結梨と一葉・千香瑠・藍の四人は、新宿御苑の一角にある庭園へと向かった。
不審者の接近やヒュージの出現など不測の事態に備えて、周りを低い生垣で囲われた見通しの良い芝生の上に四人は座った。
結梨と藍が互いに向かい合う形となり、二人の隣りに一葉と千香瑠がそれぞれ分かれて腰を下ろす。
周囲に自分たちを監視する者が潜んでいないか、一葉は警戒を怠らなかった。
結梨と接触した事実を、エレンスゲのガーデンに知られるわけにはいかなかったからだ。
結梨を襲撃して重傷を負わせたLGクエレブレの松村優珂は、一連の記憶をガーデンによって抹消されたのだから。
エレンスゲ女学園の管轄地域から外れたこの新宿であれば、まず大丈夫なはずだが、用心しておくに越したことは無かった。
一葉たち三人はリリィとして行動しているため、制服姿でCHARMを収めたケースを携行していたが、結梨はガーデンの制服もCHARMケースも身に着けていない。
それは結梨が私人として――ガーデンの直命ではなく、ガーデンから許可された結梨個人の意思として――一葉たちに会いに来たことを示していた。
一方の一葉は、結梨が杉並の公園で松村優珂に脇腹を刺され、意識を失っていた姿を思い出していた。
その時は同行していたリリィのレアスキル「Z」で事無きを得たが、一歩間違えばG.E.H.E.N.A.の研究施設に搬送されて、身柄を拘束されていたかもしれなかったのだ。
簡単に再開の挨拶を交わし、今は御台場女学校に一時編入していることなどを結梨が話した後、一葉が神妙な面持ちで結梨に尋ねた。
「あなたはG.E.H.E.N.A.から狙われている立場のはず。
こんなに白昼堂々と姿をさらすのは危険なのではないですか?」
だが、結梨は首を横に振って一葉の心配を否定した。
「今はG.E.H.E.N.A.は私に関わらないようにしてるんだって。
だから、都内なら今くらいの変装をしておけば外出してもいいって、御台場のガーデンからは言われてるの」
「そうですか、それならまずは一安心ですね」
「それと、ここで私と会ったことは、他の人には内緒にしてほしいの」
「分かりました。私もガーデンに記憶を消されてはたまりませんからね」
「えっ?」
松村優珂の一件を考えれば、迂闊に結梨のことを口にできないのは当然だった。
以前、優珂は独断で結梨の身柄確保を企て、休暇中の結梨を杉並の公園で襲撃した。
しかし、結梨に同行していたLGロスヴァイセの北河原伊紀によって、優珂の目論見は阻止された。
その後、襲撃の事実を知ったエレンスゲのガーデンは、優珂の記憶を改変し、襲撃事件はその存在自体を隠蔽されたのだった。
「いえ、こちらの話です。気にしないで下さい。
ところで、今日は結梨さんから藍にお話ししたいことがあると、千香瑠様から聞きました」
「うん、どうしても藍に言っておかないといけないことがあって、それで千香瑠に連絡したの。
私のわがままを聞いてくれて、ありがとう」
三人に向かって頭を下げる結梨に、千香瑠が慌てた様子で結梨に話しかける。
「そんな……私たちはエレンスゲのマディックを結梨さんに助けてもらった恩があります。
だから、このくらいのことは何でもありませんよ」
かつて結梨は六本木の戦場で、マディックの一隊を攻撃しようとしていたラージ級3体を、フェイズトランセンデンスの発動によって倒したことがあった。
その後、マギを使い果たして意識を失った結梨を、LGヘルヴォルのリリィたちが秘密裏にエレンスゲのガーデンに運び込んで、休息を取らせたのだ。
もしあの時に結梨が攻撃していなければ、ヘルヴォルが現着する前にマディックの部隊は全滅していたに違いない。
それを考えれば、多少の時間を工面してルド女のガーデンから外出するなど、些細な事に過ぎなかった。
加えて、一柳結梨というリリィが佐々木藍というリリィに会いに来て、直接話したいことがあるという事の意味を、一葉と千香瑠は重く受け止めていた。
一葉と千香瑠は結梨について、それほど多くを知っているわけではない。
だが、鎌倉府と都内全域に結梨の捕縛命令が出されたこと、生存しているにもかかわらず表向きは戦死扱いになっていること、親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンのリリィに襲われたこと、百合ヶ丘から御台場に一時編入したこと……
結梨の身に起きた出来事のいずれもが、彼女のリリィとしての特異さを示して余りあるものだった。
一方、親.G.E.H.E.N.A.主義ガーデンすなわち実質的にG.E.H.E.N.A.の管理下に置かれている、極めて特殊な能力を持つ強化リリィ――それは岸本・ルチア・来夢と同じく、胎児の時点でヒュージ細胞を体内に埋め込まれたことに起因していた――としての佐々木藍。
その藍を一柳結梨というリリィが訪れ、彼女に伝えたいことがある――一葉と千香瑠はその一事だけで、結梨がこれから口にする内容を想像することができた。
それはつまり――
「私は、藍に百合ヶ丘のリリィになってほしいと思ってる」
結梨は正面に座っている藍の目をまっすぐに見つめていた。
それが単なる他ガーデンへの引き抜きを意味する言葉ではないことを、一葉と千香瑠は理解していた。
だが、当の藍は結梨が発した言葉の真意を測りかねているようだった。
きょとんとした表情で、藍は結梨の顔を見るばかりだった。
「どうして?ゆりはらんと一緒にいたいの?
