アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第18話 ルドビコ女学院再訪(7)

 

「私と来夢が、新しい人類……?」

 

 結梨のすぐ横で、金属が何かにぶつかる鋭い音がした。

 

 結梨がそちらを向くと、来夢がアステリオンを床に落とし、両手で口元を抑えている姿が目に入った。

 

 その白く細い手は、小刻みに細かく震えていた。

 

「どうしたの、来夢。顔が真っ青だよ」

 

「その研究者って……」

 

 来夢は結梨に声を掛けられたことに気づいているのかどうか、半ば独り言のように小さく呟いた。

 

「来夢には心当たりがあるの?」

 

「……ううん、まだそうと決まったわけじゃない」

 

 結梨は心ここにあらずといった様子の来夢から、倫夜へと視線を変えた。

 

「その研究者は今もG.E.H.E.N.A.にいるの?」

 

「それは私には分からないわ。

その研究者がG.E.H.E.N.A.の人間だったかどうかも定かではないもの」

 

「どういう意味?」

 

「ヒュージやリリィの研究をしている機関は、G.E.H.E.N.A.の他にも世界中に星の数ほどあるわ。

 

あなたたちのプロジェクトに関わった研究者だって、必ずしも全員がG.E.H.E.N.A.に所属していたとは限らない。

 

現に人造リリィのプロジェクトでは、フランスに本社を置くグランギニョル社が技術提携していたのだから」

 

 人造リリィのプロジェクトについては、結梨の捕縛を巡る一件後に、グランギニョル社が一方的にG.E.H.E.N.A.との提携を打ち切ったと言われている。

 

 その後、新たな人造リリィの存在が確認されていないことから、プロジェクトは一時的に停止または無期限に凍結された可能性がある。

 

 技術的な再現性の欠如、コスト面での不採算性、生命倫理上の問題……考えうる理由は幾つもある。

 

 倫理的な理由でG.E.H.E.N.A.が人造リリィのプロジェクトを中断したとは考えにくい――そのような組織でないことは、この場にいるリリィたちには嫌というほどよく分かっていた。

 

 そうであれば、プロジェクトの核となる技術を握っていたのは、G.E.H.E.N.A.ではなくグランギニョル社の方だったのかもしれない。

 

 ともあれ、今ここで倫夜を問い詰めたところで、有意義な答えが得られる見込みは無さそうだった。

 

「世界を変えることが叶わないのなら、自分たちを変えるしかない。

その研究者は、そう考えたのかもしれないわね」

 

 倫夜が推測した研究者の選択を、幸恵は簡単には受け入れられそうになかった。

 

「それにしたって、人類を人工的に進化させようだなんて、何て大それたことを」

 

 それは神をも恐れぬ行為に他ならないのではないか――幸恵の非難めいた言葉に対して、倫夜は全く動じる気配を見せなかった。

 

「人類が種として生き延びるための選択肢――そう考えれば理解できるわ」

 

 倫夜は再び結梨と来夢を見た。

 

「あなたたち二人は、人類がヒュージに敗北する可能性に備えた、箱舟のような存在。

もし人類がヒュージに滅ぼされても、あなたたちだけは生き残ることができる」

 

「むー、そんなの全然うれしくない」

 

 頬を膨らせて、結梨は憤然とした表情で言った。

 

 来夢も結梨と同じ見解のようで、倫夜の言葉を受け入れようとはしなかった。

 

「そうです。人類が滅んだ世界で自分たちだけ生き残るなんて、そんなの寂しすぎます。

私はイヤです」

 

「ノインヴェルト戦術の確立によって、ヒュージとの戦いは今のところ人類が優勢に立っている。

その一方で、ヒュージも日々進化を続けている。

 

マギリフレクターを備えた個体も現れているし、ノインヴェルト戦術がいつまで決定的な有効性を保てるか、決して楽観はできない状況よ。

 

だから、あらゆる可能性に備えて代替のプランを用意しておくのは、当然ではないかしら」

 

「実験体のヒュージを野に放っている組織の人間が、ぬけぬけとそれを言うの?」

 

 倫夜の発言に我慢ならず、幸恵は思わず横から口を挟んだ。

 

「そもそも、なぜあなたは、そんな重大なことを私たちに話す気になったの?」

 

「私があなたたちの敵でないことの証として、二人の出生についての秘密を話してあげた……と言ったら、信じてもらえるかしら。

 

それに、私がこの仮説を上申しても、上の意向次第では黙殺される可能性があるかもしれない。

 

それなら、少なくとも直接の当事者である二人に、仮説ではあっても真実の一端を知らせておきたい気持ちもあるわ。

 

私は岸本・ルチア・来夢と一柳結梨の境遇に、少なからず同情してもいるのよ」

 

 倫夜の言葉を額面通りに受け取るほど、幸恵は楽天家ではなかった。

 

