アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第22話 私立百合ヶ丘女学院理事長(7)

 

「改めて確認しておきますが、一柳さんは、一柳梨璃さんの家族になることを希望していると考えていいのですね?」

 

「うん、私は梨璃の家族になって、梨璃と一緒にいたい」

 

 倫夜や咲朱による自分への定義付けとは対照的に、その点に関しては結梨の態度ははっきりしていた。

 

 今は自分が生きていることを表向きは隠しておかなければならないが、いつかは必ず梨璃と一柳隊の前に立てる日が来る――そう信じる心が、結梨を前に進ませている原動力の一つなのは間違いなかった。

 

 祇恵良は当然その答えを予期していたかのように、静かに頷いた。

 

「分かりました。在学中は難しいかもしれませんが、ガーデンを卒業して成人した時点で、何らかの形で一柳さんの希望が実現できるよう、いくつかの案を考えているところです。

 

その内の一つは、現1年生が卒業するタイミングで、あなたの『生存が確認される』というものです。

 

それまで生死不明だった一柳結梨が『偶然に』発見されるというパターンが一つ。

 

もう一つのパターンは、現1年生が卒業するのと同時に『北河原ゆり』が一柳結梨であると判明するものです。

 

あなたはそれまで『北河原ゆり』として百合ヶ丘女学院の生徒であり続け、誰もあなたが一柳結梨だとは気づいていなかった……という筋書きです」

 

 ベッドの脇の椅子に座って祇恵良の話を聞いていた美鈴は、そこで思わず苦笑して口を挟んだ。

 

「G.E.H.E.N.A.にしてみれば、『何をぬけぬけと白々しい』と言いたくなるでしょうね。

 

ガーデンの外では特務レギオン隊長の従姉妹として正体を偽り、ガーデン内では一般生徒の目につかないよう生活していれば、誰も気づかないのは当たり前だ、と」

 

「騙し合いなのはお互い様です。今に始まったことではありません」

 

 美鈴の揶揄する言葉を祇恵良は平然と受け流し、結梨に向かって説明を続ける。

 

「卒業によって一柳さんはリリィを引退し、以後の作戦行動には一切関与しないという形式を取ります。

 

これによって一柳さんはガーデン卒業後は社会的にはリリィではなくなり、一般の成人女性として扱われることになります。

 

この方法によって世間からのリリィ脅威論は回避できます――ただし、G.E.H.E.N.A.の干渉までは排除できないでしょう」

 

「私がリリィを辞めても、G.E.H.E.N.A.は私を狙ってくるの?」

 

「残念ながら、そう考えざるを得ません。

先程、一柳さんは他のリリィと同じく、ガーデン卒業後は社会的にはリリィではなくなると言いました。

 

ですが、リリィとしての能力が失われるわけではないと私は考えています。

 

私や白井咲朱さんと同様、『極めて特殊なリリィ』であるあなたは、年齢を重ねてもマギが減衰しない可能性が高いのです」

 

 少し前まで軽口を叩いていた美鈴は、今は真剣な表情で祇恵良の意見に同意する言葉を重ねる。

 

「結梨の遺伝子を設計したとされる岸本教授が、極限まで理想化したリリィとして結梨を定義していたのなら、あり得る話です。

 

十代後半でマギの保有量がピークを迎え、やがて普通の人間に近づくようであれば、それは一般のリリィと何ら変わらないことになる。

 

僕が岸本教授なら、生涯に渡ってリリィとしての能力を維持できるような塩基配列を、遺伝子の構造に組み込むでしょう」

 

「リリィの力が変わらないのはいいんだけど、それでG.E.H.E.N.A.に狙われ続けるのは困る……」

 

 眉尻を下げて困った顔をする結梨。

 だが、祇恵良はその懸念を払拭するための案を既に用意していた。

 

「一柳さんが成人後もリリィとしての能力を維持していることが判明すれば、G.E.H.E.N.A.はリリィ脅威論の蒸し返しを試み、世論を煽ろうとするでしょう。

 

そして、一般社会の安全を保障するという大義名分を掲げ、一柳さんの身柄を拘束し、対ヒュージを名目にした人体実験に利用するつもりでしょう」

 

「G.E.H.E.N.A.のいつものやり口ですね。

理事長はそれに対して、どのように対抗するおつもりですか?」

 

「そのようなG.E.H.E.N.A.のプロパガンダに利用されないためにも、まず一柳さんがリリィとして武装解除した状態であることを、百合ヶ丘女学院が政府や防衛軍に対して示さないといけません。

 

このため、ガーデン卒業後も、何らかの形で百合ヶ丘女学院が一柳さんの状態を継続的に確認する必要があります」

 

「具体的には、どのような形式を取るのですか?」

 

 祇恵良は美鈴の問いに直接答えず、結梨の顔を見て質問を投げかけた。

 

「一柳さん、最初にあなたは一柳梨璃さんの家族になって一緒にいたいと希望しました。

他に希望はありますか?」

 

