リリィが他の人類から独立する――ロザリンデの念頭にあったのは、新しい人類の原型として人工的に生み出されたリリィであると中原・メアリィ・倫夜が推測した、結梨と来夢の存在だった。
ヒュージから仲間と認識されるため、攻撃されることの無い来夢と、複数レアスキルの同時使用・戦技コピー能力など、リリィとして異次元とも言えるレベルの能力を持つ結梨。
将来、彼女たちのようなリリィが既存のリリィに取って代わるようなことになれば、ヒュージは人類にとっての脅威たりえず、文字通り新しい人類としてヒュージ出現後の世界を生き抜く生物種となるだろう。
加えて、通常のリリィであれば決定的な問題となるはずの、年齢によるマギの減衰についても、彼女たちには当てはまらないのではないかとロザリンデは考えていた。
なぜなら、その二人に劣らず特異なリリィである白井咲朱――彼女もまた極めて特殊な立場に位置しているリリィであることは明らかだった――の存在があったからだった。
10代後半で能力のピークを迎える通常のリリィとは異なり、歳を重ねてもマギの保有量が衰えない特殊なリリィが存在するのではないか。
その一例が、新宿で一柳隊から白井夢結を離脱させようと画策した白井咲朱だ。
彼女は白井夢結の姉であり、百合ヶ丘女学院の卒業生であると同時に、教導官として百合ヶ丘に赴任する予定だった人物だ。
既に成人しているはずの咲朱が、一柳隊の全リリィを相手に圧倒的な戦闘能力を誇った事実――それは彼女のリリィとしての能力が、年齢によって衰えてはいないことを証明している。
彼女は教導官として赴任する直前に戦死し、その後に生き返ったと言った。
いかにリリィであっても、死んだ人間が生き返ることなどありえない――いや、死亡して時間が経たないうちに何らかの特殊な強化を施せば、蘇生は可能かもしれない――もちろんそんな事が可能な技術を有するのは、G.E.H.E.N.A.以外には存在しないだろう。
もしそうだとすれば、人工的かつ先天的にリリィとしての能力を付与された結梨と来夢も、年齢によるマギの減衰に耐性があってもおかしくはない。
仮に自分が二人の「設計者」であれば、当然そのようなスペックを備えさせるだろう――とロザリンデは思った。
事実、岸本・ルチア・来夢は、6才という通常ではありえない若さでレアスキルに覚醒している。
マギが減衰しない場合、彼女たちはガーデンを卒業し、リリィを引退するという、従来であれば避けられない運命から外れ、一生涯リリィとして生きることになるかもしれない――当然、その人生において目指すべき目標も、一般的なリリィとは全く違ったものになるだろう。
そして少なくとも、白井咲朱に関しては「目指すべき高み」という何らかの野心めいた目標を持っていることは確実だ。
その具体的な内容はまだ明らかになっていないが、その「高み」が世界全体に対して少なからぬ影響を与えるであろうことは想像に難くない。
その「高み」なるものが、「ヒュージの姫」がヒュージを従え、世界を支配することであるなら、人類社会の構造を根本から変化させることは間違いない。
白井咲朱、一柳結梨、岸本・ルチア・来夢、「ヒュージの姫」……彼女たちが人類の上位者たることを、人々は認めるだろうか。
その時、閑や眞悠理を含めた自分たちのようなリリィは、彼女たちをリリィの頂点に君臨する者として認めるだろうか、それとも――
「閑さん、もし超越者のようなリリィが出現して、これから理想の世界を創るから、その実現に協力するよう彼女から命じられたら、あなたはそれに従う?」
ロザリンデは紅茶の入ったティーカップを口元に運びながら、閑の考えを知るための質問を放った。
閑は一瞬ロザリンデの質問に面食らった様子だったが、少し視線を落として沈黙した後、自分なりに考えた答えを口にした。
「それは……分かりません。
人類の歴史を顧みれば、超越的な人物が必ずしも正しい考えの持ち主とは限りませんから」
「――そうね、その通りだと私も思うわ」
歴史上に現れた何人もの英雄や支配者を想起しながら、ロザリンデは複雑な気持ちで閑の発言を肯定した。
