今後の進路と言っても、これまで結梨はリリィとして為すべきことを果たすのに精一杯で、今はそれ以上のことをじっくりと考えるための手がかりもまだ見つかってはいなかった。
そんな結梨の心を見透かしたかのように、理事長の高松祇恵良は直近の現実的な内容から話を開始した。
「卒業した後のことよりも、まずは目先のことから話しておきましょうか。
一柳さんは今は御台場女学校に一時編入していますが、戦力支援という所期の目的を果たした後は、再びこの百合ヶ丘女学院に学籍を戻す予定になっています。
もっとも、編入初日から今に至るまで、いまだ御台場女学校の周辺に大規模なヒュージの侵攻はありません。
これが偶然なのか、それともG.E.H.E.N.A.の作為に基づくものなのか――おそらく後者の可能性が高いと考えてはいますが、確たる証拠はありません」
「うん、時々ガーデンの近くで小さいヒュージの群れが見つかることはあるけど、ギガント級やラージ級はまだ出てこないね。
コーストガードのリリィも、こんなことはすごく珍しいって言ってた」
結梨が御台場に編入してから出撃したのは、自然発生したと思われるミドル級やスモール級の小規模な群れが対象で、特型やギガント級を含む大集団が襲来する事態は一度も無かった。
中原・メアリィ・倫夜の後任として御台場女学校の校医を務めている稲葉檀も、編入当初の保健室での一件以来、結梨に接触してくることは無かった。
G.E.H.E.N.A.の上位者から指示が出ているのか、彼女自身の判断によるものなのか、それもまた不明の状態が続いている。
「可能性は低いですが、G.E.H.E.N.A.が御台場から別のガーデンに『実験』の場を移したケースも考えられます。
事実、六本木のエレンスゲ女学園周辺では、関連する研究施設が何者かによって次々に襲撃され、大きな被害が出ています。
攻撃の主体がヒュージかどうかは明らかにされていませんが、自然発生したヒュージによる襲撃とは考えにくい状況です。
これについては現時点でエレンスゲが公表している情報が少なく、場合によってはこちらから内情を調査する必要が出てくるかもしれません」
「百合ヶ丘の特務レギオンがエレンスゲのことを調べるの?」
必要な情報を得るための諜報活動あるいは威力偵察であれば、LGロスヴァイセかLGシグルドリーヴァの任務になると考えられる。
今は一時的に籍を離れているとはいえ、結梨もロスヴァイセ預かりの立場であるから、その任務への直命が発令されれば、彼女たちと行動を共にする可能性は充分にある。
「あくまでも『場合によっては』です。
親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの国定守備範囲に反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの特務レギオンが足を踏み入れるということは、それ自体が非常にデリケートな問題です。
特に、エレンスゲのレギオンはLGクエレブレを筆頭に、周囲への被害を軽視して戦闘行為に及ぶ傾向が強くあります。
こちらが特務レギオンを派遣することでエレンスゲのレギオンとの戦闘が発生すれば、極めて深刻な事態に発展しかねません」
「そう、百合ヶ丘が迂闊に首を突っ込むことは避けないといけない。
双方に死傷者が出たり、一般市民を巻き込んだりしたらガーデンの存続すら危うくなる。
だから、余程切迫した事態――例えば百合ヶ丘の一般レギオンがエレンスゲの国定守備範囲内でヒュージと戦闘し、そのレギオンが支援無しでは全滅の危険ありと判断される――それが『場合によっては』ということですね?」
確認を求める美鈴の発言を、祇恵良は間を置かずに肯定した。
「そうです。現在、百合ヶ丘からはLGラーズグリーズ、つまり一柳隊がルドビコ女学院に駐屯し、周辺地域の防衛力強化任務に就いています。
それだけではなく、必要な場合にはルドビコ女学院以外の国定守備範囲にも支援に駆けつけなければなりません。
当然、それが親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの国定守備範囲であっても、です」
一柳隊を支援するためであっても、特務レギオンがエレンスゲの国定守備範囲に入ることを疑問視される恐れは否定できない。
何がしかの大義名分は必要だろうが、それが叶わない場合はルドビコ女学院のLGアイアンサイドに協力を求めることも考えなくてはならない。
「エレンスゲの研究施設襲撃については、まだ事態が流動的で不透明な部分が多くあります。
まだ未確認ではありますが、エレンスゲのガーデン内で校長と教頭が二派に分かれ、それぞれの派閥にトップクラスのレギオンのリリィが傘下に入っているという情報もあります。
これについては、当面は事態の推移を見守るのが妥当だと、私は判断しています」
「ガーデンの中で仲間割れしてるの?どうしてそんなことするの?」
「G.E.H.E.N.A.も一枚岩ではありません。
元々過激派が主流だったエレンスゲに、穏健派の人物が教頭として赴任したことが事の発端でしょう。
であれば、なぜそのような人事異動をG.E.H.E.N.A.が仕組んだのかも疑問ですが、まだよく分かっていない状態です」
祇恵良の言葉を黙って聞いていた美鈴が、唇の端に皮肉っぽい微笑を浮かべて結梨に話しかける。
「百合ヶ丘だって、仲の悪いレギオンは一つや二つじゃないさ。
夢結のルームメイトのリリィのレギオン、あれは何と言ったかな……」
「祀のこと?だったら秦祀隊……LGエイルだと思う」
「それだ。彼女のレギオンはLGサングリーズルやアールヴヘイムと折り合いが悪かったはずだ。
幸い、この百合ヶ丘女学院は理事長と理事長代行が上手く運営されているから、ルド女やエレンスゲのようにガーデンの中で内紛なんてことにはならないと思うよ」
「みんなで仲良くできればいいのに」
眉根を寄せて少しむくれた表情をする結梨の顔を見て、美鈴は苦笑しながら結梨に諭すような口調で説明する。
「人が十人いれば十通りの考え方があり、それが意見の対立や仲違いの原因になりうる。
大切なのは、お互いの考えを尊重して、相手の立場を侵害しないことだ。
人は完全に解りあうことはできないが、折り合いをつけることはできるからね。
ガーデンが単なる仲良しリリィの集まりではない以上、そうやって適度な距離を保ちながら、関係を維持するのが最善策なのさ。
――違いますか?理事長」
「……生徒会や各種委員会のポストを巡る競争、各レギオンの戦術論の違いなどを考慮すると、川添さんの意見に同意せざるを得ないのが正直なところです。
今はレギオン間の諍いが深刻な事態に発展しないよう、出江さんたちが取りまとめてくれるので、一柳さんが心配することはありません。
あなたはあなたのすべきことに集中してください」
結梨が黙って頷いたのを確認して、祇恵良は話を元の位置に収めるべく咳払いを一つした。
「現在、ヒュージとG.E.H.E.N.A.に関する様々な状況は、ここ鎌倉府ではなく東京を中心として展開しています。
ですから、一柳さんにも当分の間は、御台場のリリィとして引き続きガーデン防衛支援と、加えて必要が生じた時には、特務レギオンのリリィとしての任務に従事してもらいます。
この点については、これまでと大きな変更点はありません」
祇恵良は一度言葉を区切った後、それまでより幾分か表情を和らげて結梨に語りかけた。
「――さて、少し回り道が長くなってしまいましたね。
ここからは、あなたがこのガーデンを卒業した後のことについてお話ししましょう」
予定では結梨ちゃんがガーデンを卒業した後のことを話し合うところまで書くつもりだったのですが、そこまでたどり着けませんでした。
次回でこの三者面談は終了し、結梨ちゃんは御台場に戻ってジャガーノートと会敵する予定です。