「黒十字マディック隊」と自らの部隊名を名乗った黒い制服の少女たちは、いかにも仰々しい自己紹介を言い終えると、一呼吸置いて急に相好を崩した。
「隊長、今日の口上は完璧に決まりましたね!」
隊長と呼ばれた明るい栗色の髪の少女は、満足げに頷いて顎に手を当てた。
「うん、なかなかいい出来だった。
この感触を忘れないように、明日からも日々鍛錬を積んでいかなければ」
「はい、録音もしておいたので、ガーデンに戻ったら再生して皆で聞きましょう」
「そうね。各員、装備の状態を確認。
負傷した者がいれば、程度にかかわらず、すぐに申し出るように。
副隊長、黒十字マディック隊は哨戒任務を終えてこれより帰投すると、ガーデンに連絡を」
「了解。ガーデンとの通信を開始します」
ぽかんとした表情のまま黒十字マディック隊の隊員を見ていた結梨に、隊長の少女が気づいた。
「――すみません、つい自分たちの事ばかりかまけてしまって。
先ほど申し上げたように、私たちはシエルリント女学薗に所属するマディックの部隊で、部隊名は黒十字マディック隊といいます。
私は隊長を務めている道川深顯という者です」
さっきまでの大仰な物言いとは一変して、深顯と名乗った少女は、ごく普通の礼儀正しい口調で結梨に話しかけた。
結梨はここで本名を名乗るわけにはいかなかったので、表向きの設定である北河原伊紀の従姉妹としての名前を口にした。
「はじめまして。私は御台場女学校の北河原ゆり。
ヒュージと戦ってる時にケイブに投げ込まれて、気がついたらこの森の中にいたの」
結梨の説明を聞いた黒十字マディック隊の隊員たちは、一様に驚いた表情になり、結梨の姿を見つめた。
「言われてみれば、その制服は御台場女学校のものですね。
この辺りでは見かけないデザインの制服だと思っていましたが、まさかケイブによって東京からここまで転移したとは」
「ここは鎌倉府なの?」
「はい、私たちのガーデンがある金沢文庫の近くです。
一時間ほど前に、この付近でケイブが発生した可能性ありと観測されたため、私たちが確認のために哨戒任務に出動したんです」
「ここで特型のヒュージを見なかった?人みたいな形をした」
「いいえ、そのようなヒュージは見かけませんでした。
そのヒュージと戦っていたのですか?」
「うん、捕まえようとしたんだけど、そのヒュージにケイブの中に投げ込まれたの」
「そうでしたか。ではこれから御台場のガーデンに戻られるのですか?」
「そのつもりだけど、通信端末の電源が入らなくて、ガーデンに連絡できないの」
「それでしたら、一度私たちのガーデンまで来ていただいて、そこで所定の手続きをすれば回線を使わせてもらえると思います。
私たちが持っている端末では、外部との通信はできませんので。
――副隊長、まだガーデンとの通信はつながってる?」
少し離れた所で通信端末を耳に当てていた副隊長のマディックは、黙って頷いた。
「私たちを助けてくれたのは、御台場女学校の北河原ゆりさんと仰るリリィだと伝えて。
現在は通信端末が使えない状態だから、ガーデンの回線を使えるように申請したいと」
深顯からの指示を受けた副隊長は、しばらくガーデンとのやり取りを続けていたが、その表情は急激に緊張感を孕んだものに変わっていった。
強張った顔で通信を終了した副隊長は、ぎこちない足取りで結梨に近づき、告げた。
「北河原ゆりさん。申し訳ありませんが、ガーデンまで同行の上、事情聴取に応じていただきます」
「どういうこと?御台場女学校は反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンだけど、北河原さんがここにいた経緯ははっきりしているのだから、不審者のように扱うのはおかしくない?」
「はい、私もそう説明したのですが、CHARMと通信端末を没収した上で、ガーデンまで任意同行させるようにと」
「何ですって……」
確かに武装したリリィが外征の事前連絡無しに、国定守備範囲外の地域に移動することは違反行為だ。
しかし先程の説明では、原因は戦闘中の不可抗力によるものであるから、一方的に不法侵入者扱いするのは、やり過ぎに思えた。
「取り付く島もないという感じで、もし抵抗する場合は強制的に拘束せよとの命令でした」
「しかし……」
結梨の方を振り返った深顯は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
相手は一人とはいえ、れっきとしたリリィだ。
本気で抵抗されれば、マディックの十人や二十人で抑え込めるものではない。
拘束しようとしたところで、怪我人を多数出した挙げ句に逃走されるのは目に見えていた。
それでも、ガーデンからの命令であれば従わざるをえない。
事態の余りの急転直下ぶりに、深顯は目まいを覚えそうになったが、辛うじて踏みとどまった。
アンチヒュージウェポンを持つ手を震わせながら、深顯が結梨に話しかけようとした時、結梨の方から先に言葉を発した。
「私がCHARMと端末を深顯たちに預けて、シエルリントのガーデンに行けばいいんだね」
落ち着いた口調で言うと、結梨はビームブレード兼ビームガンとして右手に持っていた、マギビットコア付きのサブユニットを地面に置いた。
