか出来ない機体コンディション。迫る敵の巨躯に姿勢を低くして高周波ブレードを一閃。脚部を切断する。もんどりうって転倒するギガース。それを無視して二体目、三体目を同様に処理(・・)して駆け抜ける。撤退するだけなら撃破の必要はない。

 

「サンキューな、摩夜」

「エヘヘ、どういたしまして」

 

 機体の不具合を摩夜が補正してくれている。オペレーター適性が無い事を散々煽りはしたが、神経接続が出来る事による直接的な補助はいつもコンビを組む菜々星にはない有難味があった。

 

(このまま行けば……)ミサイルを躱し、進路上にスモークを置きながら進む。あと少し――

 

「ごめん、避けきれない!」

 

 摩夜が鋭く叫ぶ。新たに処理(・・)した二体のギガースの内の一体が剛腕を伸ばしタートルⅠの脚部を掬った。堪え切れずに転倒する。乗員保護機構が吸収しきれない激しい衝撃がコックピット内を襲った。

 

『零斗!!』

 

 榊指令の叫ぶ声。デザイアの群れを蹴散らしながらタートルⅡが此方に向かって来る。だがその距離一キロ以上。センサーヘッドを巡らせ周囲の索敵。思っていた最悪以上に敵の密度は濃く、このままでは指令とてミイラ取りに成りかねない。何とか機体を起こし、悪足掻きをするギガースのコアを破壊する。

 

「指令、引き返してください。このままでは――」

 

 タートルⅠの周囲を数十機のリザートとその子機である小型デザイアが取り囲んでいた。脚部稼働率三〇%。もはや歩く程度の移動しか出来ない。さらには戦闘反応に引き寄せられてギガースの群れも近付いて来ていた。

 

『馬鹿野郎、諦めるな。それでも陽ヶ埼の門下か』

「でも、指令まで――」

 

「――大丈夫だよ」いつもの悲観論に取り込まれそうな俺を引き留める様に摩夜が囁く。

 

 鎌首を上げる様にこちらを狙うリザードのテイルレーザーの砲列。そんな事で事態が好転する筈がないのを知りながら、それを俺は睨みつける。死んでたまるか――

 

 その時。機体の収音機構が空の彼方で風を切る音を捉えた。

 

「……間に合ったようだな」微かな安堵を込めた榊指令の声。

 

(一体、何が……?)次の瞬間、俺の視界に眩い光が満ちた。上空より大地に突き立てられた光の柱が薙ぎ払うかのように一閃すると、リザードの群れは紅蓮の炎に包まれ爆散してゆく。それが大出力の光学砲によるものだと気が付くのにはしばしの時間が必要だった。全く以て非常識な火力。それを放った相手を視認すべく虚空を凝視する。

 

あの子(・・・)が来てくれたよ、レイト」

 

 上空にあったのは遠距離移動用の飛行ブースターを装着した一機のタクティカルドールだった。

 装備に隠れて判別しづらいが見慣れない機影。新型か? しかし無謀だ。残りのリザートが回頭し一斉にレーザーの照準を向ける。不意を突けたのはいいが対空戦闘は光学兵器に秀でたデザイアの十八番だ。忽ち無数の射線が上空へ走った。着弾。爆散したパーツが降り注ぐ。

 呆然とする俺の背後で後部ハッチが開く音。微かな潮風がコックピットに流れ込んだ。

 

「摩夜……?」

 

「安心して。あの程度の攻撃で()は墜とせないんだから」確信を込めて嘯く摩夜。

 

 果たして爆煙の中から何事もなかったかのように降下する鋼の巨人。その威容に俺は目を奪われた。傷一つない白磁の装甲。優美かつヒロイックな、恐らくは亮あたりが喜びそうなシルエット。正規採用された月神の質実剛健な外装とは似ても似つかない。それは()の機体が何らかの試験機であることを示していた。

 

『そいつが諸角の奴が言っていた華那庵(ラボ)謹製の最新鋭機さ』

 

 さも面白く無さげな榊指令の通信。調整中の機体を強引に本土から飛ばしてきたというのか。

 逆制動を掛けながら降下中の機体に向けてリザードから第二射が放たれる。だがそれは機体周囲の球形の力場によって悉く霧散させられてしまう。まるで一部のカラーズの使う防御型エフェクトの様に。

 

「……世界初の第四世代型試製人型戦術兵器。それが()――“暁”(エル=シャヘル)

 

 摩夜(・・)は後部ハッチから身を乗り出して微笑む。紅い瞳が悪戯っぽく煌めいた。

 

「それじゃ、行ってくるね――」

「お、おい!!」

 

 戦闘中に機外へ飛び出すなんて自殺行為だ。そんな俺の制止を無視して彼女は装甲のフックを巧みに伝って地面に降り立つと“暁”の降下地点へ駆けていった。それを狙って数多のデザイアが襲い掛かる。振り上げられるギガースの剛腕。辛うじて俺は其処に機体を割り込ませ盾とした。機体の右腕が拉げる嫌な音――

