ラスバレのジャガーノートとは同一種の別個体と考えていただけると助かります。
「何?今の声。直接頭の中に聞こえてきたみたい……」
「ゆりちゃんにも声が聞こえたの?湊様は――」
「ええ、私にも聞こえました。
まるでファンタズムのテレパスが、意識に流れ込んできた時のように」
廃墟の路上でジャガーノートを半包囲している三人のリリィは、困惑した様子で互いに目配せをした。
「あのヒュージ、マギビットコアがビームを発射する前に、よけようと動き始めてた。
まるで私が攻撃するタイミングを分かってたみたい」
「じゃあ、私が湊様にファンタズムで伝えた予知が外れたり、マギビットコアの攻撃が回避されたのは……」
「あのヒュージ――ジャガーノートもファンタズムを使える、あるいはファンタズムに相当する能力を持っている……と考えざるを得ませんね」
「リリィと同じ力を持つヒュージ……」
ぼそっと結梨が呟くと、耳聡くそれを聞きとめた湊が、ジャガーノートから目を離さずに答える。
「姿だけではなく、能力も人間であるリリィと同等――それが、あのジャガーノートが特型に分類されている理由なのでしょう」
相手がこちらの行動を予知できるのなら、初見であっても攻撃を見切られて当然だ。
先手必勝とばかりに迂闊に手を出せば、先程のようにカウンターで致命傷を食らいかねない。
加えて、ジャガーノートは人間そのもののような体捌きで湊の攻撃を受け止め、動きを封じた上で、急所である頭部に蹴りを入れようとしてきた。
眼前のジャガーノートが能力だけではなく、知能面でも人間――正確にはリリィと同じレベルにあることは間違いなかった。
(では、意識に直接聞こえてきた、この声の主は、やはり――)
『お前が兵隊蟻の隊長か?』
再び、先程の声が三人の意識に聞こえてきた。
物理的な音声ではないゆえ、声の性別を判断することは不可能だった。
だが、ジャガーノートが湊の方を向いていることから、その声がジャガーノートから発されているのは明らかだった。
沈黙している湊に対して、ジャガーノートは質問を続ける。
『どうした?なぜ全員で攻撃してこない?
お前たちは私を殺したいのだろう?
それに、後ろの蟻塚にも相当数の個体が待機しているはずだ。
三人では心許無いのなら、いくらでも増援を呼べばいい』
蟻塚とは御台場のガーデンのことか。
湊は額に脂汗を滲ませながら、やや上ずった声でジャガーノートに問う。
「なぜ、ヒュージが人間の言葉を話しているの?
お前はかつて人間だったの?
――G.E.H.E.N.A.の実験によって、強化リリィがヒュージに変化したの?」
だが、ジャガーノートが湊の質問に対して解答を与えることは無かった。
『……我の問いには答えないくせに、我に質問を返すのか。まあいい。
なぜヒュージである我が人間の言葉を話しているのか――自分たちで考えて答えを導いてみるがいい。
ここは学び舎ではなく戦場だ。
我から答えを聞き出したくば、我を捕えて尋問か拷問にでもかけるがいい』
ジャガーノートが元は人間であったのか、理性や知識の面からはそれを肯定する材料しか見当たらないが、仮に元が人間であっても、今はヒュージだ。
ヒュージは全て倒さなければならない。たとえそれが元は人間だとしても。
湊は頭の中の逡巡を振り切り、決然としてジャガーノートに宣言するように告げた。
「私たちはお前を倒さなくてはならない。
リリィはヒュージと戦い、ヒュージを倒す存在。
そして、お前が何者かの手によって誕生したヒュージなら、私たちはその真相を究明し、首謀者を告発する」
湊の言葉を聞いたジャガーノートは――その鈍い銀色の装甲に覆われた表情が変わることは無かったが――どこかしら満足げな調子で答えを返した。
『そうだ、それでいい。
我が理性を持つヒュージだからといって、お前たちが気にする必要は無い。
これは人間とヒュージという、いわば種の間の生存競争だ。
敗れた種は滅び、生き残った種が勝者だ。
簡単な話ではないか。
人間もそうやって、数えきれないほどの夥しい生物種を滅ぼしてきた。
今はお前たち人間が、滅ぼされる側に回ったというだけのことだ』
「ヒュージが人間を襲い、この世界から人間を滅ぼそうとしているから、人間はヒュージと戦っている。