次いで、腰の周りに装備していたエインヘリャルのメインユニットとサブユニットを取り外し始める。
結梨は全てのユニットを身体から外し終えると、ポケットから取り出した電源の入らない通信端末と一緒に深顯へ差し出した。
「これでいい?」
「え……どうして?」
深顯には結梨の取った行動が信じられなかった。
「あなたの力なら、私たちから逃れることは簡単なはずなのに」
「私が逃げたら、深顯たちがガーデンから怒られるでしょ?」
「な……」
何のためらいも無く言い放った結梨に、深顯は絶句した。
偶然に迷い込んだに等しい場所から強引に離脱しても、釈明など後からどうにでもなる。
しかし、目の前のリリィはその選択肢を放棄して、初対面のマディックの身を案じたのだ。
それはかつて日の出町の惨劇で自分の姉を盾にして戦死させた、エレンスゲ女学園のリリィと余りに対照的だった。
「あなたは甘すぎます。そんなことではこの先、生き残れませんよ」
「私は私の戦い方で生き残ってみせるから、心配しないで」
「……それが過信でないことを祈ります。
副隊長、再度ガーデンに連絡を。
北河原ゆりさんを武装解除、通信端末預かりの上でガーデンにお連れすると」
「分かりました。
――こちら黒十字マディック隊。先程拝受した命令を実行に移します。
ガーデンへの到着予定時刻は……」
丸腰の状態になり、前後を十数名のマディックに挟まれて、結梨は森の中の細い道をゆっくりと下っていく。
不思議と不安は感じなかった。
これから行く所が、親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの総本山と目されるシエルリント女学薗であるにもかかわらず。
自分の出生にまつわる出来事だけではなく、東京での一連の不可解なヒュージの動きやエリアディフェンス設備の爆発事件、ルドビコ女学院の崩壊……それらの全てにG.E.H.E.N.A.が深く関与しているのは、最早既定の事実と言っていい。
そうであれば、ただG.E.H.E.N.A.から逃げ回るよりも、好機があれば虎穴に入ることも一つの戦略と、結梨は無意識に考えていたのかもしれない。
やがて地面の傾斜はほとんど無くなり、森を抜けると道の先にキリスト教の大聖堂のような建築物が見えてきた。
それはビブリオテカという名の、マギに関する世界一の蔵書を有するシエルリント女学薗の図書館だった。
おそらくシエルリントのガーデンからの指示だったのだろう、結梨を伴った深顯たち黒十字マディック隊の一行は、正門ではなく人目に付かない通用門からガーデンの敷地内に入った。
中世の教会を模した校舎の中へと入り、結梨は奥まった部屋の一つに案内された。
「しばらくの間、ここでお待ちください。
事情聴取の準備ができ次第、お呼びしますので」
そう言って深顯は部屋を出て行き、結梨は広い室内に一人きりの状態になった。
部屋の内装を見るに、どうやら来賓用の応接室であると思われた。
(私のこと、一柳結梨だって分かったのかな……)
単なる不法侵入者と見なされたのか、それとも百合ヶ丘女学院の一柳結梨としてここに連れてこられたのか――それによって自分が何をどこまで話すかが決定的に違ってくる。
その両方を想定して、結梨があれこれと事前問答のシミュレーションを頭の中で進めていると、小さくドアがノックされる音が聞こえた。
「はーい」
結梨が普段と変わらない口調で返事すると、静かに扉が開き、深顯の姿が現れた。
「お待たせしました。こちらへ」
深顯の先導に従って結梨は部屋を出て廊下を進んで行く。
薄暗い廊下を何度か曲がりながら進んだ先に、目的の部屋が現れた。
重厚な樫の木で作られた大きな扉を、深顯がノックした。
部屋の中から返事は聞こえなかったが、深顯には何がしかの応答が感じ取れたのか、後ろに控えていた結梨の方を振り返って呼びかけた。
「どうぞ、中にお入りください。私はここで失礼します」
深顯は一礼して結梨の前から去って行った。
再び一人になった結梨は、深顯に言われた通りに扉のノブに手をかけて、ゆっくりと開いた。
最初に結梨の目に映ったのは、薄暗くも広い室内の各所に配置された、中世キリスト教の黒ミサを思わせる数々の呪物だった。
動物の骨の一部らしきもの、植物の根の標本、人間や獣を模したと思われる奇怪な形の木彫り……
室内の照明は天井近くにある細長い天窓から差し込む光と、壁際の数ヶ所に置かれた燭台の蝋燭のみ。
時刻が薄暮に差しかかっていたこともあり、室内はお世辞にも明るいとは言い難い状態だった。
内装は明らかにキリスト教の教会そのものだったが、呪物と照明が神聖さを塗りつぶして魔的な空間を構成していた。
そう言えば、黒十字マディック隊の隊員たちは、自己紹介の口上で「魔女」という言葉を口にしていた。
その言葉と眼前の光景が一致しているのは偶然ではないだろう。
だとすれば、この部屋の主たるべき人物もまた――
「お前が例のホムンクルスか。
思っていたよりも少し幼く見えるな……」
部屋の最奥に設えられた祭壇から、「魔女」の声が聞こえてきた。
シエルリント女学薗の描写については、公式設定に存在する情報以外は全て作者の想像であることをお断りしておきます。