アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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 これまでアニメ基準で「ミーティングルーム」としていた表記を、今回投稿分からラスバレ基準の「控室」に変更しています。



第22話 私立百合ヶ丘女学院理事長(1)

 

 東京で白井咲朱と戸田琴陽に別れを告げた結梨と伊紀は、咲朱から聞かされた話の内容を百合ヶ丘女学院に報告し、夕刻には百合ヶ丘のガーデンに戻っていた。

 

 結梨と伊紀が報告した「胎児へのヒュージ細胞埋め込み実験」と「人造リリィ計画」の真相は、奇しくも同日、百合ヶ丘の生徒会室で眞悠理が説明した内容とほぼ一致していた。

 

 ただし、ルド女を出奔した後の岸本教授の消息と研究内容に関しては、G.E.H.E.N.A.のデータベースから情報を得た咲朱の説明が、格段に詳細だったことは言うまでもない。

 

 二人からの連絡を受けた百合ヶ丘では、早急に今後の対応を協議するために、特別寮のLGロスヴァイセ控室に関係者が集まった。

 

 協議には理事長代行の高松咬月、出江史房、秦祀、内田眞悠理、ロザリンデ、石上碧乙、北河原伊紀、そして一柳結梨の計八名が参加することになっていた。

 

 しかし八人のうち、咬月だけはまだ姿を見せていなかった。

 

 史房によれば、理事長代行としての所用が終わるまで、今少し時間を要するとのことだった。

 

 三人掛けのソファーの真ん中に結梨が座り、その両隣りには伊紀と祀が腰を下ろしている。

 

 当たり前のように結梨の隣りを占領している祀に、同じ2年生の碧乙は多少なりとも口出しせずにはいられなかった。

 

「なんで祀さんが、いつも結梨ちゃんの横にいるのよ。

あなたは生徒会長の一人であって、ロスヴァイセのリリィじゃないでしょ」

 

「あら、私は単にオルトリンデ代行としてここにいるだけではないわ。

私が結梨ちゃんの隣りにいるのは、結梨ちゃんの保護者として当然のことです」

 

「それって『自称』が頭に付くでしょ……」

 

 碧乙の嫌味を気にする様子も無く、祀は結梨の方へ身を乗り出して顔を近づける。

 

「結梨ちゃん、夢結さんのお姉さんに変なことをされなかった?

契約書みたいな書類にサインをさせられたとか、白井家の養子にならないか、とか」

 

「そういうことはなかったけど……」

 

 祀の意図するところがよく分からず、きょとんとした顔で結梨は祀に答えた。

 

 それを見た碧乙はわざとらしく額に手を当てて、いかにも頭が痛そうな仕草を取ってみせた。

 

「祀さんは一体あの人を何だと思っているの……」

 

「もちろん、隙あらば結梨ちゃんを自分のものにしようとする不逞の輩として」

 

「自分のことは棚に上げて、自信満々で言い切ったわね。

仮にも自分のルームメイトの姉なのに」

 

「それはそれ、これはこれ。

あの人は夢結さんと違って、煮ても焼いても食えないタイプよ。

予定通りに教導官として百合ヶ丘に着任しなくてよかったわ。

吉阪先生を超える鬼教導官になっていたに違いないもの。

神様に感謝しなくてはね」

 

 祀は大げさに胸の前で十字を切ると、両手の指を組んで祈りの姿勢を取った。

 

「祀さんの口から煮ても焼いても食えないっていう言葉を聞くと、何とも複雑な心境になるわね」

 

「碧乙さんは、私が煮ても焼いても食えないリリィだと言いたいのかしら?」

 

「自覚が無いとは言わせないわよ」

 

「二人とも、そのくらいにしておきなさい。

でも、祀さんの意見も、あながち的外れとも言えないのが悩ましいところね」

 

 祀と碧乙のやり取りを止めたロザリンデは、史房を見て同意を求めた。

 

「ええ。G.E.H.E.N.A.に加えて、彼女も結梨さんを自分の手の内に収めたがっている。

今はこちらに友好的な態度を取っているけれど、この先はどうなるか分からない。

次に結梨さんに接触してくる時には、やはり百合ヶ丘からも必ず同席者を出すべきでしょうね」

 

 史房が自身の見解を述べ終えた時、控室の扉がノックされる音が聞こえた。

 

「どうぞ、お入りください」

 

 室内にいたリリィの中で眞悠理が答えると、ゆっくりと扉が開かれた。

 

「すまない、遅くなった。私以外は揃っているようだな。

一柳君は久しぶりだな。元気そうで何よりだ。

白井君の様子は以前と変わりなかったかね?」

 

 姿を現した咬月は結梨を視界に収めると、どこか安心したように表情を緩めた。

 

「うん、咲朱は岸本教授のことと、教授がどうして私にすごい力を持たせたのか、たくさん話してくれた。

でも、咲朱の話は私にはちょっと難しかったかも……」

 

「北河原君と一柳君から上がってきた報告には、先ほど目を通した。

……あの内容では一柳君が困るのも無理は無い。

 

白井君の考えはリリィとヒュージの戦いという範囲を超えて、将来における人類社会の構造変化にまで踏み込んでいる。

 

彼女はおそらくその先頭に立ち、君や岸本君や佐々木君を同志の一員に加えるつもりなのだろう」

 

「そんな大きい話、私にはよく分からない……

人類の未来を導くなんて、私にはできないし、どうすればいいのかも分からない」

 

 結梨は自信無さげに小さい声で呟くと、途方に暮れた様子で首を傾げた。

 

 元々、結梨の行動原理は至ってシンプルなものだった。

 

