アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第24話 虜囚(3)

 

 キリスト教の教会さながらの生徒会室で、結梨に話しかけてきたのは一人の少女だった。

 

 天窓から差し込む黄昏時の弱々しい光が、彼女の姿をぼんやりと照らし出している。

 

 黒十字マディック隊の隊員と同じく、少女は黒ずくめの制服を身に纏っているが、そのデザインはマディックたちのものとは大きく異なっていた。

 

 両肩から足首までを覆うゆったりとした布地は、幾重にもドレープを形作り、微妙な明暗の陰翳をその表面に描き出している。

 

 それは制服というよりは魔女の普段着と表現する方が適切で、長い黒髪を腰まで伸ばした彼女自身の風貌もまた同じだった。

 

 明らかに上級生らしき年長者の雰囲気を漂わせ、眉目秀麗な整った顔立ちには、高慢とも傲慢とも計りかねる一種独特の尊大さが感じられた。

 

 少女は祭壇から進み出て、結梨が立っている入口の方へゆっくりと歩み出した。

 

 少女の踏み出す足の靴音が、広い生徒会室に反響して結梨の耳に届く。

 

 二十を超える回数の靴音が止まった時、少女の姿は結梨のすぐ目の前にあった。

 

 その大きな漆黒の双眸は、結梨の顔を10センチメートルほど上から見下ろしていた。

 

「ほむんくるす……?」

 

 先程少女が口にした単語を結梨が呟いた時、少女の口に微笑が浮かんだ。

 

「ホムンクルスとは、人の手によって生み出された人間のことだ。

私も実際に見るのは今日が初めてだ」

 

 少女は更に結梨の至近まで歩み寄り、思い切り顔を近づけた。

 

「やはり普通の人間と寸分変わらない。素晴らしいな」

 

 結梨の目には、微笑から会心の笑みへと変わった少女の表情が映っている。

 

「私のことを知ってるの?」

 

「知っていなければ、ホムンクルスなどという言葉を口にしたりはしない。

それとも、お前は自分のことを人造リリィと呼ばれる方がいいのか?」

 

「どっちも呼んでほしくない。私は――」

 

「では、望み通り一柳結梨と呼んでやろう。

私はこのシエルリント女学薗の生徒会長を務めている、蓬莱玉という魔女だ」

 

「ほーらいぎょく?変な名前」

 

 結梨の返答はいかにも不躾なものだったが、蓬莱玉と名乗ったリリィはそのような反応に慣れているのか、特に気分を害した様子も無かった。

 

「蓬莱玉は真名ではない。

魔女は簡単に真名を他人に教えたりしないものだ」

 

「どうして本当の名前を名乗らないの?

それに魔女って……あなたはリリィじゃないの?」

 

 そう言ってから、名前についてはそのまま現在の自分にも当てはまることに結梨は気がついた。

 

「お前とて、表向きは百合ヶ丘の特務レギオン隊長の従姉妹という身分と名前を用いているだろう。

シエルリントのリリィもまた、真名を明かさぬ魔女として振る舞わねばならぬ事情があるのだ」

 

「事情って、どんな?」

 

「話せば長くなるし、そもそも部外者のお前に秘密を明かすわけにはいかない。

無論、お前が一柳結梨であることもマディックたちには話していない」

 

「でも、誰かが気づくかも」

 

「心配には及ばない。マディックの隊員たちには箝口令を敷いておいた。

この件について少しでも口外すれば、命は無いものと思え――とな」

 

「深顯たちを傷つけないで」

 

 気遣わしげに蓬莱玉の顔を見上げる結梨に、蓬莱玉は人が悪そうな苦笑をしてみせた。

 

「無論、冗談だ。命まで取られることは無い。

ただし、機密情報を外部に漏らした場合、何らかの処罰を受けることにはなる。

 

だが、あのマディックたちは口が堅いし、私の指示には実直に従ってくれる。

お前がここに来たという情報が、管理外の範囲に漏洩する恐れは無い」

 

「それならいいけど……」

 

「――ここで立ち話を続けるというのも不作法だな。

こちらへ来るがいい」

 

 結梨は蓬莱玉の後に続いて部屋の奥へ進み、祭壇の前に設えられている木製のベンチに並んで腰を下ろした。

 

 これで落ち着いて話ができる、と蓬莱玉は結梨の横顔を興味深げに眺めながら言った。

 

「先に言っておくが、お前をこのガーデンに半ば強制的に連行するよう命令を出したのは、私ではなく理事会と教導官たちだ。

 

マディックの隊員を救ってくれた礼を述べるために、ガーデンに招くという形式を私は取りたかったのだが……どうもここの大人たちは頭が固くてな。

 

彼ら・彼女らの要求を呑む代わりに、事情聴取は私に一任するということで決着した訳だ」

 

「そうだったんだ……」

 

「この話を信じるかどうかはお前次第だ。

お前が信じなくても、私は別に構わない。

 

お前が偶然にシエルリントの国定守備範囲に現れたのは、私にとってまたとない僥倖だったと思っている。

 

