結梨が御台場女学校近傍の廃墟にて、新種の特型ヒュージであるジャガーノートと交戦中に行方不明となった――その情報は御台場から鎌倉府の百合ヶ丘女学院へと直ちに伝えられた。
史房、祀、眞悠理の三人は、今後の対応を協議すべく生徒会室に集まっていた。
ソファーに腰を下ろす余裕も無く、三人とも立ったまま落ち着かない様子で顔を見合わせている。
「ケイブに落ちたんですか……結梨ちゃんが?」
動揺を隠せない祀の質問に対して、3年生の史房は表情を変えることなく、当時の状況を客観的に説明する。
「正確には、ケイブに逃げ込もうとしたジャガーノートを取り押さえようとして、ジャガーノートにケイブの中へ投げ込まれたそうよ」
「なんて無茶なことを。
結梨ちゃんが交戦していた、そのジャガーノートというヒュージはどうなったんですか?」
「結梨さんと一緒にケイブの中に入った後、間もなくケイブ自体も自然に消滅した……と報告されているわ」
「結梨さんの行方を捜す手がかりは……」
眞悠理の言葉は途中で途切れた。
史房は憂いをにじませた眞悠理の顔を見ると、先程の祀への返答と同じく、努めて冷静に事実を告げた。
「今のところ、全く無いわ。
ケイブは一種のワームホールとして機能していて、ヒュージの移動手段として利用されている……それ以上のことははっきり分かっていないから」
「ワームホールであれば、別の場所に出口となるもう一つのワームホールがあるはずです。
その出口のワームホールを特定できれば、結梨さんの居場所も分かるはずです」
「その出口の位置座標を知る方法を、私たちは持ち合わせていないわ。
それに、入口のワームホールが消滅したのなら、出口のワームホールも今は存在していないはず。
粒子の固有パターンを観測できれば、ある程度の探知は可能だけど……ケイブが消滅してしまっている以上、望み薄ね」
「では、結梨さんがケイブに消えた当時の、首都圏一帯のケイブ発生情報を全て集めて、可能性の高そうな場所を百合ヶ丘と御台場のリリィが捜索する……というのは?」
首都圏全体で一日に何ヶ所でケイブが発生しているのか、数ヶ所か、数十ヶ所か、それ以上か――解析科のリリィでもない限り、普段は気に留めることも無い。
だが、その数が幾つであれ、何もせずにいることはできなかった。
「……そうね、今はそれくらいしか取れる方法は無さそうね。
でも、結梨さんの存在を一般のリリィに知られるわけにはいかないから、捜索に当たるリリィは相当に限られるわね。
祀さん、私は理事長代行に連絡するから、祀さんは先に特務レギオンの2隊に根回しをしておいてもらえる?」
「分かりました。すぐにロスヴァイセとシグルドリーヴァのリリィに連絡を取って、人員の確保とガンシップの離陸準備を進めます」
「くれぐれも碧乙さんと喧嘩しないようにね」
「はい、なるべく気をつけます」
祀が苦笑いして慌ただしく生徒会室を出て行った後、眞悠理は抑えた声で史房に話しかけた。
「祀さんの前では口に出せませんでしたが、結梨さんがジャガーノートと一緒にケイブに入ったということは、その後も戦闘が継続している可能性があると思います」
「ええ、その通りね」
「最悪、結梨さんがジャガーノートに倒されている可能性も視野に入れなくてはならないかもしれません」
「今は予断を挟むべきではないわ。
私が知る限りでは、リリィやマディックがケイブの中に入ったなんて、聞いたことが無いもの。
でも、結梨さんはヒュージ由来のマギと非常に親和性が高い。
それなら、ケイブに入ったことも結梨さんの不利に働くとは限らない――そう私は考えているわ」
かつて結梨がハレボレボッツと命名された特型ヒュージと海上で戦った時、結梨は由比ヶ浜ネストのマギを自らのエネルギーとして利用した――その信じ難い事実を念頭に置いた上での、史房の発言だった。
「そうかもしれません。何でも悲観的に考えるのは私の悪い癖です」