 一人前のリリィになって自分を守り、レギオンやガーデンの仲間を守り、力無き市井の人々を守り――それが最終的にはヒュージからこの世界を守ることにつながる。

 

 自らの内にあるこの力は、運命によって与えられたこの力は、そのためにこそ使われなければならない――それが自分のなすべきことであると、結梨は確信していた。

 

 それに比べると、咲朱が結梨に話した内容は、政治的・社会的な戦略性が非常に強く、一個人の感覚からは大きくかけ離れたものだった。

 

 結梨の隣りに座っていたもう一人のリリィである伊紀が、悩む結梨の肩に手を置き、結梨に代わって咬月に答えた。

 

「結梨ちゃんははまだ高校1年生で、リリィになってから1年も経っていないんですよ。

そんな女の子にする話じゃないと思います。

咲朱さんは余りにも性急すぎます」

 

 珍しく感情的な物言いになった伊紀だったが、咬月はその発言をたしなめることはしなかった。

 

「……そうだな。白井君の語ったことはスケールが大きすぎて、正直、私にも手に負いかねると言わざるを得ない。

それはこの場にいる君たちも同じだろう。

白井君の示した見解に対して、意見のある者はいるかね?」

 

 咬月が一同を見渡すと、少しの間を置いて一人のリリィが静かに手を挙げた。

 

 挙手をしたのは2年生の内田眞悠理だった。

 

 眞悠理は軽く咳払いをすると、理路整然とした調子で思いを語り始めた。

 

「理事長代行の言われる通り、咲朱さんの話は雲を掴むような、地に足の着かないものであり、すぐにどうこう動きがあるものとは思えません。

 

彼女がこれから同志に取り込もうと考えているリリィは、少なくとも三人。

代行が言われたように、一柳結梨さん、岸本・ルチア・来夢さん、佐々木藍さんの三名です。

 

ですが、彼女たちはいずれも1年生のリリィであり、その能力特性が一般のリリィとは完全に一線を画しているとはいえ、リリィとしては成長の途上にある存在です。

 

 伊紀さんの報告では、咲朱さんが結梨さんに誘いをかける素振りもあったと記録されていますが、おそらく本気ではなかったと思います。

 

 ですから、ただちに咲朱さんが彼女たちを仲間に引き入れるべく、具体的な行動に出る可能性は低いものと思われます。

 

 しかし、緊急性が無いからと言って、こちらが何もせずに手をこまねいているというのも無策に過ぎます。

 

 咲朱さんの思惑に対して、然るべき対策を講じておく必要があるのは確かですが、私にも明確にどうするべきかは――まだ分かりません」

 

 いつもの彼女には似つかわしくなく、眞悠理はやや歯切れの悪い口調で発言を終えた。

 

 眞悠理の発言の後、しばらくの沈黙が室内に漂ったが、それを終わらせたのは史房の声だった。 

 

「――理事長代行、私から一つ提案があります」

 

「何かね、出江君」

 

「百合ヶ丘女学院の実質的な意思決定者である高松祇恵良理事長に、この件の扱いを委ねることは可能でしょうか?

 

理事長は、以前咲朱さんが百合ヶ丘を訪れた際にも、直接やり取りが有ったはずです。

 

理事長室で代行や私たちと話していても埒が明かないので、咲朱さんは縮地S級で理事長の所へ瞬間移動しました。

 

結局、その時は理事長と咲朱さんの話し合いの結果、結梨さんが御台場に一時編入することが決まりました。

 

その経験からも、私たちの手に負えないレベルの問題であれば、理事長に判断していただく以外に方法は無いと考えます」

 

「……出江君の言い分は理解した。

この件はひとまず私が預かって、理事長に対応を相談しよう。

追って君たち全員に結果を連絡する。

それまでは一柳君にも百合ヶ丘に留まってもらうことになるが、構わないかね?」

 

 咬月の意思確認に結梨がこくりと頷くと、すかさず隣りに座っていた祀が、結梨の手を取りながら咬月に協議の終了を確認する。

 

「では、難しい話はここまでということですね。

――結梨ちゃん、ちょうど乃子さんが作ってくれたケーキが生徒会室にあるの。

今から生徒会室に行って取ってくるから、少し待っててね。

碧乙さん、私が戻ってくるまでにお茶の用意を済ませておいてくれるかしら?」

 

「なんで私に言いつけるのよ。紅茶の葉も生徒会室から持ってくればいいじゃない」

 

 口をとがらせて祀に文句を言う碧乙を、伊紀が押しとどめて仲裁に入る。

 

「私が支度しますので、皆さんは祀様が戻られるまでおくつろぎ下さい。

――理事長代行は、もう出て行かれるのですか?」

 

 咬月は席を立って、控室の出入口へ足を踏み出そうとしていた。

 

「私は理事長の所へ行くので、これで失礼する。

せっかく久しぶりに一柳君が戻ったのだから、君たちはここでゆっくりしていくといい」

 

 咬月は控室を退出する前に、改まった口調で結梨に言葉をかけた。

 

「一柳君、これは君一人で抱え込むようなことではない。

今は一時的に百合ヶ丘の学籍を離れているとはいえ、百合ヶ丘のガーデンは君の保護者であり指導者だ。

 

必ず君がリリィとして、一人の人間として正しく生きられるように、ガーデンは責任を持つ。

だから、この百合ヶ丘女学院を信じて、君は君の望むように生きてほしい」

 

 そう言い残して、咬月は扉の向こうへ姿を消した。

 

 理事長である高松祇恵良から咬月を通して、結梨に呼び出しがかかったのは、その翌日のことだった。

 

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