「そのリリィの考え方次第では、真の意味でリリィが人類の脅威となる可能性もあります」
「それはどういった内容で?」
「超越的なリリィというのが、レアスキルを始めとする戦闘能力を指すものか、リリィとしての限界を超越したものか――それによっても意味合いは違ってきます」
ロザリンデは黙って閑の話に耳を傾け、先を促した。
閑の頭の中の知識がロザリンデの質問と結びつき、閑の思考として展開していくのが見て取れたからだ。
「リリィがその存在を社会から認められているのは、ヒュージに対抗できる唯一の戦力であると同時に、その戦力維持が一定年齢の期間に限定されているからです。
その枷が外れた状態になれば、リリィの存在は意思を持った戦術核兵器と同じ意味になるかもしれません。
……幸いにも、その制限から逃れたリリィを私は一人しか知りません」
「その一人とは、誰のことかしら?」
「このガーデンの高松祇恵良理事長は、ノスフェラトゥと呼ばれる詳細不明のブーステッドスキルによって、若さとマギの保有量を維持していると聞いています。
その意味では、理事長は紛れも無く超越的なリリィの一人だと私は思います」
理事長にはロザリンデも直接の面識は無く、その外見については噂で伝え聞くのみだったが、それは閑も同じなのだろう。
「百合ヶ丘女学院の方針は、ヒュージの脅威から人々を守り、G.E.H.E.N.A.に囚われた強化リリィを一人でも多く救出して保護する――その二点に集約されています。
逆に言えば、それ以上の事をするのは、リリィ脅威論を蒸し返す恐れがある以上、決して踏み込むことはできない――そう理事長はお考えなのかもしれません」
ロザリンデの質問への答えを得た閑の言葉は、最初のためらいがちな口調から確信に満ちたものへと変わっていた。
「ですから、私が百合ヶ丘のリリィである限り、その超越的なリリィの理想がガーデンの方針に反するものであれば、従うことはできません」
「実に明快な答えだわ。
さすが三姫様と呼ばれる1年生の一人ね」
「ありがとうございます。
――ところで、ロザリンデ様。
私からも一つお尋ねしたいことがあるのですが」
「何かしら?話してみて」
「少し前から、ロスヴァイセに第4世代の精神直結型CHARMが、実戦検証用に導入されているという噂を聞きました。
私の知っている範囲では、そのタイプのCHARMを実戦で扱えるリリィは、ほとんど存在しないはずです。
実際、百合ヶ丘では過去に一度だけ依奈様が使われたのみで、その後はお蔵入りになっていると聞いています。
ロスヴァイセに、第4世代の精神直結型CHARMを扱えるリリィが、新しく加わったのでしょうか?」
ロザリンデは閑の質問を聞いて、彼女がリリィに関する異常なレベルのスペックマニアであることを思い出した。
確かに結梨の能力は、閑のような人材マニアのリリィにとっては垂涎の的に違いないが、ここで結梨の話をするわけにはいかない。
「それについては機密扱いで、特務レギオンと生徒会長以外には情報を開示されていないの。
いずれ話せる時が来たら、あなたにも説明するから――」
ロザリンデが言葉を濁した時、床下から誰かが扉をノックする音が聞こえた。
閑の隣りに座っていた眞悠理が席を立ち、床面に設置された扉の閂を外す。
開かれた扉から顔を見せたのは、眞悠理のルームメイトで閑のシュッツエンゲルの剣持乃子だった。
どことなく母親のような優しげな雰囲気を放つその2年生リリィに、眞悠理が声をかける。
「お帰りなさい、乃子さん。食材の買い物は首尾よくできた?」
「ええ、今しがた部屋の冷蔵庫に入れてきたところよ。
閑さんが私を訪ねてきたと聞いて、ここじゃないかと思って来てみたの」
「ごきげんよう、乃子お姉様。
お姉様が戻られるまで、ここで待たせていただきました」
「そうだったの。
お二人となら、普段私としないようなお話をする良い機会だったでしょう」
「はい、とても自分一人では及ばないところまで考えが深まりました。
――ロザリンデ様、眞悠理様。
