アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第21話 リリィたちの昼餐会(2)

 

 琴陽に促されて結梨と伊紀が武家屋敷さながらの敷地に入ると、幾らも進まないうちにどこからか香ばしい匂いが漂ってきた。

 

「いい匂いがする。これが鰻を焼いてる匂いなの?」

 

 結梨が自分たちの前に立って歩いている琴陽の背中に向かって尋ねた。

 

「気づかれましたか?

咲朱様がこの裏手にある土間で鰻を焼かれているところです。

もう程なく焼き上がると思いますので、中に入って座敷でお待ちください」

 

「咲朱が自分で料理してるの?」

 

 琴陽は振り返り、にこりと笑って結梨に頷く。

 

「そうです。意外ですか?

咲朱様は何事も自分が率先して行うべきだというお考えの持ち主なので、身の回りのことは一通りご自分でなさるんですよ」

 

「隗より始めよ、ですか」

 

 伊紀がぽつりと呟いた言葉を琴陽は聞き逃さず、我が意を得たりとばかりに満足げに伊紀を見やった。

 

「お分かりいただけたようで幸いです。

――どうぞ、ここからお上がりください。

廊下の奥の右手にある部屋でお待ちくださるようお願いします」

 

 結梨と伊紀は広い玄関で靴を脱ぐと、そのまま板張りの廊下を奥へと進んだ。

 

 先ほど琴陽が言った通り、廊下の右側に見えた襖を開けて二人は畳敷きの和室へ入る。

 

 琴陽は結梨と伊紀の来訪を咲朱に知らせるため、二人と別れて土間に向かって去って行った。

 

 十畳ほどの和室の中央には、大きめの円い座卓が置かれており、障子戸の向こうからは外光が柔らかく透過して、室内を明るく照らしている。

 

 座卓には既に箸と湯呑みが置かれており、食事の準備が進められていることを示していた。

 

「この家、すごく広い。お屋敷みたい。

琴陽は咲朱と二人でここに住んでるのかな」

 

 用意されていた座布団の上に正座して、結梨は興味深そうに伊紀に尋ねた。

 

「この部屋に来るまでに、琴陽さん以外の人影は見えませんでした。

玄関の靴の数からしても、二人だけで生活しているようですね」

 

 伊紀が概算で見積もったところでは、敷地の広さは二百坪から三百坪。

 

 明らかに一般的な生活水準からは大きくかけ離れた住環境だ。

 

 どのようにして咲朱と琴陽がこの住まいを確保したのかは想像する他ない。

 

 だが、自分たちをここに招いたということは、隠し立てするようなものではないということか――伊紀は、まだ姿を現していない咲朱を待ちながら、そのような考えを巡らせていた。

 

「お待たせしました。咲朱様が料理をお持ちになりました」

 

 襖の向こうから琴陽の声が聞こえ、そのすぐ後に襖が静かに開かれた。

 

 そこに見えた咲朱の姿は、やはり琴陽と同じく黒を基調としたワンピースの服を着ていた。

 

「ごきげんよう、結梨。

それに、そちらのリリィは北河原伊紀さんと仰るのね。

今日は鎌倉から御足労いただいたことに感謝するわ」

 

 咲朱が腰をかがめて畳に膝をつくと、大きな盆に四つの黒い漆塗りの重箱が載せられているのが、結梨と伊紀の目に入った。

 

 咲朱の手が悠然と結梨と伊紀の前に重箱を置いていく。

 

 それを見た琴陽が結梨と伊紀に声をかける。

 

「どうぞ、冷めないうちにお召し上がりください。

お二人とも、いろいろと仰りたいことはあると思いますが、まず箸をつけてからゆっくりとお話ししましょう」

 

「――分かりました。お言葉に甘えていただかせてもらいます」

 

「いただきます」

 

 伊紀の隣りに座っていた結梨が、手を合わせてから重箱の蓋を開ける。

 

 伊紀は特務レギオンのリリィらしく、料理に一服盛られている可能性を考えないわけではなかった。

 

 だが、咲朱が本気で強引に事を進めようとするなら、そんな回りくどい手は使わないだろうと、大人しく琴陽の言葉に従うことにした。

 

 咲朱の作った鰻重は素晴らしく美味だった。

 

 最初の一口だけで、結梨にも伊紀にも、それははっきりと分かった。

 

「すごーくおいしいね、伊紀」

 

「はい。琴陽さん、この鰻は天然ものですか?