「えっと……誰かの役に立ったり、誰かを助ける仕事ができればいいって考えてる……それがまだどんなものなのか、はっきりとは分からないけど」

 

 少し頼り無げな結梨の言葉を聞いた祇恵良は、少しの間を置いてから再びゆっくりと話しかけ始めた。

 

「――これは私の個人的な希望ですが、卒業後は一柳さんを百合ヶ丘女学院の職員として雇用したいと考えています。

 

ただし、私の希望を押し付けることはできません。

選択するのはあくまでも一柳さん自身の意思によらなければならないからです」

 

「私の気持ち……」

 

 言葉を途切れさせた結梨に代わって、美鈴が祇恵良に不敵な表情で話の先を促す。

 

「そのお話に興味があります。続きをお聞かせ願えますか?」

 

「――その場合は、CHARMに触れないことが前提条件となるので、教導官としては採用できません。

 

一案として、理事長あるいは理事長代行付きの職員としてのポストを用意することも考えています。

 

もちろん、これを一柳さんに強いることはできませんし、政府や防衛軍の関係者にも、事前に根回しをしておく必要があります。

 

その上で、私が現時点で提示できる最善の選択肢が、この案なのです」

 

「つまり、G.E.H.E.N.A.に結梨を奪われないように、卒業後も実質的に百合ヶ丘の保護下に置くというわけですね」

 

「そうです。単なる一般市民ではなくガーデンの職員であれば、リリィとしての一柳さんに危害を加えようとする者には、ガーデンとして対処することができます。

 

それがたとえ勤務時間外で、一柳梨璃さんと一緒に生活している時であってもです」

 

(CHARMがなくても、リリィとしての力があればレアスキルは使える。

もしG.E.H.E.N.A.に襲われても、梨璃と一緒に逃げることはできる)

 

 万が一の事態が起これば、結梨は梨璃を守るために力を使うことに躊躇いは無かった――無論、敵であるG.E.H.E.N.A.の人間も傷つけるつもりは無い。

 

 そんな結梨の心を知ってか知らずか、美鈴は祇恵良の説明に納得した様子で頷いた。

 

「なるほど。そのような態勢を整えておけば、G.E.H.E.N.A.の干渉に対しても、組織的に対応することが可能になる。

 

ですが、それでG.E.H.E.N.A.が大人しく手を引くとは思えません。

 

拉致や誘拐に等しい犯罪的な手段で結梨の身柄を確保しようとする可能性は、十分に考えられますが」

 

「仮に、百合ヶ丘の力では一柳さんの身を守り切れないと判断した場合は、白井咲朱さんに一柳さんを預けることも考えています」

 

「本当にいいのですか?咲朱は自分の野望のために結梨の力を利用するに違いない」

 

「一柳さんがG.E.H.E.N.A.の手に落ちることは、何としても避けなければなりません。

 

確かに今の白井さんは、手に入れた力に驕っている面があります。

 

ですが、東京での一柳隊との戦闘でも、最後には妹の夢結さんを奪うことを断念し、彼女たちの気持ちを尊重しています。

 

ですから、かつての白井咲朱さんが全くの別人になってしまったわけではないと、私は思っています」

 

「もし咲朱が悪いことをしようとしたら、私が止めないといけない……」

 

 やや緊張した面持ちで両手を握りしめる結梨に、美鈴は努めて軽い口調で呼びかけた。

 

「結梨一人でどうにかする必要は無いよ。

何なら夢結や梨璃に協力してもらって、咲朱を説得してもらえばいい。

彼女に人の心が残っているのなら、自分の妹やそのシルトの言い分には耳を傾けるだろう」

 

「……うん、分かった」

 

 自分の言うべきことを美鈴が代弁したのを確認して、祇恵良は話の締めくくりに入るべく言葉を引き継いだ。

 

「――今お話ししたことは、不確実な未来に基づいて想定したものです。

 

もしかすると事態が予想よりも遥かに楽観的な方向に動いて、一柳さんの卒業までに、全ヒュージの根絶とG.E.H.E.N.A.の無力化や解体が実現しているかもしれません。

 

けれども、私たちは常に最悪の事態に備えて対応策を考えておかなければいけません。

そのような心構えを持って、事に臨んで行かなければならないのです」

 

 そう言い終えると、祇恵良は一呼吸置いて結梨に軽く微笑んだ。

 

「随分長く話し込んでしまいましたから、このくらいにしておきましょうか。

一柳さん、今日はご苦労様でした。

特別寮の自分の部屋に戻って、私と話し合った内容について考えておいて」

 

「うん。理事長先生、またね」

 

 結梨はぺこりと頭を下げて一礼すると、次の瞬間に縮地S級によってその姿を消失させた。

 

「行ってしまったわね。一柳さんと私が物理的に離れた状態になったということは――」

 

 祇恵良が結梨のいた方向と反対の方を振り向くと、そこにはさっきまで椅子に座っていたはずの美鈴の姿は無かった。

 

