アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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 今回投稿分で高松祇恵良理事長が登場しますが、外見についてはほとんど想像で描写していることをご了承下さい。


第22話 私立百合ヶ丘女学院理事長(2)

 

 白井咲朱の邸宅から鎌倉府の百合ヶ丘女学院に戻った翌日、伊紀がロザリンデと碧乙の部屋を訪れると、室内に結梨の姿は見当たらなかった。

 

 ロザリンデと碧乙は部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで、向かい合って椅子に座っているところだった。

 

「ごきげんよう、ロザリンデお姉様、碧乙お姉様。結梨ちゃんは……」

 

 言葉を途中で途切れさせた伊紀に答えたのは、ロザリンデの方だった。

 

「ごきげんよう、伊紀。結梨ちゃんは不在よ。

さっき理事長代行から連絡が入って、理事長のところへ向かったわ」

 

「そうですか。

……やはり先日の咲朱さんとの件で、理事長が直々に結梨ちゃんとお話しされるのですね」

 

 伊紀はロザリンデの方を見て話していたが、答えたのは碧乙だった。

 

「そうよ。あの人が大風呂敷を広げるようなことを大真面目に口にしたものだから、こんな誇大妄想みたいな話につきあわざるを得なくなったのよ。

 

高校生の私たちはもちろん、理事長代行の手にも負えそうにないから、昨日のやり取りの通り、理事長が出張ってこないといけなくなったってわけ」

 

 そう言って碧乙はテーブルの上に置かれていた十数枚の書類を手に取って、伊紀に見せた。

 

 それは伊紀と結梨が百合ヶ丘へ戻ってすぐにまとめた報告書で、そこには咲朱が二人に語った内容が記されていた。

 

「一体何なのよ。人類の上位種とか、新しい人類とか、人工的な進化とか。

この調子だと、あの元校医と夢結さんのお姉さん、そのうち人類補完計画でも始めかねないわよ」

 

「補完……ということは、人類に何か足りないものがあるという意味ですか?」

 

「出来損ないの群体として行き詰まった人類を、完全な単体へと進化させる――それが人類補完計画の真実よ」

 

「はあ……」

 

「具体的には、セントラルドグマの地下に隠されているアダムと使徒が接触すると、サードインパクトが発生すると考えられているの。

それを未然に防ぐため、アダムとセントラルドグマの管理組織であるゼーレによって――」

 

 何やら妙に熱のこもった口調で説明を始めた碧乙を、ロザリンデが制止した。

 

「そこまでにしておきなさい、碧乙。話が横道に逸れすぎよ。

伊紀、そういうわけだから、しばらく結梨ちゃんは戻ってこないわ。

理事長との話し合いが終わり次第、ここに戻る予定になっているから、それまでは私たちと一緒に待つことしかできないわ」

 

「分かりました。私もお邪魔して待たせていただきます」

 

 伊紀はテーブルの傍にあった三脚目の椅子に腰を下ろし、碧乙が机の上に置き直した報告書を手に取って、その内容を再確認し始めた。

 

 それを見た碧乙が、テーブルに頬杖をついて、誰にともなく呟いた。

 

「それにしても、まだ1年生なのに、咲朱さんといい理事長といい、ラスボス級のリリィばかり相手にしないといけない結梨ちゃんに同情するわね」

 

「咲朱さんはともかく、ご自身の在籍するガーデンのトップをラスボス扱いするのは、どうかと思いますが……」

 

 さすがに不敬だと思ったのか、伊紀が控えめに碧乙を諫めたが、当の碧乙は意に介していない様子だった。

 

「ルド女だって教導官の一人がラスボスだったんだから、あながち喩えとしては間違ってないでしょ?

それに、こう言っちゃ何だけど、理事長代行だって黒幕っぽい感じじゃない?

