「御台場女学校の校医だった中原・メアリィ・倫夜さんによれば、岸本教授はあなたを『ヒュージ支配下の環境でも生存可能な新人類のプロトタイプ』として生み出した――間違いありませんね」
ベッドの傍の丸椅子に座っている結梨に、祇恵良は改めて確認した。
「うん、倫夜先生はそう言ってた。
将来、人類がヒュージを倒せなかった時のために、そんな世界でも人類が絶滅しないように、私を創ったって」
「それはあくまでも彼女の考えた解釈にすぎず、岸本教授が直接そのように発言したわけではありません。
また、そう書き記した資料が残っているわけでもありません。
ですから、裏取りをしないまま彼女の発言を鵜呑みにすることはできません」
「岸本教授から直接話を聞かないと、倫夜先生の言ってたことが本当に正しいかどうかは分からないの?」
「そういうことになりますね」
「でも、咲朱は岸本教授が行方不明だって言ってた。
今はどこにいるか分からないって」
「そうですね……彼の消息については、グランギニョル社から失踪して以後、これといった情報が得られていない状態です。
最悪の場合、既に死亡している可能性もあります。
岸本教授の行方を調べるということになれば、ロスヴァイセやシグルドリーヴァの任務としては、これは少しばかり特務レギオンの範疇から外れるかもしれません。
彼は今はG.E.H.E.N.A.所属の研究者ではなく、G.E.H.E.N.A.から追われる一民間人という立場になるからです。
さて、どうしましょうか……」
顎に手を当てて思案する祇恵良を結梨はじっと見ていたが、恐る恐るという感じで小声で提案してみた。
「私が岸本教授を探すのは、だめ?」
その言葉を予期していたかのように、祇恵良は小さく溜め息をついて声の調子を落とした。
「……正直、あまり乗り気にはなれません。
G.E.H.E.N.A.は今のところ一柳さんに対して不干渉の方針を取っていると、百合ヶ丘女学院では判断しています。
ですが、G.E.H.E.N.A.の機密情報を保持している関係者に、一柳さんから接触するとなると、G.E.H.E.N.A.の姿勢が変化する可能性が出てくるからです。
それを考慮すると、G.E.H.E.N.A.への直接の干渉ではなくとも、G.E.H.E.N.A.の活動を間接的に妨害すると見なされる行動も、本来は控えるべきなのですが……」
祇恵良が結梨の身を
「理事長、僕から発言しても構いませんか?」
「ええ、どうぞ。川添さんには、そのために居てもらっているのですから」
祇恵良から発言を促された美鈴は、一度結梨と目を合わせた後、小さく頷いて祇恵良に視線を戻した。
「岸本教授が生きていると仮定した場合、G.E.H.E.N.A.に先んじて、百合ヶ丘を含めた反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンが岸本教授を保護することは、極めて大きな意義があると考えます。
結梨と同じく、その身柄がG.E.H.E.N.A.側に渡れば、研究者としての彼の持つ能力がG.E.H.E.N.A.に恣意的に利用されるとみて間違いないからです。
人類をヒュージの脅威から守り、ヒュージとの戦いに勝利するという大義名分の下に、人命を軽視した人体実験が繰り返されるのは確実でしょう」
「やっぱり、岸本教授がG.E.H.E.N.A.に見つかる前に、私たちで見つけないといけないんだね」
「そうだ。捜索に当たる者が誰であっても、岸本教授の行方と安否を確認しなければならないことに変わりはないと、僕は考えている」
美鈴の説明をベッドの上で聞いていた祇恵良に、大きな異論は無いようだった。
「川添さんの考えは分かりました。
すぐに結論を出すことはできませんが、岸本教授の捜索は何らかの形で進めるよう考えてみましょう。
捜索に当たるリリィの人選については――やはり特務レギオンの中から若干名を選ぶべきかしら」
「結梨が岸本教授を探したいというのなら、結梨に任せてみるのがいいんじゃないですか」
「私が探してもいいの?」
意外な発言に、結梨は驚いた表情で美鈴の顔を見た。
美鈴が結梨に何事かを言いかけた時、先に祇恵良が美鈴に質問を発した。
「川添さんは、本当に一柳さんを岸本教授の捜索に当たらせるべきだと考えるているのですか?」
「はい。それに、岸本教授を探すのが結梨でなくとも、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンとしての百合ヶ丘女学院が、岸本教授を捜索することに変わりはありません。
捜索の主体が結梨以外の百合ヶ丘のリリィであっても、結梨が百合ヶ丘のリリィである以上、G.E.H.E.N.A.は結梨だけを切り離して考えてはくれないでしょう。
かと言って百合ヶ丘が岸本教授の消息について関知せず、何もせずにいることは、重要人物がG.E.H.E.N.A.の手に落ちるのを黙って見過ごすに等しい。
それなら、いっそのこと当事者である結梨自らが岸本教授を探すのというのも、一案ではないでしょうか。
もちろん、情報収集にあたってはグランギニョル社の協力なども要請するでしょうから、サポートの人員は複数必要になるはずです」
「百合ヶ丘が岸本教授を捜索すれば、一柳さんに対するG.E.H.E.N.A.の出方が変わる可能性がある。
逆に岸本教授を捜索しなければ、教授が生存していた場合、彼の身柄がG.E.H.E.N.A.に確保されて新たな実験に利用される可能性がある――いえ、極めて高い。
この二つを天秤にかけて判断する必要がある、ということですね」
岸本教授が人造リリィ計画に関与していた事実が明らかになり、それによって百合ヶ丘は二者択一の対応を迫られる状況となった。
この場にいる三人の認識が一致したことを確認して、美鈴は自身の発言を締めくくる言葉を発した。
「その通りです。そして、僕が言えるのはここまでです。
その先については、意思決定の権限を持つ方々にお任せすることになります」
「分かりました。ただし、形式上は一柳さんは今、御台場女学校のリリィです。
事を進める上で、事前に御台場のガーデンとも協議しておく必要があります。
ですから、この場で私が即断というわけにはいきません。
岸本教授の件については、ひとまず私が預かって百合ヶ丘と御台場の理事会で方針を決定した後、一柳さんに結果を連絡します」
「よろしくお願いします。結梨はそれで構わないかい?」
「うん、私は結果が出るまで、御台場に戻っていつも通りにしてたらいいんだね」
「そうです。でも今日はまだこれで終わりというわけではありませんよ。
もう一人の重要人物である白井咲朱さんについてのお話と、それから一柳さんの今後についてもお話しておきましょう。
川添さんも引き続き同席していただきたいのだけど、よろしいですね?」
そう言うと、祇恵良は再び手元の報告書に視線を落とし、咲朱の発言についての記述に目を通し始めた。