 

『無茶しないでよ、レイト』

「お前がそれを言うか? で、乗り込めたのか」

『うん、後は任せて――』

 

 起動に成功し立ち上がる“暁”から軽やかなフェリオンリアクターの駆動音が響く。それに呼応して輝きを増していく装甲は眩い金色に輝いていた。携帯する光学砲で薙ぐ様に斉射すると攻撃態勢に入っていたリザートの砲列は順を追って次々と爆散してゆく。それを呆けたように眺めながら俺は自機に組み付くギガースに隻腕で止めを刺した。

 

『行くよ、エルシャ』

 

 エネルギー切れした光学砲を破棄すると黄金の巨人は閃光のように駈ける。散った仲間の紅蓮の炎に引き寄せられるように群がって来るデザイア。稲妻の様なステップワークで摩夜はその中に機体を踊り込ませる。すれ違い際に“暁”の両椀から輝きが伸びた。

 

 ――光の剣。それがギガースの巨体をバターの様に切り裂く。

 

 機械の悪魔の群れの中で、舞うように戦う“暁”の姿に俺は何時しか見惚れていた。デザイアを駆逐する力。それが一人の少女の犠牲の上に成り立つ力であることを知りながら。

 

『艦砲クラスの光学砲に鷹月で試験中の光粒子溶断機(ムラクモ)模倣品(パクリ)か。あの陰険野郎(・・・・)が悦に入るだけの事はある。この分だと俺の出番はなさそうだな』

 

 視認できる距離に到達したタートルⅡから通信が入る。流石に無傷とはいかないものの、港から此処まで未調整の旧式機単独で辿り着ける榊指令もやはり尋常な操縦士(ドライバー)ではない。

 

「戦いは装備だけでは決まりませんよ」溜息とともに俺は呟いた。

 

『……そうだな』片膝をつく俺の機体の傍らに榊指令はタートルⅡを停止させて、

 

白い鴉(White Raven)……八咫之の事を知ってしまったんだな、零斗?』

「はい、確証はありませんが、大凡は」

『そうか……』

 

 暫しの沈黙。

 目前の戦いも終わりを迎えていた。最後のギガースを“暁”が両断する。だが――

 

『アハッ、やっぱりかぁ』通信から喜悦めいた摩夜(・・)の声が聞こえた。

 

 “暁”と俺達の間に蒼いゲートが現れる。具現化していく巨大な影。尾を失い満身創痍の機械の怪物は、それでも恐るべき咢を天に向けて咆哮した。恐竜種――レックス。

 

「アイツ……まだ稼働(いき)ていたのか――」歯軋りする俺。

 

『転送されていたんだろう。並みのレックスとは扱いが違う……所謂、固有個体(ネームド)って奴だ。デザイアにも稀にいるんだよ。人類側のエースパイロットのような存在が』

 

 そう言って榊指令は携帯している対装甲槍(アーマーピアッサー)を地面に突き立てると、俺の機体から高周波ブレードを取り上げてレックスの前に進み出た。

 

『八咫之、コイツは俺にやらせてくれないか?』

『……うん、いいよ』

 

 レックスの巨大な頭部に突き立ったパイルが鈍く輝いていた。爆炎の中で屹立する黄金の巨人(あかつき)より旧型機(つくよみ)の方が与し易いと判断したのか。軋む駆動音を響かせながら指令に向けて突貫するレックス。武器である巨大な尾を失った以上それが限られた手段であるにしても、その攻撃はあまりにも朴訥で潔過ぎた。それに対して指令は高周波ブレードを上段に構えて、不動。

 

『……デザイアのくせに』ポツリと呟く摩夜。

 

 そして二機が交差する瞬間――

 

『セエェェ―――――――イッ!!』

 

 裂帛の気合と共に振り下ろされる高周波ブレード。陽ヶ埼流の鎧断ち。それは俺の付け焼刃などとは比べ物にならない鋭利さでレックスの重装甲を頭部から真っ二つに捌いた。コアが砕かれ、分断された機体が爆散する。破壊されたフェリオンリアクターから四散する高濃度の粒子が周囲に虹のように煌めいた。

 

(流石、英雄の後継者だよな)榊指令の技の冴えに見惚れながら、俺は英雄……来栖征四郎に対する蟠りが霧散しつつある事を自覚する。多分指令が彼に感じた想いもこれに近いのだと。

 

『やったね、指令♪』

 

 無邪気に喜ぶ摩夜。それに対し溜息を吐きつつ、

 

『まあ佐塚の仇は取りたかったからな。だが――』

 

