公式の設定に存在しない部分は、全て筆者の想像であることをお断りしておきます。
「結梨さんを創ったのは、ルド女の来夢さんのお父さんですって?」
「はい。かつてルドビコ女学院での強化実験に関わっていたとされる人物の一人……岸本教授です」
東京で結梨と伊紀が白井咲朱から説明を受ける少し前、百合ヶ丘女学院の生徒会室では、奇しくも内田眞悠理が同じ真相を口にしていた。
眞悠理から手渡された資料に目を通しながら、出江史房と秦祀の二人は驚きを隠せずにいる。
「旧体制のルド女およびルドビックラボで研究活動を行っていた科学者として、岸本教授と天宮教授という二人の人物がいたことは私も知っているわ。
でも、来夢さんの父親である岸本教授は、ルド女が崩壊するかなり以前から行方不明になっていたと、手元の資料には記載されている。
その彼が、どうやって結梨さんを生み出す元となったG.E.H.E.N.A.の人造リリィ計画に関わったと言えるの?」
史房の疑問に対して、眞悠理は碧乙の隣りに座っているロザリンデの顔を見た。
「続けて、眞悠理さん」
ロザリンデが小さく頷いたのを確認してから、眞悠理は説明を再開する。
「最も重要な根拠となる事実は、G.E.H.E.N.A.が人造リリィ計画のプロジェクトを進めるに当たって、グランギニョル社との技術提携を行ったことです。
考えてみれば、人造リリィという極めてG.E.H.E.N.A.的な概念に基づくプロジェクトの技術提携を、外部のCHARMメーカーであるグランギニョル社に求めるというのが妙な話です。
その事情として推測されるのは――おそらくG.E.H.E.N.A.は自らの力だけでは人造リリィを完成までこぎつけることができなかった。
そして人造リリィを創り出す上での核心的な理論や技術、それらを有する組織あるいは個人を探し求めた結果、たどり着いた先がグランギニョル社だったということです」
「なぜグランギニョル社がそんな技術を持っていたの?」
本業がCHARMの設計開発と製造であるグランギニョル社が、人造リリィに関する技術を有していること自体が不自然極まりない。
それを指摘した祀の疑問に対して、今度はロザリンデが眞悠理に代わって答える。
「考えられるのは、グランギニョル社に元G.E.H.E.N.A.の科学者が在籍しており、かつその人物が人造リリィ計画の技術開発面においてコアになる人材だということ。
それほどの能力を持ち、かつてG.E.H.E.N.A.あるいはG.E.H.E.N.A.に関係する組織に所属していた科学者――それはルドビコ女学院とルドビックラボから姿を消した――いえ、正確には逃亡した岸本教授が、グランギニョル社に身を寄せていたからよ」
「まず、どのような経緯で岸本教授があなたを生み出すに至ったか、それを先に説明しておきましょうか」
その頃、東京では白井咲朱が結梨と伊紀の前で、岸本教授と人造リリィ計画との関わりを次のように説明した。
ルドビコ女学院とルドビックラボに在籍していた当時、岸本教授は天宮教授ともにリリィの強化実験についての研究に従事していた。
当初、岸本教授は従来の生態系を回復させるための研究の一環として、動植物の体がヒュージ化する際の生物学的プロセスについての研究を行っていた。
その過程で、岸本教授は致命傷を負ったリリィを救命するために、リリィの体内にヒュージ細胞を埋め込んで、回復力と治癒力を劇的に高める手法を発見した。
しかし、皮肉にもそれは被験体となる強化リリィを生み出す目的に利用され、G.E.H.E.N.A.によって故意にリリィに致命傷を負わせる行為を常習化させる結果となった。
リリィを強化リリィへと変える処置は、元々は致命傷を負ったリリィに対する最終的な救命処置として考案されたものだった。
それは通常の外科的治療では救命できないリリィを救うための唯一の手段であると同時に、一般のリリィが持ちえない特殊な能力と身体機能の大幅な強化をもたらすものだった。
その一方で、強化処置によってリリィの心身には多大な負荷がかかり、中には絶命する者や、理性を失って攻撃衝動のみの狂人となる者も少なくない割合で発生した。
このため、強化処置は致命傷を負ったリリィの命を救う最後の手段としてのみ施術が認められる――それが強化処置を運用する上での大原則だった。
だが、G.E.H.E.N.A.はその原則を悪用して、強化の対象としたいリリィが致命傷を負うような戦況を意図的に作り出していた。
こうして、やむをえない場合の救命手段としてのみ許容されていた強化処置は、やがて任意のリリィを強化リリィにするための手段へと変質していった。