ストーリーが佳境に差し掛かったところで、

『御苦労、君たちの役目はここまでだ。

今まで実によく働いてくれて感謝しているよ。

この後はゆっくり休んでくれたまえ――天国で』

なんて言い出して、おもむろに懐から拳銃を取り出すのよ。

きっとそうなるに違いないわ、何て恐ろしい」

 

「それ、少年漫画の読みすぎですよ……」

 

 碧乙の悪乗りに顔をしかめた伊紀がロザリンデに目配せをしたが、ロザリンデは肩をすくめて、いつものことだと言わんばかりに苦笑するだけだった。

 

「結梨ちゃんは大丈夫でしょうか。

咲朱さんから聞いた内容は、私も充分に整理しきれないほどの情報量がありました。

いきなりあれだけのことを聞かされては、混乱しても仕方ないと思います」

 

「さっきまでこの部屋にいた時は、落ち着いているように見えたわ。

でも、内心では色々と考え込んでいるのは間違いないでしょうね」

 

 碧乙は一転して真面目な表情に戻り、ロザリンデに代わって伊紀に答えた。

 

 碧乙に続いてロザリンデが伊紀に説明を続ける。

 

「G.E.H.E.N.A.への対処方針とは別に、ガーデンが岸本教授の捜索に乗り出すのかどうか、そして今後咲朱さんが結梨ちゃんに接触してきた時の対応についても、認識のすり合わせをしておく必要があるわ。

 

岸本教授も咲朱さんも、過去にG.E.H.E.N.A.と深く関わりのあった人物。

加えて話の内容が一つのガーデンの範疇を超えている以上、百合ヶ丘でこの件を扱えるのは理事長しかいない――あとは結梨ちゃんと理事長の話し合いが、首尾よく着地してくれることを願うしかないわ」

 

「うまくいくといいですね……」

 

 伊紀自身も含めて、百合ヶ丘のほとんどの生徒は、理事長である高松祇恵良に直接会ったことは無い。

 

 理事長は体調を崩しがちなため、日常の職務は理事長代行である弟の高松咬月が執り行っているからだ。

 

 従って、その人となりは想像するしかないが、これまでロスヴァイセに発令されたガーデンの直命に、納得できない内容のものは一つとして無かった。

 

 ガーデンの理事長という立場ゆえ、政府や防衛軍と比べれば権限には限りがあるだろうが、結梨にとって最善の対応を導いてくれると信じて今は待つしかない。

 

 早く結梨の安心した顔が見たい。

 何もせずに結梨の帰りをただ待っていることに耐えられず、伊紀は三人分の紅茶を淹れるべく席を立ち、窓際のキッチンへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、結梨は校舎の一角にある理事長の居室に足を踏み入れていた。

 

 と言っても、特別寮の自室からここまで歩いてきたわけではない。

 

 一般生徒の目に触れることを避けるため、結梨は咬月からガーデンの見取り図を見せられた後、理事長の居室内へ縮地S級のレアスキルによって瞬間移動したのだ。

 

 初めて見る理事長の居室は、居住用の部屋というより病院の個室に近い印象で、広い室内は全体が白を基調とした内装で統一されていた。

 

 結梨の目の前数メートルの所には一台のベッドが置かれ、その上に一人の少女が上半身を起こしてこちらを見ていた。

 

 部屋着のような丸首のゆったりとした服を身に纏った少女は、黙って静かに結梨を見ている。

 

 年の頃は高等部の3年生と同じくらいか、それより少しだけ上に見える。

 

 癖の無い長い黒髪を背中まで伸ばし、前髪は形の良い眉に少しかかる辺りで揃えられている。

 

 髪と同様の漆黒の大きな瞳は、どこかしら愁いを帯びた光を宿している。

 

 何も事情を知らなければ、戦闘で負傷した上級生のリリィが治療を受けているようにしか見えないだろう。

 

 だが、目の前の少女に外傷は無い。

 

 そしてその美しい少女は、明らかに外見の年齢とは全く異なる空気を、その周囲に漂わせていた。

 

 彼女に似た雰囲気の持ち主を結梨は知っていた――理事長代行の高松咬月だ。

 

 それに気づいた結梨が言葉を発しようとした矢先に、少女の方が早く結梨に挨拶をした。

 

「はじめまして、一柳結梨さん。こんな格好でごめんなさい。

強化実験の反動が今頃出てきたのか、体調が優れない日が多くて」

 

「はじめまして。あの……」

 

 結梨が少し口ごもった時、その意図を先回りして少女は言葉を続けた。

 

「弟から話は聞いています。

私が百合ヶ丘女学院理事長の高松祇恵良です。

――どうぞ、そこの椅子に座ってください」

 

 祇恵良はベッドの脇に置かれている丸椅子を指し示すと、結梨に着席を促した。

 

 結梨が椅子に腰を下ろし、祇恵良と同じ目線の高さになると、祇恵良はベッドの上で身体の向きを変え、結梨と正対する形になった。

 