「今はできる事を進めましょう。
眞悠理さんは当時のケイブ発生情報の取りまとめを早急に。
私は理事長代行に連絡するから」
そう言うと、史房は眞悠理から離れて窓際まで歩いて行き、通信端末を制服のポケットから取り出した。
細い指で端末のボタンを数回押し、あらかじめ登録されている内線番号を発信する。
数度のコール音の後、相手が受話器を取ったことが分かった。
「出江です。結梨さんが戦闘中に行方不明になった件で、理事長代行にお話ししたいことが――」
史房の口調は先程までと少しの変化も無く、それはブリュンヒルデらしく、事に臨んで動じない平静さを保ち続けていた。
意識を回復した時、結梨は自分が見慣れぬ森の中に横たわっていることに気づいた。
僅かに開いた瞼の間からは、柔らかい太陽の光が目の中に差し込み、結梨は眩しさを覚えた。
「……生きてる」
目は見える。視界には地面を埋め尽くす落葉、木々の間からは木漏れ日が地面をまだらに照らし出している。
太陽の高度と色温度の変化から、結梨は自分がジャガーノートによってケイブに投げ込まれてから、二時間以上が経過していることを知った。
日没まではあと一時間半ほどだった。
次いで、結梨は横たわったままの姿勢で、ゆっくりと手足を動かしてみる。
感覚は全く正常だった。
(痛みはない、ケガはしてない。うん、だいじょうぶ)
手をついて上半身を起こし、周囲を見回すと、そこには落葉広葉樹の雑木林が広がっていた。
落葉の中に半ば埋まる形で、数メートル離れた所にエインヘリャルのマギビットコアが一つ転がっている。
ケイブに投げ込まれる前に結梨が右手に装備していたユニットだ。
(他の四つはケイブの向こう側に置き去りになったんだ……)
結梨はおもむろに立ち上がり、ヒュージの気配を探ったが、今は何も感じることは無かった。
そのままマギビットコアの所まで歩いて行き、それを拾い上げる。
エインヘリャルはシャットダウンされていたが、腰の後ろに装備したメインユニットのマギクリスタルコアに、右手中指の指輪を触れさせると、再起動を開始した。
(よかった、壊れてない。ガーデンに連絡しないと)
制服のポケットを探ると、携帯電話型の通信端末が指に触れた。
端末をポケットから取り出すと、これもCHARMと同じくシャットダウンした状態になっていた。
だが、こちらはCHARMと違って、電源が入らない。
(壊れたのかな。それとも電池が切れたのかな)
通信端末が使えない以上、ガーデンと連絡を取ることはできない。
それは自力でこの場を離れて、何らかの方法で通信可能な環境まで移動しなければならないことを意味していた。
(ここ、どこだろう。外国じゃないよね)
雑木林の植生は関東地方の低山によく見られる一般的なものだった。
そこから推察すれば、遠く見積もっても、御台場から数十キロメートル程度離れた場所ではないかと思われた。
(自分の力でガーデンまで帰れるかな……)
このままここに留まっていても意味は無い。
結梨は周囲に警戒しつつ、日没までにこの雑木林を抜けて、開けた場所へ出るべく歩き始めた。
太陽の位置を基準に、緩やかな斜面を南へと下って行くと、遠くから風に乗って僅かな異音が聞こえてきた。
何かがぶつかるような衝撃音、弾けるような破裂音……ごく小さな音ながら、それらが戦闘に由来するものであることはすぐに分かった。
(この先で誰かが戦ってる。行かないと)
結梨は気配を殺して木々の間を縫うように進む。
やがて、異形の生物が不規則に森の中を動き回っている姿が、遠目に見えるようになってきた。
(やっぱりヒュージだ。
ミドル級が数体と、スモール級が20体くらいかな。
ジャガーノートはいないみたい)
ヒュージの一群と戦闘状態にあるのは、リリィではないように見受けられた。
(戦ってるのは女の子だけど装備がリリィのものじゃない。
あれはアンチヒュージウェポンっていうのかな……)