私は出不精ゆえ、そうでもなければ直接お前に会える機会は無かっただろう」

 

 蓬莱玉は一度言葉を区切って間を置いた後、話題を変えた。

 

「お前は人型の特型ヒュージと戦闘中にケイブに投げ込まれたと、マディックに説明したそうだな」

 

「うん、ジャガーノートっていう名前で湊は呼んでたけど、この辺りでそのヒュージを見なかった?」

 

「私もジャガーノートなる特型ヒュージの存在は認識しているが、これまでシエルリントの国定守備範囲内でジャガーノートの目撃情報は無い。

 

しかし、私とてこのガーデンの全ての情報を把握しているわけではない。

 

シエルリントのラボの特定のセクションが、ジャガーノートの開発や実験に関与していないとは言い切れない。

 

特に、最近は一部の過激派が東京の幾つかのラボと連携して、実験的な装備を我がガーデンの魔女やマディックに使わせたがっているようだからな。

 

何ヶ月か前に、横浜港の警備任務に就いていた黒十字マディック隊の隊員に、怪しげなCHARMもどきが支給されたこともあった。

 

その時は別の任務で横浜に来ていたエレンスゲ女学園のレギオンが、マディックの支援に当たって事無きを得たが、一歩間違えば人死を出すところだった」

 

「エレンスゲ……そのレギオンって、もしかして」

 

「エレンスゲのガーデンからは、決して所属ガーデンとレギオンを名乗らないように命令を受けていたそうだ。

 

だが、隊長が仁義に厚いというか馬鹿正直な性格だったようで、戦闘中に自らの正体をマディックたちに明かした――自分たちはエレンスゲ女学園トップレギオンのLGヘルヴォルだと」

 

「一葉たちは何のために横浜に来ていたの?」

 

「横浜港に陸揚げされる積み荷の護衛だったそうだが、その任務はヒュージの襲来で有耶無耶になったと聞いている。

 

エレンスゲのガーデンが、LGヘルヴォルに正体を隠すよう命令した理由も不明のままだ。

 

……ルドビコ女学院が崩壊して以来、どうにもエレンスゲの動きが怪しい。

あのガーデンは何かを企んでいる」

 

「シエルリントって、エレンスゲと同じ親G.E.H.E.N.A.主義のガーデンじゃないの?」

 

「確かにシエルリントは親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの総本山ではあるが、それは過激派の総本山と同義ではない。

 

従来はマギについての基礎研究を始めとして、それに関連するマギクリスタルコアやヒュージの生態を理論的に探究することが、このガーデンの主流だった。

 

それらの研究の蓄積として、世界に冠たる大図書館である『ビブリオテカ』が、シエルリントの敷地内に存在しているのだ。

 

しかし、最近になって一部の過激派が勢力を拡大し、他ガーデンの過激派と協力して、ブーステッドCHARMの開発や強化実験に手を染め始めた。

 

私にしてみれば、それらの行為は外法の類だと言わざるを得ない」

 

「げほう?」

 

「そうだ。魔法と外法は似て非なるものだ。

 

天然自然の理を利用して、その力を自らのものとして使うのが魔法の正道であり、CHARMとレアスキルも当然その理論に基づいて用いられるべきなのだ。

 

だが、過激派の開発しようとしている技術は、薬物の投与や外科的な施術、常軌を逸したマギクリスタルコアの改造によって、限界を超えた能力や性能を引き出そうとするものだ。

 

それらの技術を使えば、一時的に驚異的な戦闘能力の向上を得ることが可能になる。

 

しかし、同時に負のマギが被験者の心身に過大な負荷をかけ、いずれは狂人や廃人に追いやってしまう。

 

――これが外法以外の何ものだというのか」

 

 それまでの落ち着いた様子から一転して、蓬莱玉は憤りの感情を表に出した。

 

 一方、結梨は黙って蓬莱玉の言葉を聞いている。

 

 その様子を見た蓬莱玉は、自分の気持ちに区切りをつけるように咳払いをした。

 

「すまない、私としたことが感情的になった。

そういうわけで、ジャガーノートに関しては私から回答できることは無い。

 

今度は私からお前に聞くが、それはお前がシエルリントの国定守備範囲に入り込んだことについてではない。

 

事情聴取というのは単なる名目だ。

一通りの状況は黒十字マディック隊から聞き取り済みだからな。

 

それに、お前に関する情報は以前から既に調べ尽くしてある。

――理由は分かるな?」

 

 蓬莱玉の問いかけに結梨は黙って頷いた。

 

「一柳結梨。お前は私の知的好奇心を刺激して止まない存在だ。

 

はっきり言えば研究対象として――もちろん人体実験などという野蛮極まりない方法ではなく、観察と記録のために私の手元に置いておきたいくらいだ」

 

 思いがけなく眼前に現れた結梨の姿を目にして、蓬莱玉は彼女に似つかわしくない様子で興奮を抑えきれずにいた。

 

 

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