これほどのものは口にしたことがありません」

 

「そうです。咲朱様と二人で奥多摩方面まで遠出して、何か所も仕掛けを仕込んで捕まえたんですよ」

 

「待ってください。あの辺りはヒュージ警戒区域だったはずですが」

 

「はい、もちろん武装した上で、準備万端で出かけました。

道中で何度かヒュージに遭遇しましたが、特段危険な状況に陥ることはありませんでした」

 

 さもありなんと伊紀は納得した。

 

 咲朱と琴陽なら、二人だけでも優に一個レギオンを上回る戦力たりうる。

 

 たとえギガント級が出現しても、大した脅威にならないのは明らかだった。

 

 それとは別に、伊紀は結梨がこの場に招かれた理由についても考えていた。

 

 咲朱と琴陽は、素性を明らかにして百合ヶ丘の一般リリィに関わることは避けたい。

 

 それゆえに剣持乃子の代わりに結梨を招いて礼をする――一応は筋が通っているようにも思えるが、それは結梨を呼び出すための口実に過ぎないのではないか。

 

 供された食事をほぼ食べ終えた時、伊紀は頃合いを見計らって咲朱に尋ねた。

 

「まさか、今日は鰻を御馳走になってお開きというわけではありませんよね?」

 

「どうしてそう思うのかしら?」

 

 咲朱は伊紀の質問に動じる気配も無く、落ち着き払って反問した。

 

「わざわざ人払いのような状況を作った上で、私たちを呼んだということは、相応の目的があると考えたからです」

 

「そう思うのは、あなたが特務レギオンのリリィだから?」

 

「そのようにお考えいただいて結構です。

私があなたの立場なら、この機会を利用しない手はないと考えますから」

 

「――ふふ、別にあなたたちを罠に嵌めたりするつもりはないから、安心しなさい」

 

 咲朱は微笑を浮かべてその視線を伊紀から結梨に移し、興味深げに話しかけた。

 

「結梨。あなたに関係する興味深い情報を掴んだので、食事のついでに伝えておこうと思ったのよ」

 

 「ついで」ではなく、それが今日の本題ではないのかと伊紀は思ったが、今は黙って咲朱の話を聞いておくことにした。

 

「ルドビコ女学院の指令室を捜索しようとした際に、御台場女学校の元校医と遭遇したそうね。

その時に彼女があなたに話した内容について、少し考えたことがあるの」

 

「倫夜先生が私に話したこと……」

 

 当時の状況を思い出そうとする結梨の隣りで、伊紀は剣呑な視線を咲朱に向けていた。

 

「待ってください。どうしてその事実をあなたが知っているんですか」

 

 捜索に参加したリリィは、その任務が極めて機密性の高いものであることを全員が理解していた。

 

 当然、捜索の内容は部外秘とされ、各ガーデンの内部で厳重に管理されている。

 

 百合ヶ丘でも、捜索の情報を開示されているのは生徒会長と特務レギオンだけだ。

 

「G.E.H.E.N.A.にも反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンにも所属していないあなたが、その情報にアクセスできるはずはありません。まさか――」

 

 咲朱か琴陽のどちらか、あるいは両方がG.E.H.E.N.A.と通じていて、情報を得ているのか――そのような伊紀の疑念に対して、否定の言葉を返したのは琴陽だった。

 

「いいえ、私たちはもうG.E.H.E.N.A.とは何の関係もありません」

 

