アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第1話 帰還、そして邂逅

 これで、よかったのかな。

 

 

 

 何も見えず、何も聞こえない。

 

 結梨の五感はすべて失われていたが、なぜか意識が海中をゆっくりと沈んでいくことだけは感じられた。

 

 このまま深さ数百メートルの海底まで沈んでいくのだろうか、それとも、この意識もやがて五感と同じように消えてしまって、何も無くなるのだろうか。

 

 だとしても、もう自分にはどうすることもできはしない。

 

 海の中を泳ぐための体が存在しているかどうかさえ、分からないのに。

 でも。

 

 もう一度、みんなに会いたいな。

 

 その感情が結梨の意識に浮かんだ時、

 

 君は皆の所に戻りたいんだろう?

 なら、そうするべきだ、いや、そうしなくちゃならない。

 

 知らない女性の声が何処からか聞こえた。

 落ち着きのある澄んだ美しい声だった。

 

 しかし、声が聞こえてきた方向も距離も分からない。

 もとより今の結梨には視覚も聴覚も機能していない。

 それどころか自分の体の存在さえも感じられないのに、なぜかその声ははっきりと結梨の意識に届いていた。

 

 あなたは、誰?

 

 結梨の意識だけの問いに一瞬の間を置いて、先ほどと同じ声が答えた。

 

 そうだな……言うなれば、君のお姉様のお姉様の、そのまたお姉様、というところかな。

 まあ僕のことはどうでもいい。

 

 僕が今、君に伝えたいのは、君が望むなら、君にはそれが出来る力があるかもしれない、ということだ。

 あくまでも可能性の話で恐縮だが。

 

 遠くに膨大なマギの存在を感じるだろう?

 ネストのマギは今なお健在だ。

 そのマギと沈みゆく君の体を、君の意識、いや意思で繋げれば、君の望むことができるはずだ。

 

 君は皆の所に戻りたいと思い、皆は君に戻って来てほしいと思っている。

 つまり、君には還るべき場所がある。

 理由はそれだけで十分だ。他に何も必要ない。

 

 ……ありがとう。やってみる。

 でも、どうして私に教えてくれるの?

 

 君はまだ死ぬべき運命ではないという、僕の独善だよ、そうとしか言えない。

 

 残酷な話だが、今ここで君が死んでしまったとしても、世界は変わらず動き続けるだろう。

 

 でも、君がいない世界よりも、君がいる世界のほうを、梨璃も、夢結も、皆も望むだろう。

 

 僕のお節介と君の意思でそれが叶うなら、そうしない理由なんて何処にもない。

 君の意思が君の未来を創り、皆の意思が皆の未来を創るんだ。

 

 だから、君は生きろ。

 

 皆の所へ戻って、皆と一緒に、この世界を救ってくれ。

 それが僕の願いだ。

 君の力なら、それができるはずだ。

 

 それが結梨に聞こえた最後の言葉だった。

 

 あの声が言った通り、離れた場所に巨大な魔法エネルギーの存在を感じることが確かにできる。

 それを意識だけで手繰り寄せ、形を留めているかも定かではない自分の体に、いや、体と思われるものに繋いでみる。

 

 すると、それまでのゆっくりとした沈降が止まり、暫くしてやがて上昇に転じたことが、はっきりと分かった。

 

 相変わらず体の感覚は無く、ただ意識が海中を揺られながら、ごくゆっくりと浮上していることが分かるだけだ。

 海面までどのくらいあるのか、数十メートルか、数百メートルか。

 何も分からないが、不思議と何も不安は無かった。

 

 海流と波の揺らぎのためか、しだいに眠気のような感覚が襲ってくるようになった。

 

 少しだけ、眠ろう。

 

 そう心の中で呟くと、結梨の意識はゆっくりとまどろみの中へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かすかに人の声が聞こえた気がした。

 また知らない女の人の声だ。

 

 ……さま、みつ……した

 ……やく……ちらへ……

 

 意識が朦朧として、声は途切れ途切れにしか聞こえない。

 

 間もなく、砂を踏んで足早に近づいてくる音が、しだいに大きくなってきた。

 

 足音は結梨のすぐそばで止まり、誰かに上半身を抱き上げられる感覚が生じた。

 

 結梨を抱き上げた足音の主は、まるで自分の子に話しかけるかのような口調で、愛おしげに結梨に囁いた。

 

 よかった、生きてるのね。

 

 その安堵した声に反応して、結梨はわずかに眼を開いた。

 

 太陽が逆光になって、顔がよく見えない。

 銀色の長い髪が、陽に透けてきらきらと輝いて見えた。

 

 梨璃じゃない……誰?

 

 結梨が小さく呟くように問いかけると、その女性は喜びの感情を抑えながら、努めて冷静に答えた。

 

「私は百合ヶ丘の特務レギオン、ロスヴァイセ所属のロザリンデ・フリーデグンデ・フォン・オットー。あの日から、ずっとあなたを探していたの、一柳結梨ちゃん」

 

 





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