またこのような機会があれば、ぜひお話を聞かせてください」
「ええ、ここにはいつでも来てもらって構わないわ。
でも、あまり入り浸っていると乃子さんに怒られるかもしれないから、程々にね」
「はい、ありがとうございます」
眞悠理の言葉に閑は大きく頷いて、乃子のために椅子をもう一脚用意し始めた。
そう言えば、と乃子は眞悠理にぽつりと呟いた。
「買い物の途中で、少し変わったことがあったの」
「それはどのような?」
「珍しく天然ものの
その子もリリィのようだったわ」
「そうだったの。百合ヶ丘のリリィだった?」
「いいえ、百合ヶ丘のリリィではなさそうだったけれど、頭に猫耳型のヒュージサーチャーを着けていたから、どこかのガーデンのリリィなのでしょうね」
「猫耳……」
「その子ったら、私が百合ヶ丘のリリィだと知ると、いきなり手合わせを申し込もうとしてきたのよ。
びっくりしちゃったわ」
「まさか、そのリリィ……」
ロザリンデと眞悠理は思わず顔を見合わせた。
「私がCHARMを持ち合わせていなかったから、その場は何事もなく終わったけどね」
「乃子さん。そのリリィ、背が高くて髪の長い女性と一緒ではなかった?」
ロザリンデが尋ねると、乃子はその質問に否定で答えた。
「いいえ、その子ひとりだけでした。
良い鰻を探して、この辺りまで足を延ばして買い物に来たそうです」
「あの子にそんなこだわりがあったなんて、初めて知ったわ」
「そのリリィをご存じなんですか?」
「ええ、詳しいことは話せないけれど、少し厄介な揉め事に巻き込まれてね。
思い込みが激しいけど、決して悪い子じゃないのよ」
「そうですか。結局、鰻はその子に譲りました。
普段は東京に住んでいて、暇を見つけては色々な土地を巡っていると言っていました」
「彼女、ガーデンを去った後はどうやって生活しているのかしら。
やはりあの人と一緒に……」
「あの人とは誰のことですか?」
「今はそのリリィの保護者兼指導者……とでも言うべき人ね。
実家が裕福でしょうから、生活は何とでもなるのかも」
「ロザリンデ様、その猫耳のリリィをご存じなら、彼女のレアスキルやCHARMについてお聞きしたいのですが」
「眞悠理さん、あなたもその二人を知っているの?
猫耳のリリィの子がガーデンを去ったということは、今はどのガーデンにも在籍していないということ?」
ロザリンデの説明を聞いて、閑と乃子は琴陽と咲朱に興味を持ち始めた様子だった。
これは不味いと思ったロザリンデと眞悠理は、早々に話を切り上げた。
ロザリンデは自室へと戻って行き、屋根裏部屋に残った眞悠理は二人からの質問攻めを避けるために、いそいそと紅茶のティーカップを片付け始めたのだった。
ロザリンデが旧館寮の屋根裏部屋から特別寮の自室に戻ると、同室の碧乙は不在だった。
特務レギオンの活動報告をまとめておこうと、書類をキャビネットから取り出そうとした時、制服のポケットに入れている端末が、着信を知らせる振動を始めた。
モノクロの小さな画面に表示された発信者の名前は、一柳結梨だった。
ロザリンデはすぐに通話ボタンを押して電話に出た。
耳に当てた端末のスピーカーから聞こえてくる結梨の声を聞きながら、ロザリンデは何度も小さく頷いた。
「……そう、まだ御台場にヒュージは出現していないのね。
えっ、頼みたい事がある?
珍しいわね、結梨ちゃんが私に頼み事なんて。
いいわよ、話してみて」
再びスピーカーから結梨の声が流れ始め、それを聞くにつれてロザリンデの表情は真剣さを増していった。
「……分かったわ。私から理事長代行に相談してみる。
結果が分かったらこちらから連絡するから、それまでは御台場で待機していてね」
通話を終えたロザリンデは、一つ大きく息を吐き出すと、理事長代行職の高松咬月に連絡を取るべく、端末のボタンを確かめるように押し始めた。
以下、ラスバレの直近メインストーリーに言及しています。
未プレイの方はご注意ください。
エレンスゲの研究施設への襲撃者がロスヴァイセだったら超展開ですが、伏線無しの登場かつ唐突すぎるので、たぶん違うでしょうね……