「それなら、一体どうやって機密情報を入手しているんですか?」

 

「今は咲朱様が必要な情報をG.E.H.E.N.A.のデータベースから取得されています」

 

「……つまり、G.E.H.E.N.A.のネットワークに侵入して、データベースに記録されている情報を閲覧していると?」

 

「その通りです。

咲朱様はリリィという概念を超越された存在です。

そのお力をもってすれば、ネットワークの攻性防壁など豆鉄砲も同然です」

 

 自信満々で胸を張る琴陽だったが、伊紀は呆れ顔で肩をすくめた。

 

「不正アクセスをそんなに自慢げに言うのは、いかがなものかと思いますが……」

 

 非難がましい目で伊紀は咲朱を見たが、当の咲朱は一行に気にしていない様子だった。

 

「あら、あなただって特務レギオンのリリィでしょう?

諜報活動や偵察任務はお手の物だと思うけど」

 

「それはそうですが……では私たちがG.E.H.E.N.A.に対して実施した作戦や、G.E.H.E.N.A.が関与した事件は、全てその内容を把握しているわけですね」

 

「ええ。エリアディフェンスの崩壊や偵察衛星のロスト、結梨とあなたがエレンスゲの強化リリィに襲撃されたこと。

そして、ルド女の指令室前で中原・メアリィ・倫夜が結梨たちに語った持論についても、G.E.H.E.N.A.のデータベースに彼女の報告書が保管されていたわ」

 

「倫夜先生は、私と来夢がヒュージのいる世界でも生きられるように創られた人間だって言ってた」

 

 結梨が倫夜の発言を思い出して咲朱に伝えると、咲朱はそれを確認するように頷いた後、倫夜の説を語り始めた。

 

「そう、あなたと来夢を生み出した研究プロジェクトは、いずれも今の人類がヒュージに滅ぼされた場合でも、人工的に進化した新しい人類が種として存続するための足掛かりだった……というのが中原・メアリィ・倫夜の考えね」

 

「はい、捜索に参加したリリィ4人の報告でも、彼女はそのようにプロジェクトの真相を推測していたと記録されています」

 

 そうね、と咲朱は伊紀の発言を肯定した上で、今度は自らの解釈を展開した。

 

「でも、私の考えは彼女のそれと少し違っている。

二つの研究プロジェクトが真に目指していたのは、ヒュージを脅威としない人類社会の確立であり、それを可能にする新たな超越的人間の誕生だった。

すなわち、既存の人類を統率し、次の時代へ導くための先駆者となるべく生み出された存在。

それが一柳結梨であり、岸本・ルチア・来夢というリリィだった」

 

 確信に満ちた口調で自説を語る咲朱に、結梨は黙って耳を傾けている。

 

「結梨や来夢、藍のような特別なリリィは、私と同じくヒュージとの戦いを事実上終わらせる可能性を持っている。

私たちの力が無ければ、人類は次の時代に進むことはできないでしょう」

 

「あなたは、その二つのプロジェクトの両方に関わった研究者を知っているんですか?

G.E.H.E.N.A.の裏をかいて自分の理想を実現しようとした研究者のことを」

 

 伊紀の質問に、咲朱は余裕たっぷりに肯定の返事をした。

 

 まるで、それについて尋ねられるのを待っていたかのように。

 

「もちろん知っているわ。

今日ここに来てもらったのは、それを伝えるためでもあるのだから。

――結梨、あなたの生みの親は岸本・ルチア・来夢の父親よ」

 

 





・人造リリィ計画については公式で新たに語られることは無さそう
・できるだけオリジナルのキャラを出さずにストーリー展開したい
 上記二つの前提から、ルド女舞台で名前のみ登場した岸本教授をキーパーソンとしています。

 また、次のエピソードでジャガーノートが登場する予定でしたが、ラスバレに先を越されてしまいました……
 ジャガーノートの扱いについては、メインストーリー更新分を読んでから、どうするか決めるつもりです。

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