「湊様。あのヒュージ、人の形をしてますね……」
廃墟の路上でジャガーノートと対峙する湊の背後で、
全身が鈍い銀色の装甲のような表皮で覆われてはいるものの、ジャガーノートの外見の身体的特徴は、紛れもなく人間の女性を想起させるものだった。
湊は目の前に立っているジャガーノートから目を離さずに、自分の後ろでリサナウトを油断なく構えている英に説明する。
「あれはジャガーノートと呼ばれている特型ヒュージ。
エレンスゲの報告ではミドル級からスモール級に変化したとありましたが、私たちの前にいるのは、人間と変わらない大きさ――つまりスモール級です」
「何のためにミドル級からスモール級に変わったんでしょうか……?」
「分かりません。ですが、ヒュージとしての力は、スモール級に変化した後の方が格段に高くなったそうです。
その時にジャガーノートと遭遇したエレンスゲのトップレギオン――LGヘルヴォルは大きなダメージを与えることができずに、ジャガーノートに逃走を許したと報告されています。
この個体が六本木に出現したのと同じものかどうかは分かりませんが、同種のヒュージであることは間違いありません」
ジャガーノートはその場から一歩も動かず、間合いを取って攻撃の機会を窺っているようにも見える。
ここでいつまでも睨み合いを続けていても、状況は良い方に変化しないだろう――そう湊は判断した。
「二人で同時に仕掛けます。
英はファンタズムのイメージをテレパスで私に」
「はい、湊様。じゃあ始めますよ……」
シューティングモードのリサナウトを構えた英が、ファンタズムを発動すると同時に、湊は左斜め前方へ跳躍した。
湊の後ろ10メートルほどの位置にいた英は、ジャガーノートの左胸に照準を定めてトリガーを引き絞る。
その射撃を予見していたかのごとく、ジャガーノートは最小限の動作でリサナウトの弾道から身を反らした。
回避運動中のジャガーノートに、斜め前方へ跳躍した湊が間合いを詰め、ティルフィングで斬りかかる。
体勢を変えられないジャガーノートは、上段から斬りかかってきた湊のティルフィングを、白羽取りのように両手で挟み込んで防御した。
「な――!」
ジャガーノートはティルフィングの刀身を万力のような強さで挟み、湊は攻撃を封じられたことに驚愕した。
(こんな動きをヒュージがするなんて)
「湊様!」
射撃後にリサナウトをすぐさまブレードモードに変形させた英が、がら空きになったジャガーノートの脇腹を狙って突撃した。
(さっきの湊様の斬撃で一太刀浴びせられるはずだったのに、なんでファンタズムの予知が外れたんだろう……?)
一瞬、疑念が英の脳裏をよぎったが、今はそれを気にしている時ではなかった。
一直線にジャガーノートに殺到するリサナウトと英。
その切っ先がジャガーノートの腹部に到達する手前で、リサナウトを握る英の手には押し返されるような感覚が生じた。
感覚はすぐに衝撃となって英の手を痺れさせ、リサナウトの刃先に青白い火花が飛び散った。
(ヒュージがマギで障壁を展開した……すごい強度)
通常の攻撃では、このヒュージが展開している障壁は突破できない――刹那の内に英はそう判断した。
ここでB型兵装を使い、一気に障壁を破壊するべきか――右手中指に装着した指輪から、英は自身のマギをリサナウトのマギクリスタルコアに流し込もうとした。
その時、ジャガーノートの体内で急速にマギが収束する気配を、湊と英は感じ取った。
「英、退きなさい!エネルギー弾の砲撃が来る」
湊が英に向かって叫ぶ。
湊はティルフィングをジャガーノートの両手に挟み込まれているため、回避するにはティルフィングを手放して後退するしかない。
だが、それは武器を放棄してヒュージの前で丸腰になることを意味していた。
ジャガーノートは次の瞬間にもエネルギー弾を発射するかもしれない。
湊の一瞬の逡巡に、ジャガーノートは恐るべき膂力でティルフィングを横へ押しのけ、湊は体勢を崩した。
(しまった……!)