私たちは好き好んで戦っているわけではない。
ただ、滅びたくないから必死に戦っているだけ」
湊の反論がジャガーノートの想定内だったのか、ジャガーノートは自らの論調を変えることは全く無かった。
『多くの種を一方的に滅ぼしておきながら、自分たちは滅びたくないと言う。
その矛盾に気づいていないわけではなかろう。
人間がヒュージから守ろうとしている場所のほとんどは、有史以前には他の野生動物が生息していた。
それらの動物を駆逐したからこそ、人間という種は現在の繫栄を手にすることができた。
熊を殺し、虎を殺し、狼を殺し……そうやって人間は自分たちの生存圏を拡大し、豊かな生活を実現してきた。
現在はその立場が逆転しているに過ぎない』
「……」
敵であるヒュージから適者生存のロジックを聞かされるとは――三人のリリィは、ただ黙り込むことしかできなかった。
それを見たジャガーノートは、なおも畳み掛けるように、彼女たちに対して自らの考えを語り続ける。
『無論、お前たち人間には抵抗する権利がある。
滅びを回避するために、力の限り抵抗してみせるがいい。
その抵抗がヒュージの力を上回れば、人間は生き残ることができるだろう。
ヒュージはただ、過去の野生動物が人間によって奪われた領域を奪還しようとしているだけだ。
人間が自分たちの居住地を明け渡したくなければ、ヒュージと戦って縄張りを守るしかない。
事の本質は、それが陣取りゲームではなく、文字通り生死を賭けた生存競争であることだ』
湊とジャガーノートのやり取りを聞いていた結梨は英に――二人は互いに10メートルほど離れてはいたが――できるだけ小声で話しかけた。
「あのヒュージとは、できれば戦いたくないね」
「そうだね……たぶん元は人だったんだろうね……」
ジャガーノートと直接相対してプレッシャーを受けている湊とは異なり、結梨と英は普段とそれほど変わらない様子で、目の前の事態と向き合っていた。
ジャガーノートが、ただ攻撃衝動に支配されて人間を襲うだけのヒュージではないため、勝手が違うのは如何ともしがたかったが。
まだ攻撃に移る意思を示さない三人のリリィに、ジャガーノートは区切りをつけるように一歩後ろへ下がり、湊たちの顔を順に見回した。
『我が言うべきことは言い終えた。
お前たちは自分たちの巣に戻って、我の言葉を女王蟻に伝えるがいい。
もっとも、多少なりとも頭の切れる者なら、我が話した内容の本質など先刻承知だろうが……』
言い終えると同時に、ジャガーノートは大きく後方へ跳躍し、三人との距離を瞬く間に数十メートルに広げた。
そして、ジャガーノートは一転して踵を返して走り出し、廃墟の崩れかけた建物の陰へと姿を消した。
「逃げた……?」
「追いましょう、湊様。あのヒュージをこのまま逃がすわけにはいきません」
言うが早いか、英はリサナウトを携えて走り始めている。
それを追って湊と結梨も英の後に続く。
「この先に罠が仕掛けてあるかもしれない。一人で突出しないように」
「分かりました。あの建物の向こう側に他のヒュージがいるのかも……」
ジャガーノートが身を隠した建物の陰へ続く道――その曲がり角に、英を先頭に三人が差しかかった。
その時、数百メートル先の建物の間に、見慣れた物体が英の目に入った。
「ケイブ……あんな所に」
ジャガーノートの姿はケイブの手前すぐに迫っていた。
もう一刻の猶予も無い。
「間に合わない。逃げられちゃう……」
リサナウトをシューティングモードへ変えようとする英。
「私が止める。先に行くよ」
言い終えると同時に縮地を発動した結梨の姿が、並走していた湊の視界から消えた。
その姿は次の瞬間にジャガーノートのすぐ背後に出現し、結梨の左手がジャガーノートの左手首を掴んだ。
(後ろを取った。このまま抑え込んでケイブに入れないようにしないと)
だが、ジャガーノートの膂力は結梨の想像を超えていた。
結梨の左手に強烈に引っ張られる感覚が生じ、身体が前方に飛び出すのが分かった。
目の前のケイブが急激に大きく膨らみ、それはケイブが膨張したのではなく、自分がケイブに投げ込まれているから――そう理解した時には、結梨の姿はジャガーノートとともにケイブの中に消えていた。