アサルトリリィ  LOST FLOWER   作:入江友

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第24話 虜囚(6)

 

 日付が変わり、雲間から時折顔を出す満月が中天を過ぎた頃、結梨を乗せた移送列車は予定通り静かに発進した。

 

 線路は単線の非電化区間、先頭車両はディーゼル式の機関車、その後ろに六両の客車が連結、牽引されていた。

 

 結梨の乗った車両は最後尾の客車で、一見しただけでは不自然な点は見当たらない。

 

 だが、実際には窓に見える部分はダミーの造形で、外から客車の中を見ることはできなかった。

 

 当然、客車の中からも外の様子は分からない。

 

 最後尾以外の車両が何を積んでいるのか、それとも積んでいないのかも分からない。

 

 客車の中は、いかにも贅を凝らしたソファーやテーブルなどの調度品が配置されていた。

 

 窓の外が見えない点を除けば、高級寝台列車そのものの内装に、結梨は戸惑っていた。

 

(この列車が私を運ぶために用意されたの?)

 

 一個人の移送用としては大げさに過ぎるものだったが、G.E.H.E.N.A.にとっての最重要人物の一人という今の自分の立場を鑑みれば、そういうものと納得するしかなかった。

 

(どこかのG.E.H.E.N.A.ラボに行く可能性が高いって、蓬莱玉は言ってたけど……)

 

 行くとすれば都心の中核ラボか、さもなくば人里離れた場所に設置された隠しラボのどちらかだろうと、結梨は考えていた。

 

 だが、今はそれを判断する材料は持ち合わせていない。

 

(せっかくだから、どこのラボでも中を見ておきたいな)

 

 勿論、自分の身に危険が迫った場合、脱出するためのシミュレーションは頭の中で繰り返している。

 

 それを勘案しても、結梨の行動は蛮勇に相当するものだったかもしれないが。

 

 客車内に入って一息つくと、急に疲労感と眠気が結梨を襲い始めた。

 

(今日は色々あって、ちょっと疲れちゃった……列車が目的地に着くまで休もう)

 

 柔らかなソファーに深く身体を沈ませ、結梨が目を閉じてから眠りに落ちるまで、幾らも時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、移送列車の屋根では、護衛任務に当たっているエレンスゲ女学園のLGクエレブレが、油断なく周囲の警戒を続けていた。

 

 列車は規則正しく線路の繋ぎ目を通過する音を響かせて、深夜の鉄路を進んで行く。

 

 車両の屋根に陣取ったLGクエレブレの五人のリリィは、無駄口を叩くことなく無言で前方の線路脇を見つめている。

 

 襲撃があるとすれば、線路脇に潜んでの待ち伏せ攻撃が、最も可能性が高いと思われたからだ。

 

 線路を爆破すれば列車が脱線して積載物が損壊する恐れがあるし、空から襲撃する場合はエンジン音で気づかれる上、走行中の列車に降下するのは至難だ。

 

 列車が金沢文庫を出て二十分ほどが経った時、変化は訪れた。

 

 列車の走行音に紛れて、コツ、コツ……と硬い靴音が、優珂たちの背後から聞こえたのだ。

 

 クエレブレの五人全員が瞬時にそちらを振り向く。

 

 十の瞳が見つめる先には、月光に照らし出された一人の女性の姿があった。

 

「止まりなさい。走行中の列車の屋根にいるなんて、普通の人間じゃないわね。

あんたを誰何する。

本名と所属ガーデン、ここにいる目的を答えなさい」

 

 優珂が問いただすまでもなく、女性の手に握られた大型のCHARMから、彼女がリリィであることは明白だった。

 

 均整の取れた見事な長身、長い黒髪、頭部に装着されたヒュージサーチャー、そして――

 

「迷子の子猫ちゃんを迎えに来た……と言ったら信じてもらえるかしら?」

 

「何を言ってるんだ、あの女」

 

 呆れた口調で呟く美岳の隣りで、優珂がいかにも胡散臭いものを見る目で再度問う。

 

「あんた、誰なの? それに、その恰好は何?

ここは仮面舞踏会の会場じゃないわよ」

 

 クエレブレの前に現れたリリィは、顔の上半分を隠す仮面を着けていた。

 

 そして、その身体は黒いドレスのような衣装を纏っている。

 

 明らかにリリィが戦闘時に着用するものとは思われなかったが、手にしているのは、れっきとしたCHARMだ。

 

「……あんた、普通のリリィじゃないわね。

かと言って特務レギオンのリリィでもない――そんなふざけた服装で任務に出撃する特務のリリィがいるはずない」

 

「私が何者か知りたければ、私と戦って私を負かして吐かせればいい。

まさか5対1でも勝てません、なんて言わないわよね」

 

 露骨な挑発の言葉をクエレブレに向かって投げる仮面のリリィ。

 

 優珂たちの間に一気に剣呑な空気が漂ったが、さすがに易々と煽り文句に乗ることはしなかった。

 

「馬鹿にしてくれるわね。

その恰好と物言いで、あんたがまともなリリィじゃないことはよく分かったわ。

さしずめ、どこかの組織に雇われた潜りの野良リリィってとこか……」

 

 眼前のリリィについての情報を持たない優珂は、最も妥当と思われる可能性をぼそっと呟いた。

 