それなら、ゆりがエレンスゲのリリィになればいいのに」
「藍、そうじゃない。結梨さんが言いたいのは……」
「藍ちゃんがこのままエレンスゲのリリィでい続けると、藍ちゃんや私たちが必ず危険な目に遭う――それもヒュージではなく、エレンスゲのガーデンが原因で――そういうことね?」
一葉の言葉を引き継いだのは千香瑠だった。
結梨は千香瑠の方を向くと、こくりと頷いた。
藍の能力は来夢と同種のものである可能性が高く、胎児へのヒュージ細胞埋め込みに成功したリリィは、現時点でこの二人だけだ。
それゆえ、エレンスゲのガーデンはどれほどの犠牲を払おうと、未知数の可能性を秘めた藍を絶対に手放そうとはしないだろう。
それどころか、ルド女のガーデンが来夢の能力を覚醒させるために、意図的に仲間のリリィを生命の危機に陥れようとした事実を考えれば、ヘルヴォルのリリィが同じ危険にさらされる可能性は非常に高い。
「藍が持ってる力を目覚めさせるために、エレンスゲのガーデンはヘルヴォルのリリィをヒュージに襲わせて殺そうとするかもしれない」
結梨は特務レギオンであるLGロスヴァイセの預かりだったゆえに、一般のリリィが知りえないルド女崩壊についての情報にアクセスすることを許可されていた。
その情報によれば、G.E.H.E.N.A.とルド女のガーデンは、体制に背いた教導官である泉・ローザ・莉奈に海堂・ベアトリス・千春殺しの濡れ衣を着せ、殺人事件の容疑者として全国に指名手配させた。
そしてヒュージと体制側の教導官がルド女のリリィたちを一方的に襲い、LGアイアンサイドとLGテンプルレギオンは絶体絶命の窮地に追い込まれた。
そのような極限状況下において来夢の能力は劇的な覚醒を遂げ、ルド女のリリィたちは辛うじてG.E.H.E.N.A.とルド女ガーデンの攻撃を退けることに成功した。
しかし、その代償としてほとんどの教導官の命が失われ、ルドビコ女学院のガーデンは事実上崩壊した。
自分たちの目的のためには計画的な殺人すら厭わない組織――その一端に連なるガーデンに、ヘルヴォルのリリィたちは在籍しているのだ。
「藍の力を引き出そうと無理な実験を繰り返せば、エレンスゲだってルド女みたいに崩壊してもおかしくない」
佐々木藍というリリィが特別な存在であればあるほど、エレンスゲのガーデンは彼女に過酷な実験を課し、その能力の限界値を探ろうとするだろう。
そして、その能力を利用して、ヒュージに対してより有利に戦いを進め、G.E.H.E.N.A.が人類社会の中で占める地位を、絶対的かつ独占的なものへと高めようとするだろう。
だが、もし彼女がその能力をもってしても打開できないような窮地に立たされ、生命が危ぶまれる事態に陥ればどうなるか。
おそらくエレンスゲのガーデンはヘルヴォルのリリィやマディックを盾にしてでも、藍を戦場から撤退させるだろう。
数年前に起きた日の出町の惨劇において、当時のヘルヴォル隊長がマディックを
今後、藍を含むヘルヴォルのリリィたちが、そのような局面に置かれる状況は極めて高い確率で発生すると考えられる――百合ヶ丘と御台場のガーデンは、そう結論づけざるを得なかった。
そうした事態を回避し、エレンスゲのリリィとマディックをガーデンの「実験」に巻き込ませず、同時に藍の身の安全も保障する――そのためには藍を反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンで「保護」することが最善の選択肢だった。
その提案自体は結梨が発案したものだったが、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの方針に相反するものではなかったので、百合ヶ丘・御台場の両ガーデンとも提案に反対することはなかった。
ただし、当然G.E.H.E.N.A.とエレンスゲのガーデンが黙って藍を見逃すはずはない。