ジャガーノートは両手でティルフィングを挟み込んだまま、湊の側頭部に回し蹴りを叩き込まんと右足を振り上げる。
「湊様!」
間に合わないことを知りながら、英がジャガーノートの攻撃を妨害すべくリサナウトで斬りかかろうとする。
ジャガーノートの右足が湊の頭蓋骨を粉砕しようとしたその時、ジャガーノートは瞬時に蹴りの動作を止め、後方へ飛び下がった。
次の瞬間、ジャガーノートがそれまで立っていた所に光の矢が突き立ち、アスファルトの路面が一瞬にして融解した。
「英、後ろへ!」
その熱エネルギーは直後に爆発を引き起こし、飛散する大小の瓦礫と粉塵が周囲の空間を埋め尽くす。
ジャガーノートがティルフィングを手放して後退したために自由になった湊は、英とともに後方へ跳躍し、爆発の衝撃から身を守った。
朦朦と立ち込める土煙の外側で、二人のリリィは注意深く周りを警戒している。
「今の攻撃……どこからでしょう?」
「あれでしょうね」
湊が顔を動かさずに目線で上を指し示す。
英が湊の視線の先を見上げると、100メートルほどの高度に、白い紡錘形の物体が四つ旋回しているのが視界に入った。
「エインヘリャルのマギビットコア……ゆりちゃんのCHARMですね」
「そのようね。あれが上空からジャガーノートを攻撃しなかったら、私は戦闘不能になっていたわ」
「でも、マギビットコアって、全部で五つだったと思うんですけど……
あと一つはどこに行ったんでしょう?」
「ここにあるよ」
突然、後ろから聞こえてきた声に英が振り向くと、少し離れた路上に結梨が右手を上げて立っていた。
その右手には、残る1機のマギビットコアが、近接戦闘用のビームブレード兼ビームガンとして装着されている。
「本当はさっきの攻撃でやっつけるつもりだったんだけど、よけられちゃった」
いかにも残念そうに言う結梨の傍に、英が駆け寄る。
「ゆりちゃん、どうしてここへ?」
「
菘とは、LGコーストガードの副将を務める2年生の曽我菘で、英と同じく攻撃に特化したタイプのリリィだった。
「ありがとう、結梨さん。命拾いしました」
菘なら当然そのように判断するだろうと湊は納得し、危ういところを救われた礼を結梨に述べた。
やがて立ち込めていた土煙が少しずつ薄くなり、次第に周囲の状況が見えるようになり始めた。
三人のリリィは目を凝らして周りを見回したが、ジャガーノートの姿はどこにも見当たらない。
「あのヒュージ、逃げたのかな?」
結梨の疑問に答えたのは湊だった。
「いいえ、そんなことはなさそうです」
湊は前方やや右寄りの一点をじっと見つめている。
その視線の先、瓦礫が埋め尽くす地面の向こう側には、崩れかけた建物が道路に沿って並んでいる。
建物の陰から、ゆっくりと人影が――いや、人影に似たものが姿を現した。
「まだ戦うつもりのようですね、あのヒュージ――ジャガーノートは」
「あのヒュージ、雰囲気が普通のヒュージと違うね。
姿も人間みたいだし……」
不思議そうにジャガーノートを見ている結梨に、英が答える。
「エレンスゲの近くにも出たことがあるみたいだよ。
ヘルヴォルっていうトップレギオンが戦ったんだけど、その時は逃げられたんだって」
「そうなんだ……一葉たちも戦ったんだ」
親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの一角であるエレンスゲに、人型のヒュージが出現した――いかにも禍々しい連想を引き起こさせる出来事だと、湊は苦々しく思った。
今度はジャガーノートの方からゆっくりと歩を進め、20メートルほどの距離を置いて、三人のリリィと一体のヒュージは向かい合う形になった。
油断なくCHARMを構え、ジャガーノートに対して半包囲の位置取りをする三人の意識に、何者かの声が突然伝わってきた。
『お前たちは、何のために戦っている?』