黒い制服を纏ってヒュージと交戦しているマディックの一隊は、明らかに苦戦しているように見えた。
彼女たちが増援無しにヒュージを撃退できる確率は高くないと、結梨は即座に判断した。
そして増援が来るとは限らないし、もし来たとしても手遅れになる可能性は否定できなかった。
ヒュージは目の前のマディックに気を取られて、後方の結梨には気づいていない。
このまま戦場を避けて森を抜けようとすることは可能だった。
だが、そうすれば見知らぬマディックの部隊は良くて敗走、悪ければ全滅する可能性がある。
結梨の手の中にあるのは、近接戦闘用に右手に装備しているマギビットコア1機のみ。
アウトレンジの死角から同時攻撃可能なマギビットコアは、全5機中4機がケイブの向こう側に取り残されたままだった。
4機のマギビットコアを失ったエインヘリャルの攻撃力は、最大スペックの五分の一にまで落ちている。
それでも、マディックを襲っているミドル級とスモール級を相手にするには充分すぎた。
結梨は迷うことなく跳躍して、前方の戦場へと突入した。
ビームブレード兼ビームガンとして右手に装備したマギビットコアで、瞬時に数体のスモール級を撃ち抜く。
不意に背後からの攻撃を受けて動きが止まったヒュージの群れに、結梨は間髪を入れず斬りかかった。
ビームブレードでミドル級の四肢を斬りつけ、動きが鈍ったところに至近距離から急所へビームガンのエネルギー弾を撃ち込む。
攻撃を受けたミドル級の全身が爆発し、周囲にヒュージの青い体液が飛び散る。
「ミドル級は私がやっつけるから、そっちはスモール級に集中して」
言い終える前に、結梨は既に次のミドル級に向かって走り出している。
突然の思いがけない方向からの攻撃に、マディックとヒュージの双方が動きを止めていたが、先に事態を理解したのはマディックの方だった。
「増援が来た?それにしては早すぎる」
「何でもいい、これは天佑。私たちには運がある。
ヒュージが態勢を崩している間に陣形を再編、群れを包囲しつつ、各個にスモール級を攻撃」
「りょ、了解」
それまで劣勢に立ってはいたが、戦闘の経験自体は少なからずあるようで、マディックの部隊は冷静に統率された行動でヒュージに反撃を開始した。
正面からマディックの部隊、背後から結梨に挟撃されたヒュージの群れは、一気に形勢を逆転され、10分と経たずに包囲殲滅された。
戦闘が終了した戦場で、数十体のヒュージの死骸の間に、マディックの少女たちと結梨が立っている。
御台場女学校の制服を着ている結梨の前に、隊長らしきマディックの少女が進み出た。
「助かりました。あなたがいてくれなかったら、私たちは無事にこの戦いを終えることはできなかったでしょう。
それどころか全滅していたかもしれません。
――さぞかし名のあるリリィとお見受けしますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「私は……」
結梨が口ごもっていると、マディックの少女は、はっと気がついたように深く一礼した。
「失礼しました。まずはこちらから名乗るのが礼儀ですね」
そう言うと、彼女は姿勢を正し、仰々しい口調になって自己紹介らしき口上を述べ始めた。
「私たちは……いえ、我等は鎌倉府の一角を守護し、悪しき異形の獣たちとの戦いに日々明け暮れる存在」
それに呼応するように、少女の後ろに控えていたマディックの隊員が応える。
「
(何か難しい言葉で話してる……歳は私と同じくらいなのに)
呆気に取られてぽかんとしている結梨を気にする様子も無く、黒い制服の少女たちは半ば陶然とした表情で口上を続けた。
「我等は黒き魔女の忠実な
その身命を賭して剣となり盾となり、世界の秩序と安寧を守り抜く者たち」
「人々は戦場の灰燼に佇む我等を指さし、尊崇と畏敬の念を込めて、こう呼ぶであろう――
『黒十字マディック隊』と」