現在でも安藤鶴紗に対して限定的ながら干渉を続けているように、G.E.H.E.N.A.との因縁は簡単には断絶できないだろう。
来夢に続いて藍までもがG.E.H.E.N.A.の管理下から逃れる事態になれば、非合法的な手段で藍の身柄を奪い返しにくる恐れは充分にある。
それでも、このまま藍をエレンスゲのガーデンに留めおくよりは、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンに保護する方が状況は改善するはずだ。
そうした趣旨の説明を、結梨は時折り言葉に詰まりながらも、エレンスゲの三人のリリィに向かって話し続けた。
結梨が真剣な表情で話す内容を藍は黙って聞いていたが、結梨の説明を聞き終ると、普段と変わらない訥々とした口調で自らの考えを口にした。
「ゆりの言いたかったことはわかった。
でも、らんはやっぱりエレンスゲで一葉たちと一緒にいる方がいい。
百合ヶ丘のリリィにはならない。ごめん、ゆり」
藍の答えを聞いても、結梨は失望した様子を見せず、むしろどこか安堵したような柔らかい表情になった。
「――ううん、いいの。
私が藍の立場だったら、やっぱり断ってたと思うから」
両親の所在すら判然としない藍にとって、ヘルヴォルのリリィたちは家族も同然の存在だ。
危険が迫っているとしても、家族と離れ離れになるよりは一緒にいる方を選ぶ――それが藍の答えの本質だった。
それを思えば、客観的な合理性や戦略とは別の判断基準で、藍が自身の進む道を選んだのも無理はない――結梨は藍の選択を責める気には到底なれなかった。
ある意味でそれは感情に流された結果だと言うこともできるが、人は木石ではない。
理性と感情を併せ持つ存在が人である以上、藍の選択を否定することは結梨にはできなかった。
「申し訳ありません、結梨さん。
せっかくここまで来ていただいたのに、結梨さんの希望に沿うことができなくて」
沈んだ口調で結梨に謝る一葉だったが、結梨は全く気落ちしている様子は見られなかった。
「そんなことないよ。藍の気持ちを直接聞けただけでも、今日ここに来てよかったと私は思ってるから。
それに、藍が一葉たちと一緒なら、危ない目に遭っても切り抜けられると思う。
でも、もし私や百合ヶ丘のガーデンの力が必要な時は必ず知らせて。
みんなで力を合わせれば、きっと誰も犠牲にならずにすむから」
「ありがとう、結梨さん。
ルド女のリリィと同じように、私たちエレンスゲのリリィも自分たちの力で仲間を守り
、ガーデンが間違った方へ進まないように、正しい在り方へ変えていきたいと思っています。
万が一の事が起こった場合は、遠慮なくお言葉に甘えさせていただくと思いますので、よろしくお願いします」
一葉が差し出した右手を結梨はしっかりと握り、両者の合意が成立したその時、結梨が着ているワンピースの腰のあたりから低い振動音が聞こえた。
それはリリィが連絡のために携帯している通信端末が、ワンピースのポケットの中で着信を知らせているものだった。
「どうぞ、出ていただいて構いませんよ。
機密に関わる内容であれば、私たちは離れた所にいますから」
「ありがとう……えっと、この番号は……」
結梨はポケットから端末を取り出し、小さいモノクロの液晶画面に表示された相手先の番号を確認する。
そのまま端末を耳元に当て、結梨が電話に出ると、聞き覚えのある女性の声がスピーカーから結梨の耳に聞こえてくる。
一葉たちの前で電話に出た結梨が発した言葉は、彼女たちが全く思いもよらないものだった。
「咲朱、久しぶりだね。うん、私は元気だよ。
――えっ、琴陽が私にご飯をごちそうしたい?
ちょっと待ってね、今ヘルヴォルのリリィと一緒にいるから、また後でかけ直すよ」
結梨は短い通話を終えて端末をポケットに戻した。
そして結梨が一葉たちの方へ向き直ると、その顔を一葉と千香瑠が
最後の咲朱様からの電話はネタではなく、次回エピソードの前振りです。念のため……