 そう言って榊指令は“暁”のセンサーヘッドを機体のアームで殴りつけた。まるでひと昔の教師が生徒に拳骨を喰らわすかのように。次いで半壊した俺の機体にも。八メートルの巨人が行うには頗るシュールな光景だが、コックピットに伝わる衝撃は本物だった。情報システムが集約された頭部はタクティカルドールで最も高価なパーツだというのに――

 

「何をするんですか、いきなり……」

『むー、暴力反対~』

 

 憮然とする俺達だが、思い当たる節は山ほどあった。

 

『これは無茶をした罰だ。俺の分はこれでチャラにしてやるが、陽ヶ埼と都筑も言いたいことが山ほどあるそうだ。艦に戻ったら覚悟しておけよ?』

 

 帰投するぞ――タートルⅡが俺の機体を助け起こし、三機は港へ向けて移動を開始する。進路上にデザイアの反応は無かった。想像以上に榊指令は暴れ回っていたらしい。怪我の治療の名目で教官という後方勤務を続けてきた榊指令だが、この調子なら現場復帰は近いのかな……と喜びと同時に寂しさを感じていると――

 

『――あの、榊指令……上手く纏めた心算になって肝心なこと忘れてませんかぁ?』

 

 ノイズ交じりの通信からどんより沈んだ亮の恨み声が聞こえた。そして――

 

『搭乗禁止命令を破って勝手に出撃した事で“オトヒメ”の艦長さん、カンカンだよ。ハッチ抉じ開けたり未調整の機体で出撃したりで乗組員と整備員の皆も怒ってる。連れて行って貰えなかったことでリョウちゃんイジケちゃったし……それに――』

 

 長い付き合いから俺はヘッドセットを外そうと試みる。しかし間に合わなかった。

 

『泰吾さんも摩夜ちゃんもレイトも。私の気持ちも考えずに無茶ばっかりなんだから。一杯心配したんだよ。馬鹿――!!』

 

 普段の菜々星からは想像もつかない大音量が鼓膜を襲う。聴力大破。残響に耳を抑えながら俺達は黙然と帰艦する事となる――――

 

 

Continue to next Episode □□□

 

 

 □□□At that time, at that place__

 

 ――漆黒の静謐。

 

 そこに港の風景が映し出されていた。破壊された燻り続ける間を三体の鋼の巨人が歩いている。損壊の激しい一体を他の巨人が支えながらゆっくりと。

 

「何故、□□□□□を行かせたのですか?」

 

 鈴声が静寂の中で波紋のように響く。

 無明の空間に、映像の光に照らされて二人の男女が佇んでいた。

 一人は古風なドレスを纏ったうら若き女性。

 そしてもう一人は古の甲冑を身に着けた偉丈夫。

 

「――雪辱の機を欲しておりました故」

 

 慇懃に答える甲冑の男。その無機的な物言いに女性は眉を顰め、

 

()は既に戦える状態ではなかったのに。どうして――」

「戦士の本懐、無下には出来ませぬ」

 

 哀し気に囁く女性。それを嗜めるように男は断固とした口調で遮った。

 女性はかぶりを振ると眦を怒らせ、

 

「何れにせよ、あの者たちに手出しは無用と言ったはず。次は卿と云えど赦しませんよ?」

「…………」

 

 嫋やかな身の何処にその様な畏があるのか。

 甲冑に阻まれ表情は掴めない。だが男は雷に撃たれたかの如く恭しく首を垂れる。

 

宰相(・・)派の牙城へ向けたこの星の民の攻勢が近づいています。卿も次の差し手に備えなさい」

「――御意」

 

 蒼白い燐光と共に男の姿が消えると、疲れた様子で女性は背後の豪奢な椅子に腰を下ろす。映像に映るのは破壊された街並みと港。そして遥か彼方には浮上している潜水艦の姿が見えた。俯く女性の唇から深い溜息が漏れる。豊かな藍緑色(シアン)の髪がシャワーのように彼女の貌を隠していた。

 

「これでよかったの? 貴女は――」自問するように呟く。

 

「ごめんなさい。私にあの方(・・・)のような力があれば、貴女は貴女のまま居られたのに」

 

 謝罪、あるいは懺悔の言葉。

 それと共に彼女の髪は艶やかな藍緑色から氷の様な白銀へと変貌してゆく。

 二筋の雫が彼女の頬を濡らしていた。

 

「ありがとう、サツキ。そしてさようなら。貴女の未来を贄として、私は私の道を進みます」

 

 ドレスの胸元で光る古びたロケット。それを開くと其処には二人の少女の姿が収められていた。屈託なく微笑む金色の髪の少女と含羞(はにか)む銀色の髪の少女。

 

(何処に行ってしまったの? エレアノーラ様……私に此の責は――)

 

 肩を震わせる女性の眼前の映像が消え、周囲は完全な闇の帳に覆われてゆく。

 漆黒の静謐の中、少女は一人咽び泣き続けた――――

 

 

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