リリィがG.E.H.E.N.A.による人体実験の被験者にされることに対して、岸本教授は強く反発した。
あくまでもリリィの命を救うための次善の策としてのみ、強化処置は認められるべきだとする岸本教授の主張は、G.E.H.E.N.A.とルドビコ女学院のガーデンにとって目障りなものに映った。
当時、ルドビコでは強化実験の一環として、胎児にヒュージ細胞を埋め込む計画が進められていた。
当然のことながら、岸本教授はこの計画に全面的に反対する立場を強硬に取っていた。
結果として、ルドビコ女学院における胎児へのヒュージ細胞移植実験については、もう一人の研究者である天宮教授が主導する形で、その工程が進められることになった。
だが、天宮教授の考案した手法には不完全な部分があり、そのままではヒュージ細胞を埋め込まれた胎児が人間として誕生できないことに、岸本教授は気づいていた。
胎児へのヒュージ細胞埋め込み実験を止められないと悟った岸本教授は、天宮教授の研究の問題点を補完し、更には彼自身の希望を少しでもそこに入れ込もうとした。
一例として、岸本・ルチア・来夢がヒュージから仲間と見なされ、攻撃されないという特性は、岸本教授の研究結果に基づくものだったと考えられる。
胎児へのヒュージ細胞埋め込み実験は、はじめ天宮教授の妻を被験者としていたが、彼女が実験の直前にルドビコから逃亡したため、岸本教授の妻を代理の被験者として実験は実施された。
その結果生まれたのが岸本・ルチア・来夢であり、同時期に別の受精卵から生まれた佐々木藍だった。
そして岸本教授は、これ以上同じ被害者を出さないように、胎児へのヒュージ細胞埋め込み技術の核となる資料を処分し、その後にルドビコ女学院およびルドビックラボを出奔した。
現在に至るまで、岸本・ルチア・来夢と佐々木藍以外に同様の強化リリィが存在しないのは、このような事情に基づいている。
ルドビコから逃亡し、公式には行方不明となった岸本教授は、G.E.H.E.N.A.の追跡を逃れるため、亡命同然に欧州へ渡った。
そして彼は幾つかの国を転々とした末に、フランスのグランギニョル社に身を寄せた。
彼はそこで無名の一研究員として密かに勤務を続けていたが、一年ほど前にG.E.H.E.N.A.からグランギニョル社に、あるプロジェクトの共同研究が持ちかけられた。
それが例の人造リリィ計画だったことは、単なる偶然ではなかった。
G.E.H.E.N.A.は岸本教授がグランギニョル社に在籍していることを突き止め、彼の身の安全を保障することと引き換えに、人造リリィ計画への協力を要請した。
人造リリィ計画を成功させるためには、その前段階の研究である「胎児へのヒュージ細胞埋め込み」のノウハウが不可欠だったからだ。
再びG.E.H.E.N.A.の人体実験に関わることを余儀なくされた岸本教授は、G.E.H.E.N.A.の思惑を逆手に取って、自分の理想の一端を実現することを目論んだ。
来夢の時と同じように、いや、それ以上に完全な形で自分の理想を実現しようとしたのだ。
G.E.H.E.N.A.が目指していた、単なる使い捨ての代替戦力としての人造リリィではなく、ヒュージ支配下の環境でも生きることができる新しい人類の一人として、岸本教授は人造リリィの遺伝子を設計した。
そしてヒュージ幹細胞から岸本教授が選択した塩基配列のみを抽出し、ヒトの遺伝子として再構成したのが人造リリィの遺伝子だった。
これによって人造リリィの遺伝子情報は、国際法で人として認められるボーダーラインの数値をクリアしている。
ただし、G.E.H.E.N.A.が実験のために用意した人工子宮としての培養繭は、百を超える数のものだった。
これほど大量の繭から超越的な能力を持つ人造リリィが一度に誕生すれば、それらの人造リリィの所有者となるG.E.H.E.N.A.の軍事力に抗える者は存在しなくなる。
この事態を回避するために、岸本教授は一つの個体を除く全ての卵細胞に、繭からの孵化を阻害する因子を密かに組み込んでおいた。
こうしておけば、G.E.H.E.N.A.がどのような手段を講じようとも、生まれてくる人造リリィはただ一人きりで、彼女が与える影響は最小限に抑えることができる――そう岸本教授は考えた。
実験の結果、由比ヶ浜ネストのマギから影響を受けた多くの培養繭が付近の海岸に漂着し、後に一柳結梨と名付けられる一個体のみが孵化に成功した。
こうして人造リリィ計画は、G.E.H.E.N.A.にとっては極めて限定的かつ想定外の、岸本教授にとっては目論見通りの成功を収めることになった。
そして一柳結梨を巡る一連の騒動の後、岸本教授は人造リリィ研究の技術資料とともに再び姿を消した。
その行方は現在でも