「あのリリィは不審者として身柄を拘束、ただし抵抗する場合は負傷させることも止む無し……でいいな?」

 

 美岳が優珂に確認を求めると、優珂は黙って頷いた。

 

 目の前にいるリリィは囮で、本隊が別に控えているのかもしれないと優珂は勘ぐったが、今の所それを窺わせる兆候はどこにも感じられなかった。

 

「どうやらやる気になってくれたみたいね。

私も用事は手早く終わらせたいの。

五人まとめてで構わないから、さっさとかかって来なさい」

 

 気負った様子も無く、仮面のリリィは右手に携えていたCHARM――それはカスタマイズされたティルフィングだった――をいかにも無造作に構えた。

 

「馬鹿にして。その思い上がった態度を後悔させてやる」

 

 優珂と美岳は列車の屋根の上で跳躍し、仮面のリリィを飛び越えてその背後に着地した。

 

 仮面のリリィは前方に三人、後方に二人のリリィに挟まれる形になった。

 

「相手が一人でも容赦するな。

――このLGクエレブレを愚弄した罪、その身をもって贖うがいい」

 

 美岳の言葉が終わると同時に、クエレブレの五人のリリィは一斉に仮面のリリィに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠りに落ちていた結梨が目を覚ましたのは、離れた車両から聞こえて来る物音によってだった。

 

(なんだろう、あの音)

 

 結梨は眠い目をこすりながら、身を横たえていたソファーからゆっくりと起き上がった。

 

 数両先から聞こえるその音は、何らかの金属がぶつかり合うような響きだった。

 

 時折ひときわ大きな衝撃音が聞こえたかと思うと、束の間だけ静寂が支配し、再び同じ音の繰り返しが始めるのだった。

 

(これ、誰かがCHARMで戦ってる音? リリィどうしが戦ってるの?)

 

 音は結梨が乗っている最後尾の車両より前方から聞こえて来る。 

 

(前の車両には……行けないんだよね)

 

 前方の車両につながる扉は存在せず、事実上車両間の移動はできないようになっていた。

 

 結梨は後部の扉から車両の外へ出ようとしたが、出入り口のドアはロックが掛かっていて開かない。

 

 縮地S級で車両の屋根にテレポートすることも考えたが、外の状況が分からない以上、丸腰で飛び出すことは思いとどまった。

 

(もう少し待ってみよう)

 

 再び結梨はソファーに腰を下ろし、聞こえてくる音を聞き洩らさないように、じっと耳を澄まし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あんた、一体何なの?

何をどこまで強化したら、そんな化け物じみた強さになるのよ。

どうしてそれほどの強化をして正気を保っていられるの?

信じられない」

 

 憎らしげに仮面のリリィを睨みつけて、優珂はうめく様に言葉を絞り出した。

 

 既に列車の屋根の上には、優珂以外にクエレブレのリリィの姿は無い。

 

 剣戟が始まって数分も経たないうちに、優珂を除く四人のリリィは得物のCHARMをその手から弾き飛ばされ、間髪入れず脇腹に回し蹴りを叩き込まれて、線路脇の草むらに転落していった。

 

 勿論リリィの脚力をもってすれば、走行中の列車を追いかけて飛び乗ることは十分可能だが、肝心のCHARMが明後日の方向に飛ばされていては意味が無い。

 

 まず見失ったCHARMを回収し、エレンスゲのガーデンに報告を入れるのが優先事項にならざるを得なかった。

 

 事ここに至って、優珂は自分たちが相手にしているリリィが、全くの規格外であることを認めないわけにはいかなかった。

 

 決して手を抜いたわけではないし、慢心があったわけでもない。

 

 しかし五人のリリィの全ての戦闘技術とレアスキルは、目の前に立つ唯一人のリリィに対して全く無力だった。

 

 前後から完璧にタイミングを合わせた同時攻撃は、後ろに目がついているかのような動作で容易く回避され、あるいは受け流された。

 

 挙げ句には、金縛りのような攻撃でクエレブレのリリィの動きを止めた後、悠々とCHARMを彼女たちの手から弾き飛ばしたのだ。

 

 仮面のリリィの実力は、才能や努力では決して追いつけない、異次元の超能力とでも呼ぶべき何かを見せつけられているかのようだった。

 

「あなたがレギオンのリーダー?結構粘ったわね。

その制服は六本木のエレンスゲ女学園か……

新興のガーデンにしては、それなりによく訓練されているようね」

 

 息一つ乱さずに、仮面のリリィは余裕に満ちた態度で講釈を垂れた。

 

 平素なら一対一で後れを取ることなど、優珂にはあり得ないことだったが、今日は何もかも勝手が違っていた。

 

「任務に失敗したからと言って、悲観する必要は無いわ。

ガーデンにはこう報告すれば、罰せられることは無いでしょう。

――『御前』と名乗る謎のリリィが現れた、と」

 

「……どこまでもふざけた事ばかり言うリリィね。

一矢でも報いなきゃ、このままおめおめとガーデンに戻れやしないわ」

 

 優珂は残った闘志を振り絞り、CHARMを握り直して、仮面のリリィに向かって斬りかかった。

 

 この夜最後の剣戟音が、月明りに照らされて疾走する列車に響き渡った。

 

 

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