結梨がロザリンデに連絡を取ってから数日後の午後。
御台場女学校の生徒会室では、生徒会副会長の川村楪が、机の上に置いたタブレットの画面を見つめていた。
「新宿方面への外出申請……目的は私用。
この内容で、よくガーデンの許可が下りたもんだな。
いいのか?また襲われたりする可能性は――」
楪が画面から視線を移した先にいたのは、生徒会長の月岡椛だった。
以前、結梨が休暇中に親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンのリリィに襲われたことは、百合ヶ丘女学院から御台場女学校へ情報が伝達されていた。
ただし、ガーデン名とリリィの個人名――襲撃者がエレンスゲ女学園のLGクエレブレ隊長である松村優珂だったことは伏せられていた。
椛は楪の視線を受け止めると、軽く目を閉じて首を横に振った。
「ガーデンが結梨さんの申請を許可している以上、私たちにそれを止める権限は無いわ。
それに、G.E.H.E.N.A.は結梨さんに対して不干渉の姿勢を取っているという情報もあるし。
さしあたり今のところは自由に行動できると考えていいんじゃないかしら」
「だといいんだけどな……」
もし不測の事態が起これば、必ずガーデンに連絡を入れるよう、結梨には指示が出ているはずだ。
それがガーデンから離れた場所であれば、コーストガード以外のレギオン、すなわちヘオロットセインツあるいはロネスネスのリリィが現地に向かうことになる。
だが、事態が切迫していてガーデンに連絡できないような状況であれば、結梨本人が独力でその局面を打開しなければならないだろう。
「私用といっても、本当にただの私用ってわけじゃないんだろ?
護衛役の一人でも同行させるべきじゃなかったのか?」
「下手な護衛では、かえって足手まといになりかねないわ。
彼女、一対一の戦いなら、私たちより強いかもしれない」
結梨の戦闘能力についての椛の評価を、楪は否定するつもりは無かった。
が、無条件に肯定することもしなかった。
「いくら結梨の潜在能力が桁違いでも、実戦にはいろんな要素がある。
駆け引きとか、未確認の敵の特殊能力への対応とか。
だから一概には言い切れないさ」
「結梨さんが百合ヶ丘にいた時は、特務レギオンの預りだったそうだから、その辺りは抜かりないと思うけれど」
「……仮に、こちらから救援を出す事態になったら、誰を向かわせるんだ?」
「現地にできるだけ早く到着することを考えるなら、能力的には
「周様……縮地のレアスキルか。
もし御台場に対G.E.H.E.N.A.の特務レギオンがあったら、間違いなく周様が筆頭でメンバーに抜擢されるだろうな」
「ええ。それについては私も異論は無いわ」
椛が名前を挙げた「周様」とは、ヘオロットセインツのサブメンバーで、縮地のレアスキルとステルスのサブスキルを持ち合わせた3年生の円山周のことだった。
加えて、周はかつてG.E.H.E.N.A.の施設に囚われていた強化リリィでもある。
保護されたガーデンが御台場女学校ではなく百合ヶ丘女学院であれば、確実にロザリンデとともにLGロスヴァイセの一員となっていたことだろう。
「今は周様の出番が回ってこないことを願いましょう、ゆず」
「ああ、まったくだ。これ以上G.E.H.E.N.A.に振り回されるのは願い下げだ」
同じLGヘオロットセインツのメンバーでも、子供っぽさを多分に残した1年生の河鍋
その姿を思い浮かべながら、楪はタブレットをスリープモードに切り替えた。
「私たちも都内各所で出没している特型ヒュージの対応に当たらないといけない。
あれだって、G.E.H.E.N.A.が一枚噛んでるに違いないはずだ。
先に行ってるよ、椛」
そう言うと、楪はヘオロットセインツの控室へ向かうべく、生徒会室のドアを開いて廊下へと姿を消した。
後に残された椛は、新宿区がある北の空を、生徒会室の窓から無言で眺めていた。
(ガーデンは結梨さんの外出目的の詳細を、私たち生徒会にも説明していない。
ということは、おそらく対G.E.H.E.N.A.関連の特務に分類される作戦行動である可能性が高いのでしょうね。
百合ヶ丘の特務レギオンは、その主任務が強化リリィの救出作戦だと聞いているけど、そちらの任務で呼び出しがかかったのかしら……)
御台場から新宿までは10キロメートル近く離れている。
今はその途上にいるであろう結梨のことを思い、椛は日が傾き始めた午後の空を見上げ続けていた。
戦力支援のためルドビコ女学院に常駐している3隊のレギオンの一角、エレンスゲ女学園のLGヘルヴォル。
そのレギオンに所属するリリィである相澤一葉、芹沢千香瑠、佐々木藍の三人は、新宿御苑へ向かう道を進んでいるところだった。
「千香瑠、新宿御苑に何しにいくの?
らん、早くルド女に戻っておやつ食べたい」
「藍ちゃんに会いたいっていう人がいるの。
それで、一葉ちゃんにも一緒にいてもらおうと思って」
藍を真ん中にして並んで歩きながら、千香瑠は藍の頭越しに一葉に話しかけた。
「そうだったんですか。私と藍も知っている人なんですか?」
「ええ、二人とも面識のある人よ。
もうすぐ新宿御苑の入口に来る予定になっているわ」
「その人、エレンスゲのリリィじゃないの?」
「エレンスゲじゃなくて、別のガーデンのリリィよ」
「ふーん。らんの知ってるガーデンだと、百合ヶ丘、神庭女子、ルド女、御台場……」
制服の長い袖から手を出し、指を折って数える藍。
「千香瑠様、あそこに見える人がそうじゃないですか?
手を挙げてこちらを見ているようです」
一葉の指さす方を千香瑠が見ると、100メートルほど先の路上に小さな人影が目に入った。
「そうね、時刻も予定通りだし、間違いなさそうだわ」
三人が歩を進めてその人影に近づくにつれ、一葉の目が驚きに見開かれていく。
「ち、千香瑠様、あの人は……」
「驚いた?彼女の方から私に連絡を取ってきたのよ」
まっすぐに伸びた道の向こうから、白いワンピースを着た少女が三人に向かって歩いてくる。
長い髪をポニーテールの髪型にまとめ、縁の細い眼鏡を掛けているその少女――彼女が一柳結梨であることは、一葉には見間違いようもなかった。
杉並の公園でLGクエレブレ隊長の松村優珂に脇腹を刺され、意識を失っていた結梨の姿を一葉は思い出していた。
傷は深手だったはずだが、結梨に同行していた百合ヶ丘のリリィがレアスキル「Z」で治療を行い、全快した――それは次第に近くなる結梨の姿を見れば明らかだった。
結梨は三人のすぐ近くまで来ると、その歩みを止め、軽く会釈して微笑んだ。
「ごきげんよう、一葉、千香瑠、藍。
今日は来てくれてありがとう」
結梨の外見はどこにでもいるごく普通の少女にしか見えず、それは彼女がリリィではなく一個人として、この場に現れたことを意味していた。