「縮地S級とは便利なものですね。私も実際に見たのは久しぶりです。

……数ヶ月前の捕縛命令の件では、あなたにつらい思いをさせて申し訳なく思っています」

 

「私はヒュージじゃなくて人だって、みんなが証明してくれたから、それはもう気にしてないよ。

だから、理事長先生が謝ることなんてない」

 

 結梨は気負った様子も無く、いつもの砕けた口調で、だが真剣に祇恵良に答えた。

 

「そうですか、それを聞いて少し肩の荷が下りた気分になりました。

それでは今日の本題に入りましょうか」

 

 表情を和らげた祇恵良は、ベッドの脇に置いていたA4判の十数枚の書類を手に取った。

 

 その書類に何が記されているか、結梨は既に理解していた。

 

「北河原さんとあなたが作成した報告書には目を通しました。

色々と『御前』――いえ、白井咲朱さんから聞かされたようですね」

 

 結梨が黙って頷くと、祇恵良は軽く書類の文面に目を走らせた後、結梨の方へ向き直った。

 

「幾分か彼女に都合のいい部分を選んで話した嫌いがあるけれど、明らかな誤りや虚偽の内容と思われる箇所は認められませんでした。

 

白井さんが伝えたことは、本来は百合ヶ丘のガーデンで情報を収集して、あなたに説明すべき内容でした。

 

ですが、こちらが情報を集め終えるより早く、G.E.H.E.N.A.のデータベースに不正アクセスできる彼女に先を越されたという次第です」

 

 状況の説明を簡単に終えた祇恵良は、一呼吸置いてから、はっきりとした口調で結梨に語りかけた。

 

「一柳さん、白井咲朱さんの言ったことは気にしないで。

 

究極的には世界の統治者を目指している白井さんと、自分の周りの人たちを守りたいあなたとでは価値観が違い過ぎて、あなたが戸惑うのも無理はありません。

 

それに、岸本教授や白井咲朱さんがあなたを何者として定義づけたとしても、それは彼や彼女の個人的な都合に基づいた見解に過ぎません。

 

彼らにそれぞれの理想や正義があるように、あなたにもあなたの理想と呼ぶべきものがあるはずです――それがまだどれほど未熟で不完全だとしても。

 

あなたの理想と彼らの理想が一致せず、時には相反するものであれば、あなたには彼らの理想を拒否する権利があります。

 

あなたはあなたの意志で自分がどう生きるかを決めていい、いえ、決めなければいけません。

 

そうでなければ、あなたの人生はあなたのものでなくなってしまい、他の誰かの従属物になってしまうでしょう」

 

「……うん、理事長先生の言ってること、難しいけど分かる」

 

 結梨が納得したのを確かめてなお、祇恵良の言葉は更に続く。

 

「同じことはあなただけではなく、この百合ヶ丘女学院の全てのシュッツエンゲルとシルトにも言えます。

 

シュッツエンゲルが一方的に自分の理想や都合をシルトに押し付ければ、シルトの精神はその負荷に耐えられず、徐々にマイナスの方向へ蝕まれていくでしょう。

 

そうではなく、互いが歩み寄り、理解を重ね、二人の思いが一致する点を見つけ確かめ合う――それによって姉妹として、リリィとして成長することができるのです。

 

残念ながら、それが最終的に叶わなかったシュッツエンゲルとシルトも過去には存在しました。

――分かりますね?あなたなら」

 

 そう言った祇恵良が見ていたのは結梨ではなかった。 

 

 結梨のいる方とは反対の方向に、祇恵良の目は向けられていた。

 

「私……じゃない。誰?」

 

 結梨が祇恵良の視線の先をたどると、そこには百合ヶ丘女学院の制服を着た一人のリリィの姿があった。

 

 結梨が彼女の姿を目にするのは、これが初めてではなかった。

 

 前回は深夜のガーデンの霊園。

 

 そして今、百合ヶ丘女学院理事長の居室に彼女は再び現れた。

 

「あなたからも色々と聞いておきたいことがあったのだけれど、この機会に答えてくれるかしら?」

 

 それまでとは一転して緊張を孕んだ口調で、祇恵良はそのリリィから視線を外さずに名を呼んだ。

 

「――ねえ、川添美鈴さん」

 

 

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