 しかし、校医であると同時に科学者でもある倫夜の仮説に、大きな矛盾は無いように思われた。

 

 倫夜の告げた真相――らしきものを受けて、来夢と結梨がどう動くのか、それを倫夜は確かめたいのかもしれない。

 

 いや、もしかすると、それこそがG.E.H.E.N.A.の本当の目的かもしれないのだ。

 

 倫夜の発言内容の真偽を、この場で判断することは不可能だ。

 

 そのためには、倫夜の言及したプロジェクトの当該研究者が実在することを確認し、本人に真意を問い正す必要がある。

 

 だが、それは今ここで考えるべきことではない。

 

 自分たちが今しなければならないことは――

 

「先生、私たちは指令室の中にあるものを確かめに来たの。

だから、中に入らせて」

 

 幸恵に先んじて、結梨が倫夜に自分たちの目的を告げた。

 

「……はいどうぞ、というわけにはいかないわね。

あなたたちだって、すんなりここを通してもらえるなんて思ってないわよね」

 

「むー……」

 

 またしても結梨は頬を膨らせてむくれ、来夢は逡巡した様子で幸恵を見た。

 

「幸恵お姉様、どうしましょう」

 

 気を失ったままの葵を通路の壁際にもたれかけさせて、幸恵は倫夜に向き直った。

 

 倫夜は自らの得物であるブーステッドCHARMを構え、指令室の扉の数メートル前に立ちはだかっている。

 

(本来なら訓練以外でCHARMを人に向けることは厳禁だけど、今はそうも言っていられないか……)

 

 フィエルボワとシャルルマーニュを両手に携えた幸恵が、倫夜と事を構えることも辞さない覚悟で前に出ようとした。

 

「待って、幸恵」

 

 結梨は幸恵の動きを制し、自分が進み出て倫夜の前に立った。

 

「先生が、『原初の開闢』を再現して世界を救おうとしてるってことは、燈から聞いて知ってる。

 

でも、その再現のために、命を失うかもしれない戦いをリリィ同士にさせるのは、間違ってる。

 

そんなやり方で世界を救おうとするのは間違ってる」

 

「では、今のあなたに対案はあるの?」

 

「……」

 

「無いのなら、黙って私の『実験』を見守っていなさい。

対案無き批判は無意味よ」

 

「でも……」

 

「『特異点のリリィ』が死なないように、できる限りの配慮はしているつもりよ。

100%の安全なんて存在しないことは、あなたにも理解できるはず」

 

「ヒュージと戦う危険は分かるけど、わざとリリィ同士を戦わせたり、実験体のヒュージにリリィを襲わせるなんて、そんなのは間違ってる」

 

「そういう子供っぽい青臭さは嫌いじゃないわ。

それなら、私を力ずくで止めてみる?」

 

 結梨は首を横に振って、倫夜の挑発を明確に拒絶した。

 

「私は誰とも戦いたくない。

それがG.E.H.E.N.A.の人でも。

私たちは私たちのやり方で、この世界を救ってみせる」

 

「……そうね、世界を救う方法が一つとは限らない。

せいぜい頑張ってみることね。

――さあ、そろそろお手並み拝見といきましょうか」

 

 倫夜は結梨との会話を打ち切り、赤い大型のブーステッドCHARM――ガラテイアをゆっくりと振り上げた。

 

 だが、その後に結梨が取った行動は、倫夜の予想を裏切るものだった。

 

 結梨は両手に持っていたトリグラフをシャットダウンさせて足元に置き、徒手空拳の状態になった。

 

 その姿を来夢が目を見開いて見つめている。

 

「ゆりちゃん……」

 

「気は確か? 武装した私の前でCHARMを手放すなんて」

 

 あきれた表情の倫夜と、全く後に退く気配の無い結梨。

 

「私は誰とも戦いたくないって言ったよ。

その言葉通りにしてるだけ」

 

「……困ったわね。丸腰のあなたにCHARMを振るっても、何の意味も無い。

それどころか、もし無抵抗のあなたを負傷させてしまったら、確実に私の首が飛ぶわ。

そして、おそらく私の上長の首も」

 

 そう言うと、倫夜は渋面を作って押し黙った。

 

(あまり良い手ではないけど、これしかないか……)

 

 仕方なくという様子で倫夜はCHARMを下ろし、先ほど葵の前でやって見せたように、右手を上げかけた。

 

 ――その刹那、結梨の姿は倫夜の前から消え失せた。

 

(縮地か……!)

 

 咄嗟に背後を振り返った倫夜が見たのは、指令室の扉に手を掛けている結梨の後ろ姿だった。

 

「待ちなさい――」

 

 結梨の肩を掴もうと倫夜が手を伸ばした時、けたたましい警報音が通路に響き渡った。

 

 

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