 誰も腰を下ろしていない無人の椅子を眺めて、祇恵良は独り言を呟いた。

 

「共感現象が消滅し、幻として見えていた川添美鈴さんの姿も知覚することができなくなった……理論通りの結果ね」

 

 祇恵良はベッドの近くに置いてある電話の受話器を取り上げて、理事長代行の高松咬月に連絡を取る。

 

「私です。いま一柳さんとの話し合いが終わったところよ――思わぬ客人が一人、追加で参加したけれど――いえ、その事は気にしないでいいわ。

 

今後の事で幾つか相談したいから、こちらに来てもらえるかしら――ええ、あなたの仕事の区切りがついてからでいいから」

 

 電話を終えて咬月が自分の所に来るまでの間、少しばかりの休息を取るために祇恵良はベッドに横たわり、軽く目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「進路指導って、結梨ちゃんがガーデンを卒業した後のことまで話し合ったってこと?」

 

 高松祇恵良理事長との面会を終えて、自室に戻った結梨を待っていたのは、ロザリンデと碧乙の二人だった。

 

 結梨が一通りの説明をしている途中で、碧乙が驚いた表情で結梨に尋ねた。 

 

「うん。私が卒業したら、百合ヶ丘のガーデンの職員になってほしいって」

 

「それって就職内定ってこと?まだ1年生なのに?

ちょっと早すぎるんじゃない?」

 

「その話、結梨ちゃんはどうするつもりなの?」

 

 ロザリンデの確認に、結梨は少し迷ったような顔をして首をかしげた。

 

「それは理事長先生の希望だから、どうするかは最後は私が決めていいんだって。

でも、どうするのが一番いいのか、今はまだよく分からない……」

 

「将来の選択肢は多いに越したことはないわ。

どの道を選ぶかは、これからゆっくり考えていけばいいのだから」

 

「ぐぬぬ、就活も始めないうちから内定獲得なんて、羨ましいにも程があるわ」

 

「おそらく結梨ちゃんの身の安全を優先して考慮した結果、でしょうね。

ガーデンの職員なら、もしG.E.H.E.N.A.が手を出そうとした時に、ガーデンとして組織的に対処できるから」

 

「理事長先生もそう言ってた。

でも、百合ヶ丘で私を守り切れないときは、私を咲朱に預けるかもって」

 

「何それ。あんないけ好かない女王様気取りのリリィに頼らなくても、私たちの力で……って卒業した後の事だから、その時どうなってるのか分からないか……

いっそ私も教導官として百合ヶ丘に……でも上司が吉阪先生やシェリス先生になるのか……それはそれで胃が痛くなりそうな展開だわ」

 

「あまり先の事ばかりに気を取られていても仕方が無いわ。

今日の話は、それはそれとして心に留めておいて、今は自分が任されている任務の遂行に専念しないと」

 

 ロザリンデの言葉に頷いた結梨の胸元で、ポケットに入っていた通信端末が振動を始めた。

 

 結梨が端末をポケットから取り出して応答する。

 

「もしもし、一柳結梨です。

……うん、いま自分の部屋に戻ったところ。

理事長先生といろいろ話したの。

私が卒業した後のこととか。

……うん、百合ヶ丘の職員になってほしいって。

えっ……いいよ、そんなことしなくて。

でも……うん、分かった。いったん切るね」

 

「結梨ちゃん、誰からの電話だったの?」

 

 困惑した表情で通話を終えた結梨に碧乙が尋ねた。

 

「祀から。これからお祝いの準備をするから、ロスヴァイセの控室を使わせてほしいって。

それから、保護者として理事長先生にお礼のあいさつをしたいから、面会の予約を取れるように理事長代行先生と交渉してみるって……」

 

「はあ?何考えてるの、あの人。

まさか就職祝いならぬ就職内定祝いをするつもり?

まだ結梨ちゃんが何も決めてないうちから先走りすぎなのよ。

ちょっと控室に行って、オルトリンデ代行殿の頭を冷やして差し上げるわ」

 

 碧乙は憤然とした様子で部屋のドアを開けて出て行った。

 それを見てロザリンデは諦め顔で溜め息をついた。

 

「あの二人のことは放っておきましょう。

余りにもエスカレートするようなら、伊紀が知らせに来てくれるでしょうから。

結梨ちゃんは明日御台場へ戻る予定になっていたわね。

もう準備はできているの?」

 

「まだ装備の点検とか、御台場のガーデンに提出する届け出を書くとか、残ってる……」

 

「私も一緒に手伝うから、手早く済ませてしまいましょう。

先にCHARMから見ておきましょうか。

クローゼットからCHARMケースを出してちょうだい」

 

「うん、ちょっと待ってて」

 

 結梨はロザリンデと二人で黙々と為すべきことを終わらせ、翌日の朝、御台場女学校へ戻るべく百合ヶ丘のガーデンを出立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャガーノートと名付けられたスモール級の特型ヒュージが、御台場女学校の近傍に出現したのは、結梨が御台場のガーデンに戻って数日の後だった。

 

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